施設からの出撃メンバーが決まりつつある頃、鎮守府側のメンバーを報告されたことで、潮がその戦いに参加すると言い出した。漣達を陥れた
恐怖に震えながらもそれだけのことを言ってのけたものの、飛行場姫としては簡単に許可は出来ない。ただでさえ名前を聞いただけ発作を起こしかけたというのに、直接顔を合わせるだなんて簡単に出来るのか。明日に施設にやってきた時に錯乱したら、出撃に支障が出るかもしれない。
そのため、まず今から鎮守府と通信をし、3人と対面する。声だけでもいいから聞きたいと潮は言うが、それでダメなら出撃は無し。施設でジッとしていることを条件とした。
潮には強い意志があるが、発作に勝てるかどうかはまた違った問題。本質の部分に作用するため、どういう心構えをしても無理なものは無理である。今でこそ見られなくなっているが、春雨だってほんの少しの別れから寂しさに繋がって錯乱したほどなのだから、今の身体になって僅か数日の潮にはかなり厳しいものと思われる。
「本当に大丈夫かしらね」
そんな様子を心配してか、トレーニングに付き合っていた全員がゾロゾロとついていく。その中の叢雲が未だ腰が引けている潮を見てポツリと呟いた。
ダイニングに行くにあたって、潜水艦姉妹がしっかりとサポートしながら向かっているものの、自分で選んだ道にもかかわらず、身体がそれを拒んでいるかのような動き。
身体も心も強くなっているはずなのだが、やはり奥底に根付く恐怖が表に出てきてしまう。しかし、足を止めないのは成長した証。
「大丈夫なんじゃないかな。大惨事にはならないよ」
「春雨姉さんがそう言うなら大丈夫ですね。潮さんも大分成長していますし、自分で選んでいるんですから。そして何より、姉さんが後押ししているヒトが失敗するわけがありません。その答えに辿り着いているんですから」
春雨の軽めな保証と、海風のいつもの捲し立て。これで空気は幾分か弛緩する。
「潮、大丈夫」
「側にいるから」
「何かあったら頼ってほしい」
「絶対に離れないから安心して」
潜水艦姉妹も潮を癒すために側に付きっきり。その手を離すことなく、常に潮に温もりを与え続ける。
ここ数日、毎日暇があればこうやって落ち着かせるようにしているため、こんな状況でも幾分か落ち着くことはできていた。そのおかげで前に進めているというのもある。
「が……が、がんばり、ます」
やる気が空回りしているわけでもなく、無理しているわけでもない。勇気を振り絞って前に進もうとしているだけ。それならば、否定するよりも応援してあげたいと、怒りが溢れた春雨と叢雲ですら内心思っていた。
ダイニング、中間棲姫にわけを話した後、飛行場姫を中心に、潮をテーブルにつかせる。タブレットは潮を映すことはないように配置し、最初は飛行場姫から始めて、覚悟が出来たらカメラを潮側に移動させる方針。
残りの者は、カメラから外れた場所でそれを見守る。まるでテレビ番組の観覧席のようになってしまっていた。叢雲は相変わらず甘めの紅茶を飲みながら、他の者も休憩がてら水分補給をしながら、潮の健闘を見守る。
「鎮守府との通信を始めたら、もう後戻りは出来ないわ。潮、本当にいいのね?」
ここで最後の忠告。その言葉に、潮は震えながらも静かに頷く。瞳に宿った意志はまだ消えておらず、せめて話くらいはしたいと手をギュッと握る。その手に潜水艦姉妹が手を添えた。
もし万が一この場で暴れてしまうようなことがあったら、2人が全力で押さえ込む。そうでなくても、触れているだけで落ち着けるのなら今一番必要なサポートであろう。2人はそれを率先してやっている。
飛行場姫が器用にタブレットを操作し、堀内鎮守府へと連絡。今回は個人的なことなので、大将や大塚提督は無し。
先程メンバーを報告して間もなくかけ直してくるなんて何かのっぴきならない事情があるのだろうと、堀内提督はすぐに反応した。
『おや、どうかしたかい。姉姫でなく妹姫だけとは』
「ええ、メンバーを聞いて、事前にやっておきたいことがあるの。……漣、曙、朧の3人を連れてきてもらえるかしら」
名前が耳に入ったことで、やはりビクンと震える潮。そもそも提督の声だけでも反応しかけたくらいである。覚悟は決めていても、どうしても身体は反応してしまうようだった。
簡単に理由を話された堀内提督も本当にいいのかと尋ねるが、構わないと答えると躊躇なく3人を執務室に呼び出す。今はギリギリまで訓練をしているということで、到着まで少し時間がかかるとして、少しだけ待つことに。その間は飛行場姫と堀内提督が世間話で場を繋ぐ。
それまでの時間、潮にとっては無限とも思えるほどの時間だった。今までとは違う恐怖に苛まれ、さらには緊張まで押し寄せてくる。もう喉がカラカラに渇いてしまっていた。
「はい、潮ちゃん。喉、渇いてるよね」
そこに春雨がさりげなくお茶を差し出した。喉が渇いていては、せっかく話せる機会だというのにまともに話せない。万全の態勢で事に当たらなくては、間違いなく失敗する。
「あ、ありがとう、ございます……」
「頑張って。きっとうまく行くから」
春雨の励ましでほんの少しだけ落ち着き、出されたお茶をグッと飲み込む。渇いた喉が潤され、詰まりかけていた息が大きく吐けた。
それで震えが止まったわけではないが、今の自分を正しく見据える余裕が少しだけ生まれる。自分で選んだことなのだから、こんなことではダメだと思えるくらいに。それでも恐怖は払拭出来ないが、幾分かマシにはなった。
そうこうしているうちに、タブレットから扉をノックする音。呼び出した3人が訪れた音。
運命の時が来たと思った瞬間、緊張がピークに達し、潮の身体は震えから硬直へ。それがわかったことで、潜水艦姉妹もより落ち着かせるために手を握るだけでなく、腕に抱きつくようにして大きく温もりを与えた。ウェットスーツ状の水着姿である2人からの抱擁は、他の者達以上に温かく、より落ち着くことが出来る。
『潮がっ、会いたいって!』
第一声は朧。3人の中でも潮とのいざこざに唯一参加しておらず、ただ姉妹艦に会いたいというだけの気持ちでここまで来た。
やはり名前だけで恐怖を感じるのに、声を聞いたら余計に恐怖が湧き上がってくる。だが、ここでこれではいけないと歯を食い縛り、どうにか硬直を解く。バクバクと鼓動する心臓の音が聞こえる程に、潮は発作を感じていた。
「すぐに顔を合わせるのはやめてもらっていいかしら。今でも潮は恐怖の発作に苦しんでるの。慣れるまで時間を頂戴」
『そ、そうなんだ……でも、この声は聞こえてますか』
「ええ、今はそちらに映っていないけれど、アタシの横にいるわ」
画面の真ん中には朧が緊張した面持ちで座っており、今は無言ではあるが漣と曙もその後ろに立っていた。3人とも、画面の向こう側にいるのが飛行場姫だとわかると、この異様な光景に一瞬驚くものの、すぐに受け入れた。
朧はともかく、後ろの2人は潮に対して引け目を感じているため、まだ流石に口を開くことは出来ない。自分の不意な一言が潮をさらに傷付けるかもしれないと、この場は一番無関係な朧に任せた。
『……潮、聞こえてる?』
なるべく恐怖を感じさせないように、優しく語りかける朧。潮はそれに対して反応は出来ないが、トラウマの根幹を担う漣と曙ではない声であるため、激しい発作には繋がらない。そこにいることもまだわかっていないが、それでもまだ画面を見ることは出来ない。
『潮のこと、みんなに聞いた。すごく辛い思いをしたって。だから、顔を合わせられないのもわかる。それでも、こうやって機会をくれたのは嬉しい』
朧にも恐怖で硬直している潮の姿は見えていないが、そこにいる姿を想像しながらも、艦娘である時と同じように接する。
『漣と曙もここにいる。2人とも、潮と話したいって。それはやらされたことで、自分の意志じゃなかったとしても、自分がやったことだからって。だからさ、声だけでも聞いてもらえるかな』
その言葉の後に飛行場姫の視線を受け、恐怖に打ち震えながらも、その声を聞くために小さく頷く。
「いいらしいわ。でも、気をつけてちょうだい」
『はい。どっちからでもいいよ』
朧が引っ込むことはしなかったが、後ろの2人に促した。意を決して先に出てきたのは、曙。
『潮、そのままでいいから聞いて』
あの時の曙の声。ドロップしたばかりに出会い、仲良くなった姉妹艦。同じ顔の別人ではなく、その時の本人。目の前で泥に呑み込まれ、そのままあちら側に行ってしまった者。
それを意識してしまったがために、その時の恐怖、溢れ出す原因となった感情が心を掻き乱す。硬直からまた震えになり、歯がガチガチと音を鳴らす。
だが、潮だって今までとは違う。自分の意志でここにいる。それに、周りには自分のことを見守ってくれている仲間もいる。
『あたしは悔しいの。あの時にあんなことをされて、こんなことをしでかした奴が、憎くて憎くて仕方ない。だから、あたしはあたしの手でそいつをぶっ斃すわ。アンタの分もあたしがやってあげる』
曙の原動力は、元凶への憎しみ。巻き込まれて死にかけた潮の分まで憎しみを持って、必ず後悔させるところまでやってきた。その意志を潮に伝え、潮が戦えないのならその分まで戦うと宣言。
『あと……その、本当にごめん。あたしも巻き込まれた方だけど、それでもアンタをあの場で裏切ったようなものよ。許されないことをしたって、あたしでもわかってる。だから、ごめん。許してくれなくてもいい。それでも、謝らせて』
裏切ったのは曙の意志ではない。侵蝕されたせいであちら側の思考にさせられたからだ。だから本来は謝る必要すら無い。だが、自分の罪としての認識にされているため、ツンツンしていることが特徴の曙でも素直に謝罪の言葉が出た。
この件での一番の被害者は、紛れもなく潮だ。勝手に巻き込んで、それなのに性格上不要と見做されて殺されかけ、結果的に恐怖が溢れて深海棲艦化するという大惨事。曙だって被害者なのに、自分を潮に対しての加害者であると考えてしまう。だから、柄にもなく素直に謝罪。
そんな曙の言葉に、潮は勇気を振り絞る。硬直と震えをどうにか耐えて、恐怖に押し潰されそうな心を奮い立たせる。だが、その分息が荒くなっていく。
『漣、アンタもよね』
『……そっすね。漣はもっと謝らなくちゃいけねーです』
自分を取り繕うような口調ではあるものの、いつもの元気さは微塵も感じられないくらいに声が小さい。
潮が漣に対して深いトラウマを負っているのと同じように、漣も潮に対して深い罪悪感を持っている。海風によって開き直れるような心構えに持って行かれているとはいえ、いざ潮と向き直るとなったら話は変わる。
『潮、本当にごめんね。泥のせいとかそういうの関係なく、漣がやったことは本当に許されないことだから。殺そうとしたのは紛れもないし、今の状況に持っていったのは漣だもんね。漣のせいで苦しんでいるのも理解してる。漣は潮と顔を合わせない方がいいとも思ってる。だから、これで終わりでもいい』
本当に辛そうな声色。だが、漣も勇気を振り絞っている。
「……ううん、謝らないで」
震えながらもこの言葉は紡げた。そして、一度言葉にしてしまえば次から次へと溢れる。
「漣、ちゃんも、曙ちゃん、も……自分からやったわけじゃ、ない、んだもんね……。悪くない、悪くない、んだよ、ね……」
ゼエゼエと荒い息を吐きながらも、顔をあげる。涙目どころか、ボロボロ涙を流しながらも溢れ続ける恐怖を決意で捩じ伏せ、3人に向けて、言葉を続けた。
「朧ちゃん、なんて、本当に何も悪くない、んだから……ね。私、わた、私は、漣ちゃん、も、曙、ちゃんも、恨んで無いよ」
震える手でタブレットを自分の側に向けて、今の自分を見てもらった。飛行場姫はそれを止めようとはしなかった。
深海棲艦と化した潮を見たことで、3人が目を開いて驚く。潮をこの姿にしてしまったことが自分の罪なのだと、漣と曙は心に留めた。朧も、一歩間違えればここに足を踏み込んでいたのだと思うとショックが大きかった。
「私、私も、戦う。こんなのおかしいから、謝らなくてもいいヒトが、謝るのは、絶対に、おかしいから……。だから、私も、頑張る、頑張るから、また、一緒に……一緒に」
泣きじゃくりながらも、自分の意志を伝えた。
『当然よ。あたしはアンタの受けた屈辱を晴らすために戦う』
『朧は、潮の心の安寧のために戦う』
『漣も同じ気持ちだい。平和も恨みも全部じゃい!』
画面の向こうの3人も貰い泣きしそうになりながらも意志を伝えた。
そして最後は、4人で小さく笑い合う。潮も、発作を起こしながらも笑顔を見せるようになっていた。
これを機に、潮は飛躍的に恐怖を抑える手段が上手くなる。恐怖の根幹に向かい合うことが出来たことで、大きく成長することが出来たのだ。
朧は完全にとばっちりなんですけど、これで4人もほぼ和解。潮自身はまだ発作を起こすでしょうが、漣達と話すことが出来たので、笑顔を取り戻すことが出来たでしょう。それでも欠けた部分があるので、感情の理解が恐怖経由なのは変わらないですがね。