鹿島と古鷹の前に黒潮と不知火が立ちはだかっている時、瑞鳳を相手取る近接戦闘組は、慣れない岩礁帯での戦いを挑まれていた。
ホームグラウンドである瑞鳳は、岩場でステップを踏むように動き回り、合間合間で射撃を繰り出してくる。その精度は動き回っているとは思えないモノ。春雨と叢雲は自身の鉤爪や槍で軽々と払い除けているものの、江風と潮はかなり苦戦していた。
「なンつー面倒くさいところで戦ってくれンだよ!」
今までに無い戦場に、江風は苛立ちを隠せない。海水で濡れた岩場は、踏み方を失敗するとつるりと滑るため、その上を蹴りながら高速で移動するなんてことが出来ず、岩礁に囲まれた海面を突き進む。そのせいか、接近戦を仕掛けたくても瑞鳳に追いつくことが出来ずに苦戦。
潮もほとんど同じだった。ただでさえ、飛行場姫達とのトレーニングが陸の上、もしくは平坦な海面だけだったこともあり、進むのに時間がかかってしまう。
また、この岩礁帯は海中から潮を援護するために戦場にいる潜水艦姉妹にも厄介なモノだった。海上に出ている岩礁は、海中ではより入り組んでおり、潮の真下を陣取ることが出来ない。緊急時に救うことは、この場では難しかった。
「勝手に私達の居場所に攻め込んできておいて、何を言うのかな? アウェーなんだから文句言っちゃダメだよ」
話しながらも笑顔を絶やさず矢を激しく放ち続ける。めちゃくちゃな姿勢になっているのに、精度は一切変わらないのが恐ろしいところ。
春雨や叢雲のようにわかりやすくガードする手段がない江風としては、攻撃に転ずることが難しく、回避に専念しなくてはならなかった。そうこうしている間に瑞鳳は離れていき、近接戦闘は難しくなる。
「江風、こっちは大丈夫だから、周りを黙らせてきて」
「わ、悪ぃ、任せるぜ春雨の姉貴!」
ここで春雨が江風を下がらせる。無理して突っ込ませるよりは、別の場所に当たってもらった方がいい。江風と最も連携出来るであろう山風と涼風がそちら側に徹しているのだから、江風もそちらに属した方がここよりも力を発揮出来るはず。
それに、この指示が春雨の指示であることも大きい。最善の道が見えている春雨が言うのだから、瑞鳳に向かうよりも周りのイロハ級を黙らせる方が、この戦況を良くする。そう考えれば、反発なんてせずに素直に従うのが妥当だとすぐに気付ける。
適材適所。ただ人数で圧倒するよりも、適した場所で戦った方が戦果が良くなるだろう。
「潮、アンタも、漣達と一緒に戦いなさい! こういう足場だと厳しいなら、アンタがやりやすい場所でやればいいから!」
「うぁっ、は、はぃいっ」
潮に指示を飛ばすのは叢雲。江風と同様に潮も厳しそうであるため、別の戦場に移動させる。漣は泥刈機で対空砲火をしているが、曙と朧は潮を援護するために奮闘している。しかし、まともに近接戦闘が出来ないなら、別の場所で戦った方がいい。
ただでさえ、こんな混戦状態では、次から次へと恐怖が押し寄せてくるだろう。それを少しでも軽減するために、今この戦場で一番厳しい場所からは離れさせるべき。
「あれあれ、私にはあんまり人数を割かないのかな。さっきまでいっぱいいたのに」
「無駄に多いより、精鋭をぶつけた方が手っ取り早いんですよ」
瑞鳳の嫌味に、春雨も口悪く返す。
瑞鳳の言う通り、今岩礁帯で瑞鳳と相対しているのは4人。施設組の春雨、叢雲、春雨を援護するために決して離れない海風、そして、鎮守府組から比叡。
「もう少し、動きやすくしますか!」
ここで比叡が突拍子もないことを言い出した。岩礁帯を飛び回る器用さも持ち合わせているものの、その分強く踏み込むことが出来ないため、全力を出すことが出来ないでいた。それをどうにかしようと刀を一時的に艤装にしまう。
「やめた方がいいと思います。多分これ、この場所自体が罠です。
何をしようというのかと叢雲が尋ねる前に、春雨が忠告。それをする前に今のままで戦う方向に持っていく。
比叡がやろうとしていたのは、主砲を乱射して岩礁帯を全て噴き飛ばしてしまおうという手段。戦艦の主砲ならば、岩場自体を更地にすることも出来るだろう。多少ゴツゴツしていても、今の足を滑らせそうなモノよりは平坦に近付く。
何より、より不安定になるように足場自体に泥を付着しているため、それを消し飛ばすという理由でも、岩場を噴き飛ばすというのは悪くはない手段だと考えた。
しかし、春雨はそれ自体があちら側の狙いなのではと、直感的に勘付いた。行動が面倒くさい場所で戦うことで、痺れを切らしてこの場所そのものを消してしまおうという考えに誘導させる。
地形を変えるだなんて普通は出来ないだろうが、戦艦の主砲であれば、岩礁帯の岩なら木っ端微塵に出来る。だが、
「岩場の隙間、機雷が仕込まれています。破壊したら誘爆するように」
言われて驚き足下を凝視したが、それらしいモノは視認出来ない。岩礁は他の海域にもある普通なモノ。飛石のように密集している場所もあれば、ヒト1人分以上の広さの足場もあるにはある。そういうところにはしっかり泥を配置して、まともに踏み込ませないようにしているあたり、タチが悪い。
「何も見えないけど」
「そのようにしてあるんですよ。潜水艦が海中から見えないところでもあるでしょうね。でも、岩場に強い衝撃を与えたら爆発するように仕掛けてありますよ。その機雷自体が命を持っているなら、移動もしますね」
「……深海忌雷!?」
深海棲艦製の機雷である深海忌雷。ここ最近は見なくなったが、海中から忍び寄り、艦娘の脚に絡み付いて動きを封じる。実際は爆発するわけではない生体兵器であり、機雷というよりは捕獲用の罠のような作用をする。
春雨は、この岩礁帯に爆発性を持つ深海忌雷がいくつも設置されていると見抜いた。本来の性質を泥によって捻じ曲げられ、捕獲ではなく殺意の塊となったそれは、岩礁を破壊しようとするなど強い衝撃を与えることで爆発する。
しかも、春雨はさらに見抜いていることがあった。深海忌雷が爆発した後のこと。
「多分ですけど、爆発してもそこまでの被害はないです。
「ならどういう」
「泥をばら撒くんじゃないですか? あの瑞鳳の動き、確実に誘い込んでますよね、忌雷地帯に」
遠距離からの攻撃がメインである瑞鳳が、間合いを取るために離れようとするのは当然のことではある。だが、その方向がより岩場の奥に行こうとしているような動きだった。
誘い込まれたところに瑞鳳自ら忌雷に着火する可能性もある。ここで春雨の予想通りに泥をばら撒くタイプだったとしたら、回避もまともに出来ずに泥を被り、そのまま侵蝕されるというオチ。
やはりあちらは泥の効果を相当強めに見ているようである。それは当然のことだ。ただ敵を処理するだけでは終わらず、仲間を増やしつつ、敵のメンタルを破壊することが出来る。一石二鳥では止まらない、最大の力である。頼るのも無理はない。
「なので、岩場に対しての砲撃はやめましょう。海風もそうして」
「了解です。足場の泥を剥ごうと思いましたが、姉さんがそう言うのなら危険ですね。薬剤をぶちまけることが出来れば話は変わるかもしれませんが、私には出来ません。慎重に動くしか」
「あ、それなら出来るよ。お姉さまと同じ三式弾持たされてるからね!」
ここで比叡が主砲を真上に向け、思い切り砲撃。普通の砲撃ではなく、三式弾による対空砲火である。
金剛と同じ三式弾であれば、そこから放たれるのは泥を消滅させる薬剤入り。侵蝕された者に触れれば治療され、泥に直に触れればその場で中和されて消滅する。あちらが泥の雨を降らせるのなら、こちらは薬剤の雨を降らせてやろうとした明石手製の必殺弾。
今まで出し渋っていたのは、その弾数がそこまで多くないからだ。基本は金剛が持っていき、比叡には3発程しか渡されていない。近接戦闘をメインとするのなら、砲撃を放つタイミングも少ないとして、薬剤三式弾は金剛に重きを置かれている。その1発目をここで放った。
「え、なになに!?」
真上に何かを放たれたため、瑞鳳が警戒。だがそこで視線が上に向いたため、叢雲がここぞとばかりに突撃する。
「目ぇ逸らしてんじゃないわよ!」
「いやいや、あんなことされたら流石に見ちゃうでしょ。でも、それはそっちもかもしれないね」
高速で距離を詰める叢雲の手前、岩礁の隙間から、突如蛸のような異形が飛び出してきた。これが春雨の言っていた深海忌雷。瑞鳳が小さく合図を送っていたようで、叢雲が通過しようとした瞬間を狙って、脚に絡みつこうとしてきた。
だが、叢雲にはそんなものお見通しである。自らの意思で動こうとした瞬間、叢雲の感知の範囲にその反応が現れていたのだ。ジッとしている間は物として扱われて感知の範囲内に入らなかったようだが、合図を受けたことで生物判定となったようだ。
「姑息なのよアンタ達は!」
絡みつく前に槍でその口から串刺しにし、爆発する前に振り回して逆に瑞鳳に投げ飛ばす。そんな衝撃を受けたことで忌雷は爆発。春雨の予想通り、その大きさからは想像が出来ない量の泥がその場にばら撒かれた。
叢雲が素早く対処したことで、その飛沫すらも叢雲に付着することは無かったが、念のため肌を全て覆うように顔にもマスクを展開していた。これで叢雲は自身の耐性をバラすことなく泥を回避成功。実際に付着していても叢雲を侵蝕することは出来ないのだが、そこはギリギリまで知られないようにする。
あれを耐性無し対策無しで被っていたら、即座に侵蝕を受けていただろう。あの量からして、瑞鳳達が身につけている泥のコスチュームを生成することにもなっていたかもしれない。
「うわっぷ!?」
逆にその爆発による泥をモロに被ったのは瑞鳳である。既に侵蝕されている者であるからこれ以上の効果は無いのだが、目潰しになってしまったのは間違いなかった。
ならばここが隙だと、叢雲はさらに接近。槍の間合いへと入る。ここで即座に矢を番えたとしても、叢雲のスピードには間に合わない。
ここに瑞鳳しかいなければ。
「っ!?」
叢雲の感知内にはその存在は入っていた。だが、それがイロハ級か艦娘なのかの判断は出来ない。そのため、今眼前に迫る矢が何処から放たれたのかがわからなかった。
ギリギリのところで避けることは出来ているが、泥除けのマスクを掠める。直前までその存在を知られることなく、しかし精度がかなり高い一撃を放ってきた。
「危ないわね、瑞鳳。私が来てなかったらやられてたんじゃないの?」
「ごめんごめん。ほら、偵察のまま交戦ってよくあることじゃない。来てくれるって信じてたー」
「都合のいいことを……。でも、ここからは私も参加するから」
次に現れたのは、瑞鳳と同じく空母なのだろうが、見た目としては軽空母ではなく正規空母。
「まだ龍驤では無いですね。貴女は?」
尋ねながらも春雨も叢雲のように突撃。狂犬スタイルとなり、獣の口のようなマスクまで展開して。
だが、鉤爪を振りかざす前にその空母が展開したのは錫杖。春雨に突きつけるようにして、その突撃を直前でやめさせる。
「名乗らなくちゃいけないわけ? まぁでも最終的にはバレるかもしれないか。じゃあ名乗っておく。私は葛城。正規空母の葛城よ」
その突き付けた錫杖の先端から、黒く染まった人形の紙が生み出されたかと思いきや、そのまま艦載機へと変化して春雨に襲い掛かる。
「姉さん!」
それを海風が許すわけもなく、艦載機を砲撃で撃ち墜とした。瞬間的にその判断が出来たことに葛城は驚いていたが、まだまだ余裕があるような表情で一歩下がって弓を展開し、瑞鳳から離すように矢を放つ。
「貴女はいろいろとやれる空母ですか」
その矢は当たり前のように鉤爪で握り潰す。矢を放ってくることは辿り着く力によって既に把握しており、導かれるように握りしめただけ。
至近距離の射撃をそんなカタチで止められることを想定していなかったため、葛城も出てきたばかりなのに驚きを隠せない。
「厄介ですね。面倒ですね。腹が立ちますね。それに、まだここに龍驤が出てこないことが一番気に入りませんね」
「あっはは、本当に今の春雨は気が合うわ。龍驤がまだ余裕なツラをしていると思うと、クソ気に入らないわよ」
「だから、貴女達は早急に終わってもらいます。いいですよね、
あえて下に見るような発言。龍驤の泥に侵蝕されている者ならば、下に見られることに苛立ちを覚えるだろうという精神的な攻撃。
次から次へと出てくる侵蝕者だが、春雨には臆するという選択肢は無い。より沸き立つ怒りで心を熱くしながら、この奥にいる龍驤を始末するために前へと進む。
瑞鳳も葛城も、既に前座扱いだった。