空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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話がわかる人

 春雨が薄雲の発作を抑えている裏側。本来の居場所である鎮守府。そこは、中間棲姫と飛行場姫の話題で持ち切りになっていた。

 秘書艦である五月雨が現場に赴いて話をしてきたこと、そして海風が一晩そこで過ごしたことにより、その深海棲艦は信用出来る者として認識され、自分達も会ってみたいだの、この鎮守府に招いてみたいだの、好意的な話ばかりである。

 春雨が深海棲艦化してその施設に滞在していることも公表され、大いに驚かれた。しかし、それもすぐに受け入れられる。資料として提督と中間棲姫との会話はデータとして残されており、その際に映し出された画面も録画されている。それも公開されて、姿は違えど、春雨が元気にしていることが確認出来たのは大きい。

 

 深海棲艦は駆逐隊1つを壊滅させ、命を奪った憎っくき侵略者という認識も当然持っている。勿論敵対する深海棲艦は殲滅が目的なのも変わってはいない。

 しかし、例外も存在するのだと提督をはじめ、現場でそれを見てきた五月雨達が言っているのだから、それは納得せざるを得ない。

 

「みんなが納得してくれて良かったよ」

 

 その様子を見て、ホッと安堵の息を吐く提督。今まで敵対していた種族に対して和睦協定を結んできたと言ったら、文句の1つや2つ出るとばかり思っていたようだ。

 そこにすかさず五月雨が口を挟む。その表情はいつになく笑顔。

 

「みんな、提督の意思を支持してるからこの鎮守府にいるんですよ。そうじゃなかったら転属願いとか出してます」

「だったらいいんだがね。嫌われているよりは好かれている方がいい。僕は僕の意思を強制したいわけじゃないからね」

 

 艦娘にだって人間と同じように意思や感情がある。好意も嫌悪も表現出来るのだから、嫌なものは嫌とハッキリ言う者だって沢山いる。

 それでも、今回の提督の行動と判断を否定する者はいなかった。この鎮守府に所属した者は、提督の意思に従うことを良しとする者ばかりだった。心優しく、平和的に解決出来るのならそれを優先しようとする。和睦はその最たるモノであり、むしろ一番望むモノでもある。

 

「おそらくだが、海風の回復が決め手になったんだと思う。みんな心配していたろう」

「そうですね……ずっとギラギラしていたというか、命を削って動いているようにしか見えませんでしたから。私も姉として随分心配しました」

 

 春雨の無事──とは言いづらいものの生きていることの証明──が確認出来たこともそうだが、やはり海風の問題が軽めでも解決出来たことは大きかった。

 

 目の下に深いクマが刻まれ、疲れもまともに取れていないのに、やる気だけは異常なほどあった海風は、鎮守府の全員から心配されていた。しかし、その気持ちもわかるのでなかなか触れられず、結果的に腫れ物のように扱われてしまっていた。

 だが、今はそんな焦燥感に苛まれていた姿は夢だったかのようにピンピンしており、帰投してからは打って変わっていつも通りの冷静沈着。逆に心配になったものの、施設効果であることは一目瞭然である。

 

「まぁ、この鎮守府は満場一致であの施設との共存を目指していくことは確かだ。全ての鎮守府にそれを受け入れろなんて口が裂けても言えないが、こういうことがあったということを大本営には伝えなくちゃいけない」

「ですね……そろそろ到着ですかね?」

「ああ、時間としてはそろそろだ」

 

 時計を気にしながら話す提督と五月雨。

 中間棲姫にも話していた、()()()()()()()という者が、今日鎮守府に客として訪れることが決まっていた。そこで今回の件を詳細に説明する予定である。

 

「提督、お客様がお見えになられました」

 

 執務室の扉の外から声。任務の取りまとめなどを行なっている艦娘、大淀の声だ。

 

 鎮守府と上層部を繋ぐ役である任務娘として活動している大淀は、この鎮守府でも当然その役目を仰せつかっている。言ってしまえば事務員のようなものではあるものの、お互いに信頼し合っている仲でもある。

 勿論、この大淀も提督の言い出した深海棲艦との和睦協定に対して、他の艦娘と同様に肯定派。提督の決めたことだからというのと他に、争いのない世界をそういう形で目指すのも悪くないと考えているためである。

 

「ああ、ありがとう。通してくれ」

「了解しました」

 

 それからすぐに執務室の扉が開き、その客が執務室に入ってくる。

 

「お久しぶり、今日はとても重要な話だと聞いてやってきたのだけれど」

 

 ゆっくりと入ってきたのは、老齢だが独特な雰囲気を纏う貴婦人。着ているモノが提督と同じ軍服であり、その姿を見る前から提督が起立して出迎える程であるため、立場としてもかなり上の存在であることがわかる。

 この貴婦人こそが、鎮守府を取り纏める軍の大本営に所属する者。あらゆる鎮守府の提督よりも立場は上である。階級は大将。この鎮守府の提督の階級が大佐であるため、まず頭が上がらない人物。

 

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

「ええ、ありがとう。吹雪、手を貸してちょうだい」

「はい、司令官」

 

 貴婦人の隣に立つのは、彼女の秘書艦である駆逐艦、吹雪。五月雨とも面識があるようで、顔を合わせた時にお互いに小さく手を振っていた。関係は良好な様子。

 

「ご足労いただき申し訳ありません。本来なら僕がそちらに出向くべきだと思ったのですが」

「いいのよ。私もたまには外に出たいもの。貴方の呼び出し、年甲斐もなく大喜びしちゃったわ」

 

 吹雪に手を貸してもらっている通り、この貴婦人は片脚を悪くしており、ここに来るまでも杖を使っていた。そのため、本来なら提督自ら大本営に出向して今回の件を報告するべきだったのだが、そのせいで部屋に押し込められていることを気にしていた貴婦人が、むしろ自分からここに来ると言い出したことでこの場が設けられたようなもの。

 よっこいしょと椅子に腰掛けると、吹雪がすぐに杖を受け取った。ここまで来るのにも体力を使ったようで、ふぅと小さく息を吐いた後、すぐに本題に入る。

 

「それで、私に話というのは?」

「こちらをご覧頂けますか」

 

 そう言って取り出したのは、例の録画された対談のデータが入っているタブレットだ。手早く操作して、その時の一部始終を見てもらう。

 画面に中間棲姫の顔が映った瞬間、貴婦人は目を見開いた。吹雪も声を上げて驚いた。ここまで近くで深海棲艦を映した動画は何処にもなく、また、ここまで穏やかな表情をしている深海棲艦も何処にもいなかった。

 

「これは、僕が深海棲艦、中間棲姫と対談したときの動画です」

「対談……そう、対話が出来る深海棲艦がいたのね」

「はい。以前にお伝えした、駆逐隊が消息を絶った事件の痕跡を調査中に発見しました」

 

 動画を一時停止して、知る限りの中間棲姫の詳細を提督は話した。

 そこにいた陸上施設型の姉妹は部下のイロハ級を一切連れておらず、艦娘(こちら)の姿を見た途端に白旗を上げていたこと。対話を選択しても不意打ちなどをすることなく、真正面に立っても穏やかに対話に臨んできたこと。()()で攻撃してしまった際、圧倒的な力を見せつつも攻撃に対して気にした素振りもなく休戦を求めたこと。

 とにかく、あちらには一切の侵略の意思がなく、むしろ人類や艦娘と手を取り合いたいと望んでいる。それを知ってもらいたかった。

 

 それともう1つ。春雨のこと。

 

「この中間棲姫の陣地に、行方不明となっていた春雨が発見されました」

「保護してくれていたということかしら」

「はい。ですが……春雨は艦娘では無くなっていました。深海棲艦となっていたのです」

 

 動画を進めたところで、画面の端から深海棲艦化した春雨が現れる。申し訳なさそうな表情でこちらを見つめた後、思い詰めた表情で、残りの行方不明となった姉達のことを語る。見たことのない深海棲艦にやられて全滅したと。

 すぐに体調を崩して画面外に行ってしまったものの、その姿はしっかりと映し出されている。春雨の面影を残しつつも、誰がどう見ても深海棲艦の姿となっていた。

 

 貴婦人は言葉もないようだった。吹雪もついには声が出なくなっていた。それもそうだろう。今までに前例が無かった艦娘の深海棲艦化が、動画とはいえ目の前で証明されていたのだから。

 

「この春雨は、この鎮守府に所属していた春雨と同一であることは確定しています」

「その根拠は?」

「この施設に、僕の艦娘であり春雨の妹である海風が1日滞在しました。あちらからの発案ではありますが、常に春雨の近くにいたそうで、その仕草から記憶まで、全てが一致すると」

 

 その時に海風の精神的な状況が著しく改善したということも添えて。姉達が消息を絶ったことで精神的に追い詰められていた海風が、戻ってくる頃には殆ど普段と変わらないくらいにまで回復していたのだ。

 それが中間棲姫の侵略の手口であり、実は精神に干渉出来る特殊な能力を持っていると言われてしまったらそれまでなのだが、対話をすることが出来た提督はそうは感じていない。中間棲姫は本気で平和を望んでいる。

 

「……なるほど、貴方がそう言うんですもの、この中間棲姫は本当に侵略の意思が無く、私達と手を取り合って生きたいと考えているのでしょうね」

「はい。直接話をしたので、僕としてはそれが断言出来ます」

 

 春雨を保護し、海風を回復してくれた恩人であり、無礼なことをしてしまっても笑って済ませるくらいの寛大さまで持ち合わせている。そして、対話の際にも敵意は一切なく、嘘をついている素振りも見せない。

 信用に値すると、提督は力強く中間棲姫の正当性を論じた。人によっては、そんな発言自体が気が狂っていると一蹴してしまいかねない。しかし、この貴婦人は真摯に受け止めて、それが真実であることを理解する。

 

「わかりました。私はその話を信じ、そういう深海棲艦もいるのだということを知っておきましょう。人間に善人と悪人がいるように、深海棲艦にも善いものと悪いものがいたと。今までは悪いものしか見てこなかったんだもの、敵対心を持って当然だけれど、少数でもこういう存在がいるのなら、認識するしか無いわね」

 

 話がわかる上司というだけあり、動画と提督の説明で、ひとまずは納得してくれた。今すぐ殲滅に行くとも言わず、現状維持、すなわち対話の続行を良しとした。

 

「五月雨ちゃんも話をしてきたの?」

 

 ここで吹雪から、この現場にいた五月雨に対しての質問。

 

「うん、素敵なヒトだったよ。話し方に嫌味が無いっていうか、こっちに気を使ってるわけじゃなくて、心の底からこちらと仲良くしたいっていう気持ちが見えたというか」

「そうなんだ……私も会えたら会ってみたいかも」

「うーん……どうだろう。出来れば私達の中だけに秘めておいてほしいって言われたくらいだから、対話には応じてくれたけど、悪目立ちはしたくないって思ってるんだろうなって」

 

 中間棲姫のことを知っている者が増えれば増えるほど、あの施設が危険に晒されるのは誰にだってわかることだ。今回は痕跡を調査するということでたまたま発見出来てしまったが、本来ならばずっと見付からないままでいたはずなのだし。

 

「そことの関係は、貴方が続けていくということでよかったかしら」

「はい。僕とこの鎮守府とは和睦の協定を結んでくれると約束してくれました。お互いに不可侵ということにしています。また話せる機会があれば話そうとも」

「そう、なら私からはその関係を続けるようにとしか言えないわ」

 

 強大な力を持っているにもかかわらず、こちらに対して友好的でいてくれる深海棲艦となれば、その関係をなるべく続けて戦いにならないようにするのが最善であると考えたようである。触らぬ神に祟りなしという言葉もある。

 

「そういう形での平和も、私は悪くないと思うわ。無駄な戦いで命を落とすくらいなら、和平が結べるなら結んだ方がいいわね。仲良く出来なくても、お互い不可侵なら平和だものね」

「はい。僕もそう思います」

 

 貴婦人のこの思いが提督にも引き継がれていた。良き上司に良き部下となっている。

 

「だけれど、1つだけ看過出来ないことがあるわ」

 

 艦娘の深海棲艦化。こればっかりは知っておかなければならないこと。もしその事象が起きてしまったとしても、映像の中の春雨のように自我を失わずにいられる手段がわかればまだマシだし、そもそもそんなことが起きないようにしてやる必要がある。

 

「このことについては、詳しく教えてちょうだいね。これはどんな艦娘にも関係してくることだもの。それこそ、貴方の五月雨や、私の吹雪にだって」

「了解です。中間棲姫からの受け売りになりますが、そうなってしまう条件と、心を失わない処置の仕方を聞いていますので、それを伝えます」

 

 万が一の時のために誰もがそれを知っておけば、知らなかったでは済まない事故も起きなくなるだろう。しかし、聞けば聞くほど貴婦人の表情は曇る。

 

「どうかされましたか?」

「……艦娘を酷使するような鎮守府は、深海棲艦化が起きてしまっているのではないかと危惧したの。心が壊れることで感情が溢れる……艦娘のことを考えずに好き勝手に使う者もいないとは限らないわ」

 

 いわゆるブラック鎮守府では、艦娘の酷使による使い潰しが問題になっている。勿論軍としては罰則を設けており、そんなことをする輩は責任者から降りてもらう上に咎人として罰を受けるようにされているのだが、それでも後を絶たない。

 そんな場所では、今初めて知ったであろう深海棲艦化も実は起きてしまっているのではないかと考えたのだ。それをひた隠しにしているだけで。処置の仕方もわからないから、繭になった時点で殺しているなりなんなりしているのではと。

 

「……正直、なんとも言えません。僕は艦娘に対してそんなことが起きるようなことは絶対にしませんから、その考え自体が理解出来ない」

「それが普通なの。でも、それこそ万が一があるわ。この件に関しては、少し慎重にいく必要があるわね」

 

 

 

 

 自分にだけ話してくれてありがとうと貴婦人は微笑み、それ以降は今後の鎮守府運営についての話となった。

 ついでだものと査察までされて提督はタジタジだったものの、やはり話がわかる人だったと内心では喜んでいた。こんな重たい話、自分1人では抱え込めないと。

 




現状維持が最善でしょう。余計なことを知ると、試そうとする輩が絶対に現れるので。でも、隠し続けるのも問題なのは確か。
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