空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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前哨戦

 深海忌雷に侵蝕された母体達は、瑞鳳と黒潮は救うことが出来たのだが、葛城と不知火は救うことが出来なかった。『望み通りの答えに辿り着く力』を以てしても、死を超越することは出来ない。それが摂理である。

 春雨も自分の無力さを痛感していた。もう動かないことが分かっていても、葛城を甦らせることが出来るはずだと処置をし続けたことが、不知火の明暗を分けてしまったかもしれないと。あの時に、すぐに選択をしてさえいればと。

 

「おうおう、なんや面白いことになったやんけ」

 

 そんな戦場に響き渡る声。誰も知らない声であっても、その持ち主が何者かは誰もがすぐにわかった。

 悪意の雨が降り続く中そこに現れたのは、下卑た笑みを浮かべた空母棲姫──龍驤であった。

 

「出てきたね、本命」

 

 その喋り方からついに出てきたかと反応したのは、龍驤が最も根に持っている相手、北上。ここまでは明らかに力を温存しており、戦場の中心で未だに降り続ける悪意の雨から傘で身を守りながらも、誰にも当たらないように雷撃を放つ浮き砲台のような活躍を見せていた。

 そんな北上が現れた龍驤の方に視線を向けたのだが、今まで見てきた姿とは似ても似つかない姿であるため、思わず噴き出しそうになっていた。

 今の龍驤は、生まれたばかりの空母棲姫を器として使っている。軽空母龍驤としての姿は、正直空母の中では特に小柄で、駆逐艦と見紛う程であった。だが、空母棲姫は大人の女性。スタイルもやたらといい美形だ。

 しかもよりによって、本来の空母棲姫が身に纏っているセーラー服姿ではなく、自分の身体を見せつけるようなやたらと露出度の高い水着を着ていたのが余計に北上のツボに入りかけた。

 

 ドロップ艦である文月が出会った『大きなお姉さん』とは、この龍驤である。ドロップしたばかりならば、ヒト型の深海棲艦を艦娘と間違えても仕方ない。これは卯月(ミシェル)で実証されている。

 ちなみに、『小さなお姉さん』が瑞鳳で、『駆逐艦』は黒潮。奇しくも、生き残った者が施設へと煽動した張本人だった。

 

「ウチの()()()()()は楽しんでくれたようやなぁ」

 

 ニヤニヤしながら戦場を眺める。手駒として使っていた4人のうち、2人は救われているが、2人が息絶えていることを確認し、声を上げて笑った。

 

「なんや、全員救えとらんやん。そういうことするんが辿り着く者ちゃうんかぁ? 全員救うって息巻いとるのに、結局救えん奴がおるっちゅーわけや。しかも中途半端に救いおって。さぞかし恨みたっぷりで死んだんやろなぁ。なんで自分は救われへんのやーってなぁ!」

 

 当てつけのように春雨に言い放つ龍驤。その物言いに海風が主砲を向けるが、突然現れた飛行甲板がその砲撃を阻む。

 同時に周囲を囲む仲間達が一斉に砲撃を放つものの、その全てが甲板に防がれてしまった。それはまるで中間棲姫の持つ宙を浮く甲板であり、金剛による戦艦の砲撃ですら防いでしまうほど頑丈。

 

「ハッハハ、んなもん効かへんわ。うちがどれだけの力を手に入れたと思うとんねん」

 

 甲板をしまったかと思えば、次はその巨大な艤装から全方位に主砲が向く。元々の空母棲姫の艤装にも砲台は備え付けられているが、龍驤としての力、魂の混成により手に入れた力もそのまま据え置きらしく、駆逐艦や軽巡洋艦の主砲も織り交ぜられていた。

 

「お返しや。お前らが先に撃ったんやから、喰らって当然やろ」

 

 そして、同時に放つ。大小さまざまな砲撃が放たれ、一気に全員が動き出した。

 

 この中でも特に危険なのが、先程まで戦っていたことで消耗している瑞鳳と黒潮、そして、当たり前だが動くわけがない葛城と不知火の亡骸。艦娘達のバリアでは、その泥製のモノを消しとばしてしまう可能性があるため、必然的に施設の者達が救うしかない。もしくは近くに寄らないでどうにかするか。

 

「こちらは私が!」

 

 黒潮は古鷹が受け持つ。その尻尾も含めて抱き上げ抱え込み、すぐにその場から退避。黒潮は驚いていたものの、身体が動かないのだから素直に受け入れる。

 

「お姉さま!」

「Okay! 任せてくだサーイ!」

 

 瑞鳳と葛城の亡骸は、金剛が盾を展開して前に立った。いつでもサポートに入れるように意識していたようで、それが功を奏したようだった。

 

「春雨姉さん。お任せください」

 

 そして不知火とその側にいた春雨は、海風がしっかりとガードした。右腕を盾に変形させたことで、直撃は免れているが、その威力は相当なモノであり、上手く受け流すことでどうにか被害が無いようにした。

 

 いくら亡骸とはいえ、これ以上傷付くことは春雨が許せなかった。その意思は海風にも伝わっており、即座に反応している。

 

「おうおう、死人も守るとは何とも聖人君子なこって。ほんまにそいつらがそれを望んどるかは知らんけどなぁ。死ぬ前に守ってくれやとか思っとるかもしれんなぁ。えぇ?」

 

 いちいち春雨の神経を逆撫でするような煽り方をする龍驤。春雨も不知火の亡骸を前に、そろそろ限界が来ようとしていた。

 ただでさえ救えなかったことに責任を感じてしまっているのに、それをこうなってしまった元凶に突きつけられるのは我慢ならない。怒りの矛先が言っていい言葉ではないだろうと、怒りが限界を超えかけていたその時。

 

「春雨、今はもうちょい我慢しときな。あたしが多少はスッキリさせてやっから」

 

 知らない間に、春雨の側に北上と大井が立っていた。北上の表情は今まで見たことがないようなおかしな顔。まるで、笑いを堪えているような。

 

「……く、くく、ぷはっ、もう我慢できない、 あっはははは!」

 

 ここで決壊したか、突然爆笑しだす北上。亡骸の前で不謹慎ではと思ってしまったが、その目は龍驤のみを見据えており、その奥には笑みなど何処にも無かった。

 

「いやぁ、マジさぁ、あのクソチビ姿はコンプレックスだったのかな龍驤ちゃーん」

 

 北上の声が聞こえたからか、龍驤の表情が明らかに変化した。艤装の上から見下すように北上を睨み付けるが、北上はその笑いを止めない。

 

「いくらなんでも露骨すぎっしょ。高いところに行かないと他人を見下すことも出来ないチビが、スタイルのイイおねーちゃんの身体に入って成長しました感出しちゃってさ。しかもそれを見せつけるみたいな格好までしてるのが、ホント、く、くくくく、ははははは! 滑稽で面白すぎんだよなぁ」

 

 ゲラゲラ笑う北上に対して、まるで余裕を手に入れたと言わんばかりに鼻で笑う龍驤。

 

「言うとけ言うとけ。こんな戦場で傘差しとるような阿呆に何言われようと知ったこっちゃないわ。なんやお前、死にに来たんか。戦う気さらさら無いみたいにしか見えへんで」

「アッハハ、節穴の目が余計に節穴になったんかね。アンタにはこの程度で充分だってことだよ。それに、相手があたしだけなわけないでしょ。アンタに恨みと憎しみを持っているヤツら、何人いると思ってんの」

 

 話しているときにでも砲撃を放ったのは、北上組である漣。空気なんて読むわけもなく、容赦なく龍驤を殺すために撃った。

 後衛としての力を底上げされた漣の特化した戦術は、精度と空間把握。ドロップ艦とはもう言えないくらいの成長を遂げ、その恨みを晴らすべくここに立っている。

 

「はっ、漣かい。ウチが最初に使ってやった器やっちゅーのに、恩を仇で返すんか。死んでもいいようなお前を、ウチの慈悲で使ってやっとったっちゅーのに」

 

 その砲撃は当たり前のように甲板で止めるが、そこを見計らって朧が魚雷も放っていた。そして同時に、曙も突撃姿勢に。

 朧は中距離として、砲撃と雷撃どちらもを強化。そして曙は近距離として、回避性能と砲撃、そして近接戦闘のための体術を仕込まれている。

 しかし、甲板によるガードはかなり硬く、魚雷に対しては小粒の砲撃で軽々対処。砲撃も雷撃も、龍驤を傷つけることは一切出来ない。曙も砲撃に牽制されて、ある程度までしか近付くことが出来なかった。

 

「なーにが恩ですかい。自分の思い通りに動く駒が欲しかっただけでしょうが。自分で動くことも出来ない逃げ腰お姫様は、他人様を使うことがお慈悲だと思われているようで」

「お、いいこと言うねぇ。自分のことしか見えないような視野の狭いヤツに、恩だの慈悲だの言う資格はないわな。全部自分のためなんだから」

「本当の慈悲深さってのは、春雨氏みたいな、他人のことを思って怒れることなんすわ。だから、アンタにゃ誰も慈悲なんて向けねぇですよ。()()()()()()だってね」

 

 瞬間、龍驤が壁として使っていた甲板の1つが爆散した。

 

「んん?」

 

 明らかに砲撃などではない一撃が加わったことによる破壊。それはまるで、()()()()()()()()()

 

「……貴女が、漣ちゃん達を利用したヒト……なんですか」

 

 曙よりも前。近距離型よりもさらに近距離。接近戦に特化された者として立つのが、深海棲艦化した潮。

 恐怖に震えてこの場でも及び腰な雰囲気を醸し出しているが、それでもここにいるということは、自ら戦うと決意したことにほかならない。曙もこの潮をサポートするために主砲を構えた。

 

「それがどないしてん。ちゅーか、今お前何したん。ウチの甲板は並のバルジより硬いはずやけど、なぁ!」

 

 同じように再び甲板を展開し、今度はガードではなく潮を押し潰すために上から叩き潰そうとした。

 

 だが、この潮には通用しない。飛行場姫から仕込まれた護身術、あらゆる近接戦闘の技を今この場で全て発揮する。どんな姿勢でも関係なし。

 真上から振り下ろされた甲板に恐る恐る、しかし鋭く確実な拳を叩き込んだ。その瞬間に甲板が爆散し、木っ端微塵となる。

 

「は、おま」

「許しません……みんなが辛い思いをしてるのに……それを笑うことが出来るなんて……許しません」

 

 恐怖に苛まれながらも、キッと龍驤を睨み付ける。涙目になりながら、震えは止まらずとも、決意の力でこの場に立ち続ける。

 

「震えながら言うても、何の説得力もあらへんぞ。でも、お前のそれはええなぁ。ウチが使うたるわ」

 

 潮の戦闘術に目をつけたか、今度は泥を沸き立たせてぶつけようとする。潮は全身防備ではあるが、なるべくならばそれを受けるわけにはいかない。

 だが、そんなことを簡単にやらせるほど甘い者は、ここには誰もいない。泥を飛ばそうとした腕に、北上が放った魚雷が突き刺さるように直撃していた。そのおかげで、龍驤が撒き散らした泥はあらぬところへ。

 

「こらこら、そんな汚らしいモノを振り撒くんじゃないよ。ていうかさ、ホントさ、アンタ他人の力を借りないと戦えないわけ? 相変わらず小さいねぇ。図体だけデカくなっても、おつむがミジンコ並みじゃあその程度しか考えられないか。いや、確か今って泥になってるんだっけ。微生物の群衆ってことは、名実ともにミジンコになったってことか。アッハハ、それは失礼しましたわ。そんだけ小さいならそういう風にしか考えられないわな」

 

 北上の煽りは止まらない。

 

「そもそも全部貰い物の力のくせに粋がってるのがマジでダサいね。身体は他人様で、砲撃や雷撃も混ぜられたヤツの力で、唯一残ってた軽空母の力もその身体の力で上塗りされちゃってぜーんぶ他人の力。それを自分の力とか、はっ、ちゃんちゃらおかしいっつーの。アンタの力はもう、他人に乗っかることだけなのさ。自分の力で敵を倒すことも出来ない、惨めで哀れなゴミムシの集合体が、あたしらに勝てるとお思いで?」

 

 仲間達がスカッとするほどに罵りに罵る北上の言葉に、自然と士気が上がっていく。

 怒りに震えて限界を超えかけていた春雨も、龍驤がコケにされているところを見続けたことで、幾分か怒りが晴れてきた。スッキリとは言わないものの、自分が言いたいことを全て北上が代弁してくれており、それを聞いている龍驤があからさまに嫌そうな表情を浮かべたことに、自分の思っていたことはあながち間違いでは無かったのだと確信する。

 

「言わせておけば偉そうに。結局お前らは群れにゃどうにも出来ん格下の雑魚共ってことやろ」

「その器の中に群れてる寄生虫が何言ってんだか。人数集めても自分の力でここにいるあたし達と一緒にすんなよ。悔しかったら自分の身体で戦えゴミムシ。あ、無理か。自分の身体はもう無いんだもんなー。だったらもう偉そうなこと言えないねぇ。既にアンタは負けてるんだよ。恨むならアンタをその身体にしたヤツを恨むんだね」

 

 あからさまに嘲笑する北上に、先に怒りが溢れたのは龍驤。そもそも北上との相性が悪かったのだろうが、嫌でも感情的にされた。

 

「これはウチの力や。ウチだけの、支配者の力やぞ。それを思い知らせて」

「ちょっと、黙っていてもらえますか」

 

 龍驤の言葉を遮るように静かに言い放った春雨。真紅に輝く瞳の焔は、暴走した時と同じ程に燃え盛り、しかしその心は冷静。怒りをある程度制御していた。

 その瞳で睨みつけたことにより、その力の影響下に置かれ、龍驤の声が出なくなる。『黙れ』という具体的な望みが叶えられた。

 

「もういいです。その薄汚い言葉はもう聞きたくありません」

 

 不知火の亡骸は黒潮を退避させた古鷹に任せて、大きく息を吐きながら立ち上がる。怒りが溢れ続けるが、表情にも出さない。だが、明らかにそれが表に出てきているように、艤装が痛々しく変化していた。

 

「ここで確実に終わらせます。今までやってきたことを後悔してください。元に戻れるのなら戻してあげますよ」

 

 

 

 

 前哨戦、最後の戦い。龍驤との戦いが、ここから始まる。人数差はこちらにあれど、龍驤は余程の自信があるため、気を抜くわけにはいかない。

 

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