再侵蝕を受けた4人の艦娘は、深海忌雷に取り憑かれてしまったせいで、過剰にブーストがかかって強敵になった分、限界を超えているせいで自滅に向かってしまっていた。救うのなら早急にどうにかしなければならない。そんなタイムリミットまで設けられてしまう。
だが、焦りは禁物。ここで無理に攻略しようとした場合は、裏目に出てしまう可能性が一気に上がる。それがまだどんなモノかも正しくわかっていないのだ。引き剥がしていいのか、そもそも触れていいのか、それすらもわからない。
「手段としては4つ。強引に破壊する。強引に引き剥がす。薬で消滅させる。波長で消し飛ばす」
瑞鳳が乱射する矢を回避しながらも考えに考え、思いついた対処方は春雨が呟いたこの4つ。
前半2つは、誰にでも出来る代わりに、強引な手段であるため、母体──同化されている艦娘に確実な被害が出る。言ってしまえば、
後半2つは、限られた者しか出来ない代わりにかなり堅実。しかし、やはりこれも母体にどのような影響を与えるかわからない。綺麗に消滅してくれるならいいが、あの忌雷が
そして、ここで攻めあぐねていたらタイムリミット。4人の母体は限界を超えてしまい、そのまま命を散らせることになる。
ただ勝つためならば、待っていれば確実に終わる。技量が無理矢理上げられており、対処するにはそれなりに苦労するかもしれないが、ただそれだけ。ここにいる仲間達は、全員が熟練者。ドロップ艦
4人の母体は、ドロップ艦としてこの世に生を受けてすぐに巻き込まれて、本来の役割、生き方を全て否定されてこの場に立っている。敗北したのに、悪意の雨と忌雷との同化によって、無理矢理戦わされている。そんな悲惨な人生を送っている4人をこんなカタチで終わらせなくないと、心の底から思う。
故に、救う。死なんて結末は許せない。その気持ちが、春雨の怒りをさらに燃え上がらせる。
「とりあえずどうにかするわよ! ボーッとしててもどうにもならないわ!」
葛城を相手取る叢雲が、強烈な錫杖による攻撃を槍で受け止めながら、春雨にも聞こえるくらいの声で叫ぶ。手加減なんてしている余裕は無く、少なくとも攻撃の意思を止める、つまりは殺さないまでも気を失わせる方向で挑んでいた。
「叢雲のっ、言う通り! 一度落ち着いてもらうために、少しだけ痛い目を見てもらうよ!」
比叡もこの叢雲のやり方には同調しており、あまり余裕のない状況であるため、せめて静かになってもらいたいと、超至近距離で発艦する艦載機を叩き斬ったりと大忙しである。
今の状態で薬が効くかどうかはわからない。だが、やっていないのだから、やってから考える。もしかしたらそれによって命が失われる可能性もあるのだが、だからといって何もせずに指を咥えて待っているなんてことはありえない。
「姉さん、私もそれがベストだと思います。暴れられたら治療も何も出来ません。一時的にでも気を失ってもらうべきかと」
「……だね。それに、戦いの中で何かわかるかもしれない。実は剥がすのが最善かもしれないし」
言いながら瑞鳳を確認するが、光の道は微妙なところに出ていた。やはりと言うべきか、胸に同化する深海忌雷。そこへと道は伸び、その中央に光の点。侵蝕された者を解放するために、一時的に心臓を止める蹴りの場所だ。
むしろ、その点が見えたことで1つ確信出来たことがある。やはりあの忌雷は、
つまり、忌雷を潰したら、母体は諸共命を散らせることになる。
悪意の雨との合わせ技のような、艦娘と忌雷の融合。
ここでまた1つ、ピンと来る。ここにいる大鳳や古鷹、施設に残った白露やコロラドのような『魂の混成』を、別なカタチで再現したのがコレであると。
白露達は、一度死んだ後に亡骸を融合させられた挙句に蘇生されたとされているが、ここの母体達は生きたまま泥を媒介に忌雷と融合させられたと言ってもいいのだろう。
まさに、黒幕の力。龍驤が黒幕と同じような存在となっていることを、嫌と言うほどに理解させられた。
「……ごめん、自分で言っておいてなんだけど、剥がしちゃダメだ。壊してもダメ。だからといって消したら……多分ダメ。あの忌雷の機能を停止させると、多分あのヒト達は死ぬ」
「えっ……!?」
「だからと言って、諦めはしないよ。その方が気に入らないから」
力強く放たれた矢を当たり前のように握り締めて、春雨は怒りを抑えずに宣言する。救うことを諦めないと。
白露から始まった侵蝕者の奪還は、その全てをどういうカタチであれ成功させてきている。最初は重傷を負わせることになっても泥を吐き出させ、時には薬を使って体内から消滅させた。春雨が覚醒してからは、痛みなく一瞬心臓を止めるという凄まじい手段も取っている。
今回のような最悪なケースにだって、何かしらの抜け道、救う手立てはあるはずだ。春雨に見えている光の道、光の点では、いつも通り心臓を一時的に止めることになっているが、それでは本当に救えるとは思えない。最善が
「そのためにも、まずは動きを止める……!」
そのための道を探すと、しっかりと線が引かれていた。海風がいるからこそ、その道を辿れる。
胸に同化する深海忌雷に刺激を与えず、しかし立ち上がれない程に消耗させる手段。多少の傷はもう諦めるしかない。痛み無しの解放は不可能である。
「海風、また鎖で行ける?」
「問題ありません」
海風は右腕を錨と鎖に変化させ、強引な捕獲の方針で行く。縛り上げるのは脚が最も適しているか。
「姉さんは」
「私は艤装を破壊する。多少身体に傷をつけることになるかもしれないけど、死ぬよりはマシだろうから」
鉤爪のスタイルは変えず、瑞鳳の艤装の基部を破壊することに専念する。その際に発生する身体への影響は、今は度外視。いざという時は、腕の一本や二本は犠牲になってもらうしかないとすら考えていた。
無傷で救えるだなんて、もう考えていない。ここまで来たら、死なないだけマシだと思ってもらわなくては困る。正気に戻った後に死にたいと言われても、それは本人の選択だ。
「では、姉さんがやりやすくなるように縛り上げましょう。動けなくすることが最善だというのなら、私は姉さんのその道を確実に拓きます。お任せください」
未だ瑞鳳の猛攻は止まらない。忌雷によるブーストにより、普通ではない動きを軽々と繰り出し、数本の矢を纏めて射ったり、素早く逃げ回りながらも半端ではない精度で確実に狙いを定めてくる。だが、その矢が春雨に刺さることは無い。回避出来るものは回避しているし、危ないと思っても鉤爪でキャッチした後にそのまま握り折る。
海風への攻撃も、時には右腕を盾に変えて防ぎ、そうで無ければ錨で打ち払う。それが泥で出来ているものであっても、今の状態なら触れただけで侵蝕されるということは無いため、慎重ではあるが確実に被害を食い止める。
しかし、瑞鳳の動きの速さが厄介だった。ただでさえ岩礁帯という厳しい戦場で、最も慣れたものがさらに強化されているのだ。さらには、未だ悪意の雨は降り続けている始末。足場は泥で濡れており、一歩間違えたら滑ってしまう。足裏をスパイク状に変えているため問題はないものの、それでも危険ではある。
先程は簡単に捕獲することが出来たが、今度は春雨でも苦戦する。光の道は絶えず変化をし続け、最善の道を提示し続けているが、動き回る瑞鳳に対応するためには、それを確実に選択していかなくてはならない。
「そこっ!」
それでも、海風は春雨に貢献するために行動する。岩礁帯を飛び回る瑞鳳の足下を狙って錨を投げ、着地と同時に捕まえるタイミングを狙う。
だが、瑞鳳はそれすらも見越したような動き、そしてどう考えても普通ではない動きを見せる。真下に矢を放つことで錨と海風を結ぶ鎖を岩場に固定し、自分の脚を取られないようにしたのだ。
いくらなんでも経験が少なすぎるドロップ艦にそんなことをやってのける実力があるわけがない。溢れ出す力を振り回すだけだったものが、精度までが並では無くなっていた。
だが、その分瑞鳳への負担が大きいのがわかる。これを繰り出したことで胸の忌雷が脈動し、さらに身体に泥を流し込んだ。使えば使うほど泥を消費し、それによって身体もボロボロになっていく。
「っ……すぐに立て直します!」
固定された鎖をすぐに消して再展開し、もう一度錨を振るう。一度の失敗でめげることなんてしない。同じことでも何度だって繰り返せば最終的には押し通すことが出来る。
脚を縛り上げようとするのがダメなのだと悟った海風は、次はさらに上、胴を縛ろうとした。錨が直撃する可能性もあるが、動きを止めるためにはある程度のリスクは考慮するしかない。
「そこに、合わせる!」
さらに春雨が艤装を変換。鉤爪を消し、両腕に主砲を展開し、その鎖に対応する暇を与えず、模擬弾を頭、腕、脚へと放つ。忌雷には当たらないように配慮はしているが、その攻撃によって身体がどうにかなる可能性は配慮しない。死にはしないだろうが、腕や脚があらぬ方向に曲がろうが知ったことではなかった。
ほぼドンピシャの同時攻撃。どちらかに気を取られれば、もう片方を喰らうという渾身の連携。
「えっ」
だが、その全てが回避されることになってしまった。春雨でもこれには驚きを隠せなかった。瑞鳳の胸に同化する忌雷が、さらに追加で触手を伸ばしてガード。衝撃を逃がすことは出来ずとも、直撃は免れたことで体勢を崩すことも無かった。
海風の錨には瑞鳳自身が矢を放って回避。結果的に、渾身の連携も、瑞鳳と忌雷の連携に対応されてしまったということになる。
しかし、連携といっても忌雷が一方的に瑞鳳を使っているにすぎない。強い力を発揮したのは、母体をギリギリまで使い込もうとしているが故。敵にやられることなく、それでも0になるまで搾り尽くそうとしている、悪意に満ちた選択。
そのせいか、瑞鳳は明らかに大きく消耗していた。本人は至って普通な表情をしているが、無理矢理泥を注入されているために顔面蒼白。深海棲艦とは違った青白い顔をしていた。命を削っているのが嫌というほどわかる見た目になっている。
「やりすぎると、余計に命を吸い取るってこと、かな」
「ですね……すぐに攻撃に移ってこないところを見ると、随分と消耗しているようですが」
「このままだと死ぬよ」
合理的に考えるなら、それを待つ方がいいのだろう。勝手に自滅するのならそれで終わりだ。だが、それを許さないのがこちら側のやり方。
「……最悪だね。龍驤の考えがわかった」
「何が、ですか」
「これは龍驤の
全てを救うために活動しているこちら側の信念を利用した、ゲスにも劣る行為。他人の命を使った作戦。しかし、やり方としてはこれ以上効率の良い方法は無いだろう。
救うために全身全霊をかけて行動すれば、奥の手などまで晒すこととなり、この後に戦うであろう龍驤との戦いに不利となる。その上、救った母体の4人を戦場に置いておくわけにもいかないため、
だからといって救わずに命を散らした場合、龍驤はここぞとばかりに罵ってくるだろう。ケラケラ笑いながら、見下しに見下し。自分が仕向けたことを突破出来なかったことで調子に乗ることは火を見るより明らかである。
「……気に入らない。本当に、気に入らない。自分で出てくるわけでなく、ヒトの命を使ってくるだなんて。思い通りになんて絶対にさせない。全部掴むんだ。全員救う。どうあっても!」
下卑た笑みを浮かべているであろう龍驤を想像したことで、春雨の怒りは限界に達した。
その瞬間、春雨の瞳に真紅の焔が灯った。