空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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生まれ変わった龍驤

 泥と化し、もう治療の余地が無かった龍驤は、明石の力により妖精さんへと生まれ変わった。その際に、(コア)へ電気信号を送り込むことによって調整が行われて、悪性が善性へとひっくり返っている。そのため、この状態となってももう敵対の意思はなく、逆に罪悪感に苛まれている龍驤となっていた。

 

 それを画面越しに見ていた施設側は、誰もが言葉を失っていた。今までも相当なことをやってきた明石の発明の中でも、特にとんでもないものが作り上げられた。

 

「ほ、本当に、それは元に戻っているんですか?」

 

 第一声は春雨。これに関しては、怒りも吹き飛んでしまっていた。苛立ちもなく、ただただ驚きが全ての感情を上回っている。

 

『元に戻っているというよりは、()()()()()()()()()()()というのが正しいですかね。元の性格を泥によって上書きされてしまっていて、しかもそれをどうにも出来ないくらいにされてしまっていました。侵蝕ではなく同化。分離させたら死ぬとかでなく、細胞がそれそのものになってしまっていると考えた方が早い状態です。なので、思考回路に直接電気信号を流し込むことにより、思考と性格そのものを本来の龍驤になるようにしたんですよ』

 

 龍驤を元に戻しているのは、明石に施された()()()の結果である。泥による侵蝕はどうにもならず、あくまでもそれを明石の手によって強引に反転させられているに過ぎない。

 電気信号によって行われたのは、痛覚による矯正もあったが、そもそもの思考のベクトルの調整がメイン。波長によって、泥を構成する微生物の思考のベクトルの方向性を変えることが出来るのだから、既に泥と化している龍驤のそれにも干渉することは出来た。波長では動かせないから、電気信号を使った。

 それを使って悪性に働く向きを真逆に向けた。そうすれば、全てが善性になる。泥の効果で本来の性格が悪性に向いていたため、真逆にしたらそのまま本来の性格に戻ったというわけである。

 

 それでも明石は、あくまでも再現と表現する。正しく元に戻せたわけではない。治療が完了したわけではないのだから。故に、躾けるとか調整とか再洗脳とか、表現を違う方向にしていた。

 

『そしてそれは、龍驤も自覚していることです。泥に侵蝕された者達も自分が侵蝕されていると自覚していたんですから、処置を施されたということは知っていて当然。その時の痛みや辛さも全て覚えているでしょう。どうかな龍驤』

『……嫌って言うほど覚えとるよ。さんざん痛い目を見る羽目になったんやからな。でも、正直感謝しとる。ウチは、ホンマに取り返しの付かんことをやっとった。あの痛みも苦しみも、全部その罪を償うためには必要なモンやった。それでも償い切れるはずがあらへん』

 

 その言動は、龍驤を知る者ならば確実に龍驤であると言えるほどである。事実、その根幹は龍驤なのだから当たり前なのだが。

 

『でも、これだけは言わせてほしい。言っても無駄かもしれへんけど、ケジメのために、言わせてほしい。ホンマに……本当にすまんかった。いや、ごめんなさい、すみません』

 

 小さいながらもしっかりと頭を下げる。むしろそれだけでは足らないと、土下座までし始めた。

 

 こんな龍驤を目の当たりにしたことで、怒りや恐れと言った感情は、何処かに行ってしまった。他の今まで侵蝕されていた者達と同じであり、今までやらされてきたことを激しく後悔している被害者である。

 今までのことを考えると、どうしても恨みも憎しみもあるだろう。しかし、あの龍驤を見ていると、そんな気も霧散していく。

 

『謝っても許してもらえるなんて思っとらん。でも、言わにゃ気が済まん。ウチは一生を懸けて償う。償いになるかもわからへんけど……』

 

 明石に調整されたとはいえ、ここまでしおらしい姿を見ることになるとは思っていなかった。躾けるという言葉から、無理矢理言うことを聞かせるために心を折りに行ったものだと思っていたら、実はそれ以上の物理的な人身掌握をしていたのだから。

 

「1つ、こちら側のお願いを聞いてほしいんですけど」

 

 ここで口を出したのは海風だった。

 

『なんでも言ってや。叶えられる願いなら何でも叶える。死ねと言われれば死ぬ』

「そこまで野蛮なことは言いません。死んでほしいくらいに憎らしいと思ったことはありますが、今の無力な貴女をそこまでするほど落ちぶれていませんから」

 

 海風らしからぬキツイ物言いだが、それもこれも春雨が気分を害していたからだ。春雨の敵は自分の敵。春雨が許さないのなら海風も許さない。

 だが、春雨自身は今の龍驤に対してその段階で止まっている。殺してやるとは思っていないため、海風も龍驤を殺そうだなんて思っていない。

 

「ただ、今の貴女の姿に気分を害している仲間がいます。ついでに私もその1人です。なので、まずはその姿をやめてください。龍驤をやめろと言っているのではなく、服装を変えてもらいたいんです」

 

 戦闘員スタイルな龍驤は、一部の仲間達の心を抉り続けている。それは海風であり、薄雲であり、ジェーナス。顔には出さないようにしているが、戦艦棲姫も屈辱と感じているし、漣達や瑞鳳黒潮コンビもあの時のことを思い出して目を背けていた。

 唯一、器とされていたために記憶がほとんど無い空母棲姫だけは、龍驤の今の姿を見ても何とも思っていない。むしろ、妖精さんが龍驤になる過程の方がトラウマを刺激している。ある意味『泥恐怖症』に近いため、見ていただけでも吐きそうになっていた。

 

『そうか、そうやな。ウチが侵蝕したら、この姿になるように設定したったもんな。気が利かんですまん。すぐに着替える』

 

 深海棲艦と同じ仕様になっているようで、龍驤はその場で服装を切り替える。龍驤という存在にも何か嫌なものを感じる可能性を考慮して、普通な黒いセーラー服姿となった。白衣が消えないのは、システム妖精である仕様だろう。

 こうなったことで、一部はようやく落ち着ける。薄雲もジェーナスも、トラウマへの刺激が失われたことで、大きく息を吐いた。

 

「救うことが出来ないと言われていた子が救われているのは嬉しいことだわぁ。でも、本当に大丈夫なのかしらぁ。その妖精さんに触れたらダメとかはあるの?」

 

 泥に侵蝕されるようなカタチで生まれた妖精であり、しかも同じようにコスチュームまで作り上げているのだから、心は変わっても性質は変わっていないのではと考えた中間棲姫。

 その質問を待っていましたと言わんばかりに、明石がそれに答える。

 

『勿論、そこは対策済みです。むしろ、今の龍驤が触れたら侵蝕を治療する性質になっているくらいです。全ての性質を()()させていますから』

 

 悪性を善性に変えるにあたって、龍驤が持つ全ての力は逆転している。壊す力は直す力に、侵蝕する力は解放する力に、殺す力は生かす力に。その存在そのものが、今まで使われていた薬剤と同等と言える。

 実際は、泥の成分を中和相殺する泥を溢れさせるという存在となっているのだ。いわば、侵蝕の泥ではなく解放の泥。春雨のマグマとはまた違った、泥の侵蝕に対する解答。

 

『私が用意出来る泥対策の最高傑作と言えるでしょう。本来の仲間を発明品と言うのは少し気が引けますが、この龍驤がいれば、泥の侵蝕はもう怖がらなくていいでしょう。それがRJシステムですので』

 

 鎮守府で用意出来る対策としては、もうこれ以上のモノは無いだろう。龍驤という人柱を得たことによる、意思を持つ対策機能。生体艤装と近しい存在とすら言える。

 

 例えば、と、未だ残している荒潮から取得した泥の入った試験管を持ってくる。龍驤の力が本物ならば、これが消滅するはずである。

 

『これが泥のサンプルなんですが、反転の力を持つ龍驤の近くに持っていくだけで』

 

 試験管を近付けた瞬間、まるで蒸発するように泥が消滅した。これは今まで使っていた波長と同じようなもの。龍驤そのものが泥を霧散させる波長を発しているようなものである。

 

『こうなります。なので、龍驤がまた侵蝕されることもないです。極端な話、龍驤を泥の海に飛び込ませたら、その場からある程度の範囲の泥が全て消し飛びます。侵蝕されている者がいたとしても、その場で治療が完了します』

「あらあら、これは凄いわねぇ。なら、その子を使えばみんなが嫌な思いをしないで済むのねぇ」

『そういうことになります。少なくとも、今ここにある機材と接続状態にすれば、鎮守府全域が守られることになりますし、妖精さんであるが故に艦娘の装備としても使えます。見張員と同じですね』

 

 とはいえ龍驤はここにいる1人だけ。装備出来るのは1人だけとなるが、その周囲が全員守られるように出来るため、黒幕との決戦では必要不可欠な存在となるだろう。

 

『バリア発生装備との併用で、確実に侵蝕からその身を守ることが出来るでしょう。これで五分五分になれると考えています。ですが、龍驤自身が不死の存在だったことを考えると、黒幕も同じ存在になってしまっていると思います』

 

 つまり、どうやっても斃せない敵。波長によって消滅させられるかは、残った龍驤の端末の泥から解析をしていくことになるのだが、それでも今までの手段でどうにか出来るとは限らない。

 それに、侵蝕性も今までとは比べ物にならない可能性だってあるのだ。黒幕とその配下達が同じ性質と考えない方がいい。

 

「どれくらい時間がかかりそうなんですか?」

『うーん……なるべく早く終わらせようとは思ってるけど、ひとまず解析にここから丸一日貰いたいですかね。アシスタントの龍驤の力も借りて、元凶の力を予測解析していこうと思います』

 

 つまり、今日も含めて最低2日は何も出来ない。その間にさらに力を蓄え、本番に向けて準備を進めていくことになる。

 

「提督、この時間で進めてほしいことがあるんですが」

『わかっている。君達が黒幕との戦いに参加出来るようにする手段だろう。どう足掻いても、施設から直接大塚鎮守府まで向かうことは出来ないし、そもそも君達は敵対生物と誤認されてしまうだろう。それを解消するために、裏で僕と大将がいろいろと手段を講じているさ』

 

 春雨の思いを先に汲み取っていた。それに関しては、龍驤との戦いに参加してもらった施設の深海棲艦達の信用度と有用性が高いことを証明出来たはずなので、特例で穏健派の深海棲艦を仲間として受け入れられるように持っていく方針。

 とはいえ、真っ昼間に堂々と鎮守府に入港するのは難しいはずなので、そこはまたいろいろと考えて。少なくとも、誰もが望む結果に持っていけるようにしたいと、大将も大本営側として力を振るってくれている。

 

『だが、悪い方向にはいかないよ。そうでなければ、今回の物資援助も簡単には許可が下りなかっただろうからね』

「なるほど……なら、あまり心配せずに待つことにします」

『ああ、そうしてくれ』

 

 黒幕との戦いに向けて、施設側も何か準備をしておく必要があるだろう。その1つが、覚悟。

 

 

 

 

『ほな、ここからはウチが話せることを話す。良いか悪いか、記憶は全部そのままやから、望む情報を全部話したいと思うんやけど、どうやろか』

『ああ、そうだね。黒幕については、こちらはあまりにも情報が少なすぎる。出来ることなら、君の知る限りを提供してもらいたい』

『了解や。質問があったら何でも聞いてや』

 

 そしてここからは黒幕への道を作る時間。龍驤への尋問となる。

 




支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/99370498
MMD挿絵『司令を護る者』。245話の最後のシーン、鹿島と大和を迎え討つ吹雪。この後、大和がボコボコにされるなんて、当人は思いもしなかっただろう……。
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