龍驤が捕獲用のドラム缶に封じられることによって、前哨戦は終わりとなった。泥と化した龍驤にはドラム缶を内側から破ることは出来ず、外側から開けてやらない限りはずっとこのまま。強いて言うならこのドラム缶そのものが破壊されれば脱出は可能だろうが、そうなることはまず無いだろう。このまま鎮守府に運ばれて、明石の研究材料となるのだから。
しかし、外側の音は聞こえているし、内側から話すことも出来るため、黙らせるのは至難の業。そこは北上がうまく黙らせたようである。
「それじゃあ荒潮、これはよろしく」
「はぁい。これは私の装備だもの、ちゃんと鎮守府まで運ぶわぁ」
担ぎ上げるわけでもなく、縄で結んで引きずるようにドラム缶を運ぶこととする。中に衝撃が走るかもしれないが、今の龍驤には何も感じないだろうから問題ないと、手早く持ち帰る準備をした。
部隊が撤収の準備をする中、春雨は自分が斃し、治療した瑞鳳の元へと向かう。ここに放置するわけにもいかず、状態が状態なので、施設に運ぶこととなる。
そしてそこには、忌雷に全てを使われて息絶えた葛城の亡骸もある。少しだけ回復した瑞鳳は、1つ間違えていれば自分もこうなっていたということに恐怖し、また、間に合わなかったことを悲しんでいた。
「春雨、私は瑞鳳に触れるのはやめた方がいいと思ったので、貴女に任せマース」
「……はい。私が運びます」
ずっとここで守っていた金剛が、悔しそうな表情で岩礁帯から離れる。バリアが効いている以上、その存在をマグマによって書き換えられたとしても、泥製である忌雷がバリアによって消滅してしまいかねないため、瑞鳳にも葛城にも近付くことが出来なかった。
「……瑞鳳さん、戦いが終わりました。貴女の状況から、鎮守府ではなく私達の施設に来てもらうことになりました。よろしいですか」
そう言われ、瑞鳳は顔を上げる。泣き腫らしたような目ではあったが、救われたという自覚はある。春雨に視線を向けると、力強く頷いた。
当然、瑞鳳は春雨に対して大きな感謝を持っている。今の自分があるのは、全て春雨のおかげと言っても過言ではない。命の恩人であり、悪虐非道な侵略者から解放してくれた救世主。胸に何かよくわからないものがついてしまっているとはいえ、生きているのだからまだ前を向く事は出来た。
「葛城は……どうするのかな」
やはりそこは気になるようで、どうか蔑ろにしないでもらいたいと目で訴えていた。
ここに存在する葛城は、もう二度と目を覚ますことのない亡骸だ。そのままにしていても何か起きるわけではない。
しかし、春雨達にとっては、
「勿論、弔います。ですが……」
ここで言葉を濁すのは理由がある。施設には、死という概念を意識することで暴走してしまうコマンダン・テストがいるのだ。この戦いでの結果を話として聞いてもどうなるかわからないのに、亡骸そのものを目にしたら、それこそ何が起きるかわからない。
そのことを考えると、この亡骸は施設に運ぶことなく鎮守府に運んでもらいたい。不安要素を取り除くためにはそうなっても仕方ない。
「そっか……。でも、弔ってくれるのなら安心した」
説明を受けたことで納得した瑞鳳。弔う場面に居合わせることが出来ないのはとても残念のようだ。
瑞鳳自身、自分が置かれている状況を正しく把握は出来ている。まともな艦娘では無いし、戻ることも出来ない。ドロップ艦だとしても、鎮守府に所属することはもう不可能。まともに生きていけるかすらわからない。
「自分で動けますか」
「うん、ある程度は休ませてもらっちゃったから。でも、まだフラつくかもしれない。肩とか貸してもらえると嬉しいかも」
「問題ありません。海風、お願い出来る?」
「了解です。姉さんは葛城さんを?」
無言で頷き、もう動かない葛城を抱きかかえる。身体のサイズ的に少し持ちづらかったものの、艤装や義腕を変形させてうまく支えた。海風も瑞鳳に肩を貸して、岩礁帯から抜け出す。
忌雷と同化してしまっていても艤装は普通に扱えるらしく、海上移動にも支障はない。むしろ忌雷の方からそれをサポートするように触手を伸ばし、出力が上がる始末。春雨のマグマが注入されて変質されたからか、見た目からは考えられないくらいに紳士となっていた。まるで戦艦棲姫の艤装である。
2人を連れて部隊と合流。そこには、今回の被害者である黒潮と空母棲姫、そして亡骸となった不知火も運ばれていた。やはりバリアがあることから近付くことも難しいため、基本的には大鳳と古鷹が支えている。
空母棲姫は未だにわけがわかっていないようで、常に頭の上にハテナマークが浮かんでいるような状態。そちらは今まで器になっていたとはいえ、消耗はそこまで激しくないようだったため、自分の足で海上に立っていた。艤装は破壊されてしまっているが、ただ航行するくらいなら出来るようである。
「……ぬいは……やっぱもうあかんの?」
手を震わせながら、黒潮が不知火を抱える大鳳に尋ねる。春雨の抱える葛城と同じように、不知火も大鳳の腕の中でぐったりとしていた。まるで眠っているかのように力尽きている分、現実味がどうしても湧かないようだった。
しかし、触れている春雨と大鳳には嫌というほどわかる。その肌は海上にいるという理由だけではない冷たさであり、鼓動も何も感じない。
「……うん。力を尽くしたけど……間に合わなかった」
悔しそうに呟く春雨。本当だったら救えたかもしれない命が、ここで散ってしまったこと。それがどうしても心に刺さる。戦いの最中に龍驤が煽るために口にした言葉、何故自分は救われなかったのかと恨んでいると言われても、それは否定出来ない。片方は救われて、片方は救われなかったのだ。差が出てしまっている以上、双方から文句を言われても反論なんて出来やしなかった。
「……力を尽くしてくれたんやろ。なら、ぬいはアンタのこと恨んでなんか無いよ。ギリギリまで救おうとしてくれたヤツを恨むほど、ウチもぬいも根性捻じ曲がっとらんからね」
拳を握り締めながらも、黒潮はこの現実を納得しようと心掛けていた。当然、自分が救われているのに不知火が救われなかったのは何でだという気持ちはある。救うのなら不知火も救ってほしかったという気持ちは、嫌でも膨れ上がってくる。
だが、春雨の表情を見たら、そんな気持ちは引っ込んでいった。この大惨事を生んだ龍驤を完璧なカタチで討ち倒したのに、その勝利を喜ぶわけでもなく、失われた命に悲しんでいるのだから。
「ウチはぬいの分まで生きるわ。こんなの付いてしもうてるけど、なんや、よう見たら結構可愛いやん」
胸に同化した忌雷を軽く撫でると、それに呼応するように忌雷も触手を伸ばして黒潮の頭を撫でた。こちらも瑞鳳の忌雷と同じように、宿主のことを思い遣る紳士となっている模様。
可愛いという発言に対して同意する者はあまりいなかったものの、ヒトそれぞれのセンスなので何も言わない。
「あとは貴女だけですが……一度私達の施設に来てもらっていいですか」
「あ、ああ」
残りは空母棲姫。勿論被害者であるため、事情は話しておきたいというのはあるのだが、この場で全て説明するのは難がある。施設で腰を落ち着けてから話すべきだろう。
春雨も
「……ところで、なんだが」
「はい、答えられることは答えますよ」
「そいつ、そいつは私をおかしくした張本人、なんだが」
空母棲姫が指差す先にいるのは、漣である。生まれた直後に漣と出会い、不意をつかれるように泥を吐き出され、抵抗する暇も与えられずに器にされたことはハッキリと覚えていた。
漣が龍驤の器となっている時にやったことであるため、漣本人としては記憶が曖昧。しかし、自分が空母棲姫を陥れたこと自体は知っているので、ばつが悪そうな顔をする。曙や朧は、あえて逃がさないように退路を塞いでいた。
「漣ちゃんも、貴女のように利用されていたんです。なので、その頃のことは覚えていないと思います。貴女がそうであるように」
「……そう、なのか。なら、私をおかしくしたのはやはり」
「はい、今はあのドラム缶の中に入っている汚らしい泥です。貴女の前には二度と現れないので安心してください」
簡単には納得出来ないかもしれないが、漣も自分と同じであると言われたら、そうなのかと思うしかなかった。相手が本来敵対する艦娘であるのに、そういうことがあるからか、空母棲姫的には漣に不思議な仲間意識を持つことになる。
逆に、ドラム缶の中にいるという泥に対しては、敵対意識どころか、殺意や恨みすらも浮かんでくる。自分を滅茶苦茶にした張本人をこの手で始末したいという、侵略者気質の深海棲艦が持つ強い負の感情も表に。
「安心してください。これからあの龍驤には、
「そ、そう、なのか」
「はい。それに、一応ですけどあのヒトも被害者なんです。元々はただの艦娘だったんですけど、この事件の黒幕に操られて、あんな取り返しのつかないカタチにされています。恨みも憎しみもありますが、元に戻るようなことがあったら……それも無かったことにするつもりではありますよ」
その可能性は0ではあるのだが。泥となった龍驤が元の艦娘に戻ることなど、まず間違いなく無理。あの明石ですらお手上げ。ただ、何かしらのカタチで艦娘としての意思を取り戻したとしたら、今のような憎しみばかりではなくする。
むしろ、正気を取り戻したら取り戻したで、今までやってきたことと今の自分の状態を悲観して、さらに壊れてしまいかねないが。
ここで、部隊から少し離れていた金剛が、比叡と共に合流。その手には、旗艦が持つ鎮守府との連絡に使うタブレットが。
「今、鎮守府の方に連絡しましタ。少し時間はかかりますガ、宗谷が来てくれるノデ、葛城と不知火は直接鎮守府に運んでくれマース」
龍驤がドラム缶に封印され、他の者達は侵蝕されていても艦娘であるため、通信障害は起きなかったようである。そのおかげで、この戦場からでも鎮守府に連絡することが出来たようだ。
向こう側では、戦いに勝利出来たことを喜ぶ一方、被害者のうちの2人が命を落としてしまったことは悔やんでいたとのこと。やはり誰も死なない戦いを望んでいるため、それがどういうカタチであれ、完全勝利とはいかない。
「施設に戻ったら、またこちらから鎮守府にも連絡しますね。こんなカタチにはなってしまいましたが、瑞鳳さんと黒潮ちゃんは艦娘でもありますから」
「Okay. それがいいと思いマース」
「処遇はそちらで考えていただけるとありがたいですね。こちらの施設も大分大所帯になってきましたから」
そろそろ本格的に施設がパンクしかねない状態。ただでさえ畑を失い、遠征にもまだ行けていない状況だ。これ以上人数が増えた場合、もう養えないというところにまでなってしまうかもしれない。
艦娘は鎮守府にいるのが普通だ。しかし、瑞鳳と黒潮は普通とは違う。ここの処遇はかなり難しいところである。
「では、宗谷が来るまでは事後処理をしながら待機デース。その後は、私達と施設のヒト達は別れて、各々で帰投というカタチでお願いしマース」
これで本当に戦いは終わり。空気はどうしても重くなるが、まずは休息の時間を得ることとなる。