朝食を終えた施設組。出撃するメンバーは、緊張感に包まれながらもいつもの岸へと集合。ほぼ半数と言える8人はやる気も十分にスタンバイ。
それを見送るために、姉妹姫と共に白露もやってきていた。大きな戦いの前なのだから、元々自分のいた鎮守府の者達を出迎え、その健闘を祈りたいと。
「私からのお願いは、みんな無事に戻ってくること。命を散らすなんて以ての外。傷だってついてほしくないわぁ。だから、本当に危ないと思ったら逃げることも考えてちょうだいねぇ」
中間棲姫が念を押す。仲間達が死ぬなんて考えたくも無いのだが、今から向かうのは危険な戦場だ。最悪、誰も帰ってこなかったなんてことだってあり得る。それがどんな理由であれ、誰一人欠けてもらいたくない。そもそも戦うことが嫌なのだから、極端な話、自分の知っている者が戦うのだって嫌なのだ。
しかし、そうしないと逆にこの施設が危険というのが困ったもの。迎撃だけではなく、打って出るという決意をしたのだから、もう止まってはいられない。
「ギリギリまでは艦載機で見送るわ。その目が届かなくなったら、アンタ達に任せるしかなくなる。お姉が言ってる通り、必ず帰ってきなさい。畑もまだ途中だし、漁のための人員は減ってもらいたくないわ」
飛行場姫もしっかりと応援。中間棲姫よりは攻撃的ではあるが、島の平和を念頭に置いており、そのためには今から出撃する8人の存在は必要不可欠。全員何事もなく戻ってきて初めて、この戦いは勝利となる。1人でもやられたら敗北と見てもいい。
そしてその条件は、命が奪われることだけでなく、侵蝕も含まれている。誰かがまた侵蝕され、仲間ではなく敵になってしまった場合、それはその時点で勝利では無い。侵蝕をどうにか治療出来たとしても、心に嫌でも蟠りが出来てしまう。
「私と叢雲ちゃんはこのままでもいいかもしれないけど、みんなは対泥のスーツを着てね」
「勿論です。あちら側のいいようにはさせません。今回は改良版ですからね」
早速海風がスーツを着込む。今までの皮膜のようなスーツとは打って変わって、防刃防針の素材となっていた。艤装の金属を練り込んだようなそれは、若干行動を阻害するかもしれないが充分すぎる程に動けるように伸びるおかげで、本来の動きが出来ない程にはならない。
これだけでは潮が物凄く恥ずかしがったため、さらにその上から制服を作り上げるが、それはそれでまた防刃防針。動きやすさを重視するため、春雨のそれを真似るようにショートパンツ仕様となっている。スカートだと、飛び散った泥が内側に入り込んで隠れるかもしれないという理由もあるため、しっかり肌に張り付くタイプ。
結果的に、今は首から下を特殊素材で作られた厚めのインナーで包み込み、その上から特殊な制服を着ているという状態になった。これならば、そう簡単には侵蝕されない。最終的には顔もヘルメット状のマスクで覆うため、完璧に外部への露出を遮断する。
勿論、これで完璧だなんて思っちゃいない。あちらが何をしてくるかわからない以上、保険がかなり強固になったという程度で今は終わっている。
爆発を身近で受けたら破損するだろうが、そもそもそんな場所で攻撃を喰らったら侵蝕どころかダメージが大きすぎる。なので、本当に陥れようとしてくるのなら、砲撃はしてこないだろう。してきたら回避するのみ。
「あとは顔を隠しておしまいですが、今はいいですよね」
「うん、大丈夫。でも現場に着いたら絶対に展開してね」
「意外と動けますね。刀もしっかり振るえます」
「はい、何もおかしなところはないですね」
大鳳も同じスーツを着込み、腰に差した刀を抜く。違和感なく戦えるようで、泥のことを気にせず十全に戦えることを喜ぶ。
古鷹も尻尾の艤装と右腕を包み込む艤装を展開し、使えないところが無いことを確認。古鷹にとっては久しぶりの戦闘ではあるが、潮とのトレーニングで身体と同時に艤装も慣らしていたため、今からの戦いにも充分に参加出来る。ちなみに眼帯はオフ。
「潮、大丈夫」
「潮ならやれる」
「う、うん……大丈夫、やれる、やれる、やれる」
潜水艦姉妹はウェットスーツ状のスーツとなる。こちらは水着仕様であるため、機動性に優れた仕様に。流石に防刃防針に関しては適材適所としている。
潮も仲間達と同じ姿になるが、少し違うのが手。飛行場姫からの教えを忠実に守るため、義手のような見た目のグローブが出来上がっていた。自分の身を守ることを優先するにしても、このグローブがあれば大概のことが出来るように仕込まれていた。
「春雨、どうせなら私達も着ておきましょ。耐性があるにしても、万が一があるわ」
「だね。それに、出撃する部隊はお揃いの方が気持ちが昂るし」
「それはどうか知らないけど、どうせなら私達は動きやすい方がいいわ」
そして春雨と叢雲も同じようにスーツを着たことで万全となった。叢雲の言う通り、戦いに絶対は無い。叢雲には泥に対しての耐性が、春雨はその力によって自分の思い通りにことを運ぶ力があるとはいえ、それを上回る可能性が僅かにでもあるのなら、正しい対策は必要である。
春雨が同じ姿になったことで、海風が特大の反応を見せていたのだが、ここはあえてスルーした。
「お、見えてきたよ」
部隊が準備している内に、水平線の向こう側に鎮守府の部隊が見え始める。それを見つけた白露は、向こうにわかるように大きく手を振った。
向こう側もそれに気付いたか、やんちゃ組である江風と涼風が手を振り返してくる。そして今回はそこに、明らかに初見の艦娘も含まれていた。
「んん? あれが例の大塚鎮守府からの増援かな?」
白露のその言葉に古鷹が真っ先に反応。事前に知っていたとはいえ、自分の古巣である鎮守府の仲間達と直接顔を合わせられるとなると、いつも落ち着いている古鷹とはいえ若干テンションが上がる。
「雷ちゃん……それに鹿島さん……」
また会えたことに感激したことで、左眼の輝きが一層強くなった。それは向こう側にもわかったらしく、その一群の中から1人が飛び出して島に向かってくる。春雨達も知らない顔であるため、それが大塚鎮守府の増援であることは一目瞭然。
「古鷹さん! 会いたかったわ!」
猛スピードで突っ込んできたその艦娘、雷は、それこそ飛びつくように古鷹に抱き着いた。流石に艤装を身につけたままだと質量的に危険とわかっていたようで、即座に艤装を消す。抱き着かれた古鷹も、いつものことと言わんばかりに綺麗に受け止める。
「色が白くなってるけど、古鷹さんは古鷹さんね! 私の知ってる古鷹さんのままだわ!」
「……うん、そうだね。私は何も変わってないよ」
元々の仲間にこう言われると、自分は艦娘のままなのだと実感出来る。つい先日まで今から戦いに行く敵と同じ存在だったのだが、そこから脱却出来たのだと改めて感じることが出来た。
その後から続々と今回の部隊が合流。いつも通り、旗艦は山風……というわけではなく、今回は金剛が旗艦。
今回は調査隊ではなく強襲部隊。物事を調べるために向かうのではなく、あくまでも眼前の敵を
「姉姫、妹姫、今日はよろしくお願いしますネー」
「ええ、よろしくねぇ。私達は参加するわけではないけれど、ここで貴女達の無事を願っているわぁ」
「それだけで百人力ネ。必ず全員無事で帰ってきマース」
ニッと笑って握手を求める。中間棲姫もそれに応じてしっかりと握った。
「貴女が眼鏡くんのところの艦娘さんねぇ。貴女はちょっと前に画面越しに顔は合わせてるわよねぇ」
「はい、大塚提督の指示により、今回参戦させていただきました。練習巡洋艦、鹿島です。他の方々よりは力が劣るかもしれませんが、尽力させていただきます」
「あらあら、ご丁寧にどうもぉ。今から戦うというのにこんなことを言うのはなんだけれど、ここではあまり気を張らないようにしてちょうだいねぇ。余裕があったら、お茶でも飲みましょうかぁ」
画面越しでもそうだったが、この中間棲姫の軽さには驚きが隠せない。最悪の姫と謳われていた存在は、今の黒幕であるその中身に集約されているのだと理解出来た。
あの大塚提督がこの中間棲姫に対しては信頼とまではいかないまでも懐疑心を持っていないため、やはり信用出来る存在である。
「うおー、今日の姉貴達はなンかすげぇな」
「やる気満々って感じだ。深海の戦闘服はそんな感じなのかい」
「そういうわけじゃないけど、出来れば動きやすい方がいいからね。今は私も近接戦闘タイプだし」
江風と涼風が春雨達の姿を感心しながら眺めていた。艦娘時代にはまずしないような攻撃的な姿であり、春雨に至ってはここから鉤爪や狂犬の耳と尻尾まで現れるのだから、このような反応をしてもおかしくはない。
山風も静かではあるが、海風の戦闘服姿に見惚れているような雰囲気は出ている。身体のラインをしっかり出すような見た目なので、目のやり場に困っているように見えた。
そして、同じように絡もうとしたがいろいろとまだ抵抗があるのがこちら。潮と北上組。
「……ちゃんと、会えた、ね」
事前に顔を合わせていたおかげで、直接面と向かっても、発作を起こすようなことは無かった潮。漣達はぎこちなくなりそうだったが、そんな素振りを見せないように努力する。
罪悪感を見せれば潮が悲しむし、そこからまた恐怖を溢れさせる可能性がある。潮のことを考えれば、開き直るしかなかったのだ。
「うん。これで朧の目標は1つ達成」
「そう、なの?」
「朧は、潮に会うためにここまで頑張ってきたから。でも、それだけじゃあもう足りないね。潮を悲しませたヤツを、ちゃんと斃すよ」
唯一罪悪感を持たない朧が率先して前に出る。普通ならこういう時は漣がおちゃらけるのだが、そんなことが出来ないくらいの神妙な空気になりつつあった。
とはいえ、この関係を引きずることの方がナンセンス。戦場にそういう私情を持ち出すのは、勝てるものも勝てなくする。だから、漣も曙もそれを振り払った。
「いや、潮っぽくないっていうか。本当に素手で戦うわけ? 大丈夫?」
「……うん、大丈夫。すごく、すごく怖いけど、それだけじゃダメって、わかってるから」
今この場に立っても、潮が格闘戦に打って出るというのが信じられない。
姉妹艦との再会で前を向けるようにはなったが、本質としてやはり切り捨てるモノ、主砲と魚雷は使えないままであるため、戦場に出るには拳しか無い。
しかし、ここにいる者達は、今の潮の実力を知らないからこういう反応をするのだ。仕込んだのは飛行場姫、ここから動けない代わりに、その技術を全て叩き込んでいる。そして潮は、
「それじゃあ、時間も押してマスし、そろそろ行きますヨー! 打倒龍驤、ここで勝って、
時間もそこまで多くあるわけではない。時間をかければかけるほど、あちらの戦力は増えるようなものだ。暗くなる前に終わらせたいというのもある。
そのため、島での挨拶はこの辺にして、ついに出発のとき。
「春雨、最後に」
出ていこうとする春雨を呼び止める白露。なんだろうと振り向く春雨だが、白露は目の前に拳を突き出していた。
「怒りの矛先は、もう理解してるね」
「勿論です。自分に怒りを持つだなんて建設的ではありません」
「よし。それじゃあ、必ず帰ってくるんだよ。あたし達を泣かせんじゃないよ」
「……ふふ、わかってます。必ず戻りますよ。全員で、勝利の凱旋をします」
その拳に、春雨も拳を突き合わせた。
ここから前哨戦が始まる。ここから出てくる敵はまだ未知数。それでも、負けるつもりは毛頭無かった。