空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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炎に油

 戦場に降り注ぐ悪意の雨により、治療され解放されたはずの3人とまだ治療されていない瑞鳳がさらに侵蝕されることとなってしまった。そこに岩場に潜んでいた深海忌雷まで取り憑き、今までとは違う変貌を遂げる。

 

「っは、はぁああっ、っぐぅっ」

 

 取り憑いた深海忌雷は、胸元に鎮座すると同時に触手を背後に回すと、背中を貫くように食い込んだ。そしてそのまま埋め込まれるように溶け出し、4人と完全に一体化。その瞳には薄暗い炎が灯り、艦娘というよりは深海棲艦と言える程の姿となってしまう。

 ほぼ心臓と同じくらいの位置に深海忌雷が陣取り、触手は背中に突き刺さっている。泥のコスチュームはそのままに、まるで泥を血管に直接注入しているかのように、肌に黒いラインが現れる程。あの深海忌雷が常に泥を送り込むようにしており、侵蝕している艦娘を過剰に侵蝕していた。

 

 それはもう、異形とすら言える。生体兵器との融合になっていた。

 

「……私の直感をすり抜けてきた。ごめんなさい、これは私の落ち度です。知識のないところからの攻撃でも無いのに、そう来るとは思いもしなかった」

 

 苛立ちを表に出す春雨。泥を雨として降らせるというのは、以前に施設でも受けている攻撃だ。だが、それは自然現象である雨と混じり合わせて実行することを前提としていると思い込んでしまっていた。ダイレクトに戦場全域に降らせるというところには思い至らなかった。

 それが悔しく、そして怒りに繋がる。それに、一度治療出来た者達がまた侵蝕されたことが気に入らない。むしろ、それを綺麗に決めてきた龍驤の手口に苛立ちを隠せなかった。

 

「姉さんのせいじゃありません。そうでなければ、また私はこの泥に侵蝕されて、取り返しのつかないことになっていました。ギリギリかもしれませんが、直感的にそれに気付けたのは紛れもなく姉さんのおかげです。だから、今はアレをどうにかすることに専念しましょう」

 

 海風の支えが無ければ、また春雨は自分に対して怒りを募らせてしまっていたかもしれない。白露に説教されたことを思い出し、マスク越しではあるが自分の頬を叩く。痛みは無いが、衝撃だけは伝わり、頭を冴えさせた。

 

「ちょっと落ち着く。ごめん海風」

「大丈夫です。姉さんのサポートが私の至福の喜びですから。頼ってください。私は姉さんの存在そのものを頼りにしていますので。常に恩返しがしたいくらいです」

 

 話しながらも、2人は改めて視線を瑞鳳に戻した。侵蝕とはもう言えない、()()とすら感じる程の変貌を遂げた瑞鳳は、薄暗く燃える瞳を春雨に向ける。

 ゾクリと、先程までとは比べ物にならない力を感じた。ただ相対しているだけでは起きない、厄介極まりない戦いとなることが嫌でもわかった。

 

「行くよ、海風」

「はい、姉さん」

 

 グッと脚に力を入れ、鉤爪を展開して突撃。最善の答えを導き出すためには、まだ情報が足りない。このまま怒り任せに戦っていたら、救えるものも救えなくなるだろう。

 少なくとも、今までの侵蝕されている者達とは明らかに様子が違う。理性があるかもわからないような表情を見せる瑞鳳に、まずはどうにかして攻略の糸口を見出ださなければならない。

 

 

 

 

 再侵蝕されているのは瑞鳳だけではない。葛城、黒潮、不知火も同じように歪められている。そのため、他でも同じように再解放に乗り出す。

 今までは簡単にどうにでもなるという程度、春雨の言っていた()()という言葉が最も適しているとすら感じていたのだが、もう今は違う。元々侮ってはいなかったが、余計にそんなことが出来ない存在へと変わり果てている。

 

「さて、どうしましょうか……」

 

 ここで鹿島の唯一の弱点、『想定外に弱い』が、ここで発動してしまう。今までの情報に一切ない敵に対しては、戦術が簡単には立てられない。

 幸いにも、今も降る悪意の雨はバリアのおかげで触れる前に消滅してくれているため、目の前の敵の情報収集に専念は出来るのだが、収集中にやられてしまったら終わり。どうにもならない。

 

 鹿島の前に立つ黒潮と不知火は、治療する前と同じように構える。黒潮は遠距離、不知火は近距離であることは変わらないようだが、雰囲気があまりにも違った。

 

 それをすぐに思い知ることになる。

 

「っ」

 

 不知火がその手にナイフを展開したかと思いきや、先程とは比べ物にならないスピードで突撃してきていた。艦娘はおろか、深海棲艦でもそこまでのスピードは出せない。()()()()()()()()()()()()

 

「鹿島さん!」

 

 それに対応出来たのは古鷹。島風のスピードを知っているため、それを超える速度であっても対応することが出来た。左眼を輝かせながら海面を蹴り、狙われている鹿島の前に躍り出ると、その刃を右腕の艤装で強引に受け止める。

 しかし、先程とはその威力すら雲泥の差だった。流石に艤装が破壊されるようなことは無かったが、腕力が異常に上がっており、深海棲艦化と同時に艦種すら変化している古鷹ですら、強引に押し込まれてしまう程。

 

「重い……っ」

 

 弾かれるわけではないのだが、このまま食い止めておくことも難しい。何処からそんな力が発揮出来るのかが、攻撃を受けても見当がつかない。

 

「やっばり狙ってきますか!」

 

 そんな古鷹を始末するため、黒潮も動き出していた。こちらも先程とは比べ物にならないようなスピードで移動し、不知火には当たらず古鷹にのみ当たる場所を狙って砲撃。

 それにいち早く気付いた鹿島が、これまた先程と同じようなバルジを構えて砲撃を逸らす。だが、衝撃すらも桁違いになっていた。今の砲撃で2発、いや3発放っていたため、1発目は今まで通りで済んだのだが、2発目と3発目が強引にバルジを抉ることとなった。

 

「なっ、突然練度が上がった……!?」

「それだけじゃない、ですよ、コレ!」

 

 尻尾の艤装を振り回し、無理矢理不知火を振り解く。流石に体幹まで強化されているわけではないようで、尻尾という質量の一撃を受け止めようとは考えていない。いや、考えているわけではなく、()()()()()()()()

 古鷹が尻尾による攻撃をするのはこれが初めてだ。直撃したらタダでは済まない一撃であり、そのスピードも簡単には避けられないモノ。ナイフで迫り合いをしに来ているのなら尚更反応が遅れるような一撃なのに、それを当たり前のように回避してしまった。

 

 足りなかった経験が、深海棲艦の本能で補完され、さらには追加のブーストまでかかっているため、ドロップ艦とは思えない動きを見せる。

 

「知らない攻撃にも対応してきます!」

「見てから避けられるくらいに反応が早いということですか!」

 

 回避方向に鞭を振るうが、さも当然のように回避。むしろ、さも当然のように鞭の先端を握りしめて思い切り引っ張る。鞭には薬の成分が含まれていないため、それで何か起きるわけではなく、単純に鹿島の姿勢が崩される。

 そして、その隙を見逃さないのが今の黒潮。足下が怪しくなったところを見計らって砲撃、さらに雷撃まで重ねてきた。元々ブーストによって精度は高かったが、完璧なタイミングを本能的に感じ取って放ってきている。

 

「させま、せん!」

 

 バルジで砲撃を受け流しながらも、鹿島も咄嗟に雷撃を放つ。魚雷同士がぶつかり合い、大きな水飛沫を上げることとなるが、その攻撃は回避した。

 どちらも直撃したらそのまま死に向かう。そこに泥が含まれていても侵蝕はバリアによって回避は出来るものの、命が奪われては元も子もない。

 

「鹿島さん、下がります!」

「えっ、うわぁっ!?」

 

 直後、古鷹が尻尾を鹿島に巻きつけ、即座にバックステップ。少し急だったが、鹿島になるべくダメージを与えないように優しく締め付ける。流石に急だったため鹿島は驚きの声をあげてしまったが、水飛沫を突き破るように黒潮が突撃してきており、不知火と同じようにナイフを振るっていた。

 その場にいたら危なかったかもしれない。バルジでその攻撃を食い止めることは出来ただろうが、古鷹が右腕の艤装で押し込まれかけたような力で刃を振るわれていたら、そのまま防戦一方にされていた可能性は高い。

 

「仕切り直しましょう。正直なところ、急に強くなりすぎです。泥の力はお互い身を以て知っていると思いますが、アレは異常ですよ」

「ですね……特にあの胸の忌雷……」

 

 古鷹が鹿島を連れて飛び退いたため、黒潮と不知火も仕切り直すように姿勢を正す。黒潮が遠距離、不知火が近距離と役割分担をしていた先程までとは違い、黒潮まで自由に動きつつも、連携は今まで以上となりそうである。

 その胸に寄生するように同化した深海忌雷が、2人とも同じようにドクンドクンと蠢いており、常に泥を送り込んでいる。そしてその度に、2人の瞳に灯った炎が勢いを増した。灯っている炎に、忌雷がポンプで油を注いでいるような、そんなイメージ。

 

「弱点はアレでしょう。ですが、なかなか近付くことが出来ませんね……」

()()()()()()()()()()()()()()、救おうと思うと手こずりますね」

 

 古鷹にしては物騒な物言いだが、感情を殺し、最も簡単に合理的に終わらせようとするのなら、全力で砲撃や雷撃を放ち、命のことを考えずに2人とも始末する方が手っ取り早い。そしてそれなら古鷹1人でもやれないことはない。戦艦レ級の力を手に入れているのだから、砲撃も雷撃も空襲も全てを使えば、肉片すら残さないレベルで殲滅が出来るだろう。

 だが、龍驤を除く侵蝕された者全てを救うためにこの戦いはある。命を取らずに侵蝕から解放する。多少のダメージは仕方ないものとしても、命を奪うことは最も禁じられた戦術。

 

「せめてもう1人いれば、隙を突きやすいとは思いますね。あの2人、個別に戦うなら私達と対等ですよもう」

「ですね……って、あれは」

 

 間合いを取りながら小声で作戦会議をして睨み合いが続く中、鹿島が2人の様子がおかしいことに気付く。

 こうしている時にでも攻撃してきてもおかしくないのだが、まるで休憩するようにその場で止まっている。急激に激しい動きをしたことに、身体がついていっていないような、そんな雰囲気。

 

 やはりドロップ艦はドロップ艦。経験が無いのは戦術や反応だけではない。その身体もだ。本来出来ない程の行動をやり続ければ、その分負荷が大きいのは当たり前。先程の重い一撃も、驚異的な反応速度も、()()()()()繰り出しているのだろう。

 戦えば戦うほど消耗していくが、あの忌雷が手を抜くことを許さず、死ぬまで極限以上の力を発揮させ続ける。命を糧に、今だけを乗り越えるために消費されるのだ。

 

「……いくら合理的でも、私達の提督さんはあんな選択はしません。許されざる行為です。早く解放してあげなくちゃ、私達が何もしなくても勝手に自滅してしまいます」

 

 感情を抑えているとしても、この非道なやり方が許せないと、鞭を握りしめる鹿島。古鷹も同意。

 

「皆さん! 聞いてください!」

 

 ここでわかったことを戦場にいる者達に伝えるため、鹿島は慣れない大声を張り上げる。

 

「忌雷に取り憑かれた艦娘は、限界以上の力を勝手に引き出されています! そのままでいても自滅するでしょう! だから、救うには時間がありません!」

 

 瑞鳳と戦う春雨と海風、葛城と戦う叢雲と比叡も、薄々そんな感じなのだろうと勘付いていた。だが、それを言語化されると苛立ちがさらに激しくなる。龍驤は前座かもしれないこの4人を捨て駒程度にしか思っていない。春雨達を斃してくれれば、あとは部下がどうなっても構わないと言っているようなものだ。

 それには漣達元々は龍驤の部下だった者達も戦慄させる。一歩間違えれば、自分達もこうなっていたのかと思うと、複雑な感情が芽生える。

 

 

 

 

 前座との戦いは、悪意の雨から様相が一転する。救うためには早急な勝利が求められる。

 

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