深海忌雷に取り憑かれたことにより、急速に命を消耗している母体の4人。その忌雷は心臓と同化してしまっているため、消滅させても身体から引き剥がしても死に直結しており、そのまま活動させていても死に至る。これをどうにかする手段は簡単には思い付かなかった。
だが、1つだけわかっていることがある。これは龍驤からの
「……気に入らない。本当に、気に入らない。自分で出てくるわけでもなく、ヒトの命を使ってくるだなんて。思い通りになんて絶対にさせない。全部掴むんだ。全員救う。どうあっても!」
下卑た笑みを浮かべているであろう龍驤を想像したことで、春雨の怒りは限界に達した。
その瞬間、春雨の瞳に真紅の焔が灯った。
「その怒りはわかります。私も許せません。ヒトを何だと思っているのか。ただの手駒、捨て駒としか思っていないのなら、上に立つ資格なんてありません。姉さんの怒りが溢れてしまうのも無理はありません。敵であろうと手を差し伸べる慈悲深い姉さんですから。でも、これだけやればもう許されるわけがありません。龍驤を確実に始末しましょう。でもその前に」
「目の前で苦しむヒトを救うよ。それが私の
真紅に燃え上がる眼で、瑞鳳を見据えた。この時から、春雨の覚醒した能力が発動する。視界の中に入ったモノを、
あまりにも異常で、殆ど無敵のようなとんでもない力は、視界内に散布される春雨から発生した泥──もとい、マグマによる効果である。中間棲姫や黒幕と同様、目に見えない程小さな粒子が視界の中で飛び交い、それに触れたものを思い通りにコントロールしてしまう。
目に見えないのだから回避不能。ただし、思考のコントロールは出来ず、行動を無意識下で抑制する。
今回の春雨の望みは救うこと。動きを止めるだけでは救われない。忌雷による泥の注入を止めること、そして、体力の消耗をこれ以上進めないこと。
「ッア」
初めて瑞鳳が反応らしい反応を見せた。春雨の視界、その影響下に入ったことで、素早く動き続けることが途端に出来なくなる。まずはその行動を阻害し、身体がまともに動かなくなるところから。これによって、瑞鳳に対しての処理が一気にしやすくなる。
しかし、ここからどうするべきかが見当がついていないため、ただ動きを止めただけで終わってしまう。救いたいという気持ちが先行していても、今からどうするかを決めていないのなら、それ以上進まない。望んでいる答えが曖昧だからだ。
少なくとも動くなという思いが影響下に伝播しているため、ああなっていてもこの力が効くことが証明された。
「逃げないでもらえますか。じっとしていてくれれば思いつく限りの手段を全て用いて貴女を救います。自分でどうなれば救われるのか話してくれるとありがたいですけど」
近付きながらも瑞鳳に向けて声をかけ続ける。忌雷に侵蝕されたままでも、何かのタイミングで理性を取り戻すかもしれない。
そうなったとしても侵蝕されているのだから反発しそうではあるが、こんな状況下、しかも刻一刻と自らの命が削られているのだから、漣の時と同じように心が折れてくれている可能性も無いとは言えない。
だが、やはり忌雷の同化は、ただ泥に侵蝕されているのとは違うようで、動きを拘束する程度では瑞鳳は何も変わらない。表情も無ければ、先程の小さな悲鳴のような声以上に言葉も発しない。こんな状況であっても無理矢理動いて春雨に攻撃をしようとする始末である。
むしろ、動けない状態で無理をしようとしているせいで余計に体力を消耗し、命を削っていた。命を救うために動きを止めたのに、それが命を削る方に作用してしまったら本末転倒である。
「海風」
「はい」
このまま動こうとし続けられても消耗し続けられるため、海風が瑞鳳を拘束。先程までは抵抗されたが、動けないのなら抵抗なんて出来るわけがない。縛られていても無理をして動こうとするのは止めようとしないかもしれないが、強く拘束しておけば多少は変わるはずだ。
しかし、そんな状態でも浮遊要塞の展開は出来る。動けないのは身体だけ。艤装の展開には制限が無く、むしろ春雨のこの力は
海風が振り回した錨と鎖は浮遊要塞によって阻まれ、瑞鳳が無理をしてでも動こうとするのを止めることが出来なかった。それ以上に、浮遊要塞の展開自体が体力の消耗を呼び込み、瑞鳳はより弱っていく。
「すみません姉さん、すぐに排除します」
「うん、お願い」
海風が浮遊要塞を処理していく中、春雨は自分が今出来ることを考える。怒りで簡単には纏まらないのだが、この現状を覆すために、思い付く限りのことを実行しなくてはならない。
瑞鳳の顔色はより悪くなっており、冷や汗のようなモノまでかき始めている。しかし、抵抗はより一層激しくなり、負荷とそれに伴う消耗がさらに上がっていた。タイムリミットはもう間近だろう。
「……そもそも瑞鳳が悪いわけじゃない。その忌雷が悪いんだ。それを、止める!」
そこで春雨は見るべき道を変える。瑞鳳を止めるのではなく、
無機物には効かないだろうが、忌雷は生体艤装のようなもの、有機物と無機物の中間みたいなものだ。自ら母体を生かすために行動しているのだから、それはもう意思を持つ生物と見てもいいだろう。
それならば、この視界の中を望み通りにする力の影響下に入るはずだ。今の望む答えは『瑞鳳を止める』だったが、ここからは『忌雷を止める』に切り替えた。
「海風!」
「これで、どうですか!」
春雨自身も邪魔なモノは排除しつつ、海風によって浮遊要塞がある程度破壊されたことで、春雨の進む道が拓かれた。瑞鳳までの一直線の道。妨害なんてされない、紅く光り輝く道。
こうなってしまえば、春雨は次に取るべき行動が手に取るようにわかる。舞うように向かう必要もない、真っ直ぐ突き進み、瑞鳳の真正面に。
「殺すための兵器で無く、生かすための兵器になれ!」
鉤爪を消した春雨の右腕、義腕から、ぬるりと泥──マグマが溢れ出す。溢れ続ける怒りがカタチとなったそれを、理性ある今の春雨も自らコントロール出来るようになっていた。
そのマグマを直接押し付けるため、瑞鳳と同化している忌雷に拳を叩き込む。先程の抵抗と同じように触手が動き出そうとしたが、今春雨が見ているのは瑞鳳では無く忌雷。視界全域に影響を与える力を、忌雷に一点集中した。そのおかげで、触手すらも動かせなくなっていた。
有機物と無機物の中間という存在かもしれないが、意思を持つ生命の時点で春雨の力からは逃げられない。
「Aaaaaahhhhhhh!」
この中の誰でもない叫び声が響く。春雨のマグマを直接叩き込まれたことで、その存在そのものが春雨の望み通りに変化していくのは、忌雷にとっても何か感じるモノがあるようだった。それが苦痛なのか快楽なのかはわからない。
本来の命を奪って強力な力を発揮する生体艤装という在り方を、
しかし、これはただ見ているだけでは出来ない。動きに干渉することは出来ても、存在そのものを変化させるためには、春雨自身から溢れ出したマグマを注ぐ以外に選択肢が無かった。
これは黒幕がやっている泥による侵蝕──洗脳とほぼ同じ方法。そんな手段しか取れなかった自分にさらに怒りを覚えつつも、瑞鳳を生かして止めるためにはこれしかないという確信があるため、ほぼ躊躇なくそれを実行した。
「ね、姉さん、忌雷が……」
海風が驚きながらも言葉を紡ぐ。春雨から溢れ出たマグマを注ぎ込まれ、その存在定義を春雨の望むモノに書き換えられていることを示すかのように、泥の色をしていた忌雷が
存在を反転され、瑞鳳の生命維持装置のような役割へと書き換えられた忌雷は、瑞鳳への泥の注入をその時点でストップ。逆に泥を吸い上げて瑞鳳を正気に戻していく。不必要となった泥はその口から排出し、無害なモノへと変換した。着せられている泥のコスチュームも、忌雷の力で侵蝕性の無いモノへと置き換えられる。
侵蝕し、命を奪う忌雷は、解放し、命を繋ぐ忌雷へと書き換えられた。これにより、瑞鳳の命は繋ぎ止められ、二度と侵蝕されない存在へと昇華された。
その見た目はどうにもならないが、死んでいないのならまだやり直せる。本人が望めば、だが。
「……これで、いい、かな」
瑞鳳の顔色が格段に良くなっていくのを確認して、春雨は一安心。しかし、こんな戦場のど真ん中に消耗した瑞鳳を放置するわけにはいかない。せめて自分で動けるのならいいのだが、まだ戦いは終わっていないのだ。
「っあ……あ、あれ……私……」
正気に戻った瑞鳳の目に光が戻る。侵蝕も失われたことで、侵略者としての思考は失われていた。しかし、その姿はそのまま。胸に同化した忌雷も当然そのまま。
「え、ええっ!? な、何これ!? どうなってるの!?」
自分の姿に羞恥を覚えたか、バッと自分の身体を隠すように腕を組む。だがその時に、自分の胸に同化した忌雷の存在に触れることとなり、小さく悲鳴を上げた。
「わ、私、何がどうなってるの!? いや、覚えてるけど、覚えてるけどさ! なんかわけがわからない泥みたいなの呑まされたの!」
身体は消耗しすぎてまともに動かないようだが、頭は冴えているようだった。胸に同化した忌雷は、何処か元気そうに歯をカチカチ鳴らした。
「わかってますから落ち着いてください。貴女はもう
正気を取り戻してこれだけ元気なら大丈夫だろうと、春雨は次のターゲットへと目を向ける。それは、ここからは一番手近である葛城。
葛城も瑞鳳と同じように顔面蒼白な状態で限界以上の力を発揮させられ、叢雲と比叡を相手に一進一退の攻防を繰り広げていた。叢雲も比叡も、傷付けずに気を失わせるという面倒臭い方法を取らざるを得ず、素人相手でも苦戦。それでも2人とも無傷で戦いを続けているのは熟練者のそれである。
「この、厄介ね! イライラする!」
叢雲も苛立ちを隠すことなく、葛城からの攻撃をいなすことしか出来なかった。本当なら容赦なく殺しているのだろうが、どうにか理性を保ち、そこまではやらないようにしていることが、さらにストレスに繋がっている。
「薬を打ち込むのは!?」
「忌雷ごと壊れたら死ぬかもしれないけど、やってみたら!?」
「ヒエー!? それはダメ! 殺さずに救う!」
比叡も薬剤が塗られた刀剣で斬り払うことで治療をしていくことも難しい。そのくせ、葛城自身は自分の身体を顧みずに攻撃をしてくるため、徐々に押し込まれそうになる。
しかし、それも終わりの時が来てしまう。葛城の限界を超えた力は、あくまでも忌雷によって強引に引き出された葛城自身の力だ。ドロップ艦が引き出せる力は、熟練者には遠く及ばない。
そのため、戦闘中に突然動きが遅くなったかと思いきや、真顔のままその場に倒れてしまった。
「……は?」
「ちょ、まさか……」
葛城はまだ戦う意志を引き出されているため、手を伸ばして艦載機を発艦しようとしていたが、もう何も出ない。
プルプルと震える腕が叢雲の方へと伸ばされたが、最後は力尽きたように投げ出された。
「……嘘でしょ」
比叡が苦しそうに言葉を絞り出す。しかし、葛城は反応が無い。
叢雲が無言で近付いても、何もされない。槍の柄でひっくり返したとき、その惨状がよくわかった。
葛城の胸に同化した忌雷が、舌を出して息絶えていた。限界を出し続けた結果、葛城の全てを使い切ってしまっていた。
瑞鳳を救うことは出来た。しかし、葛城は間に合わなかったのだ。