夕方、哨戒部隊の帰投。白露とジェーナスという組み合わせではあったが、今回も何事も無かったため、もう出て行くと何かあるというジンクスは完全に振り払ったものとして扱うようになる。
その時間まで春雨の鬱憤晴らしと潮のトレーニングは続いており、そこにいた者達が哨戒部隊を出迎えることとなった。
「潮ちゃん、今日も頑張ったぴょん?」
「う、うん、大丈夫……今日もいろいろ……教えてもらいました」
岸に到着するなり、ミシェルが潮の成果を聞く。島風と同じくらいの社交性を獲得しているミシェルは、潮相手でも全く臆すことなく、むしろ率先して友達になるために近付いていた。そのおかげで、潮も恐怖が大分薄れており、この施設の中では比較的上位の仲の良さとなっている。
むしろミシェルのことを毛嫌いするような者など存在しない。この施設のマスコットキャラとして、広く愛されている。それこそ、叢雲ですら怒りを溢れさせることなく普通に接しているくらいだ。ミシェルがそういう接し方をするから、同じように返しているだけというのもあるが。
「アタシの教えることもどんどん覚えていくから、教えるのが楽しくなってきちゃったわよ。アタシがここから動けない分、潮に出撃を任せたいくらいね」
「しゅ、出撃なんて……私は……」
「緊急時は頼んだわ。基本的にはここにいればいいから」
その特性により力をメキメキと付けてきても、潮は戦いに出向こうと自分から考えることはないだろう。余程のことがない限り、自衛手段を身につけるだけで終わる予定だ。
「いやぁ、マジですげぇよ。もうオレ達とトントンくらいに動けるしな」
「うん、潮さん凄いわ。自分を守ることなら完璧に出来ると思うもの」
松竹姉妹も大絶賛。その2人は潮のスタミナについていけずに肩で息をしているわけだが。同じように一緒に潮のトレーニングを手伝っていた古鷹に至っては、スタミナ不足をどうにか出来ていないために起き上がれないくらいに疲れ切っていたりするのだが。
「春雨は……うん、まぁ、発散してんのかね」
「そう……ですね。定期的にこうやって
白露は艤装展開状態の春雨を見て苦笑する。艤装、特に尻尾の基部を展開していると怒りが排熱により抑制されることがわかったため、余裕がある時は攻撃性の高い艤装を全て展開する方針となった。
いくら発散しても次々と溢れてくるのが感情の溢れではあるのだが、溜まり溜まってストレスになるよりはこうしている方が精神的に楽になる。実際、今の春雨は見た目こそ暴れそうに見えるが、心は落ち着いていた。
「それで落ち着けるなら何も問題が無いよ。いつもプリプリしてるよりは精神衛生的にいいだろうからさ」
「はい、この時間だけでも、多少はスッキリしました。暴れ回るとか物に当たってるようで嫌なんですけど」
「ヒト様に迷惑かけてないなら、別に何やってもいいでしょ。むしろジャンジャンやんな。あたしとしては、いつもムカムカしてる春雨ってのは出来ることなら見たか無いねぇ」
ニッと笑う白露に、春雨も不思議な安心感を得ることが出来た。やはり仲間との交流、とりわけ姉妹との交流は心を安定させる特効薬となるようで、一番は当然海風なのだが、白露も春雨の安定に一役買っている。
海風はというと、そんな春雨の様子に安心していた。勿論自分だけで春雨を安定させられれば最高なのだが、自分の力がそこまで及ばないことも理解している。仲間達全員の力を合わせて、初めて春雨は安定するのだ。だから、海風は現状を喜び、春雨が崩れないことを望む。自分のことより春雨のことを優先する。
「はい、それじゃあみんな今日はおしまいよ。戻ってお風呂に入ってさっぱりしてきなさい。古鷹はアタシが運ぶから」
疲労で立ち上がれない古鷹を抱きかかえようと近付く飛行場姫だったが、それをチラッと見て春雨の直感が反応する。今までの身体が震えるような悪寒とは違う、
だが、春雨はあえて何も止めなかった。さらに直感が働き、これはこのままの方がいいと無意識に選択した。
「古鷹、大丈夫?」
「あ、あはは……自分のスタミナ不足を忘れてしまっていました……このデメリットはどうにかしたいんですけどね……あっ」
あまりにも疲れすぎて、いろいろと維持するのも厳しくなっていた。そのせいだろう、ミシェルのために変装していた姿が、不意に解けてしまったのだ。
そろそろ戻ってくるだろうとギリギリのところで鈴谷の姿を取っていたのだが、疲労はピークだったため、ウィッグがその場で消えた。その時点で、古鷹の姿は大きく変わるようなものである。
「んん? 古鷹さん、いっつもカツラだったぴょん? オシャレ?」
そして、一番見られてはいけない者にその姿を見られることになる。どうにか眼帯が消えるのは阻止したものの、髪型が変わればもうそれは古鷹そのものである。
「え、あ、み、ミシェル……ちゃん……」
白露は大丈夫だったミシェルも、古鷹の姿には耐えられないかもしれない。だからこそ、古鷹は今まで頑なにミシェルの前では変装を続けてきた。
「んー? んー、古鷹さん、何処かで見たことある顔っぴょん。でも、わかんない。わかんないってことは、あんまり必要ないってことっぴょん?」
その考え方があっているのか間違っているのかは何とも言えない。ただ、古鷹の姿そのものがミシェルのトラウマを刺激する可能性が非常に高かったことを考えると、その顔を見ただけで錯乱しないだけでも良しなのかもしれない。
「あ、あはは、私とミシェルちゃんは、流石にここで初めて会ったよ? その時は、ほら、ミシェルちゃんはイ級の姿だったけど」
「そうぴょんね、そうぴょんね。それより前のこと、ミシェルわかんないし、気のせいっぴょん」
結果的に、ミシェルは変装無しの古鷹の姿を見ても、発作を起こすことはなかった。
三日月型の髪飾りよりも、
しかし、今のミシェルはイ級の身体だった頃とは違った。ジェーナスと共に、ヒトとして生活が出来るようになり、施設で楽しく生きることで、辛いことよりも楽しいことが記憶を埋め尽くしていた。
そのおかげで、過去の記憶は
「それで、カツラはオシャレっぴょん?」
「そ、そう、なの。……死んだ仲間達のことを忘れないようにするため……かな」
少しだけ悲しそうな表情を見せるが、ミシェルに心配させないように、すぐに笑顔に戻る。
実際、ミシェルに古鷹の顔がわからないようにするのならいくらでも変装の手段はあっただろう。それでも、最初から選択肢が自分の中にいる3人の仲間の姿を取るというものしか出てこなかった。その姿の方がやりやすいというのもあるだろうが、それでも古鷹の中では
白露や大鳳が好んで着る折衷案の服装も、同じ気持ちの表れ。自分の中に入っている仲間を思っての選択。対して、古鷹があえて今まで誰にも属さないインナーのみで生活していたのは、申し訳なさの表れ。2人と違い、古鷹は自分の手で仲間を殺しているという苦い経験があるため、それと同じことが出来なかった。
自分がこうして生き残って、他の3人が犠牲になったことを、古鷹は深く悲しんでいる。だからこそ、せめて誰かの姿を模さなくてはならないときは、自分の中の3人の誰かになろうと無意識的に思った。普段は出来ずとも、こういう時だけはと。
「ミシェルよくわかんないけど、古鷹さんが優しいヒトってことはわかるぴょん。お友達のことが大切なのは、ミシェルもすっごくわかるよ。だからジェーネスちゃんと同じ服着てるぴょん。古鷹さんも同じっぴょん!」
「うん、そう、そうだね」
ミシェルほど純粋な気持ちではないために若干俯きそうになるものの、ミシェルに疑問を持たせないために全てを肯定した。あながち間違いでもないために否定することも無い。
「じゃあ、片方のおめめもお友達の真似っこぴょん?」
流れで眼帯の方にも触れてくるミシェル。これに関しては、本当にミシェルの記憶を掘り起こしてしまいそうなので、変装が無くなったとしても外すつもりはない。
髪型は他にも似たような者が沢山いるが、
「これは……ちょっと違う理由かな」
「そうぴょん?」
「うん、でも大丈夫。心配するようなことじゃないからね」
「ふぅん、わかんないけど、古鷹さんがそう言うならそうぴょん」
物分かりの良さに安心しつつ、隠し事をする後ろめたさも湧き上がる。だが、表情ひとつ変えずにミシェルに対応する古鷹。
「さ、アンタ達は早くお風呂行ってきなさい。古鷹はもう少し休ませてから行かせた方が良さそうだから」
「そうね。Michelle、先にお風呂行きましょ」
「はーい。ジェーナスちゃんとお風呂っぴょん!」
ここで飛行場姫とジェーナスが機転を利かせ、ミシェルを古鷹から離れさせる。楽しそうにジェーナスと施設に戻っていく後ろ姿を見ながら、古鷹は心底ホッとしていた。
「……あの……お二人は何かあったんですか……?」
そんな様子を見ていたことで、関係に疑問を持った潮がおそるおそる尋ねる。誰もがどう説明すればいいかと悩んでいたが、知っておいてもらった方がいいかと飛行場姫が掻い摘んで説明した。古鷹は過去に敵に操られていたこと、そのせいで他の艦娘を殺すことになっていたこと、そして、ミシェルはその犠牲者の成れの果てなのだと。
話を聞くたびに、潮は驚きながら、時には恐怖による小さな悲鳴をあげながら、この施設の深い事情を知ることになる。
そして、自分がその事件に巻き込まれたのだと理解するのも時間の問題だった。あの時の漣の豹変と同じ理由で、古鷹は苦しめられているのだと知った。誰も漣や曙のことには触れなかったものの、潮の中ではいろいろと察することが出来た。
「ここには
「……そう……ですね。私も……私のせいで誰かが辛い思いをするのは怖いですから……」
「だから、アンタは今まで通り過ごしてればいいわ。ミシェルを見てみなさい。忘れちゃってるとはいえ、それだけのことがあってもこの施設で一番楽しく生きてるわ。アンタも見習って楽しく生きなさい」
そう言われても、という表情を見せるが、後ろを向くことなく、前を向いたままでいる。
「……頑張り、ます」
「今はそれでいいわ。ゆっくり慣れていきなさいね。じゃあ、本当に休みなさい。古鷹はアタシが運ぶから」
飛行場姫が古鷹を改めて抱きかかえ、ゆっくりと運ぶ。そんな姿を見ながら、白露はピンと来たように春雨に問いかけた。
「アンタ、実はこうなることわかってたでしょ」
「……直感的に。止める必要はないかなと」
「正解だったね。これでミシェルが発作を起こすようなことがあったら確実に止めてただろうから」
まるで見透かすような白露の物言いに、春雨もクスリと笑う。
「やっぱり、みんな仲が良い方が楽しいですから。今の私ですらそう思います」
「だね。叢雲とコロちゃんの喧嘩漫才くらいでいいよホント」
「ですね」
こうして、古鷹とミシェルの問題もひっそり解決していく。施設の者の中では後ろめたさを背負って生きている者もいるが、少しずつでも前向きになっていく。
もう少し早く解決したかった古鷹とミシェルの問題。白露が大丈夫なら古鷹も大丈夫だろとは思うけど、今まで触れてこなかったのでここで。これで施設内のいざこざは無くなったので、気分良く黒幕と龍驤を殲滅出来ます。