深夜の哨戒を終えた後に眠っていた春雨が目を覚ました時には、施設側にも黒幕の拠点がある海域が見つかったことが伝わっていた。時間としては昼食時だったため、仲間達が集まるダイニングでそれを聞きながら少しだけ遅めの昼食を摂る。
「なんだかすごく安心したわ。Michelleに無理なんてさせられないんだもの」
「ミシェルはやってもよかったけど、ジェーナスちゃんがやめとけって言うならやめとくぴょん」
正確な場所は現在調査中ということではあるのだが、人間と艦娘の力でその辺りは出来そうということで、非戦闘員であるミシェルを使わなくては見つけられないということは無くなりそうである。そこはジェーネスも特に喜んでいたとのこと。ミシェルは少し残念そうにしていたが、ジェーナスがこの方がいいと言うのならそれに従うといった感じ。
「なら、明石さんがその辺りの対策を作っちゃってそうですね」
堀内鎮守府のことを最もよく知る春雨ならではの見解。海風も隣で首を縦に振る。
実際、明石がかなりいいところまで行っているので、春雨の予想通り。ただ、まだ完成しているわけでは無いので公表はされていない。
「私達はその戦いに参加出来るんでしょうか」
「うぅん、それは何とも言えないわねぇ。その場所はあの眼鏡くんの鎮守府の近くみたいだから、ここからはかなり遠いのよぉ」
「大将はアタシ達も仲間として認識してくれてるから、いざとなったら戦線に出られるように工面してくれるらしいけど、元々はアタシ達には頼らずに終わらせたいとも言ってたから、何とも言えないわね」
今のところ、施設の者達がその戦いに参加することは難しいといえる。まず鎮守府近海であるため、仲間かもしれないが嫌でも敵として認識されてしまう点。絶海の孤島か何処かにある鎮守府ならまだしも、普通に陸続きの場所では、一般人の目にも入ってしまうかもしれない。そこがかなり難しい。
一応、姉妹姫や戦艦棲姫以外は、元々が艦娘であるため偽装は可能と言えば可能。しかし、艤装がどうしても誤魔化せない。特に難しいのがリシュリューやコマンダン・テストのような尻尾型。一応航行するだけならば脚部艤装だけでどうにかなるのだが、戦闘となると話が変わる。
それと、人間側が施設の者達の平和を守るために、なるべく力を借りないように進めて行きたいという考えがあるため、本当にギリギリにならなければ戦闘への参加を依頼してくることは無いと思っている。
そもそも戦いたくないという理由でここにいるのが姉妹姫だ。そして、仲間達もそれに同調している。それ故に、施設はあくまでも自衛に徹してもらい、本拠地を叩くのは人間と艦娘に任せてもらいたいと話していた。
「施設的にはそれでいいのでしょうし、それがいいのでしょう。でも、私の怒りはそれで治まりそうに無さそうで困ります。勿論、姉姫様にも妹姫様にも迷惑をかけるつもりはありません」
「気持ちはわかるけれど、抑えてちょうだいねぇ」
明らかに苛立ちを表に出している春雨に中間棲姫は苦笑しつつ、落ち着けるように近付いて頭を撫でる。春雨の怒りは寂しさとも連動しているため、仲間の温もりがあればある程度は抑えられる。それでもこの感情は厄介であると春雨自身も感じており、またそれが苛立ちに繋がっていく。
「春雨、あんまり怒りが晴れないようなら、思い切り身体を動かした方がいいわよ。まだ
ここで同じように怒りが溢れている叢雲からのアドバイス。怒りとの付き合い方を伝授するということを話していたため、こういう時に率先して口を出していた。
叢雲は叢雲で、あまりにも怒りが溢れて落ち着かない時は、薄雲と共に散歩をしたりして身体を動かすことでストレスを発散することもあるらしい。基本的に甘い物で多少は治まる叢雲ではあるのだが、それでも無理な時こそいっそ暴れ回るという。当然、誰にも迷惑のかからないところで。
「あとはお風呂ね。水風呂はオススメ。煮え滾る頭が多少は冷えるわ」
「……そうだね。後から少し身体を動かして、お風呂に入ってさっぱりするよ」
この溢れる怒りには、どうしても慣れることは出来ない。海風もずっと傍に居続けることである程度の怒りを抑え込もうとしているのだが、そう簡単にはいかないもの。
「……夢見が悪かったというのもあって、どうしても苛立ちが……ね」
「わかるわ。その時のこととか思い出して、気分悪く目覚める感じでしょ」
「うん……それもあるんだけど、なんか寝てる間に私のことを誰か噂してたんじゃないかな。聞き捨てならないような言葉が聞こえたような気がして」
おそらく、鎮守府で明石が語った、春雨は黒幕と同じようなモノという言葉を、眠っていながらも直感的に感じ取ったのだろう。それも相まってか、目を覚ました時点で若干不機嫌だったため、海風に抱きしめてもらいながら落ち着くまでに時間をかけたほど。
虫の居所が悪いと言うのが正しいのかもしれない。些細なことでも苛立ちが出てしまうような状況と言っても過言ではない。
「アンタの場合、マジで何か言われてるかもしれないわね。もしかしたら、龍驤辺りが愚痴ってんじゃない?」
「それはそれで腹立たしいね……うん、お昼は身体を動かすことにする。ありがとう叢雲ちゃん」
「礼には及ばないわよ」
昼食後。午後の哨戒担当の白露、ジェーナス、ミシェル、リシュリューはすぐに出発。深夜担当の叢雲、薄雲、コマンダン・テスト、そして潜水艦姉妹はその時ために就寝。残った者はフリーとなったため、好き勝手平和に暮らす。
潜水艦姉妹が深夜哨戒のために潮から離れ、代わりに松竹姉妹がトレーニングのサポートに入っていた。また、古鷹もそちらの手伝いをし、潮の成長に一役買う。
そんな中、春雨も海風と共に岸に来ていた。昼食の時に宣言していた通り、身体を動かすため。潮達にも見える場所でやろうとしているのは、手伝えることがあれば手伝うためである。
とはいえ、今の春雨がやりたいようにやった場合、潮を怖がらせる可能性はかなり高い。だが、施設を守るために共に戦うこともあるかもしれないため、事前に慣れておくという意味でも一緒にいろいろやった方がいいというのもある。
「今自分がやれることも知っておきたいし、一度思い切り艤装を展開してみる」
「はい、私が見守りますので」
「任せたよ」
どう変質しているかは自分でもしっかり知っておく必要はあるだろう。直感的にその辺りに勘付くことが出来るとはいえ、頭の中で思っていることと、実際に動かしてみる感覚はまるで違う。
哨戒中は基本的に艤装の展開はしないので、いつもの脚を消したスタイルでの航行だったので、
「まずは思いのままに展開してみるよ」
何か弄るとか、無理にでも白露型に合わせるとか考えず、ただ本能のままに艤装を展開する。今の自分の心境や、根っこの部分を再現するために。
結果として、暴走していた時とは少し違うものの、狂犬を表に出したスタイルとなる。両腕には鉤爪が現れ、両脚も刺々しいデザイン。そしてなにより、犬の耳のような電探と尻尾のような基部が特徴的な姿に。
今はまだここで止まっているため、身体を覆い隠すような装甲や顔を隠すマスクなどは現れない。そこまで来てしまったら、春雨は完全に理性がない
「……うん、やっぱり、意識せずにするとこんな感じなんだね、今の私は」
鉤爪の手を動かすと、ガチャガチャと軽い音が聞こえる。しかし、これでも殺傷能力は相当なモノで、この手で握り締められたモノはズタズタに引き裂かれることになる。
「腕とか脚とかはわかるけど、これはどういうことなんだろ」
そして、春雨自身も不思議に思っているような尻尾の基部。意識すると少し動かすことが出来るようで、それこそ完璧に犬になったような感覚。
「尻尾……ですよね」
「リシュリューさんやコマさんみたいなのでも無いし、もうこれだと本当に犬だよね。狂犬だっけ」
「それは夕立姉さんの専売特許ですよ。でもその妹ですし、姉さんにもそういう要素があってもおかしくないとは思います」
周囲に害がないことを確かめるために、海風が許可を貰って尻尾に触れさせてもらう。その感触は見た目通りの艤装のような硬さであるが、触れないほどでは無いが熱くなっている辺りが基部であることを表している。
暴走しているときは、艤装に触れるだけで身を焼かれるような熱と痛みを与えてきたが、今は春雨が怒りをある程度制御出来ているため、そのような熱が発生することはない。むしろそんな熱が発生していたら、また春雨の身体を蝕み、身体を燃やしているだろう。流石にそこまで諸刃では無いようである。
「なんだかこうしてるだけでも少しは発散されてるみたい。なんだろ、艤装を展開することで
「かもしれませんね。定期的に艤装を展開して、ストレスを発散するべきです。ただでさえストレスを溜め込みやすいですし、一日一回は本能を曝け出すというのがいいと思いますよ。姉さんがまたあんなことになったら……私は……」
あの時のことを思い出して、海風が俯く。春雨のこの姿は、自分が堕ちてしまったことに怒りを持った結果だ。根本的な原因は黒幕と龍驤にあることは白露に理解させられているとしても、やはり自分がきっかけになってしまったという考え方は払拭されていない。
「大丈夫、もうあんな暴走はしない。そうしたら私はまた私に苛立つことになるもん。だから、私はこの怒りを全部黒幕と龍驤にぶつけることにした」
「……姉さん」
「それも全部終わったら……その時に考えるよ。いなくなればストレスも無くなるから、まず確実にあそこまで腹が立つことは無いからさ」
ほんのりと笑みを浮かべるが、その笑顔がこうなる前のモノとは違うことは海風にはすぐにわかった。春雨はもう、心の底から笑うことが出来なくなっているのだ。
それが本当に悔しくて悲しいのだが、自分のために笑みを浮かべてくれたのが堪らなく嬉しく、複雑な気持ちで春雨を見つめる。海風も、こんな春雨を見ていると少し辛い気持ちになるのだが、それが春雨のためにはならないとどうにか振り払う。
「姉さんの敵は、この海風が討ち倒します。生きていることを後悔する程に痛めつけ、何度も何度も殺してやりましょう。謝っても許すことはないですし、ゴミクズのように捨ててやります。黒幕だろうが龍驤だろうが関係ありません。春雨姉さんを悲しませた者は全て敵ですから、そうなっても仕方ありません。心身共に削り取ってやります。姉さんに屈服し、平伏しても許すことは無いでしょう」
いつもの調子を取り戻して話し出す海風に安心しつつ、それでも今までとはもう違うのだなと実感した。そしてそれがまた怒りを呼び起こす。
「姉さん、尻尾から排熱が……」
「苛立つとこうなっちゃうみたい」
苦笑する春雨。
「でも、気にしないで。海風が私のためにそれだけしてくれるのなら、私も海風のためにこの力を振るうよ。海風を悲しませた
これだけ聞いていると相思相愛のようにも聞こえるが、お互いに複雑な感情が絡み合っているので、知っている者からしてみればあまり微笑ましくない光景となった。
春雨は自分に滾る怒りの抑え方を少しずつ学び、それを力にしていく。しかし、ストレスは溜まり続けるのだから、簡単に制御出来るモノではない。
やはり、春雨が心の底からの笑顔を取り戻せる日は、黒幕を撃破して事件を解決した時だけだろう。
狂犬スタイルの春雨が次に戦う時はいつになるか。龍驤本人とか、それともまだ刺客を差し向けてくるか。