叢雲と比叡が組んで葛城と戦う横では、春雨と海風が瑞鳳に挑んでいた。
葛城のように近接戦闘を仕掛けてこない分、徹底して間合いを取り、弓による射撃で2人を牽制し続け、岩礁帯を動き回る。小柄な体型であることを体現するかのように素早く、それだけ速く動き回っても弓の精度が落ちないというのがなかなか厄介。
「すばしっこい……」
当然、これには春雨の苛立ちは増す一方。声を荒らげてそれを表に出すことは無いのだが、静かにその怒りは燃え続けた。
岩礁帯という慣れない足場での戦闘はストレスが溜まるもの。瑞鳳からの攻撃が当たることは無いのだが、ただただ面倒であるというのが春雨の素直な感想である。
「足場はまだ撃たない方がいいですか」
「うん、忌雷があるから、面倒だけどやめた方がいいと思う」
一部は叢雲達の戦場に向かったようだが、まだまだ忌雷は潜んでいる。変に刺激したらその場で爆発し、それが誘爆して戦場が大惨事になる可能性がある。比叡が葛城側に行ったため、そこまで意識しなくてもいいかもしれないが、泥がばら撒かれることが問題。
春雨は元から、海風もスーツをしっかり着込んでいれば、忌雷の爆発によってばら撒かれる泥は怖くもなんとも無いのだが、いちいち足場が泥まみれになるのは素早く動くことに難が出そうなので、忌雷の爆破は控えておく。
「でも、あまり動いてもらいたくないから、さっさと終わらせようと思う。海風、ついてこれるよね?」
「勿論です。私は姉さんの隣に立つ者。お役に立てるように、どのような戦場でも必ずついていきましょう」
「頼もしいね。それじゃあ、ちょっとだけ
そう言うと、腿から下が脚甲に包まれた義脚が少しだけ変形。足裏がスパイク状となり、泥や薬に塗れていても滑ることが無いようにして、素早く動き回る瑞鳳への接近をしやすくする。
海風もそれに倣って、スーツの下半身部分を変形。やはり足裏をスパイク状にして、春雨の隣を死守出来るように対応した。
「すぐに治療するつもりですか?」
「まさか。しっかり
言いながら岩場を強く蹴ると、今までより倍に近いほどスピードが上がった。
「わっ、急に速くなったね」
瑞鳳も負けじと矢を放つが、先程からずっと春雨には当たる気配が無かった。真正面から射っても、上から降らせるように射っても、それを鉤爪で掴んでは折り、掴んでは折り。春雨の両手は泥まみれになりそうだったが、致命傷どころか掠りもしていなかった。侵蝕のチャンスはまるで無い。
スピードが増したことで、より精密な状況判断が必要になるはずなのだが、春雨には『辿り着く力』がある。矢が来ようが、ここで突然瑞鳳が主砲や魚雷を使い出そうが、春雨は光り輝く道の通りに動くだけ。怒りが溢れる前よりも輝きは増しており、眼前の1人にターゲットを絞っているため、迷いなく突撃が可能。
それならば海風を狙ってやろうと照準を変えるのだが、海風も一筋縄ではいかないタイプである。右腕が盾へと変化し、単純な矢ならば傷をつけることも出来ずに弾かれる。
海風の盾は、そんじょそこらの攻撃では破壊出来ない。艤装を突き破る程の矢を放てるのなら、既にやっているはずだ。
「貴女ももしかして私達を格下と見ているクチですか?」
そんな状況下で、春雨が瑞鳳に尋ねる。何度矢を放ってもその動きを止めることすら出来ず、むしろスピードも徐々に増している春雨に、瑞鳳は次の手を考えながらも答える。
「そんなことないよ。むしろそっちが私達のことを格下って見てない?」
「はい、見てますよ。侵蝕されているとはいえ、ヒト様の平和に土足で踏み込んでくるような輩は全員程度が知れてますから」
春雨の強気な悪態は、一度出たら止まらない。溢れた怒りを抑え込むため、口でストレスを発散する。それは戦場でも同じ。
「貴女達は直接来たわけではないですし巻き込まれたタイプなので申し訳ないですけど、龍驤の仲間というだけで格下も格下。人権なんて無いようなモノです。解放したら艦娘として受け入れてあげますから、
矢を全て弾き飛ばし、ついには鉤爪が届くところまで接近。ただ弓矢を扱うだけなら、瑞鳳はここで八方塞がりになるだろう。
口ではああ言ったが、瑞鳳も侵蝕されているのだから、
しかし、春雨がそう言うのも無理はないくらいな実力を持っていることは、たった今、身を以て体験している。毎回が渾身の一矢なのに、全く歯が立たない。春雨のみでなく、海風にすらだ。
当たり前だが、負けたくないという気持ちは強い。駆逐艦如きにやられてたまるかという気持ちは、どんどん強くなっていく。
「謝る理由が無い相手に謝るほど、私は落ちぶれてないんだよね」
近接戦闘は仕掛けないものの、近付かれたら何も出来ないというわけでもない。葛城の錫杖ほどわかりやすい武器が無いだけ。
現にこの状況で繰り出したのは、弓矢も使わずの艦載機の発艦である。手を軽く振っただけで展開された深海の艦載機は、自らの意思を持つかのように瑞鳳の周囲を飛び回る、いわば浮遊要塞。深海棲艦特有の生体兵器のようなものである。
それ自身も砲台や艦載機を扱えるため、瑞鳳本人よりは数段劣るかも知れないが、瑞鳳の体力気力が続く限り無限に溢れ出る兵隊のようなものである。
「なるほど、1人でも複数人になれるということですか。こちらよりも数が多いから圧倒出来ると」
「簡単にはやられない自信作だよ」
「……
展開したところから浮遊要塞が爆散した。眼前の春雨は何もしていない。ならばと後ろからついてきていた海風の方を見ると、案の定、右腕に主砲を展開して正確に撃ち抜いていた。火力自体も並の駆逐艦を超えるものではあるが、それでも一撃で1つずつ破壊されているのには驚きを隠せなかった。
「貴女は知らないとは思いますが、人類はそれに浮遊要塞とコードネームを付けています。かなり前から陸上施設型の一部が使うモノで、私も艦娘だった時に相手をしたことがありますよ。その時から思っていたんですが、それ、ブーストがかかっていたとしても
手近な要塞を鉤爪で握りしめたかと思うと、瑞鳳の目の前で容易く握り潰した。砲台を完備しており、大きさとしては春雨の半分くらいであるにもかかわらず、まるでむしり取るように。
その瞬間に要塞そのものが泥へと変化し、水風船が破裂するかのように春雨の身体を濡らす。しかし、その怒りの焔が表に出てきているためか、付着した端から蒸発するように消滅した。
気が付けば、春雨の瞳には小さいながらも紅い焔が灯っていた。
「これ自体が泥で出来ているんですか。なるほど射撃も掠れば侵蝕の可能性があり、こう破壊しても泥に戻って侵蝕と。これ自体が特攻を仕掛けてくることで、瞬く間に勢力を伸ばす……という感じですか。相手が私達で無ければそれも通用したかも知れませんね」
近場にいる浮遊要塞を、手当たり次第に破壊していく。砲撃も出来るのに、わざわざ恐怖を与えるように力業で。破裂する度に泥をぶち撒けるが、やはり春雨に付着した瞬間に消滅。侵蝕は僅かにも出来なかった。
瑞鳳も負けじと次々と展開しながら春雨から離れようとしているのだが、展開しても春雨と海風の猛攻は止められない。一時的に攻撃の先をそちらに移せるため、ある程度の間合いを取ることは出来るのだが、それも簡単に処理されて、弓の間合いよりは近付かれていた。
「その要塞が侵蝕性のものならば、この世に存在してもらうわけにはいきません。むしろ、そんな穢らわしいもので春雨姉さんの覇道を阻もうだなんて笑止千万。それが貴女の戦い方だとしても、私には許せるものではありません。春雨姉さんに楯突いたことを後悔し、自らの行いを反省し、
春雨の攻撃に加え、海風も圧倒的な力で要塞を破壊していくため、瑞鳳の力だけでは展開が追いつかなくなっていく。
そもそも2対1、葛城を叢雲と比叡に持って行かれ、個人戦にされている時点で勝ち目は無かったのだ。コンビプレーをしていればまだ多少は歯向かえたかもしれないが、そうさせないように立ち回っているのも春雨達の戦術。練度の違いが大きく出ている。
そんな戦いの視界の端。瑞鳳には葛城が繰り出した泥製の紙が比叡に貼り付く瞬間が見えた。自分は圧倒されているが、ここで比叡を手駒に出来れば、今の戦いを覆せるとほくそ笑む。
春雨達は仲間思いであることが弱点だと教えられていた。故に、悪意による侵蝕で手駒に変えてやれば、精神的なダメージになって一石二鳥では終わらないくらいの戦果となるだろう。
「っは、そっちの戦艦のヒト、貰うよ」
意気揚々と宣言する瑞鳳。普通ならこれで驚きを見せ、自分が攻撃の対象から外れ、戦況を一気に変えることが出来る。そう考えるのは普通だろう。
だが、春雨は燃え滾る瞳で冷ややかに見つめ、比叡の方に視線すら向けずに攻撃を続けていた。
調子付いたことで間合いを取るのが一瞬遅れたために、春雨との距離は一気に縮まる。
「えっ、ちょ、仲間のこと」
「心配ないですよ。貴女達の考えることは全てお見通しですから。こちらが対策を取っていないとなぜ思うんです。そこが浅はかだと言うんですよ」
鉤爪を一時的に消し、その手で瑞鳳の首を掴む。そして、身動きを取れないようにした後、葛城の行く末を見せつけるように頭をそちらの方に向けた。
春雨の言う通り、比叡は侵蝕などされず、それに動揺した葛城がその場で叩き斬られた。峰打ちではあるが、その一撃が葛城の侵蝕を吹き飛ばし、逆に手駒が減ったことを思い知らされた。
「わざわざこちらから襲撃に来ているんですよ。侵蝕性の泥を持っている相手に嫌な思いをさせられ続けているんですから、ちゃんとそうならないようにしているに決まっているでしょう。侵蝕されると愚かになるとは思っていましたけど、貴女は特に顕著ですね。いくらドロップ艦でもそれくらいは考えられるのではないですか?」
少し力を込めるだけで、瑞鳳が苦しそうに悶えた。ここまで近付いているのなら春雨は瑞鳳を解放することも出来るのだが、簡単にそんなことはしない。情報を手に入れるための
「痛い目を見たくないのなら、素直に私の質問に答えてください。貴女に選択肢などありませんけど」
「そ、それでも艦娘につく存在なの!?」
こともあろうにそんなことを口走った瑞鳳。それに対して怒りはさらに燃え上がる。
「誰のせいで私がこうなったのかを知らないようなので、貴女にはしっかりと教えておきましょうか。私は、貴女の主人である龍驤に、仲間達を侵蝕されて、その怒りでこうなったんです。誰のせいですか。貴女達のせいですよね。まさか、弱かった私達のせいだとでも言うつもりですか。言いませんよね。ならば、こうなるのは貴女達の報いなんですよ。わかりますよね? いくら愚かな貴女でも、こんな簡単なことくらい理解出来ますよね?」
首を掴む手の力が強くなる。だが、殺すつもりは一切無い。ただただ苦しめるためだけにこうしている。
瑞鳳は言葉も無かった。出せないというのもあるが、春雨が壊れているのは嫌でもわかるし、自分のせいとは1つも思わないにしろ、言い返すはどの度胸は無かった。
「貴女達だってやられたらやり返すでしょう。だから私もやり返しているだけ。そこに文句を言われる筋合いなんて無いんですよ。平和に暮らしたいだけの私達に対して、悪意を持って攻めようとしてくる輩には、何かを言う資格なんて無いので」
ここで瑞鳳の目を見つめる。その瞳の奥の怒りを目の当たりにして、瑞鳳は心の底から恐怖を感じた。