翌日、施設も鎮守府も最終決戦への準備が始まる。特に施設は、今後の方針を決めていくことが最優先である。
勿論、手伝えることは手伝いたい。一度龍驤との戦いに参加しているのだから、黒幕との戦いに参加することにも抵抗は無かった。中間棲姫としては、施設の仲間達が傷付くところは見たくないのだが、この戦いを終わらせなければ施設に平和が訪れないことを嫌なほど理解してしまっているため、戦いたくないと口にすることは無かった。
「今のところ、私の中身──黒幕の居場所は、眼鏡くんの鎮守府の近くっていうところしかわかっていないのよねぇ。まずはそれを探すことから始まるのかしらぁ」
「そうなるんじゃないかしらね。その辺りには、アタシ達は手を出せないわよ。そもそもあの眼鏡の鎮守府の場所を知ってるのは古鷹だけなのに」
「知ってますけど、ここからどうやっていけばいいのかはわかりません。この海がどの海かが正しく把握出来ているわけではないので……」
第一の問題はこれ。そもそも未だに黒幕の居場所がわかっていないことである。決戦をするにしても、まず黒幕をその目で見ているわけではないため、戦うことすら出来ない。これは鎮守府側も同じなのだが、施設側からしたら、そもそも探しに行くことすら出来ないのだ。
そして、古鷹が言う通り、この施設と堀内鎮守府、さらにはそこから大塚鎮守府までがどれくらい離れているかもわかっていなかったりする。これが第二の問題。ここにいる仲間達の中で、施設と堀内鎮守府の行き来が出来る航路を知っているのは、実は海風だけなのである。海風以外は、方向はわかっていても正しい航路はわからない。
古鷹も鎮守府からこの施設に運ばれてはいるが、ここまでは宗谷のクルーザーの中で痛みに苦しみながらである。外の風景を見ているわけがなく、正しい航路は知らない。また、古鷹と白露は侵蝕されているときに鎮守府を襲撃することを考えていたが、その時は敵対者、つまり結界によって施設の場所がわかっていない時。方向などがギリギリわかるかという程度。その時の記憶と組み合わせてもなかなか難しい。
「そうなると、私が皆さんを堀内鎮守府に連れていって、そこから大塚鎮守府までの航路を教えてもらうというのが妥当でしょう」
「それだと、鎮守府に行かなくちゃいけないってことじゃない。艦娘ならまだしも、深海の姿では行けないわよね」
施設から大塚鎮守府までどう行くかが誰もわからない。大塚鎮守府出身の古鷹ですらだ。それを解決するためには、どうやっても堀内鎮守府経由になる。もしくは海図を貰って何処に何があるかをしっかり知っておくか。
だが勿論、それは今は最も許されない手段。
春雨は堀内鎮守府経由の流れに辿り着いていたが、それを
変装でどうにか出来ればいいのだが、それでも少し詳しい者ならば、見ただけで艦娘ではないことを看破してしまうだろう。向かう場所が顔見知りであり協力関係を持つ鎮守府だとしても、何も知らない人間から見たら鎮守府を襲撃しようとしている深海棲艦の一群にしか見えない。
「いくら艦娘に変装したとしても、私達が鎮守府に立ち寄ること自体がかなり厳しいですよね」
「大将さんが私達のことを上手く使えるようにしてくれればいいのだけれどねぇ」
穏健派の深海棲艦の存在は認識されていても、それが鎮守府に向かっていいかと言われたらまだまだ出来ない状況である。異種族、しかもそれが今戦っているモノ達と同じ種族なのだから、余計に拗れる。
「じゃあここから一直線に黒幕のところに行けばいいじゃない」
ならば直接黒幕の居場所に向かえばいいだろうと考える者が出てくるだろう。鎮守府経由など考えずに。今の春雨なら、直感的に黒幕の居場所もわかるだろうし、その力によって結界も突き抜けることが出来るはずだ。
そしてそれを口に出したのが、怒りをまた溜め始めている叢雲。境遇からどうしても艦娘という者を好きになれないため、鎮守府という場所も出来ることなら目にしたくないモノだったりする。故に、その言葉にブレーキがかかることは無い。
しかし、それに対して春雨がすぐに説明する。
「叢雲ちゃん、多分一直線は無理」
「なんでよ。鎮守府なんて頼らず、アンタの道案内があれば見つけられるでしょ」
「それは自信を持ってYesと言えるけど、距離がありすぎるよ。鎮守府経由にしたい理由なんて、全部そこ。近場で休んで、体調を万全にしてから行きたいから」
細かい場所はわからずとも、それだけは理解出来た。今までの経験上、施設から堀内鎮守府までですらそれなりに時間がかかるのに、そこからさらに大塚鎮守府に行こうとすると、単純に計算しても倍くらいはかかる。
朝に出て夕方に到着するとかになると、それだけでも疲れ切ってしまうだろう。そうでなくても、そこからすぐに戦闘に入るのは自殺行為と思われる。
しかも、あちらは絶対に自分の拠点から動かない。何故なら、
「……納得したわ。疲れた状態で戦える相手じゃないものね」
「それくらい言われる前に気付きなさいよ」
「喧しいわよチョロ助」
コロラドにツッコまれて舌打ちしながら返す叢雲。対するコロラドは指摘が出来てドヤ顔。
「その辺は私達ではどうにも出来ないわぁ。提督くん達の手腕に任せましょう」
「提督と大将なら、アタシ達のこともいい感じに考えてくれるでしょ。眼鏡は知らないけど」
「あの子も根は提督くん達と同じだから大丈夫だと思うわぁ。合理的に考えても、私達のことを悪く扱う理由がないもの」
2人の口喧嘩に苦笑しながら、今は何も出来ないということで、鎮守府側の采配を待つしかないのだ。
これでやはり深海棲艦だから鎮守府には入れられないという方針になってしまったら、施設の者達は黒幕との戦いには参加出来なくなる。龍驤をどうにかするための戦いでは、その力の有用性を知ってもらうために共闘したというのに。
「また私と妹ちゃんは提督くん達と話をしておくわぁ。食糧の話もあるからねぇ」
「毎度恵んでもらってばかりで申し訳ないけれど」
「本当にねぇ」
食糧問題は本当に切実。自給自足が出来ない以上、鎮守府側からの支援物資に頼らざるを得ない。姉妹姫としては、そこがどうしても申し訳なく感じる。最初はいい距離感で話をするくらいの仲を求めていたのだが、今はおんぶに抱っことなりかねないところまで来てしまっている。
情報提供や戦力としての協力はいくらでもやるとは思っていたとしても、それに対しての報酬が大きすぎやしないかとヒヤヒヤしてしまう。無論、あちらの優しさが大きいのもわかっているのだが。
「この戦いが終わったら、恩を返しましょうねぇ。どういうカタチになるかはわからないけれど、あちらが望むことは叶えてあげたいわぁ」
「そうね。こちらに出来ることを望まれたら拒否はしないわね。人体実験したいとか言ってくるようなヒトじゃないし」
春雨と海風、白露は、そこで満面の笑みを浮かべる明石の顔が思い浮かんだが、流石にそこまではしないだろうとその顔を振り払った。
「ともかく、私達は今のところは待機よぉ。いつも通りのお仕事をしつつ、近海警戒もしておきましょうねぇ」
「龍驤っていうわかりやすい敵はいなくなったけど、まだこの島を直接狙ってくるようなことが無いとは限らないから。哨戒も再開するかは考えておくわ」
施設は少しだけ日常に戻ることになる。緊張感の続く時間は続くものの、心身共に休息出来る時を得ることが出来た。
鎮守府からの救援物資は、午前中に届いた。部隊はいつもの如く調査隊であり、その物資の量は実に大発動艇3つ分。
何処にこんな量の食糧があったのだと思えたが、実際これは大将や大塚提督からのサポートもあってである。3つの鎮守府から持ち寄ったことにより、ここまでの量になったようだ。
「本当に助かるわぁ。これなら今の人数でもしばらくは繋がると思うわぁ」
「……よかった。でも、決着は早くつけなくちゃって、思う」
隊長の山風が中間棲姫とやりとりをしている中、他の者達が物資を施設に運び入れる。江風と涼風、荒潮はいつも通りとして、今回は漣達も参加。駆逐艦ばかりになってしまっている。
春雨達白露型と顔が合わせたい山風、江風、涼風。ジェーナスと触れ合いたい荒潮。そして、潮と話がしたい漣、曙、朧。その全員がなんだかんだで施設に用があるものである。
「Hi. アラシオ。昨日の戦いでは頑張ったのよね!」
「すごいぴょん! カッコいいぴょん!」
「そこまで言われていいかはわからないけれど、北上さんから最後の捕獲を任せられていただけよ〜。でも、傷付かずに終われたのは良かったわ〜」
荒潮は荷物を運びながらも念願のジェーナスとミシェルとの触れ合いに興じている。荒潮にとってはコレが一番の癒し。終始ニコニコしながらの作業。食糧の管理はジェーナスが基本。ミシェルもそこを手伝うようにしているため、荒潮は率先してそこに加わりたいと以前からさんざん言っていた。断る理由も無いため、結果的にこうなっている。
ジェーナスも荒潮に対しての考えはもう友人という感覚だ。荒潮の努力は知っているし、先日の戦いでもその努力の成果を出しているのを理解している。そんな相手を仲間と見ない理由はない。
「荒潮ちゃんは、最後の戦いに参加するぴょん?」
ミシェルの素朴な疑問に対し、荒潮は少しだけ考える素振りを見せた後、力強く頷いた。
「最後に決めるのは提督だけど、私は参加したいと思ってるわ。私怨はどうしてもあるけど、でもやっぱり、みんなに迷惑をかける存在は良くないもの。ジェーナスちゃんにもミシェルちゃんにも迷惑をかけたヤツだから、私はそれが気に入らないだけなんだけどね」
「あはは、アラシオらしいわ」
笑顔を見せたジェーナスに、荒潮は心底癒された。
「潮、元気そうで何よりね」
「うん……元気、だよ。怖いけど、ね」
日用品の整理をするのは漣達。潮と潜水艦姉妹もそれを手伝うことにして、姉妹艦との交流に勤しむ。
以前よりは格段に恐怖心が抑えられるようにはなっていた。相変わらず全ての感情を恐怖から読み取るしかないのは変わらないが、やはり姉妹艦とこうやって話をしている時は随分と落ち着けるようである。
「ぼのがさぁ、ずっと会いたい会いたい言っててさぁ」
「漣、黙りなさい」
「朧は会いたかった。潮が元気そうでよかった」
三者三様ではあるが、潮の心を癒すには充分すぎる存在。そんな潮を見て、潜水艦姉妹も満足げである。
「こっちでは明石さンの研究が続いてるぜ」
「昨日早速一徹して大淀さんに叱られてたけどな」
江風と涼風から現状を聞いているのは春雨達。鎮守府のことをよく知っているからこそ、その話も容易に想像が出来た。
「何かわかりそう?」
「どうなンだろな。でも、あの龍驤が何も文句言わなくなったらしいってのは聞いたよ」
「ちょろっと聞いた感じ、電気信号? とか何とかで、従順に躾けるとかなんとか……?」
やってることがあまりにも酷いが、春雨は何も言わない。ザマァ見ろとも思わないものの、同情はしなかった。
「あ、でもなンかすげぇこと言ってた。龍驤を
「ああ、そんなこと言ってたね、あたいらにはよくわからないけど」
それは誰にもわからないことである。明石がそれを完成させた時に、初めて理解出来る……のだろうか。
とにかく、決戦への準備はまだまだ続く。施設は食糧問題を一時的に解決したものの、長続きしないことはわかっているため、すぐにでも次の結果を出していきたい。
龍驤をシステム化という若干不穏な言葉。