空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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どちらが外道か

 2人の水葬が厳かに行われているその裏側。工廠の奥にある地下牢のさらに向こう側。そこは、明石が専用の研究をするために新設した部屋があった。地下であるというのにそれなりの広さが用意されており、それでも完全に密閉された空間であった。扉を閉めてしまえば外から光が入ることもなく、内部から何かが漏れ出すことが無いほど。

 

 その部屋の真ん中に、1つのドラム缶が置かれていた。それは普通のドラム缶ではなく、いろいろな装置が接続された、たった1つしか無い一品。

 その中に、泥と化した龍驤が捕獲されていた。当然ながら内部から外に出ようとしても不可能であり、どうにか破壊しようとしても、泥の身体では無理。その流動性を活かして隙間を探したが、そんなものがあるわけが無かった。

 

『はい、どうもどうも。ご機嫌はいかがですか?』

 

 そんな部屋の中に声が響いた。ドラム缶の開発者、明石である。事務的な会話をしようとしているのだろうが、その奥底にある感情が表に出たそうにしているのがすぐにわかった。

 ドラム缶の中で龍驤はその声を聞いていたが、あえて反応はしなかった。無視を決め込み、何処かで隙を見せるのではないかと、その時を待つ。

 

『おや、無視ですか。貴女はやたらとお喋りと聞いていたんですけど、拍子抜けですね。ちなみに、貴女には隙を見せるつもりは全くありませんからご容赦ください。ここから出すことは絶対にあり得ないので。あ、でも好きなだけ抵抗してくれて構いませんよ。しっかりとモニタリングをしていますので』

 

 明石の手元には、ドラム缶の内部が見えるような画面がある。サーモグラフィやCTスキャン、暗視カメラまで、ありとあらゆる手段を用いて龍驤が中で何をしているのかを24時間監視していた。

 今はドラム缶の中に溜まる泥として、ヒトのカタチすら取っていない。その状態で話す場合、どのような声を発するのかを知りたかったようだが、今の龍驤はだんまりを決め込んでいる。

 

 あの戦場から鎮守府に戻ってくるまでは、それはもう喧しいくらいに悪態をついていた。その度に荒潮がドラム缶を振り回し、海面に叩きつけたりガワを殴ったりと、龍驤に対してゴミクズを扱うような行為をした。

 にもかかわらず、今ここでは悪態も何もない。心を入れ替えたとかそういうわけではなく、単純にその時を虎視眈々と狙っているだけである。明石の身体を真っ先に奪い取ってやると苛立ちすら隠していない。

 

『温度が上昇していますね。へぇ、泥でもイライラすると熱量が上がるんですか。微生物は熱に弱いと思っていましたが、集合体かつ特殊な存在だからこそ、ヒトのようなことが発生するんですね』

 

 苛立ちが透けて見えているようで、龍驤はそれに対してもイライラする。

 

『今の貴女の状態は、私には全て筒抜けですので悪しからず。ああ、それと、貴女の身体の構造は現在絶賛解析中です。貴女の一部を()()()()()()()()、それを今までの通りに解析しているんですよ。泥が増えたのはありがたいですね。しかも、今までのモノとは違って、黒幕に近い存在とまで来ました。解析しがいがあるというものですよ』

 

 明石の声は、確実にテンションの高いモノなのがわかる。今までの研究材料とはまた違ったそれは、明石の果てない研究心に確実に火をつけていた。

 

『解析が済むまで、お喋りでもしませんか? 貴女も退屈でしょう。その抜け出すこともできない圧迫された空間に閉じ込められているんですし。世間話くらいならいくらでも付き合いますよ』

 

 完全におちょくっているような言葉に、龍驤の苛立ちは限界に。

 

「喧しいわ。お前と話すことなんぞあらへん。研究するなら黙ってやれやダボが」

『おや手厳しい意見。でも、私ってこうやって話しながら内容を組み立てていくんですよ。なので、それは出来ませんね。独り言も多くて困っちゃいますよね』

 

 会話を求めているようで、まるで会話が成立しない。龍驤がただ声を発することを望んでいるだけだからだ。

 その時の反応を見ながら、なるほどなるほどと一人で楽しそうにしているのが声色からもわかり、龍驤は苛立ちから怒りへと向かっていく。

 

『あ、でもせっかく話をしてくれるみたいですし、こちらからいくつか質問させてください。出来れば答えてくれると嬉しいですね』

「なんでお前の言う通りにせなあかんのや。調子こくなや」

『あはは、調子に乗っているように見えますか? まぁ調子は頗る良いんですけどね。ちなみにですけど、貴女に拒否権はありません。捕虜みたいなモノなんですから』

 

 見えていないのに、明石の満面の笑みが想像出来た。龍驤は工作艦明石を知らないのだが、それでも何者かが自分を見下して笑っているのだということは理解していた。

 

 実際、明石は龍驤のことを見下してなんていない。()()()()()()()()辿()()()()()()()()()()()()

 

『泥本体から話が聞けるなんてツイてますよ。元々は物言わぬただの寄生虫ですから、質問なんて出来ませんからね。でも貴女は、そんな流動体な身体であっても賢く物事を考えることが出来て、器の意思を塗り潰して自分を反映させることが出来た。一応仮説があるんですけど、正解かどうか教えてください』

「誰が言うたるかい」

『拒否権は無いと言いましたよね?』

 

 バチンと静電気が発生するような音が室内に鳴り響く。たったそれだけなのに、龍驤の様子がおかしくなる。

 

「いっぎいっ!?」

 

 固定されているので音だけではあるが、ドラム缶の中から流動体がのたうち回るような音が始まった。それは、()()()()()()ような動き。ドラム缶の中まで見えている明石は、龍驤には見えておらずとも()()()()()微笑む。

 

『やっぱり、ここに痛覚があるんですね』

「つ、痛覚、やと。ウチにはそういうんは」

『あるから悶えたんですよね? まぁ泥になっているわけだし、ちぎり取ったことも気付かないくらいですから、痛みなんて感じないと自分でも思っていたんでしょうね。いや、知っていても感じないように出来たのかな?』

 

 明石の声が明らかにテンションが上がるように聞こえた。

 

『私の仮説なんですが、貴女には(コア)がありますよね』

 

 その言葉を聞いた途端、龍驤が押し黙った。あまりにもわかりやすい、図星をつかれたときの反応。

 

『今までの泥──悪意の塊は、研究の結果、微生物の群衆であることは確認済みです。単細胞生物かつ寄生虫であり、寄生した者を侵蝕し、その悪意によって意のままに操ることに特化していました。悪意は黒幕の意志と考えていますけど、それは今は関係ないので後にしましょう。それでも、貴女みたいな存在はおかしいと思ったんですよ。単細胞生物の集合体にしては賢すぎる。ただの単細胞の集合体が他者を器にしたところで、うまく動かせるわけがないですから』

 

 泥はあくまでも、侵蝕した者の頭を使って行動しているというのが明石の考え方だ。思考能力がある者を侵蝕するから、悪意を体現させられるわけだ。

 しかし、龍驤は悪意を体現させているのではなく、侵蝕した者を自分としている。それは思考能力などは関係無い。流石に亡骸に取り憑いて動かすということは出来ないようだが、機能を弄っているわけではなく、機能を()()()している。

 そこまでのことが出来るとしたら、単細胞では収まらないだろう。ヒトと同じくらいに思考をするのなら、そんな単純な構成で成立はしない。

 

 故に、龍驤には思考するための(コア)が存在する。それが明石の1つ目の仮説。

 

『侵蝕、乗っ取った者の脳を休眠させ、そこに自分の(コア)を寄生させることによって、その器を自分とする。その器が死にそうな時、もしくは次の器に乗り換えようと思った時は、脳から(コア)を切り離して次の器へと移動する。だから、器にされていた者は、器にされていた時の記憶が殆ど無いんですよね。漣から聞いていますから、この仮説はかなり信憑性があると思うんですよ。どうですか?』

 

 だんまりを決め込むということは、それが正しいということにほかならない。しかし、明石はそれでは満足出来ない。

 再び静電気のような音が鳴り響き、同時に龍驤の悲鳴がドラム缶の中から発せられる。

 

『まぁ(コア)の存在がわかっているからこういうことが出来るんですけどね。貴女の全機能がそこに集中しており、他の泥は(コア)からの命令に忠実に従う端末というところでしょう。器にした時にそれを全身に巡らせて、脳に寄生した(コア)の思い通りに動かすわけです。元々が艦娘なんですから、器の動かし方は知っているようなもの。無意識にでもヒトと同じ振る舞いは出来るでしょう』

 

 意気揚々と語り続ける明石の声に、龍驤は苛立ちを越えて徐々に恐れを抱くようになってきた。

 

『元々艦娘だった者をそのカタチにする際に、機能を取っ払うということは出来なかったわけです。なら、(コア)に不必要なモノも全部押し込むのが妥当ですよね。本来(コア)は触れられるモノではない。だからこそ最も安全な場所でしょうから。私だってやるならそうやって考えます。消せないのなら、触れない場所に隠そうとしますよ。でもですね、今の私には筒抜けなんです。貴女、何かを考える時に一瞬(コア)に電気信号が走っているのわかります? わかるわけないと思いますけど』

 

 明石はその(コア)の部分に直接電気信号を流し、龍驤に()()()()()()()()()()のだ。泥自体には何の影響もなく、増えたり減ったりもしない。しかし、ただただ龍驤が激痛を味わう。たったそれだけ。

 

『あ、ちぎり取った泥の成分解析も出来ましたね。今までの泥の成分も内包しつつ、端末としての余白を残している感じですか。単細胞ではなく、2つの細胞が組み合わさっているんですね。で、どちらにも増殖の性質はあるのかな。はぁ、なるほどなるほど。じゃあ、次はこちらから指示を出せるような電気信号を流してみましょうか。今は痛みですけど、素直になれる信号とかどうですか。黙れなくなるように仕込むことは出来るかもしれませんし、いろいろ実験してみましょう! いやぁ、楽しくなってきましたね!』

 

 それは、明石の狂気。探求者としての知識欲。本来なら理性が押しとどめるはずのその感情が、今は()()()()()()()()()()()を得てしまったことで爆発してしまっていた。

 

『大丈夫、今度は痛くないので。どうせなら気持ちよくしてみますか? 脳味噌を直接弄るみたいなものですけど、貴女はもうそういう存在でも無いですから、倫理的に大丈夫ですよね。しかも、どれだけ弄っても(コア)さえそのままなら死ぬこともありません。周囲の泥は増殖の性質も持っているわけですし、実は(コア)も増殖したりしません? あ、その辺も実験してみましょうか。でも貴女自身が消えてしまいますかね。いや、そうならないように慎重に行きましょう。こんな()()()()()サンプルが手に入ることなんてそうそう無いですし、なんとブレーキかけられないんですよ。好き放題やっていいというお墨付きです。なんてったって黒幕との最終決戦に向けての研究ですからね。貴女という存在が、私達を勝利に導くんです。素晴らしいですね!』

 

 顔を合わせてもいないのに、もうその狂気は龍驤に恐れ以上の感情しか湧いてこなかった。慢心などもう無い。今すぐここから逃げ出したいと感じるほどの恐怖しか出てこなかった。

 だが、プライドがそれを許さず、怒りが表に現れる。

 

「お、お前、ホンマに艦娘か。ただの外道やんけ!」

 

 咄嗟に出た言葉がコレである。それを聞いた明石は思わず噴き出した。

 

『アッハハハ、確かにそうかもしれません。でもですね、そんなこと貴女に言われたくないんですよ。というか、言う資格は無いんじゃないですか? 自分は表に出ず、適当に捕まえたドロップ艦を侵蝕して手駒にして、その命すら散らしたんでしょう。それでも貴女はどうせ笑いながら、精神攻撃の一部に使ったんじゃないですか? 私、それよりも外道ですかね。これは嫌がらせではなく、勝利のための研究です。他人の命を弄んでいるわけでも無い。だって貴女は死なないんですから。無限に増える泥を研究することの何がいけないのでしょう。貴女の主観ではなく、道理として私にご教授くださいな。すみません、私、その辺は素人でして』

 

 話をしているのに、話が通じない。龍驤はもう、蛇に睨まれた蛙も同然だった。

 

『私はね、人類のために研究をしているんです。そのためになら、この手を血に染めても構いません。でも、仲間達には絶対に迷惑をかけません。仲間を手駒としか思っていないヒトには、こういう気持ちはわからないと思いますけどね。あ、じゃあわかるように()()()みますか? 電気信号をそのように流したら、もしかしたら貴女の性質を書き換えることが出来るかもしれません。艦娘には戻れなくとも、心を艦娘に戻すことは出来るかも。これも後から試してみましょう。貴女はもう、私の仲間なんですから』

 

 

 

 

 明石の研究は続く。そして、龍驤の運命は、完全に明石の掌の上だった。

 




口での戦いは、マッドサイエンティスト明石の勝利。
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