前哨戦に向かう前の最後の夜。施設側は準備も万端であり、出撃するメンバーも決まったため、深夜の哨戒も再開された。この夜の当番は本来は春雨と海風が含まれていたのだが、明日の出撃のために繰り越され、松竹姉妹とコマンダン・テスト、そして伊47が受け持つ。
また、夜になるまで飛行場姫が超高高度の監視もしていた。以前の文月のように、また何も知らないドロップ艦を使って施設の場所を探し出そうとしている可能性を考え、おおよその龍驤の居場所方面に飛ばす。大鳳も前哨戦参加者ではあるが、高高度からの監視が可能であるため、同じように艦載機を使って海上の監視をしていた。
「もし真夜中にドロップ艦を見つけてしまったとしても、容赦なく連絡を寄越してほしいと提督くんに言われているわぁ。だから、何かあったらすぐに教えてちょうだいねぇ」
前哨戦前夜ということで、もしかしたらここぞとばかりに何かをしてくるかもしれないと中間棲姫が哨戒部隊を見送り。受け持つ4人は、いつものように緊張感無く出発準備を終わらせた。
コマンダン・テストは常に艦載機を出しておき、伊47も海中を念入りに確認。施設に近付く者がいるのなら、誰にも気付かれない内にそれを察知する方針。
「ウス。艦娘の変装もしておくんで、いざって時はすぐに呼べるように、タブレットも持ち運ばせてもらうっス」
「そうねぇ、それがいいわぁ。もし泥に侵蝕されているような子を見つけちゃったら、保護しつつ鎮守府に連絡してちょうだいねぇ」
深夜の哨戒でもしドロップ艦を見つけた場合でも、文月の時と同じように鎮守府に助けを求めるという方針は変わりない。
そもそも保護するのもやめた方がいいかもしれない。そのドロップ艦に監視がついている可能性は非常に高く、そこに近寄った時点で監視対象が哨戒部隊へと変わり、そのまま施設の場所がバレるという流れまで見えている。
文月の時にその姿を確認したのも松竹姉妹だったりするのだが、その時から尾けられていた可能性も無くはない。だが、今この時に何もないということは、超高高度からの監視は視野が悪くなるという飛行場姫の言葉通り、文月をギリギリ見ているくらいだったのだろう。
「んじゃあ、行くか」
「ええ。哨戒部隊、行ってきます」
「くれぐれも気をつけてねぇ」
哨戒部隊を見送った後、すっと現れた『観測者』の方に目を向ける。こちらも夜のうちは別件で施設を離れる。
「行ってらっしゃい。また朝には帰ってきてくれるのかしらぁ?」
「ああ、春雨との約束なのでね」
道化達がニコニコしながら手を振ると、マントを翻した瞬間にその場から消える。小さく水飛沫がみえたので、海中、海底から向かったのだろう。
中間棲姫は相変わらずだなと感じつつ、毎日『観測者』と話が出来ることに感謝しながら施設に戻った。
施設内は、もうこの一日を終わらせるために静かになっている。出撃組は早々にお風呂で身を清め、早々に眠ることで疲れも取る。
春雨と海風も例外ではなく、既にベッドの中。特に春雨は、明日は施設側の部隊の中心人物として戦うことになるだろう。
「……んんぅ……」
しかし、緊張しているのかあまり眠気が来なかった。これはまだ前哨戦。本番でも無いのにこんなではよろしくないと自らを戒める。目を瞑っても、睡魔も何も感じない。変に頭が冴えている。
別に悪寒を感じているわけではないので、哨戒部隊が危険に晒されているというわけでもない。潮の繭が拾われてきた時とも違う。本当に、ただ単に眠れないだけ。
「姉さん、どうかしましたか?」
そんな様子を感じ取ったか、海風が目を開いて心配そうに声をかける。怒りが溢れた後であろうが、寂しさが溢れたことには変わりないため、しっかり抱きしめて温もりを与え続けている。そのおかげもあり、春雨に何かあればすぐに気付いた。
「なんだか眠れなくてね。黒幕本人と戦うわけじゃないのに」
「前哨戦ではありますが、その力は黒幕のコピーみたいなものですし、だからなのでは?」
「……そうかもね」
意識し始めるとどんどん意識が冴えていく。疲れていないわけではない。午後はギリギリまで怒りを晴らすために身体を動かしていたし、潮の通信の後はその追い込みだって付き合っていた。
この緊張感は今までと違う。この施設に所属することになってから、明確な殺意を持って出撃をするというのは初めてのこと。誰かを救うために自分から向かうことはあったが、最初から戦うために出て行くということがこの施設には今まで無かった。
鎮守府ならば当たり前だったことが、この施設ならば当たり前ではない。それだけ平和を脅かされているということにほかならない。
「本番でコレじゃ無くてよかったよ。戦いの前に眠れないとかあったら困るもん」
「ですね……。姉さんには十全な力を発揮していただきたいですから。勿論、私は姉さんに頼り切っているわけではありません。如何に神の如き力を持つ姉さんとはいえ、万が一、億が一のことがあります。それをなくさせるのが私、海風のお仕事です。もう春雨姉さんにあんな思いをさせません。一度の失態は二度と起こしませんから」
海風だって大きな被害者。侵蝕され、愛する春雨に叛旗を翻す羽目になり、心を揺らがされた。あの時の感情を覚えているせいで、今でも悪夢を見るほどである。
姉にそんな姿を見せるわけにはいかないと気丈に振る舞い、表面上はいつもの調子を取り戻している。いつものマシンガントークも毎日のように飛び出すし、悪夢から救ってもらったためにその愛はより深いモノになっているのだが、春雨からしてみれば、多少無理しているようにも見えた。
「海風」
「はい、何でしょうか」
「あまり無理はしないでね。私、戦場ではまた暴走しちゃうかもしれない。それを止められるのは、多分海風だけだから」
怒り狂い、身を滅ぼしながら深紅の狂犬と化した春雨を止められたのは、誰がどう見ても海風のおかげだ。それもあって、春雨は海風に絶対的な信頼を置いている。海風がそうであるように、春雨もまた、海風がいなくては安心して戦えないのだ。
逆に言えば、海風がいれば春雨は心置きなく全力で戦える。勿論もう暴走しようだなんて考えていないし、そこまでしなくても終わらせられるならそうしたい。だが、むしろ狂犬の姿を取らなければ勝てない可能性だってある。その時は、海風に頼り切ることになるかもしれない。
「そう言っていただけるだけでも、身に余る光栄です。私は春雨姉さんのためにこの命を使っていると言っても過言ではありませんから。ですが、勿論死ぬなんてことはしません。姉さんの心を守るために、私自身を守らなければなりませんから」
「私にも話してくれたよね。海風のために、私は私自身を守らなくちゃいけないって」
「はい。こんな関係になれて夢のようですが、春雨姉さんと私はもう一蓮托生なのかなと。烏滸がましいかもしれませんが、もう切っても切れない関係となれたのかなと思いました。お互いのために、お互いを守る間柄なんて、とても素敵ですね」
緊張感は拭えないが、海風とこう話している間は、心が安らぐようにも思える。一時的にその心が自分から離れたことで、本当に必要なものであると実感出来たからだろう。
そんな海風を抱き締めようと腕を展開しようとしたが、もう少しで眠るという時に硬い艤装の義腕で抱き締められて嬉しいものなのかと躊躇ってしまった。
それに気付いた海風は、その切断面とも言える腕に触れて、逆に抱き着いてくる。そのことで怒りを溢れさせてしまうかもしれないため、それを抑えるために。
「姉さん、私にも気を遣わなくて結構ですよ。姉さんがどんな姿になったとしても、姉さんは姉さん、私の愛すべき姉です。その手が硬くても、冷たくても、姉さんが姉さんの意思で私に触れてくれるというだけで感無量なんです。私も愛されているように感じて、今にも愛が溢れてしまいそう」
その身体に顔を押し付けるようにして語る海風を撫でるため、思いを込めて義腕を展開し、海風の後頭部に触れる。決して柔らかくない金属の腕ではあるのだが、それでも人肌のような温もりを感じられるものになった。
それを感じた海風は、より春雨の愛を感じることが出来て、人前では見せられないくらいに甘える。本当に愛が過剰に溢れ出して、海風が愛の泥を分泌してしまわないかと要らぬ心配をしてしまいかけたが、流石にそこまではならないだろうと優しく撫で続けた。
その時だけは、春雨から怒りも寂しさも払拭されていた。海風の前だけでは、本来の春雨が出ていた。
翌朝。グッスリと眠ることが出来たため、春雨と海風は気力も体力も全快状態。特に海風は、最後まで春雨の温もりを感じていたため、120%の力を出せそうな勢いである。
「おはようございます姉さん。今日もいい天気、絶好の出撃日和です。今日決着をつけねばいつやるのだというくらいに清々しい空気ですね。姉さんは体調は大丈夫ですか? 顔色は良いようですし、肌艶もいつになく絶好調という感じでしょうか。でも勿論油断は出来ません。最初から最後まで万全な状態でいかなければ。なので、ギリギリまでお世話させていただきますね。さあさあ、今日は大忙しですから、張り切っていきましょう」
「だね。今日で龍驤は終わらせる。黒幕の前哨戦は快勝で終わらせたいね」
義腕と義脚を展開してベッドから立ち上がり、すぐにそれを隠すように着替える。絶好調であることを表すかのように、隠すまでの義腕と義脚はマグマのように紅く輝いていた。
ダイニングに向かうと、疲れた顔の松竹姉妹とコマンダン・テストが休息中。それはそれは眠そうにぐったりとしていた。
「あれ……もしかして夜に何かあった?」
春雨が話しかけると、竹が聞いてくれよと押し強く声を荒げる。
「ドロップ艦、またこっちに来てたんだぜ。しかも3人もだぞ!」
「そ、そんなに……?」
「たまたまかもしれないけど、夜の内に送り込もうとしてくるのが狡いよなぁマジで。こっちが寝てる隙を見計らってんだよ」
眠気もあるからか、苛立ちを隠さない竹。松もそれを止める気力もないようだ。
「夜の内に鎮守府に連絡してね、全員引き取ってもらったわ。コマさんがいなかったら近付いちゃってたかも」
「
幸いにもそのドロップ艦に島まで接近されるようなことは無かったらしいが、だからといって島が危険に晒されていないというわけでもない。3人も島に接近されたとなると、そろそろ本当に島の場所がバレてしまっている可能性が否定出来なくなる。
「鎮守府もてんやわんやかも……夜の内にドロップ艦3人だなんて……」
「3人目ともなると、保護しに来てくれた艦隊も疲れた顔してたっぽいな。後から通信で聞いたぜ」
「だよね……」
施設どころか鎮守府にまで迷惑をかけ続けているやり方に、自然と怒りが溢れてくる。海風が即座にカバーしたものの、苛立ちはどうしても止まらない。
「まぁ、今回の戦いの最中もこっちでは哨戒とか続けておくから、気にせずぶっ斃してきてくれよな。オレ達の分まで頼むぜ」
「施設の平和のためにも、鎮守府の平和のためにも、ね」
「勿論。こんなことをしたことを後悔させてくるよ」
少し暗い笑みだったが、やる気は充分すぎるくらいに漲った。
前哨戦、戦いの幕が切って落とされる。