空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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悪意の雨

 龍驤の姿を見る前に現れた()()、瑞鳳、葛城、黒潮、不知火の4人は、各々撃破され、瑞鳳以外は薬により治療されているところ。周囲にはまだイロハ級の群れがおり、仲間達がその対処に奔走している。

 そんな中、ただ一人治療をされることなく捕獲された瑞鳳。その首には春雨の手がしっかりと食い込み、しかし殺そうとしているわけではなく、まるで真綿で締め付けているかのように苦しめる。

 

「質問に答えてください。今から私達は龍驤を始末しに行きます。ですが、ここまで来てまだ姿を見せようとしないようです。何処にいるんですか」

 

 苦しそうにしているが、答えるつもりは無いような瑞鳳。泥の侵蝕はそのままであるため、当然ながら春雨には敵対の意思しかない。それは、かつての漣を見ているようだった。勿論それに苛立ちを覚えないわけがない。

 その紅く燃える眼には、恐怖しか感じなかった。これでもまだ『望み通りの答えに辿り着く力』は発動していないのだが、見られている瑞鳳としては、逃げ出したい程の恐怖に苛まれることになる。

 

 だから目を逸らした。その目を見ていられなかった。情報を吐くのも嫌だが、この眼に反発して睨み付けることも拒否。目を合わせることを生理的に受け付けなかった。

 

「素直に話せば、これ以上苦しめることは無いでしょう。痛みも与えません。貴女も侵蝕された者ですから、しっかりと治療して、他の皆さんと同じように鎮守府に保護してもらうことになります。でも、そうなると一番重要な記憶が失われてしまうんです。なので、貴女を侵蝕されたままで話を聞いているんですよ。ここまでは大丈夫ですか?」

 

 瑞鳳は無言を貫く。そんな態度に、春雨はこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。わかっていたこととはいえ、面倒なほどに瑞鳳は頑固である。

 自分が同じ立場ならば、瑞鳳のように話さないだろうなと心の中で呟く。自分よりも強大な敵に捕まり、首を締め上げられながら施設の場所を教えろとか言われても、決してヒントすら与えない。

 自分と同じことをやっているのだから、瑞鳳の今の気持ちに多少は共感した。こうしても仕方ない。話さないのも理解出来る。

 

 だが、話してもらわないと困る。

 

「っぎっ!?」

 

 そのため、漣の時と同じように蹴りを入れる。爪先を鳩尾にねじ込むように。普通の服を着ていても相当苦しいのに、今の瑞鳳はドロップ艦の力を熟練者に追い付かせるための泥コスチューム、完全に薄着でスタイルが全て見えてしまうレオタード姿である。

 ただでさえ春雨の脚は義脚、艤装と同じ強度を持つそれであり、しかも今は岩場で滑らないように変形させた、スパイク仕様である。漣の時よりもダメージが大きい。

 

「っほ、げほっ、い、いきなり何を」

「貴女達はこういうことをやるタイプのヒトですよね。自分達の思い通りにするために。逆の立場なら、貴女は笑いながら私に危害を加えていたと思いますよ。強情だ、意固地だ、さっさと話せと」

 

 表情も目も一切笑っておらず、完全に見下した表情の春雨に、先程以上の恐怖を感じた。春雨は何かを話すまで、これをやり続ける。殺さない程度に抑え、しかし死にたくなるほどの痛みを定期的に与えてくる。尋問という名の拷問。

 

「貴女達は私達の住む施設の場所が知りたいはずですもんね。姫の器の場所を探してるんですから。それで、侵蝕を駆使して私達の仲間を味方に引き込み、その知識と技術を奪いつつ、邪魔者を排除すると。でもあえて侵蝕せずにこうやって捕獲して、面白半分で尋問をするんじゃないですか? 貴女達が手を汚さず、侵蝕した仲間達を使うとか」

 

 話しながらも、春雨は漣達との戦いを思い出していた。当てつけのように周囲の仲間達を侵蝕していき、最後は海風に春雨を煽らせたあのやり方が、今の春雨を作り上げているようなものだ。怒りの原因、海風をあそこまで壊したことを、今でもずっと根に持っているからこそ、同じように煽り、拷問じみた尋問を繰り返す。

 自分がやられたことをそっくりそのままお返ししてやるという思い。身体への痛みは無かったものの、心には壊れるほどの痛みが与えられているのだ。その分を身体で払ってもらうと言わんばかりに、この蹴りが生まれた。

 

「とにかく、貴女達が嬉々としてやりそうなことを、私もやっているだけです。そして、貴女達に咎められる筋合いは一切無い。貴女達は、私の質問に、答えるだけでいい。それを理解してください。いや、理解しなさい」

 

 瑞鳳は口八丁で切り抜けてもいいかとも考えていたのだが、この春雨にはそういう搦め手は通用しない。嘘だって見破られるだろうし、真実味が無いことを話した瞬間にまたこの蹴りが飛んでくる。

 真実を話す以外の選択肢を与えられていないのだ。自らの意思で主人を裏切れと。漣は痛みと恐怖で心が折れ、全てを話した。ならば瑞鳳はどうか。

 

「理解してもらえたと思うので、質問に答えなさい。龍驤は今、何処にいますか」

 

 答えなければまた同じ痛みを与えるぞと、質問をしながらの脅し。殆ど()()である。

 

 しかし、瑞鳳はやはり無言を貫く。ここまでされても何も話さない。痛みを与えられても、龍驤を売るという選択肢は無いようだった。

 それはただ意固地なだけではない。忠誠心があるわけでもない。この期に及んで、()()()()()()()()としての行動だ。

 

「何か隠していますね。今から何かしようとしていますか」

 

 尋ねても無言。まるで、()()()()()()()()()()()()ような仕草にも見えた。あと少し耐えればこの状況を覆せると信じているようにすら見える。

 

 その様子を見たことで、春雨はそれが何かにいち早く気付いた。悪寒がこのタイミングで背筋を駆け抜けた。前のように腰砕けになるようなことは無いが、その分苛立ちが一気に湧き上がった。

 直感がその理由を瞬時に分析した結果、春雨は空を見上げた。何も無い青空ではなく、空母隊が空襲をどうにか抑えているような状況。大鳳が飛ばしている高高度の艦載機が辛うじて見えるかどうかというくらい。

 

 だが、春雨が見ているのは、そこから()()()()

 

「全員マスク展開! ()()()()()!」

 

 春雨が叫んだことで、施設の者達は一斉に頭を覆い尽くすヘルメット状のマスクを展開。少し慌てたが、潮も侵蝕の恐怖を知っているために大急ぎで被る。

 

 その瞬間、ポツリと腕に黒い液体が付着した。そこからさらにポツリポツリと、まるで雨が降るように黒い液体が降り注ぎ始める。とんでもないことに、この戦場のみの局所的な雨が降り始めた。その雨こそが、泥である。

 空襲を抑えながらも、大鳳は自分の苦い経験を思い出していた。珍しく雨が降る深夜、施設に向けて高高度から泥を散布し、島を一気に侵蝕しようとしたあの時のことを。その戦いで救われているのだが、自分のやらかしたことは嫌でも忘れることは出来ない。

 

「超高高度からの散布……! 私の艦載機でも届かない!」

 

 艦載機同士の攻防戦を気にすることもなく、海上に向けて悪意の雨を降らせるだけのために、高高度からさらに上の位置に陣取った艦載機がこのタイミングで動き出した。おそらくその高さから海上も見ていたのだろう。春雨達が前座と言われた4人を斃すのを見計らって、この行動に出たと考えられる。

 別に気を抜いているわけではない。周囲にはイロハ級がまだいるのだから、侵蝕された艦娘がいなくなったとしても、緊張感は落ちてはいない。だが、海上の敵と、上空の()()()()()艦載機に意識を向けさせ、超高高度からは監視くらいしかしていないだろうと思わせておいての全方位侵蝕兵器の散布である。

 

「北上さん!」

 

 ここで大井がそれに気付いた。ここにいる者達は全員、何かしらの対策をしている。艦娘は明石謹製のバリアを、施設の者達は侵蝕を防ぐスーツを着込んでこの戦場に立っている。だが、北上だけは、漣達を戦場に立たせるために、バリアの装備を拒否している、唯一の無防備。こんな雨にやられたら、どうすることも出来ずに侵蝕されてしまう。

 大井自身、バリアのお陰で悪意の雨粒が身体に触れる前に消滅していることは確認出来ている。他の者もそうだ。自分が濡れているような感覚もない。だが、それはこの装備があるからだ。

 

「あー、大丈夫大丈夫。こういうことしてくるだろうなって思って、事前に考えてるから」

 

 そう言う北上は、この戦場に立っているにもかかわらず、仰々しい傘を差していた。柄の部分がやたら太く見えるのは、泥刈機を軸にした傘だからだ。

 自分に降りかかる泥を確実に消し飛ばし、しかしそれが漏れてしまったとしても傘の部分で自分に付着するのを防ぐ。旧式の泥刈機を転用した、低コストでの泥雨対策である。

 

 これを先んじて提案していたから、自分へのバリアを渡すという考えに至った。今の北上は片手が塞がっている状態になるのだが、雷撃主体で主砲すら装備していない北上には、片手が使えなくなったとしても戦いに支障が出ない。だからこそこの手段を選択したとも言える。

 とはいえ、このまま悪意の雨が降り注ぎ続けるというのなら、北上は激しく動くことは出来ないだろう。

 

「近くに行きます!」

「お願ーい。足下に泥が溜まってきてるんだよね。これだとあんまり動けないから、道を作ってくれると嬉しい」

「任せてください!」

 

 ここから少しの間は、大井が北上に付きっきりになるだろう。それでもイロハ級の対処は出来るため、そこまで問題ではない。

 

 本当の問題は、ここで治療した3人と、未だ治療されていない瑞鳳である。せっかく治療されたのに、この雨に曝されたことで再度侵蝕。むしろ、その侵蝕の具合が普通と違った。

 

「っあ、あぉああああっ!」

 

 特に、侵蝕から解放されていない瑞鳳は、過剰な反応を見せた。侵蝕されている状態でさらに泥を浴びることくらいはあるかもしれないが、この反応は異常。

 これはまずいと感じた春雨は、すぐに瑞鳳を解放しようと行動を起こそうとするのだが、それを封じるかのように岩場に潜んでいた深海忌雷が活性化し、瑞鳳を引き剥がすように行動を始めた。泥の雨を受けたことでこちらすら力が上がっており、瑞鳳を掴む手すらも解く。

 

「なっ」

 

 そして、そのまま忌雷が瑞鳳に纏わりついていく。ここだけでなく、葛城にも同様に。いつの間にか岩場から移動していた忌雷が黒潮と不知火にまで取り憑こうとしていた。

 これは流石に春雨にも見えていなかった。あまりにも想定外すぎて、直感にすら反応しない。

 

 そうこうしている内に、眼前の瑞鳳が変貌を遂げていく。忌雷も泥そのもののようなモノなので、それに包まれてしまったら侵蝕は免れない。

 むしろ、()()()()()()みたいなもの。艦娘の身体を強烈に蝕んでいく。それこそ、艦娘をやめさせるほどに。

 

「っあああっ!」

 

 大きく手を振るった瑞鳳の姿は、明らかに今までと違っていた。ブーストがかかっていた泥コスチュームだけでなく、忌雷が絡みつきより深海棲艦化したように見えた。

 瑞鳳だけではない。葛城も、黒潮も、不知火も、同じように変貌を遂げた。艦娘だというのに、瞳には薄暗い炎が灯っていた。

 

 

 

 

 一度解放した者達が、再度侵蝕される姿を見てしまった春雨は、こころの奥底にさらに怒りを激らせることになった。

 

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