施設の夜。戦場に出ていた者達は心身共に休むことが出来たようで、続々とダイニングへとやってくる。部屋そのものはそれなりに広く造られているのだが、当初の倍以上の人数になってしまっているため、そろそろ全員が入り切らない可能性が出てきていた。全員着席するのにもそろそろ限界が来そうな状況。
「大分増えたわねぇ。こんなに賑やかになるだなんて、思ってなかったわぁ」
中間棲姫としては嬉しそうな声であるが、問題となってくるのが食糧である。消費量が一気に増えてしまったため、備蓄はわかりやすく減っている。そして復旧はしたものの畑の野菜が一度全滅したことと、危険であるために遠征にも行けないのが響いていた。
鎮守府から提供があるとはいえ、それも限界というものがあるだろう。自給自足が基本方針なのに、それがいくら協力関係でも頼りすぎるのはよくない。
「どうしても、
ざっと20人以上のための料理をさらりと作ってテーブルに並べていくリシュリューだが、さすがに1人で作るのは難しくなってしまったようで、コマンダン・テストのみでなく、ジェーナスとミシェルもお手伝い。そのおかげで、いつも通りの時間に全員分を提供出来ている。
食べ慣れている者達はさておき、こうやって出されて驚くのはやはり今日から所属することになった3人。鎮守府ではどのような生活をしているのかは知らないし、深海棲艦の生活は尚更わからないが、少なくともこんなにアットホームなものであるとは思ってはいなかった。
瑞鳳は目をパチクリさせて、黒潮は目を丸くして、そして空母棲姫は唖然として。三者三様の反応だが、ここに初めて来た者は大概似たような反応をするため、みんなが苦笑する程度で終わった。
「お昼の間にいろいろ説明させてもらったけれど、ここには慣れることは出来そうかしらぁ?」
3人に尋ねる中間棲姫。その3人は、戦場に出るという感じではなく、普段着で滞在しているというようにしか見えない状態だった。
瑞鳳と黒潮は、相変わらず心臓と同化した忌雷頼り。深海棲艦と同様に服装はそちらが自由自在に変えてくれるため、今も好きなように着替えている。それにも慣れたようである。
一転したのは空母棲姫だ。龍驤の器にされていた時に着せられたやけに露出していた水着はトラウマを呼び起こすからかやめており、逆に妙に露出度が減った服装に。本来はセーラー服と艤装のガントレットなどだが、この空母棲姫は黒のワイシャツとパンツスタイルというなかなかにクールなイメージに。
「それに関しては心配あらへんかなぁと思いますわ。なんかここ、めっちゃ居心地いいし。なんでやろなぁ、やっぱ、こういうモンついてても浮かへんからかなぁ」
胸の忌雷を撫でながら笑顔を見せる黒潮。忌雷もそれに合わせて歯を鳴らし、仲の良さを表現していた。
黒潮は順応性が非常に高い。割り切っているのか
それは、失われた不知火の分まで生きると誓ったからだろう。普通以上に前向き。そして、心が壊れているわけでもない。黒潮の本質を十二分に引き出しているだけ。
「瑞鳳はんは?」
「私は……私は正直、まだ戸惑ってる。突然こんなことになって……」
胸元の忌雷に手を添える瑞鳳。撫でるというよりは、ただ自分の心臓に手を当てているという感じ。
瑞鳳には、それは自分の身体に触れているという感覚はない。しかし、自分の鼓動と同じ感覚で脈動しているのはわかる。本当にこれが自分を生かしているのだと実感する。
瑞鳳自身、忌雷との共存に対しては受け入れようと努力はしている。自分が異形であるという自覚をし、これに生かしてもらっているということを理解して。
だが、だからといってすぐに割り切れる話でも無いのだ。黒潮があまりにもすんなり受け入れただけである。順応が早い者がそこにいるからこそ、瑞鳳はまだ戸惑いが無くならない。
「だから、自分の身体に慣れながら、この環境にも慣れていきたいなって思います」
まだ本心からの笑顔ではないものの、中間棲姫に笑顔を見せることは出来た。無理をしているわけではない。瑞鳳も、正しく前向きである。
「……私も、まだ、よくわからない」
空母棲姫も、まだ少し慣れていないような口調で自分の思いを話す。たった半日でこの辿々しさは直らなかったが、自分の意思をはっきりと伝えることは出来るようになったようである。
「でも、知ることは、楽しいと感じる」
空母棲姫は、ついさっきまで戦艦棲姫にこの世界の在り方を教え込まれていた。侵略者気質は、龍驤の器とされていたことで恐怖に塗り潰されたが、それ以外の部分はそのままであることに戦艦棲姫が気付いていたのだ。それ故に、自分の知識でそこを伸ばすことにした。
その結果、世界を知りたいという欲望を持たせることに成功した。侵略するよりはマシであり、むしろこの施設に対して好感も持つことが出来るだろう。
「まずは、ここを知る。その後は、外を知りたいと、思う。戦艦が、連れていってくれる、らしいから」
「一人旅もいいけど、仲間がいるのなら尚更楽しいもの。この子にはそういう楽しさを知ってもらいたいのよね」
やはり同じ姫であるからか、戦艦棲姫とは相性がいいようである。
むしろこの空母棲姫の言葉に一番喜んでいたのは、戦艦棲姫である。旅人の仲間、同じ感覚の
空母棲姫としても、器とされていた時の記憶がほとんど無いおかげで、ここにいる者達への後ろめたさは無いと言ってもいい。戦場にいなかった戦艦棲姫に対しては尚更だ。さらには、この施設が
そのため、ここに慣れるのも簡単であろう。知ることを喜びとしているのなら、ここでやることにも率先して参加しそうである。
「よかったわぁ。それじゃあ、まずはみんなお腹を満たしてちょうだいねぇ。これからの方針は、また明日から決めればいいわぁ」
終始ニコニコの中間棲姫。仲間が増えていくことは喜ばしいことであり、楽しく生きるための活力になる。こうした大人数での団欒の時間が、一時期は落ち込んでいた心の具合をいい方向へと持っていった。
さらに時は進み、あとは眠るだけとなる。瑞鳳と黒潮は相部屋を与えられ、空母棲姫は戦艦棲姫と共に行動。これで部屋もギリギリとなっていた。次にもし誰かを救ったとしたら、本当にパンクすることになる。
とはいえ、今考えられている中で、残りの敵は黒幕のみ。誰かを救うとかではなく、やることは殲滅である。これ以上施設の住人が増えるようなことはおそらく無い。
「黒潮ちゃんと瑞鳳さんは、鎮守府行きを希望している。空母さんは戦艦様と一緒に旅に出るって話で、リシュリューさんとコマさんはいつもの遠征だよね」
「古鷹さんも戻れるなら本来の場所に戻るかもしれません。確か、部屋は残してくれていると言っていましたし」
「そういう意味では、私達も戻れるかもしれないね」
私室で今後のことをふんわりと語らう春雨と海風。この施設がパンクしてしまうというのなら、自分達もここから離れることを考えてもいいかもしれないと思っていた。
もし、鎮守府が穏健派の深海棲艦を受け入れることが出来るようになったなら、古鷹は優先的に大塚鎮守府に戻ることを選択すると思われる。春雨と海風は、それに乗っかるカタチで、堀内鎮守府に戻ることも考えていた。
「白露姉さんはどうするんだろう。もし戻れるって言われたら」
「どうでしょう……4人分の考え方をしますから、満場一致で戻るとなったら戻るかもしれませんね。私はそれでもいいと思いますけど」
「だね。戻れるなら、姉妹全員で戻った方がいいかなって思う」
まだそれが出来るかもわからないのに、話が盛り上がっていく。当然高望みはしていない。これだけやっても、
さらには、決まりで許可されているのに、後ろ指を指してくるような輩も必ず出てくる。そういうのが現れたら、春雨は確実な怒りを溢れさせるだろう。だが、そんなことをしたらせっかく得た権利を棒に振ってしまうかもしれない。
「まぁ、今は戻れたら戻るの方向で考えておこう。それでもここには何度か戻ってきたいけどね」
「ですね。もうここは第二の故郷みたいなものですし。山風の調査隊に入れてもらって、頻繁に来させてもらいましょう」
「あはは、それはいいね。是非ともそうさせてもらおう」
安らいでいるのがわかる、春雨の笑み。一番の怒りの矛先であった龍驤を斃したことで、曇りが晴れているのが海風にはわかった。心の底からの笑みでは無いかもしれないが、この笑顔は怒りの含まれていないモノである。
海風にはそれが嬉しかった。それと同時に、またこの笑顔が見れるのがいつになるかと悲しみもした。
そんな話をしていると、扉がノックされる。
「瑞鳳さんと黒潮ちゃんですね。どうぞ、入ってください」
相変わらず外を見ることなく誰が来たかを直感的に気付いた春雨に招かれて、呼ばれた2人が中に入る。
ちゃんと忌雷のおかげで寝間着に着替えることは出来ていた。何の害も無い泥のコスチュームも、使いこなせれば相当便利なようである。身体に張り付くパーツはどうしても必要になるようだが。
「どうかしました?」
「大したことじゃないんだけど、その、ほら、私達は春雨に助けてもらったわけだからさ。改めてお礼をって思って」
戦場ではドタバタしていたので、礼を言うことも出来なかった。この施設に到着してからも、何かとバタバタしていたため、こうやって腰を落ち着けて話すことも出来ていない。
そのため、誰もがフリーなこの時間を使って、春雨と話がしたかったと瑞鳳は言う。黒潮も同じ気持ちだそうだ。
「本当にありがとう。私も黒潮も、春雨のおかげで今ここに生きていられる。この子には……私はまだちょっと慣れてないけど」
胸の忌雷を撫でると、その手を舐めるように舌を出してきた。多少驚いたようだが、瑞鳳の忌雷は
「ホンマにありがとうな。死んどったらこういうことも出来へん。春雨はウチらにチャンスをくれたようなもんや」
黒潮の言葉に同調するように、忌雷も歯をカチカチ鳴らす。瑞鳳の忌雷が人懐っこいなら、黒潮の忌雷はお調子者というイメージ。
見た目が同じ忌雷でも、思った以上に個性があるようである。春雨のマグマに侵蝕されたことで、正の感情が芽生えたのかもしれない。
「私は出来ることをやったまでです。それでも、2人は命を落としてしまいましたから……」
「気にしないで。春雨は本当に全力を尽くしてくれてる。間に合わなかったかもしれないけど、それは春雨のせいじゃない。その分、私達が生き続ける」
「瑞鳳はんが葛城はんの分を背負う言うてはる。ウチもぬいの分を背負う。それだけやから。春雨はなんも気にせんでほしいわ」
仕方ないでは済まないが、その仲間達が春雨を責めないのだから、自分を責めるのは止めてくれと訴えた。これは、白露から言われた、怒りの矛先を見間違えるなというのと同じだ。
「……わかりました。では気にしません。心には刻みますが、それで後ろを向くことはしません」
「うん、それでお願いね。葛城と不知火は、春雨を後押ししてくれてるって思ってくれれば」
「せやね。ぬいのことだから、物凄い力業で前に押し出すかもしれへん」
仲間の死は、水葬と共に割り切った。事実を心に留め、それを前に進むための力とする。これからのために。
「お2人は、これからどうするつもりなんですか?」
「黒潮と話してたの。これからのこと、ちょっと考えてたんだけど……出来れば」
「出来れば、ウチらも戦いに参加したい思うたんよ」
なんでも、忌雷が寄生したままであるおかげか、ドロップ艦であるにもかかわらず、熟練者の動きをそのまま使えるらしい。当然、本当の熟練者と比べれば手も届かない場所にいるかもしれないが、それでも例えば周りの雑多を処理することくらいなら造作もないだろう。
それを活かしたいと、2人で決めたそうだ。勿論、多少の訓練は必要かもしれないが、施設を守ることくらいならば出来るはずだと確信していた。
「本陣に突っ込むことは出来へんと思うけど、もしここが襲われるようなことがあったら、ウチらも力を貸せるなって」
「うん。それなら私達も前向きに生きられるなって思ったんだ。罪滅ぼし……なんて言うとなんか違う気がするけど」
だから、春雨達には施設のことを気にせず黒幕を斃しに行ってほしいと話した。
当然そのつもりだったのだが、2人の心境からして、頼られることでより前に進めると春雨は勘付いた。
故に、次の言葉はすぐに決まる。
「よろしくお願いします。任せてください」
拳を突き出す。それは義腕であっても、熱のこもった強い意志。
「うん、お願いね」
「任せたで」
その拳に、2人も拳を突き合わせた。
施設はさらに前に進む。死を乗り越えて、これからのことを考えながら。
現在の施設の住人。
◆陸上施設型:2名
中間棲姫(姉姫様)、飛行場姫(妹姫様)
◆駆逐艦:11名
春雨、ジェーナス、薄雲、松、竹、叢雲、海風、白露、
◆巡洋艦:1名
古鷹
◆空母:3名
大鳳、瑞鳳、空母棲姫
◆戦艦:3名
リシュリュー、戦艦棲姫、コロラド
◆潜水艦:3名
伊47、潜水艦姉妹・姉、潜水艦姉妹・妹
◆特務艦:1名
コマンダン・テスト
合計24名。『観測者』御一行は例外として数に含まず。流石にこれは多すぎるレベル。パンクしてもおかしくない。最初期の人数から倍以上になってる。