翌朝。今のところは平和な施設。哨戒を繰り返しても以前までのような泥の設置は無く、それ以外の特別なこともない。潮のトレーニングをしている時に、飛行場姫がそこそこの頻度で高高度の観察もしているが、やはりあちら側に関する何かは見つかることは無かった。
幸いなことに、漣達が施設の正確な位置を割り出す前に治療を完了することが出来たので、黒幕も龍驤も曖昧な位置でしかわかっていないのだから、ひとまずは施設が戦火に巻き込まれることは無い。
「大鳳さん、高高度もお願いしますね」
「はい、常に1機は上空に上げておきますよ」
午前中の哨戒当番は春雨、海風、大鳳。潜水艦は無しとなっている。今の施設の仲間達の中では、飛行場姫と並んで高高度へ艦載機が飛ばせる大鳳が参加しているため、この哨戒中は必ず上空を監視し続けていた。
「姉さんも、この時間を使って発散してください。艤装での排熱が効果的なのは昨日でわかりましたからね」
「だね。そうさせてもらうよ」
哨戒中の時間もしっかり使い、春雨は艤装を展開して溢れてくる怒りを尻尾の艤装によって排熱。ただでさえ集中しなくてはならない哨戒で苛立つのはよろしくないため、落ち着くためにも優先的にその行動をしていく。
「……居場所もわかってるから、そろそろ鎮守府は攻め込んだりするのかな」
ボソリと春雨が呟く。怒りを排熱しながらも、やはり苛立ちは出てきてしまうようで、その言葉の端々にその感情が読み取れた。
漣達を治療し、その時のことを鎮守府側に話して丸2日。そろそろ対策や作戦が作られていてもおかしくない。その時は施設の力を借りることなく戦うということになっているのだが、春雨としては自分も参加したいという気持ちでいっぱいだった。
怒りを溢れさせられたきっかけとなった戦いの裏には、漣達を侵蝕した原点、龍驤がいる。そしてその龍驤は、間接的に海風達を侵蝕したということになる。今持つ怒りを発散するために、最も近い場所にいる者だ。
「かもしれませんね。あの泥のコスチュームの対策を立てれば、誰でも戦えるようになりますから。龍驤本人も同じことやってきていると思いますし」
「だね。明石さんのことだから、そろそろ完成したって騒いでるんじゃない?」
「あり得ますね……姉さんの麗しい髪や、神々しい体液の一部を持っていったんですから、成果を出してもらわなくちゃ困ります」
春雨の一部を持っていったというのが、海風を若干複雑な気分にさせているようだった。
海風にとっては、何よりも大切な、むしろ大切すぎて神格化されているほどの存在である春雨。髪の毛一本でも大切なモノであり、実験目的で使われるというのが嫌でも気になってしまう。いくら春雨が許可したとしても、大概に使われてほしくない。
「もし対策が出来ていたなら、こちらに何かしら連絡をくれるんです?」
「おそらくは。あちらで勝手に決めて勝手に終わらせる、ということは無いと思います」
その話に大鳳も加わる。その作戦次第では、施設も何らかのカタチで協力することになるだろう。例えば、部隊の経由地点として休息をしてもらうとか。
だが、春雨としては戦力としての協力をしたいと切実に思っている。海風、仲間達を陥れた怒りと憎しみをその身に受けてもらわなくては気が済まない。
そんなことを考えたことで、尻尾からの排熱の量が一気に増え、その周辺だけ熱量が上がったかのように感じた。おそらく触れたら少し熱く感じるくらいになっているだろう。
「ふぅぅ……排熱排熱。変なこと考えるとイライラしていっぱい熱が出ちゃう」
「難儀な身体になってしまいましたね。そうだ、その尻尾を海中に沈めてみたら、より早く冷えたりしませんか?」
「た、大鳳さんすごいこと言いますね……でもやってみます」
試しにしゃがんで尻尾の基部を海面に浸してみる。すると、まずジュワッと表面が蒸発するような音がした後、何となくだが落ち着くような感じがした。基部を冷やすことが、苛立ちを抑えることに繋がるだなんて思ってもいなかった。
実際はプラシーボみたいなモノなのだが、熱を冷ますという行為をわかりやすく実行したことで、春雨の苛立ちが僅かにだが冷えていくことになった。
「叢雲ちゃんが言ってた水風呂は効くっていうのこういうことなのかな」
「さ、さぁ……怒りってそんな物理的なことで抑え込めるんですかね」
「頭に血が上ってる時に冷やすのはいいことだと思う、かな」
実際、春雨自身がそう感じているのだからそうなのだろうと、海風は疑問を失って春雨に従う。それならば、これから春雨の怒りが酷いことになった場合は、どうにか尻尾の基部を展開してもらって冷やすという方向でやろうと決意した。
春雨達が話している裏側、鎮守府。明石のことだから対策が完成したと騒いでいるのではと話していたことは、まさに正解だった。
朝イチであろうが関係なく、明石がやったやったと喜んで騒いでいた。大淀は疲れた顔をしているものの、その完成は一緒に喜んでいた。
「これなら行けるっしょ。装備としても使いやすいはずだし。まぁある程度限られた子しか装備出来ないとはいえ」
「そうだけど、まさかここまで大胆な作戦に出ると思わなかったわ。理に適っているとはいえ、結構危険だと思うんだけれど」
「まぁねぇ。でもさ、面と向かって対峙してるってだけで危ないんだから、プラマイゼロじゃない?」
「そう……とは正直思えない」
などと2人が話している間に、五月雨を引き連れた提督が到着。明石の満面の笑みを見たことで、何かまた成し遂げたのだろうと察しつつ、何かまたやらかしたのかと不安にもなる。
提督がここに来たのは、2人に呼び出されたから。明石では話にならなかったため、大淀がまず単純に、一言だけ告げていた。
黒幕対策に必要なモノが完成した、と。
「話を聞いてきたが、何が出来たんだい。五月雨も連れてきてほしいというのは」
「何が出来たかはおいおい聞いてもらうとして、五月雨に来てもらったのは、今この場で装備してもらうためです。出撃する面々がちゃんと装備出来るかどうかのテストとして」
そう言いながらも明石と大淀は開発したアイテムをいくつか持ってくる。そのうちの1つは明らかにサイズがおかしなものだったが、そこは後に置いておく。
「まず1つ目。最優先は艦娘を守るためのアイテムだと思ったので作りました」
五月雨に渡されたのは6つ1組のリングのようなもの。それを明石がテキパキと装備させていく。2つは腕に、2つは脚に、残り2つは腰と首。
重さを感じさせないものの、何やら装置が入っているようで、全てを装着したところでペアリングが完了し、小さな光を発し始める。
「五月雨さん、一応ですが身体に何か影響はないですか。私も実験に使われているので大丈夫であることは確認済みですが」
「はい、大丈夫ですね。でもこれ、何か変わってるんですか? 力が強くなるとかでも、身体が動かしやすくなるとかでもないですよね」
少し身体を動かしても、普段と何ら変わらないと話す五月雨。それについて、明石が説明。
「昨日だったかな、提督には見せてますけど、小瓶の中に入った泥でもその意思を逆方向に向けて、増殖ではなく消滅に持っていくことが出来るようになりました。でも、その時は波長を照射することで一直線上の泥にしか効きませんでした。大型化することで艦娘が装備出来なくなる代わりに鎮守府防衛に使おうとという話だったんですが、どうにかして艦娘も守りたい。そこで思いついたのがこれです。これは波長を照射、線上に放出するのではなく、ペアリングした6つの装置間を行き来させることによって
説明されてもちんぷんかんぷんな五月雨のために、大淀は実験用に増殖させて小瓶に移した泥を持ってくる。
「五月雨さん、これを持とうとしてみてください」
「えっ、あ、はい」
大淀に差し出された小瓶に手を伸ばす五月雨。その手が小瓶に触れる直前、まだ触れる前に中の泥が消滅した。
「えっ!?」
「こういうことです。泥が艦娘の身体にへばりつく前に、自分の意思で消滅するように仕向けています。つまり、泥がどのようなカタチで侵蝕しようとしてきても、その前に侵蝕性は失われ、無害なモノと変化した挙句に自滅するんです。さっきも言った通り6つの装置全てが揃っている必要はあるんですが、その状態が維持出来ている間は侵蝕の心配はありません。言ってしまえば泥に対するバリアですよコレ。出力そのものは小さいので身体に害はなく、6つ装着しても重くありません。今は他に使いようが無いですけど、むしろ今はコレがベストじゃないでしょうか」
明石が止まらないのはもうそのままにしておいた。だが、この装置は今の艦娘達には最も必要なモノ。その身を侵蝕されないようにすることが出来れば、ある程度無茶が出来る。だからといって無茶をさせるつもりは毛頭無いのだが。
「ただ、ですねぇ。これ開発に結構なコストがかかるんです」
「……どれくらい、なのかな」
「6つセットで、51cm連装砲が作れるくらいですね」
それを聞いて提督が咽せた。確かに資源度外視とは言ったものの、明らかなオーバースペック品であるから、それくらいしても仕方ないとは思う。しかし、それを鎮守府の人数分揃えようとすると、鎮守府の運営が傾くレベルだ。1部隊6人、いや、連合艦隊12人分で抑えたとしても、かなりのコストになる。
だが、ここで躊躇うわけにはいかない。確実に勝つためには、そもそも負けないことが重要。この装置は、敵の即死攻撃を回避することが出来る強力なお守りみたいなもの。戦場に出るには必須となるのなら、躊躇う理由もない。
「多少のコストは度外視だ。だが全員分は無理だろう。12人分……だな。量産を進めてくれ」
「了解しましたー! 作り方はもう妖精さんも知っているので、速攻で作っちゃいます!」
「それで、だ。残りのモノも説明してもらうんだが、アレがどうも気になる」
最初に持ってこられたモノの中でも、特に大きいモノを指差す。
それはどう見てもドラム缶なのだが、燃料を運ぶような通常のドラム缶とは違う、明らかにいろいろな装置が仕込まれているようにしか見えないそれについて言われると、明石はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。
「提督、これは明石の結構とんでもない作戦のための装備です。いや、本当にとんでもない作戦なんですけど」
大淀も少し疲れた顔。
「実際、黒幕対策というのが効くかどうかはわかりません。常にバージョンアップ、マイナーチェンジを繰り返して、最高最善を掴み取る必要があるでしょう。でも、そろそろそれも難しくなってきました。そもそも実験に使えるものが、荒潮から採取出来た泥だけ。泥には効いても本体には効かないなんてことがあり得るわけで、もう少し踏み込んだ研究をしないと、勝てないかもしれない。なので、
「……まさか」
提督もここで明石の狙いに気付いた。
「これで、龍驤を
51cm連装砲のコストは相当なもの。実際ゲーム中で作ろうとしても、かなりしんどいので、そういうものだと思っていただければ。