施設の者達が休息に入る頃、鎮守府の者達も帰投完了。宗谷のクルーザーに積み込まれた葛城と不知火の亡骸と龍驤が詰まったドラム缶は、慎重に降ろされた。
亡骸とはいえ、胸に同化した忌雷や着せられているコスチュームは泥製。素手で触るわけにはいかないため、宗谷と、同行した島風、そして力仕事があるからと武蔵は、明石謹製の防護服をしっかりと着込んで対処した。
「お疲れ様。よく頑張ってくれた」
堀内提督が工廠で迎える。隣には五月雨や大淀も一緒。明石も運ばれてくる
施設側から連絡があるかもしれないと、大淀はタブレットを持ってきていた。この後やることにも参加してもらう可能性があるとも考えて。
「艦隊、帰投デース。戦果resultは、連絡した通りネ」
「ああ、龍驤撃破、並びに、侵蝕者の救出、よく尽力してくれた。……亡骸は、クルーザーの中にかな?」
「Yes.
念のため出来るかどうかを確認するため、バリアを張ったまま手を触れようとしてみたのだが、案の定ロンググローブが消滅しかけたので、忌雷ごと消し飛ばしてしまう可能性を考えたら触れられない。
それを考慮して、泥が漏れないような遺体袋が用意されていた。ドラム缶を作るまでの試作品みたいなものであり、念のため3つほど残しておいたらしい。それこそ、泥塗れの亡骸を見つけた時に運ぶようなことがあるかもしれないと。
「……ここに辿り着いた時点で、泥を消滅させる波長に晒されてしまっている。遺体袋の中とはいえ貫通する波長だ。今は……見られたものではないかもしれない」
明石が開発した大型の波長発生装置は、鎮守府に泥を持つ者が侵入出来ないように現在稼働中。そのため、工廠に入った時点で波長に晒されて、全てが消滅しているだろう。亡骸にも影響を与えてしまっている可能性は高い。
ちなみに、龍驤が入れられているドラム缶は、特殊な加工がされているため、波長を内部に通さないようになっている。そんなことで貴重なサンプルが消えてしまっては困ると明石がしっかり対策していた。
見られたものではないかもと言いつつも、提督は
ジッパーで閉じられた袋をゆっくりと開けて、中を確認する。先に運ばれてきたのが少し大きめだったことから、中に入っているのは葛城の亡骸であることがわかった。
「……こうなってしまうのだね」
苦しそうな顔で、すぐに袋を閉める。おそらく、中の状態を確認したのは提督のみ。
葛城の亡骸は、泥を消滅させる波長に晒されたことによって、コスチュームを剥かれた全裸状態。そして、予想通り同化していた忌雷にも影響を与えていた。触手は消し飛ばされ、本体も外装を残して消滅。その口内からは、泥ではなく葛城の血液を垂れ流すことになった。心臓と直結であり、中身が失われたのだからそうなるのは当然だった。
まるで、凶弾により心臓を抉り取られたかのような亡骸。誰がどう見ても死んでいるというのがわかるそれがあまりにも痛々しく、他の者には見せられなかった。
「こんな終わり方をする羽目になったんだ。弔ってあげよう。だが、大々的に弔うようなことは出来ない。この鎮守府の近海で眠らせてあげようと思う。それでよかったかな」
「私もそれがいいと思いマス。
艦娘の亡骸は、基本的には鎮守府に戻ってくるようなことは無い。戦場で散り、その場で沈み、そしてそのままとなる。そこから沈んだことへの恨みや憎しみで深海棲艦へと変貌してしまうかもしれないという都市伝説もあったりするのだが、それは未だ解明されていない。
しかし、その都市伝説のことを考えて、もし亡骸が鎮守府に戻ってくるようなことがあれば、例えば大怪我を負って帰投し、入渠が間に合わなかったなどという事例が起きたときは、鎮守府近海に水葬するというのが暗黙の了解となっていた。
堀内鎮守府では当然、こんなことは初めてのこと。白露達も戦場で散ったものであるため、悔やみはしたが弔うという行為はしていなかった。
「まさか、この鎮守府でこれをすることになるとはね……」
小さく息を吐いた後、すぐに弔う準備を始める。とは言っても、やることは非常に簡単。流石に工廠でするのはナンセンスであるため、もっと眺めのいい場所の沖に亡骸を葬ることになる。そこに行くためには、大発動艇を使うのが手っ取り早い。
「あたしが大発使うから……」
「ああ、ありがとう。よろしく頼む」
その水葬には、山風が手伝うと名乗りをあげた。本人と戦ったのは別の者ではあるが、その戦場にいた者として、ケジメに参加する。それに、海風ならば自分からやると言うだろう。山風もそれに倣った。
「明石、この2人の止血は出来るか」
「はい、勿論。なるべく綺麗な姿で送ってあげたいですからね。すぐに終わらせます。必要はないと思っていましたけど、棺もありますので、移し替えておきますね。遺体袋のままの水葬は流石に」
「ああ」
龍驤の入ったドラム缶を運びつつも、亡骸も裏に運び、水葬の準備を手早く済ませていく。連絡を受けた時点でこういうこともあろうかとと用意だけはしておいたらしい。そのおかげで、そこまで時間をかけることなく綺麗になった亡骸が棺に入れられてまた運び込まれてくることになる。
「……救えなかったことは辛いが、これを胸に前に進まねばならない。これ以上、犠牲を生むことなく戦おう」
それが難しいことであることは理解しているが、口にすることで決意をより大きなモノとした。艦娘達も、勿論だと頷いた。
山風が装備した大発動艇によって、提督と亡骸が入れられた2つの棺が沖まで運ばれてきた。水葬に参加するのは、山風の他には五月雨と、大将の艦隊から代表として武蔵。大人数でやるのは違うと、他の者達は参加せず。
さらに、大淀が持っていたタブレットから施設に連絡をして、中間棲姫達にも参加してもらうこととした。今は五月雨がそれを持たされている。
施設側からも冥福を祈りたいという思いがあったので、このタイミングでそれが出来たのは都合が良かった。
『私は人間さん達の弔い方というのはよく知らないのだけれど、これが間違っていないことはわかるわぁ。海から生まれた者が海に還るのは、自然の摂理だと思うもの』
「ああ、僕もそう思うよ」
葛城と不知火の最後ということで、瑞鳳と黒潮もタブレット越しに参加させてもらっている。侵蝕されていたとはいえ、仲間意識はやはりあった。黒潮に至っては、姉妹艦である不知火との今生の別れ。棺の中であるため姿は見えずとも、その終わりを見届ける理由はある。
「簡易的ではあるが、水葬を執り行わせてもらう。艦娘の死に対しての最低限の儀礼は尽くさせてもらうが、本来のやり方とは違うかもしれない。そこは申し訳ない」
安らかに眠ってもらいたいという祈りを込めて、黙祷を捧げる。この場にいる者は目を瞑り、施設側でも願うように手を合わせて。少し長めの静かな時間が流れる。響くのは波の音のみ。
それを切り上げたのは、提督の言葉。
「これで最後だ。もう、よかったかな」
ここにいるもの、そして施設側にも聞くように、少し掠れた声で呟いた。こんなことをするのも苦しいのはわかる。それでも、絞り出すような声でその場を進める。
誰もが声を出せずにいたが、もう大丈夫だと頷く。特に思い入れがあるであろう黒潮も、これ以上この場に亡骸として居続けさせるのも良くないだろうと、終わらせるために先に進むことを望んだ。
「それでは、海に還ってもらうよ。五月雨、山風、すまないが」
「いや、これは私がやろう。まだこういうことは知らない方がいい。提督よ、貴様もだ」
武蔵が棺を沈めるために前に出た。本当なら、五月雨と山風に棺を大発動艇から滑り落としてもらうつもりだったのだが、武蔵がその代役を買って出た。
棺とはいえ、それをするということは、2人を本当に終わらせるという行為をすることになる。その時の感触──
「それに、滑り落とすよりは優しく沈めてやりたいだろう。ならば、私がやるべきだ。ゆっくりと、優しく還ってもらおうではないか」
まずは葛城の入る棺を持ち上げる。優しく、中に振動が無いように。
「……すまないね」
「構わんよ。大将がいたら、私にこれを命じるだろうさ。それに、私もこれをやりたいと思ってやっている。気にしないでくれ」
水飛沫も上げることなく、海面に置くように手を離すと、棺は海中へとゆっくりと沈んでいった。
そのまま続けて不知火の棺も持ち上げ、同じように海面へ、そこで、タブレットからボソリと声が聞こえた。
『ぬい、ウチがアンタの分まで生き抜くからな。安らかに眠るんやで』
少し泣きそうな声色だったが、確実に心に響いた。武蔵も少しだけ躊躇ったが、ここで止めていては意味がない。無念が邪念に変わりかねない。そのため、止まらずに手を離す。不知火の棺もゆっくりと沈んでいった。
「僭越ながら、私が弔砲を撃たせてもらおう。見送りは盛大にした方がいい」
そして、武蔵が艤装を展開すると、真上に向かって全力で空砲を放った。それは海に響き渡り、鎮守府にも大きく聞こえた。真上に撃ったからか、空砲であるかもかかわらず、雲が晴れたようにすら感じた。
心は晴れずとも、前に進むための力にはなる。
タブレットは繋いだまま工廠に戻り、これからのことを話す。空母棲姫は深海棲艦であるため、その処遇は全て施設に任せることになるのだが、瑞鳳と黒潮は艦娘ではある。施設が引き取るか、鎮守府に所属するかといえば、基本は後者が選択されるだろう。
しかし、どうしても問題になってくるのが、その胸に同化した忌雷。この存在が、2人を艦娘か深海棲艦かわからない状態にしている。
「こちらとしては、艦娘として僕の鎮守府に所属してもらおうとは思っている。詳しくは大将と相談しようと思っているがね」
『わかったわぁ。その辺りはそちらにお任せするわねぇ』
「それまではそちらに滞在してもらうというカタチでよろしく頼むよ。明日にでも、また食糧を運ばせてもらう」
『助かるわぁ』
ここはどうしても提督1人でどうにか出来るようなものではない。上と相談して、最善の答えに辿り着く。
『司令はん、ちょいといいかな』
そこで、黒潮が少しだけ口を出す。
「ん、何かな」
『ウチは出来れば、そちらの鎮守府に行きたいと思っとります。ぬいの近くで戦いたいんで』
「なるほど、わかった。その思いも伝えておこう。いい方向に向かえるように進めていかせてもらうよ」
思いは伝わった。どうにかしてでも、忌雷と同化した2人を艦娘として認めてもらえるように進めていきたい。
犠牲者を弔うことは出来た。心にどうしても残ることではあるが、その思いを胸に、最終決戦へと臨む。