空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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解放の刃

 前衛には瑞鳳と葛城、後衛には黒潮と不知火と、タッグを組んだ敵部隊が現れている中、その戦いを邪魔するイロハ級達は他の者達が対処していた。空母隊が何とか遠方から飛んでくる敵艦載機を処理しているため、悠々とは言えないものの危険度はかなり減った状態での戦いとなっている。

 特に、前衛から江風と潮がそちらに移ったことで、より邪魔立ては無くなった。目の前の敵に専念出来る状況であるため、もう後ろすら振り向かずに挑むことが出来る。

 

「貴女達は早急に終わってもらいます。いいですよね、()()

 

 鉤爪を突き出すように向けて、挑発するような発言。以前の春雨ならば絶対に言わないような、本当に見下した言葉。

 

 まだ侵蝕されていた頃の白露に対して、心を揺さぶるために本心でもない挑発をしたことがあったが、その時は村雨に倣った搦め手を実行したに過ぎない。そのときは相当無理していた上に、相手が白露だったことですぐにそれが搦め手だとバレてしまった。

 だが今は違う。苛立ちから自然にこの言葉が出てきた。ヒト様をやたらと見下した態度で、自分達が圧倒的有利な状況を作り上げてから、さんざん見下してくるような相手であるため、お返しと言わんばかりに毒を吐く。

 瑞鳳も葛城も、春雨が見てきた侵蝕された者達よりは比較的謙虚ではあるのだが、龍驤の部下というだけで春雨にとってはもう悪態の対象。

 

「前座、今前座って言った?」

 

 その言葉に突っかかるのは、やってきたばかりの葛城。瑞鳳よりもツンツンしており、どちらかといえば龍驤の泥の影響を色濃く受けているのか、馬鹿にされることが心底気に入らないようだった。

 

「まあまあ葛城、抑えて抑えて」

「馬鹿にされて黙っていられるかって話よ」

「それでもニッコリ笑って受け流すのが格上ってものだよ」

 

 憤る葛城に対し、瑞鳳は逆に落ち着いていた。内心では前座と吐き捨てられたことは気に入らなかったようだが、そこは大人の女性であることを示すように表情には出さない。

 見た目は瑞鳳の方が小さいが、中身は葛城の方が幼かったりする。こう並ぶと、瑞鳳が葛城を嗜めることも多いようである。

 

「それに、そんなこと言う子の鼻っ柱を圧し折るのって、とっても楽しそうじゃない?」

「……確かに。調子に乗ってるヤツが負けて這いつくばってるところを見るのは楽しいかも」

「でしょ? だから、私達のことを前座なんて言っちゃう子は、叩き潰しちゃおうね」

 

 ここで息が合ったように矢を放つ。狙いは2人とも春雨。口が悪い方を先に潰してやろうという魂胆が見え見えであった。

 

 そして、春雨にはその2人をどうにかする光の道が既に見えている。だが、すぐに救ってやろうという気持ちはカケラも無かった。ここで正気に戻したところで、即戦力になるわけでもなし。

 それに、この2人を使えば龍驤を誘き寄せることが出来るのではという考えもあった。あちらから来なくとも、2人を痛めつけて居場所まで案内させる、もしくは呼び出す。

 

「私達を叩き潰す、ですか。いいでしょう、やってみてください。ただし、何があっても文句と言い訳は聞きません」

 

 放たれた矢は、軽く身体を傾けるだけで簡単に回避。そしてその瞬間、地を蹴って接近を開始。隣にいた叢雲も、その後ろから援護していた海風も、春雨を追従するように動き出した。

 岩礁帯に散らばる泥は、比叡が上空に向けて放った薬剤三式弾のおかげである程度は消滅している。ただし、深海忌雷の方は海中に逃げるなどしてまだまだ存在しているため、それだけは気をつけなくてはならない。

 

 そして比叡も、一度納めた刀剣を再度握りしめて、突撃姿勢。その一撃はあちらを殺してしまいかねないのだが、当然、瑞鳳も葛城も救うつもりで動いている。斬るときは峰打ち。これを徹底したいと思っていた。

 

「地の利はこっちにあるんだから、粋がっていられるのも今のうちよ」

 

 前に出るのは葛城。弓と錫杖の使い分けをしているようだが、後者は近接戦闘にも対応しているらしく、槍とまではいかないようだが、柄物を振るように扱う。

 それならばと、叢雲が春雨より前に出た。同じ長柄物を使う者同士として、勝負を仕掛ける。そんな大それたものではない、何でもありの殺し合いだが。

 

「叢雲! 私がそっち手伝うよ!」

「好きにして。こんな前座に構っている余裕なんてないもの」

 

 比叡はここで叢雲の援護に入る。春雨には既に海風がいるのだから、そこにさらに偏る必要もない。それに、武器持ちには武器持ちをぶつけるのが妥当だろうという判断。

 

「春雨、そっちは任せたわよ」

「うん、大丈夫。()()()()()()()()()

「春雨姉さんには私もいるので問題ありません。そもそも姉さん1人でも()()()()に負けるわけがありませんから」

 

 海風すらも、眼前の敵を下に見るような発言。完全に意趣返しである。

 

 だが、瑞鳳はそれでもまだ余裕ありげな表情。どうもまだ何かあるようである。

 数的優位は春雨側にあり、力もドロップ艦を無理矢理ブーストしている瑞鳳達に比べれば戦闘経験が段違いに多いために、戦術面でも技術面でも春雨達の方が上。おそらくこの中で最も経験が少ないであろう叢雲ですら、この2人では遠く及ばない。

 

「そう言ってられるのも今のうちよ。そもそも数の差なんて、こっちは簡単に埋められるんだから」

 

 そう言いながら葛城が錫杖を振るった瞬間、岩場の陰から深海忌雷が蠢き出す。あくまでもこの戦場はあちらのモノ。地の利を活かした有利と、深海忌雷による数の暴力、そして泥の侵蝕という不可避の攻撃を活かした、まともに戦うつもりが最初からないような戦術を扱う。

 龍驤もドロップ艦をブーストさせただけの部下達の力では春雨達を確実に止められるとは思っていないのかもしれない。それ故に、襲撃を受けることを想定して念入りに準備していた可能性はあった。

 

「バカの一つ覚えね! でもさっきは私に効かなかったこと、忘れたのかしら!」

 

 足下で蠢く忌雷を再び串刺しにしつつ、槍を振り回して爆散を葛城に叩き込む。自分には付着しないようにし、さらには瑞鳳の時と同じように目潰しまで兼ねて。

 目潰しはこれといって効果はないかも知れないが、ほんの一瞬でも動きを止められれば、叢雲のスピードならば一気に間合いを詰めることが出来る。葛城も槍の間合いと同じではあるのだが、その動きに躊躇いが出たら終わり。

 

 しかし、葛城もそこは理解している上で、あえてその泥を浴びた。顔ではなく、一歩下がって身体で。

 

「二度も三度も同じことを受けるわけないでしょう!? アンタこそバカなんじゃないの!?」

 

 突撃からの刺突を繰り出す叢雲の()()()()()()()一撃を錫杖で打ち払いつつ、至近距離で弓を展開。ほぼ回避不能なほどの距離とタイミングで矢を放つ。引き絞ることもせず、ただ矢が射ち出されたため、威力は殆ど無いようなモノだったが、刺さればそのまま侵蝕の泥矢である。

 

「ちょえぇい!」

 

 だがそれを許さないのが比叡。叢雲を犠牲にすれば葛城を斬れたかもしれないが、そういうことをしないのが鎮守府の艦娘だ。叢雲を守るためにその距離で刀剣を振り上げ、泥の矢をその場で叩き折る。

 その瞬間、矢が本来の形状、泥へと変化し、刀剣の勢いでその場で飛び散ってしまった。

 

「数の差は覆せるって言ったでしょ。アンタはそうやって身体中を覆ってるみたいだけど、そっちの戦艦は素肌晒してるようなバカなんだもの。侵蝕してくれって言ってるようなモノじゃない」

 

 だが葛城は比叡の実力を正しく理解していない。()()戦艦という艦種は伊達ではなく、この泥が飛び散った瞬間からでもそれが付着しないように動くことが出来る。

 自分の攻撃の勢いを殺すことなく、足場の悪い岩礁の上でも回避に専念した結果、十全の力では無くとも即座にその場からいなくなっていた。泥は勿論付着することはない。付着したところでバリアに守られているのだが、まだその時ではない。

 バリアは緊急時、そして最も効果的なタイミングでバレるべき。回避出来るのなら、自力で回避する方がいい。バリアを過信して突っ込むのは違う。

 

「アンタ如きの策なんて当たらないから素肌晒せるんじゃないかしらね。ドロップ艦に毛が生えたような連中に、私達が負けるわけ無いでしょうが!」

「誰が毛が生えた程度ですって!?」

 

 そこで叢雲が今度は槍を薙ぎ払うが、錫杖を両手で握ることでそれを強引にガード。叢雲もそれなりに腕力はある方だが、泥ブーストのせいでそれを食い止められるくらいには強化されている。おそらくは泥コスチュームのロンググローブの効果。

 鍔迫り合いのようになりかけるが、葛城もそこまで愚かでは無い。比叡が泥を回避出来ていることがわかっているのだから、ここで動きを止められるわけにはいかない。

 

「こちとら、修羅場何度も潜ってんのよ! アンタみたいな貰った力で粋がってるような連中に、負けるかっつーの! もっと経験積んでから出直してこい!」

 

 力強く薙ぎ払ったかと思いきや、叢雲の槍の先端に主砲が出現。以前にもやった、コロラドの杖と同じ仕様の砲撃。反動は凄まじいが、1発、さらには撃った瞬間に槍そのものを消すという荒技を使えば、その反動は無いようなもの。

 そして、この至近距離ならば簡単には避けられない。ギリギリ回避出来たとしても、腕は持っていかれる。

 

「この、言わせておけばぁ!」

 

 葛城もブーストにより瞬発力は大幅に上昇しているため、何処を犠牲にすればいいのかを瞬時に判断。利き手ではない腕ならば、撃たれてもまだどうにかなると考え、むしろそちらの腕を盾に錫杖を叢雲に突き付ける。

 死なば諸共ではないが、お互いにダメージを受ければその後の展開が有利に働くはずだと踏んで。

 

 また、同時に深海忌雷が複数体、一斉に叢雲に飛び掛かった。爆発した時に泥を撒き散らすが、その時に小さいながらも衝撃が発生する。水風船ではないのだから、ゼロ距離で爆発されれば、如何に叢雲であろうともただでは済まない。

 

「邪魔くさいわね! 苛立つわ、腹が立つわ、気に入らないわ!」

 

 怒りが溢れたことにより、叢雲もブースト。砲撃の威力の上昇と共に、槍の柄が巨大化。真後ろから飛びかかろうとする忌雷を吹き飛ばしつつも、ほぼ戦艦と同じ程の威力の砲撃が至近距離で放たれた。

 叢雲の最後の理性でその砲撃は模擬弾になっているが、衝撃は相当なモノであり、消し炭になることはないにしても、折れる寸前までは持って行った。

 

「っの、お返し!」

 

 葛城もただでは転ばず、錫杖の先端に何枚もの人形の紙が現れ、一斉に艦載機へと変化。叢雲を始末するために爆撃や射撃、さらには特攻まで仕掛けてきた。

 流石の叢雲も、艦載機そのものの直撃は簡単には耐えられない。特に爆撃と同時の特攻は、致命傷になりかねない。嫌でも回避せざるを得なくなるだろう。

 

「叢雲っ、飛び退いてぇ!」

 

 ここで比叡の咆哮。叢雲はそれに対して咄嗟にバックステップ。後ろから忍び寄る忌雷の中に突っ込むことになるが、艦載機の威力よりは遥かに小さいため、そちらを選択。

 

「っく……この程度のダメージなら問題ないわよ! 行けぇ!」

「勿論!」

 

 忌雷の爆発に巻き込まれたが、そこまで大きなダメージでは無かったために叢雲が叫ぶ。それと同時に比叡が刀剣をやめ、戦艦の本気の砲撃を葛城に向けて撃ち放った。当然それは模擬弾だが、薬剤を含めた治療弾である。掠めればそれだけで葛城は解放されることになるだろう。

 

「やられてっ、たまるかぁ!」

 

 そうとは知らずとも、直撃も掠めるのもまずいと判断した葛城は、さらに錫杖を振るって人形の紙を展開。深海の艦載機へと変化させ、強引に盾に仕立て上げた。

 これが殺意のこもった砲弾ならば破壊されていたかもしれないが、模擬弾であるために完全にガード出来る。衝撃はそれ相応なモノではあるが、葛城は比叡の砲撃に対しては無傷。

 

「っはは、その程度で私をどうにかしようと思っていたわけ!? 戦艦も大したことは無いわ、ね!」

 

 そして、その隙間を縫って黒い人形の紙が比叡に向けて猛スピードで飛び、その額に貼り付く。

 泥製で出来ている紙であるため、触れた時点で侵蝕開始。そのまま1人を手駒に変えてやろうという策。

 

 だったのだが。

 

「効かなぁい!」

 

 その紙は、比叡に触れる直前で消滅した。バリアがしっかり効いており、泥製の物質は抵抗することも出来ずにその性質を逆転させられ、自分の性質により消え去る。

 

「えっ、な、なんで!?」

「からのぉ!」

 

 岩場の足場も慣れてきたか、比叡はそこで葛城に飛び込む。その時には既に刀剣を握り締めていた。

 侵蝕が効かなかったことに驚き、ほんの一瞬動きが止まったのが運の尽き。比叡のスピードに追いつけなくなり、気付いた時にはもう眼前。

 

「どぉりゃあああっ!」

 

 そして、渾身の一撃。峰打ちではあるが、刀剣が葛城を袈裟斬りにする。血すら出ることのない打撃のようなモノだが、この比叡の刀剣も今回は特別製。一度納刀し、再び抜刀した時に少しの間だけ表面に薬剤が塗布される仕組みになっていた。つまり、葛城には薬を染み込むこととなる。

 

「ったく、私を囮に使うようなマネしてくれちゃって」

「ごめんね。あまりに都合が良かったから、使わせてもらっちゃった」

 

 薬が効き始めて悶絶を始める葛城を尻目に、叢雲と比叡が拳を合わせた。怒りは溢れ続けているものの、まず目の前の敵を1人解放出来たことに小さく胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 だが、まだ戦いは終わっていない。ここは瞬殺と言ってもいいくらいだが、瑞鳳は残っているし、肝心の龍驤は未だに現れていないのだから。

 

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