戦艦棲姫から詳細を聞き、施設側の対応としては、一応の警戒という形で話は纏まった。その深海棲艦が施設に害があるモノかどうかは現状わからないが、万が一のことを考えるのなら、最初からそこを視野に入れておく方がいい。
この話を聞いて発作を起こした薄雲と起こしかけた春雨は、少しして回復。その姿を見て戦艦棲姫は心底安堵の息を漏らした。自分がきっかけで倒れたとなれば、寝覚めも悪い。
なんでも、こんな明るい時に表立って動くのはまずいということで、外が暗くなってから出て行くことにしているらしい。つまり、今日明るいうちは、この施設に滞在させてもらうとのこと。食事を提供してもらう代わりに、漁を手伝うとのこと。自分の食べる分は自分で獲れということのようだ。
「でしたら、せっかくですし私も漁に行っていいですか」
「いいわよ。アンタは戦艦とは初顔合わせだし、今日の短い時間でしっかり付き合っておきなさいな。そいつも結構話せるヤツだから」
ということで、漁のメンバーは春雨。そこに薄雲とジェーナスが加わり、いつもの3人組と戦艦棲姫という組み合わせとなった。いつもなら飛行場姫や伊47も加わるのだが、今日は別件で動くとのこと。
別に食べ物が無いというわけではなく、むしろまだまだ有り余るほどに保存されているのだが、そういう気持ちで行った方が楽しいという戦艦棲姫の言葉から、これで獲れなければ昼食は無いくらいの意気込みで向かうことになった。
みんなで少し沖の方に行き、釣りをスタート。別方向を向くのは堤防で釣りをしていた時と同じであるため、ここからはしばらくお喋りの時間。寂しさを紛らわすための会話で春雨と薄雲の発作を抑え込む。
「あの2人とは付き合いが長いんですか?」
「そうねぇ、初めてここに来たときは、もうジェーナスがいたときくらいだったかしら」
「ええ! 私も初めて見たときはすっごく驚いちゃった! 敵が来たのかと思ったのよ!」
そんな中、ちゃんと聞いていなかったから戦艦棲姫の人となりを聞いていく春雨。そうやって仲良くなっていこうとしていくのは、春雨なりの努力である。
ここの施設の者は、深海棲艦化したからなのか、コミュニケーション能力がかなり高い。春雨もそれに倣って前向きに進む。戦艦棲姫も穏健派だからか同じようにその能力が高いので、それでも普通に会話は進み、進めば進むほど仲良くなれる。
「私みたいな深海棲艦が他にいるなんて知らない時だったから、あの2人の存在は本当に心強くてね。仲間がいるっていうのを知ってるだけでも、毎日が楽しくなるのよ。ここだけじゃない、他の場所にも同じ考え方の子がいるんじゃないかって思えるから」
「いたんですか?」
「ええ、いたわ。例えば、物集めが好きな陸上施設型のメガネ。私が艤装で連れ出して、一緒に百貨店に行ったりもしたのよ? 服を見繕ってあげたりして。あの子は私みたいに角が無いから、擬態が簡単そうで羨ましかったわ」
楽しそうに話す戦艦棲姫の声を聞いていると、春雨達も自然と楽しくなってくる。寂しさなんて全く感じず。
深海棲艦と化してからは、この施設が世界の全てになっている。その世界の外側に、自分達を受け入れてくれそうな
「この1ヶ月ではどこに行ってきたんですか?」
「そうねぇ、いろいろ回ってきたけど、北の方にこことは違う姉妹の陸上施設型がいてね……」
話しながらも釣りは続き、戦艦棲姫も自分の取り分くらいはしっかりと手に入れていた。これなら食べる分には困らないなと笑いながら、最後まで戦艦棲姫の口が止まることは無かった。
楽しい時間を過ごせたことで、発作が起きていたことを忘れる程にまで回復している。春雨も薄雲も、精神的な部分の回復に繋がっていた。
午前中いっぱいを使って漁を終わらせ、大漁とまでは言わないものの充分な釣果を得ることが出来た帰り道、陣地に入ろうとしたところで戦艦棲姫が不意に後ろを向く。そちらにあるのはいつも見ている大海原であり、さっきまで漁をしていた沖。
「戦艦様、どうしました?」
「何かこっちに来てる気がするんだけど」
海の向こう側、3人が見ても何も見えない。施設の者の中では、おそらくコマンダン・テストしか確認が出来ないような場所を、戦艦棲姫はしっかりとその目に捉えていた。
旅をしているという特性上、周囲の危険をいち早く察知するために、目が非常にいい。コマンダン・テスト以上のそれのおかげで、今まで一度も人間や艦娘に見つかることなく旅を楽しむことが出来ている。
今回もその力のおかげで誰よりも早くその存在を察知した。拙いものだった場合は、すぐに中間棲姫か飛行場姫に伝えなければならない。嫌でも緊張が走る。
「何アレ、真っ直ぐこっちに向かってきてるわ。
それを聞いた瞬間、3人組はすぐにピンと来た。ここ最近で艦娘と言ったら、もう先日の和睦を結んだ相手しか考えられない。それ以外の艦娘にはまだこちらのことがバレていないはずだし、哨戒機すら飛んでいない状態で無警戒でこちらに来るだなんて、こちらのことを理解している証拠だ。
「えっと、それってもしかして……銀髪で三つ編みですか?」
「そうね、1人はそれだわ。あと似たような制服の子が何人かいるわね」
確定した。真っ先に聞いたのは海風がいるかどうか。該当する特徴に対して、いると答えられた上、似たような制服もいると言われればもう絶対である。おそらく山風と江風だ。
和睦協定からまだ2日しか経過していないが、新たにここに来る用事が出来たらしい。またいらっしゃいと言っていた中間棲姫は、これを大歓迎することだろう。
「大丈夫、私達の味方です。姉姫様から和睦協定を結んだことって聞いていますか?」
「ええ、ここに出る前にね。もしかしてアレがそうなの?」
「はい。さっき言った子は、私の妹なんです。ここに来る場合は、その子が基本的には来ると思いますので」
自然と春雨の声はテンションが上がっていた。また会いに来るという約束が守られたことと、単純に妹に会えることに、喜びが隠せない。薄雲とジェーナスも、そんな春雨に引っ張られるように楽しそうだった。
逆に戦艦棲姫は、初めて艦娘とまともに話す機会が与えられると感じて、別のベクトルで緊張感が高まっていた。ただでさえ自分は艦娘に警戒されやすいため、姿を見られた瞬間に攻撃を受けるなんてこともあるかもしれないと思ったからである。
「警戒されないように、服だけは替えておくわ。いつもの通りだと艦娘って落ち着かないでしょ」
「あー……そうですね。すみません……」
「春雨が謝ることは無いわ。ホント、私の別個体のせいでいい迷惑よ」
そのままだと本当に攻撃されかねないので、今だけは人間味のある服装にチェンジ。そもそも海の上に立っているというだけでも艦娘か深海棲艦のどちらかになるのだが、素の状態よりはマシだろう。
ということで、戦艦棲姫はいつものネグリジェ風ワンピースから、かなり落ち着いたブラウスとパンツスタイルに。さらにはすぐに戦艦棲姫とわからないように髪まで結んだ。ぱっと見、どこかのモデルかと見間違う程に似合っており、またもや春雨は見惚れることに。
「流石よね。ウィンドウショッピングでいろんなブランド見て回ってるだけあるわ」
「私達には真似出来ないセンスです。背も高いですし、美形ですよね」
「ありがと。貴女達にも合う服があるから、今度見繕ってあげる」
ジェーナスと薄雲も、戦艦棲姫のその姿に惚れ惚れしていた。深海棲艦の中でも屈指のセンスの良さのおかげで、きっと艦娘側も警戒を解いてくれるだろう。
そうこうしているうちに、春雨達にもその姿が見えるくらいになっていた。戦艦棲姫が言っていた通り、先頭には海風。その後ろに江風と涼風、そして山風の姿が見えた。
駆逐隊失踪事件の影響もあり、万が一敵と交戦した時のことを考えて、駆逐隊だけでここに来ることは無く随伴艦が配備されていた。千歳と千代田という軽空母2人は今回も一緒だが、それよりも戦力を高めるために、戦艦1人が追加。
「Hey、春雨ぇー! 久しぶりネー!」
「金剛さん! お久しぶりです!」
その戦艦というのが、飛び抜けて明るく独特な言葉遣いをする高速戦艦、金剛。春雨の艦娘時代には一緒に出撃することもよくあった大先輩。鎮守府の主力戦艦であり、その持ち前の明るさと、こちら側の深海棲艦に負けず劣らずのコミュニケーション能力で、こういう場に出てくることも多い。
秘書艦としては五月雨の方が場数が多いので任せられることは多いが、金剛は2番手と言えるほどだろう。提督からの信頼も厚く、中間棲姫達に是非とも会ってほしいということでこの部隊に組み込まれたようだ。
「姉さん、2日ぶりです」
「うん、海風、元気だった?」
「はい、体調も戻ったので、いつも通りだと思います」
海風は真っ先に春雨の側へ。施設に一晩宿泊する前のような疲れ果てた表情では無くなっており、春雨のよく知る元気で真面目な海風に戻っている。
実際は壊れかけの心が完治しているわけでは無いのだが、鳴りを潜めているのは確かであり、このまま行けば完治も見えるだろう。そういう意味でも春雨は安心している。
「そちらの方は先日に見かけませんでしたが……」
「ああ、このヒトは今日の朝に施設に来た人で、姉姫様と妹姫様のお友達なの」
「私も艦娘とは仲良くしたいと思ってるのよ。だから、攻撃しないでね?」
「あ、は、はい、よろしくお願いします」
服と髪型を変えたことで、すぐに戦艦棲姫とはバレなかったようで、海風達もすぐに受け入れることが出来ていた。
ここにいるということは、基本的には人間や艦娘に対して悪い感情を持っていないということに他ならない。それを知っている状態でここに来ているのだから、初めて見る者がそこにいたとしても、
「Oh...敵意のない戦艦棲姫というのは、わかっていてもビックリしちゃうヨー」
金剛だけはその正体を一瞬で見抜いていた。しかし、攻撃をするつもりもなく、艤装も動かすことが無かった辺り、非常に寛容である。
逆に戦艦棲姫という名前を聞いた途端に身構えたのは他の6人。やはりその名前だけでも警戒に値する存在らしい。
「もう、せっかくこういう風にならないようにいろいろ変えていたのに。貴女、目がいい代わりに空気が読めないのかしら」
「Sorry. そんなつもりは無かったんだけどネ」
「まぁいいけど。この子達にも言ったけど、ホント別個体が面倒なことしてくれてるのよね」
戦艦棲姫の気苦労が見える。
流石にそんな態度を見せたら身構えるのも失礼と感じ、海風達はすぐに臨戦態勢を解いた。穏健派の深海棲艦なのだから、相手がなんであれこちらに攻撃するつもりは一切ない。だからこそ和睦協定を結んでいるのだ。艦娘側からそれを破るようなことがあってはならない。
「なんだか、他人のような気がしないのよね、あの戦艦のヒト。コンゴーだっけ」
「そうなの?」
「私のお姉ちゃんにちょっと似てるのよ。あんなに大人じゃあ無いんだけどさ」
ジェーナスはジェーナスで、金剛に対して不思議な感覚を得ているらしい。そのおかげか、ここでは初顔合わせではあるのだがすぐに懐いた。
「あ、それで今日ここに来たのは何かあったの?」
挨拶もそこそこに、ここに来た本題を聞き出す。本来なら中間棲姫がいる場で聞くべきだとは思うのだが、施設まで通していいかの判断は一応しておくべきと考えた。
別に警戒する相手では無いことも理解しているのだが、念のため。施設を守るために、例え相手が実の妹だとしても、そこは怠らない。
「そ、そうでした、今回は良いニュースです」
「良いニュース?」
「はい。提督が大本営の話がわかる人にこの件を掛け合ってくれました。その結果、現状維持を優先してもいいということです」
つまり、さらに人間の一部の者が、穏健派の深海棲艦のことを認めてくれたということである。詳細は中間棲姫のいる場所で話したいということのようだが、今はそれが知れただけでも喜ばしいことだった。
さらに進んでいく和睦の道。謎の深海棲艦の件もあるが、穏健派の深海棲艦としては、未来は明るい方向に進んでいることは間違いない。
金剛は穏健派の深海棲艦がいるという話を即座に受け入れそうですよね。相手が戦艦棲姫でも多少驚く程度で表にも出さない。