空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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戦力は揃い

 漣達が和解出来たことで、潮は恐怖の発作が幾分か緩和されることとなった。姉妹艦の3人には笑顔も見せ、震えは止まっていないものの心が楽になっている様子。それには周りで潮を見ていたギャラリー達も一安心。これで前哨戦に向かうにあたっての憂いは無くなった。

 せっかくだからと、もっと慣れられるように話を続ける潮なのだが、漣達も今は追い込みの時。3人も潮ともう少し話したかったようだが、残念ながら執務室の扉の向こうでは北上と大井が待機しているらしい。明日のための追い込みは、一分一秒が勝負どころ。こうしている間にもその時間は失われてしまう。

 

『それじゃあ潮、また明日。漣達は、絶対に元凶をぶっ飛ばしてやっから!』

『ホントよ。何のためにこんなに頑張ってるんだって話よ』

 

 漣と曙は恨みも強い。決意の裏には少し後ろ暗いモノもあるが、施設側から派遣される部隊の筆頭が怒りと憎しみに駆られているのだから、その程度なら否定すら無いだろう。

 

『……潮、潮も明日の戦いに出てくるって、言ってたよね』

 

 ここで最後に朧からの質問。ついさっき、潮も戦場に出ると言い出していた。しかし、朧としてはそれは本当に大丈夫かと疑問に思う。

 

『今回の敵、触ったらアウトな敵だけど、そちらって対策あるのかな。こっちは泥を弾くバリアみたいなものが開発されてるんだけど』

『そうそう。だから、やろうと思えばぶん殴れるかもしれないんだって。漣ちゃんはそんなことやりませんがね』

「……あ」

 

 潮はここで初めて自分が戦場に出ることが出来ないのではと思い始める。勇気を振り絞って、漣達と一緒に戦うんだと決意したのも束の間、泥の特性によって思い切り出鼻を挫かれることになってしまった。

 普通ならば、近付けないのなら砲撃や雷撃に特化すればいい。しかし、今の潮は主砲も魚雷も()()()()()()()であるために、展開しようとしても出来ないため、護身術ではあるが超近接戦闘を学んでいる。つまり、素手である。

 そんな状態で戦場に出たら、まず間違いなく泥に触れる事になるだろう。近付くこと自体が危険なのだから。

 

「な、なにも、考えてなかった……」

『潮がどういうスタイルかは知らないけど、アレでいいんじゃないの、ほら、春雨達が着てたスーツみたいなヤツ』

 

 あの泥避けは、それに傷が付かなければ侵蝕されないという実績がある。ナイフで切られたり、針で刺されたりと、全ての攻撃に対して確実に回避出来るわけでは無いにしろ、一応は信頼度が高い装備だ。

 深海棲艦である潮には、スーツとなれば事前準備が不要。強いて言うなら、どういうものを着ればいいのかを聞いておけばいい。時間があるなら試着もしておけば尚いいだろう。

 

『そこで聞いてそうなんでちょっと聞いてみるけど、春雨氏いますー?』

「はいはい、なに?」

 

 画面に映っていないところにいる春雨を呼ぶ漣。こういう場ならいてくれるだろうと信じたところ、当然いるために画面内に入ってくる。

 潮が立ち直る現場を見れたことで随分と心が落ち着いており、溢れた怒りは鎮静化されている。そのおかげで、漣達からしてみれば見たことがないくらいの穏やかな表情だった。これが本来の春雨なのだが。

 

『潮に、あの時のスーツのこと教えてもらってもいいっスか。泥除けとしてめっちゃ優秀っスよね』

「うん、いいよ。今の潮ちゃんには必要なことだろうからね。こっちでちゃんと教えておくから心配しないで」

『さっすが春雨氏、話がわかるぅ』

 

 春雨は勿論快諾。潮が戦いの場に立つためには必要不可欠であり、こんなことで折れてもらいたくは無い。

 

『ちなみに、潮ってどんな感じの戦い方なのかな。朧達は3人で一人前ってコンセプトの下で、短期間で出撃出来るくらいまで鍛えてもらったんだけど』

 

 ここで朧からも質問。ここで潮がどのポジションに入るかによって、3人の戦い方も変わってくるだろう。とはいえ、3人は潮の性格は大体わかっているようで、ポジションとしては漣と同じバックアップだろうと思っていた。

 

「……その、わ、私……自分を守る手段を教えてもらっていて……でも、主砲も魚雷も、出せなくて……」

『んん? それじゃあ戦えなくない?』

 

 攻撃の手段を持っていないだろうと訝しんだ後、次の潮の言葉で3人が3人、全く同じ反応を見せる。

 

「か、格闘……素手で……自分を守るの……」

『す、素手ぇ!?』

 

 4人の中で最も控えめな性格の潮が、4人の中で最も前衛に立つ事になる。だからといって嘲笑などするわけでもなく、単純に潮のことが心配で驚きを隠すことなく反応した。

 本当にそんな戦い方で大丈夫なのか。あまりにも危険では無いのか。何故そういう選択になったのか。質問は次から次へと出てくる。

 

「はいはい、落ち着きなさいアンタ達。潮はアタシがしっかり仕込んであるから、充分戦えるわよ。それに、戦うっていう意志があるんだもの。安心しなさい」

 

 飛行場姫がその混乱を収めるために口を出した。潮はこの数日でトレーニングを積み、自分を守る力を得ている。それは教えられたことを全て吸収する特性によって、飛行場姫が出来ることを全て呑み込んでいるようなもの。それ故に、飛行場姫も自信満々に大丈夫だと言い切れた。

 3人は半信半疑である。少なくとも鎮守府の者達は飛行場姫の実力を知らないのだから。陸上施設型深海棲艦であるため、強力な艦載機を使ってくるという程度の知識しか無い。しかし、その力を目の当たりにしているどころか、自分がその力で心を折られた経験のある叢雲には、この言葉の真意が読み取れる。

 

「大丈夫よ。妹姫に鍛えられてるのなら、潮は多分アンタ達より強いわ。3人がかりでも勝てないかもしれないわね」

 

 叢雲の声が聞こえたことでビクッと反応したのは曙。やはり侵蝕されていた時の経験が身体に染み付いてしまっているようである。

 

「まぁアタシ達の同胞(はらから)はそういうものだもの。だから心配しなくていいわ。対策はこっちでもしておくから、アンタ達は明日のために頑張りなさい。北上が少しずつフェードインしてきてるわよ」

 

 部屋の外で待っていた北上が、そろそろ時間だとニコニコしながら後ろに立っている。潮のことに集中していたため、中に入ってきていることにすら気付かなかったようである。

 

『潮、改めて、また明日。一緒に勝とう』

「う、うん、が、頑張ろう、ね」

 

 満面の笑みを浮かべた漣。クスリと笑って親指を立てる曙。そして拳を突きつけるようにしてニコッ笑う朧。その姿に潮は癒され、オドオドとしつつも笑顔を返した。

 

 

 

 

 通信終了。どっと疲れたように椅子に深く腰掛ける潮に、春雨がもう一杯お茶を差し出す。

 緊張感のある姉妹艦との対面で、今までのトレーニングでも疲れた表情なんて見せたことが無かった潮でも、精神的な疲労は大きいようで、貰ったお茶をぐっと飲み干し、深く息を吐いた。

 

「お疲れ様、潮。よく頑張ったわね」

 

 飛行場姫に撫でられると、少し頬を赤らめながら小さく頷いた。

 

「潮、えらい」

「頑張った。すごい」

 

 潜水艦姉妹も潮を褒め称える。ここまでされれば恐怖なんて何処にも無くなるだろう。

 

「……私、怖い、怖いですけど、みんなと顔を、合わせることが出来たから、頑張れます。もっと、もっと頑張れます……だから、明日、明日は私も、行きます」

「ええ、でも本当にダメだと思ったらすぐに戻りなさい」

 

 潮の意志は絶対に否定しない。それが正しい行いならば、否定する理由がないのだから。

 

「アンタ達もついていって見守ってあげて」

「当然」

「勿論」

 

 潜水艦姉妹も参戦決定。基本的には潮のサポート。海中から状況を見定めて、潮が戦えなそうなら即座に引っ張ってでも撤退させる。そうで無ければ、気持ちよく戦えるように援護をすることになる。

 潮はおそらく戦場でも姉妹艦と行動することになるだろう。そうなったら、潮の心を守るために、潮に向かうあらゆる脅威を排除するだろう。

 

 もう、指示がなければ動けない姉妹では無い。自分で考え、自分の意思で動き、自分が嬉しいように生きる。自分のことはわからずとも、そういう自分として自我が芽生えた新たな存在として確立された。

 

「なんだかんだ、こっちから出すのも人数増えたわね。全部で8人か」

「ですね。私と海風、叢雲ちゃんと大鳳さん、それと、古鷹さんに潮さんに、この2人。あちらのヒト達も含めて20人超えちゃいました。こんなに人数用意する戦いなんてそうそう無いですよ」

 

 総勢23人と連合艦隊2つ分のメンバーで前哨戦に向かうこととなる。相手が何人かわからない以上、これでもギリギリかもしれないのだが、それでもかなりの人数。多すぎて戦いに支障が出るかもしれない程である。

 おそらくは、仕事をしっかりと割り振って戦うことになるだろう。その中でも潮は、立ち向かえるなら一番前、先陣も先陣になる。春雨や江風が超接近戦を繰り出すことを考えると、そこに並ぶことになるか。

 

「私達は私達で連携をしながら戦います。仲間に迷惑はかけません」

「ええ、そうしてちょうだい。あとは、潮の泥対策ね。まぁ教えればすぐにわかるでしょ。アレを着込んだ状態で今までのことが出来るかどうかを確認すれば、明日の準備は万端といえるわ」

 

 戦力としてはもう充分とみなし、あと出来ることは対策などの別事の準備のみ。他の者達はもうそれも終わっているようなものなので、潮を完璧に仕上げることに残りの時間を使うことにする。

 

「ですね。潮ちゃん、今から時間貰えるかな」

「は、はい……大丈夫、です。みんなと、一緒に、戦うためには……必要なこと、なんですよね」

 

 姉妹艦と会えたことで、前向きになっているのはいい兆候だ。これで明日の前哨戦、龍驤との戦いに勝つことができれば、さらに進めるだろう。

 

 

 

 

 一方鎮守府。潮と顔を合わせることが出来たのがご満悦な北上組。特に朧は、最初の目的が達成出来たため、気合の入り方が違った。

 

「さぁ、仕上げをしましょう。朧、今なら何にも負ける気がしません」

「おー、やる気満々だねぇ。なら残った時間で総仕上げだ。鹿島も待ってるよ」

 

 気持ちが前を向いていれば、どんな試練にも立ち向かえるだろう。朧はその傾向が特に強い。

 

「潮があんな姿になったのは、あたし達のせいでもあるのよね……」

「まぁねぇ。でもさ、ここは考え方を変えるべぼのたん。潮をああしたのは漣達かもしれないけど、それを差し向けたのは」

「クソ泥女ね。わかってるわ。あたし達のせいじゃない。全部あのクソ泥女が悪い」

 

 曙は深海棲艦化した潮の姿に少なからずショックを受けていたが、その原因となった龍驤に対して深い恨みを持つことで力に変えた。溢れるほどでは無いが、曙は怒りによって強くなっている。

 漣も同じように潮の姿に驚いたものの、曙に言った通り、怒りの矛先は正しく見据えている。そのおかげで心は落ち着いており、少しだけでも春雨と話が出来たことでさらにやる気が出ていた。

 

「明日のためにそこまで疲れないようにしたいけど、アンタ達は追い込み時だ。本当にまずいことになったら入渠まで考えておこうか」

「いや訓練でドックて。それはさすがに」

「あの鹿島、見てみ?」

 

 北上に言われて指をさす方を見る3人。そこには最後の詰めを叩き込もうと、満面の笑みを浮かべて鞭を握る鹿島の姿があった。

 

「……生きて明日に向かうわよ」

「当然。画面越しじゃなく、直に潮に会わなくちゃいけないんだから」

「おうさ。あんな訓練で倒れるわきゃいかねーぜ!」

 

 

 

 

 残り半日。これだけで3人の力はさらに上がることになる。ちなみに、ドックを使うことは無かった。

 




過信してはいけないけれど、あの全身を包み込むスーツは健在。泥が飛び散ってくる程度なら侵蝕は回避出来ます。とはいえ、あのスーツを着た潮……流石に上に制服を着そうである。
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