空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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それに納得して

 一方、施設。龍驤が妖精さんに生まれ変わる一部始終を見て、空気は少し複雑だった。とはいえ、救出不可能と言われていた龍驤が救われたのは決して悪いことではない。むしろ喜ぶべきことである。

 

「……救われたことはいいことですよね。そもそも、救えるのなら救うつもりで戦ったんですから」

「そうよぉ。龍驤ちゃんだって被害者なんだもの。救われて然るべきよぉ」

 

 春雨のこの言葉に、中間棲姫が賛同。そして、それをきっかけに仲間達が次々と納得していく。

 特に、一度敵対している者達は龍驤に対しては同情の気持ちも大きい。やらされていたに過ぎないのに、龍驤だけは救われない程にまで変えられて、取り返しのつかない程にまで血に塗れた。もしかしたら自分もああなっていたかもしれないと思うと、むしろ怖くて仕方ない。

 

「私は気に入らないけどね。殺せないのなら死ぬより辛い目に遭えばいいのよ」

 

 怒りに任せた叢雲の呟きは、誰も否定しない。そう考えるのは間違いでは無いし、口には出さないが心では思っている者は沢山いるだろう。叢雲はそういうのを心の中で抑え込むことが出来ないだけ。そういう()()であることはみんなが把握している。

 

「アレはアレで大変だよ。ここからは艦娘でも深海棲艦でも無い存在として生きていくんだから」

 

 薄雲が叢雲を宥めようとしたところで、春雨が口を出す。妖精さんの姿になるということは、それだけ艦娘や深海棲艦とは違う生活を余儀なくされる。しかも、システム妖精であるため、今後酷使されることは確定。

 さらには、明石の実験材料となることも決定している。そして、その明石のアシスタントになることも。おそらく、普通に生きていくのとは比べ物にならないくらいに過酷だろう。

 物理的な痛みはもう丸一日受けているだろう。叢雲はそれだけじゃ足りないと言うかもしれないが、既に尊厳を潰されているのだから、ある程度は妥協してもらいたい。春雨も妥協した。

 

「……まぁ、あれなら握り潰すだけで始末出来るんだから、良しとしてあげる。薄雲、なんか甘いもの貰えるかしら。イラつくと甘い物が欲しくなるわ」

「はい、ちゃんと用意してありますから、機嫌を直しましょうね」

 

 今は叢雲もこの程度で終わらせた。あの姿で面と向かったら、それはそれで一悶着ありそうではあるが、溢れる怒りを抑え込めているのなら良しとする。

 春雨も少し苛立ちが溢れそうだったが、海風筆頭に妹達が周囲を囲うことで落ち着かせた。叢雲には甘い物だが、春雨には妹達の温もり。白露も傍に寄ってやり、より落ち着かせる。

 

「私も割り切るよ。怒りはどうしても湧いてくるけどさ、ああなった龍驤に怒りを向けても、なんて言うか、無駄じゃないかなって」

 

 既に今の龍驤は再洗脳済み。悪性が善性に反転した、ただの妖精さんだ。アレほどのことをやらされたことを深く深く反省し、鎮守府の、人類のためになるように身を粉にして働くことだろう。

 そんな相手に恨みを持ち続けていても、無駄な労力なのではと考えた。それよりもやらねばならないことが、黒幕を始末することがあるのだから、龍驤にはもう構っていられない。

 だからこそ、落ち着こうと努めた。姉妹の力を借りて、ここで無駄なことをしないように。

 

「それじゃあ……あたし達はそろそろ」

 

 ここまで見ることが出来たため、調査隊は帰投することとなる。一番のメインである物資搬入も終わり、和やかに昼食を共にし、心身共に癒えたと思えた。

 荒潮は今もジェーナスとミシェルに囲まれニッコニコ。漣達も潮と交流を深めることが出来たようで、来る前よりもイキイキしているように見えた。

 山風は少し名残惜しそうにしていたものの、今まで通りに過ごしていれば、また海風に会える。そう思えば、一時的な別れも耐えられた。

 

「物資の件、本当にありがとうねぇ。今は申し訳ないけれど、当てにさせてもらうわぁ」

「……うん、大丈夫。提督も、また何かあったら相談してほしいって……」

「彼にも御礼を言っておいてちょうだいねぇ。こちらも力になれることがあればお手伝いさせてもらうって」

「今頃……穏健派の深海棲艦が鎮守府に行けるようにするために、大将が頑張ってるんだって……」

 

 まだ期待してはいけないのだが、穏健派の深海棲艦を鎮守府に受け入れられるようにしていく方向に向かっているのだから、そうなればここにいる姉妹が鎮守府に戻ってくる可能性が出てくる。離れ離れの生活ではなく、また共に戦えるようになるだろう。

 海風は今まで以上に春雨に依存しているが、それでも本質から完全に狂ってしまっているわけではない。山風達を相手にするときは、深海棲艦化する前と同じお姉さんをしているのだから、戻ってきたらまたあの時と同じ日々になるはず。

 

「そうなのねぇ。なら、私はここから大将さんを応援しておくわぁ。みんなが望む方向に進むことが出来ればいいわねぇ」

 

 争いを望むことはしないが、鎮守府に赴くことが出来るようになれば、今まで以上に楽しく生きられるようになると想像出来る。ならば、それがうまく行ってもらいたいと願うのは、悪いことではない。

 

 

 

 

 調査隊が帰投したことで、施設は少しだけ静かになる。龍驤転生の際の複雑な感情もひとまずは落ち着き、あれはもう別物なのだという納得は出来ていた。

 むしろ、ここで納得しておかなくては今まで救われた者達をも否定することになるので、誰もがそこに落ち着く。それこそ当該の者は何も言わなかった。

 

「あたしもあのヒトには何も言えないからねぇ。なんだかんだで何人か手にかけてるわけだしさ」

 

 お茶を飲みながら白露が神妙な表情で話す。黒幕の支配下に置かれたことにより、嬉々として艦娘を沈めていた過去がある白露には、龍驤に対してそこまで激しい怒りは無い。

 漣達経由ではあるが、海風を侵蝕された恨みもあるし、春雨が怒りを溢れさせるきっかけを作ったのも、元は龍驤に帰結する。しかし、それも本来の龍驤本人の意志でやったわけではなく、黒幕の悪意が全て。ならば、悪いのは龍驤ではなく黒幕。

 

「毛色が違うにしても、今はあの明石さんが調()()して元に戻したんでしょ。だったら、怒りも憎しみもちゃんと向ける方を考えるよ。春雨に矛先をちゃんと見定めろって言ったのは、他ならぬあたしだしね」

「ですね。私もそれは胸に刻んでいます」

「そう言ってくれるとお姉ちゃん嬉しい」

 

 初めて怒りを溢れさせた時に言われた白露の言葉は、今でも春雨にはしっかりと刻まれている。おかげで、葛城と不知火を救うことが出来なかった時も、激しい自己嫌悪に囚われることは無かった。

 怒りの矛先を正しく見定める。許せるものは許す。許せないものは徹底的に潰す。その矛先は、今はもう黒幕にのみ向いている。ならば、龍驤に怒りを向けるのは違う。そう考えられるようになったのは、紛れもなく白露のおかげ。

 

「そのうち直接会うことにもなるでしょ。その時に、怒りを溢れさせない自信、ある?」

「……正直なところ、自信は無いですよ。アレだけのことをやった龍驤相手ですから。画面越しだから我慢出来ましたけど、手で掴めるところにいたらと思うと……わかりませんね」

「素直でよろしい。でもそこはぐっと我慢してよね。海風だって、そんな春雨を見るのは嬉しくないでしょ」

 

 突然話を振られて海風がビクッと震える。こうやって姉妹でお茶会のようなことをして春雨の怒りを鎮めているときは、常に春雨に気を遣い、常に春雨を見ている。近くに白露がいても、話を聞いていても、気持ちは常に春雨に向いていた。

 

「そう、ですね。春雨姉さんの怒りは勿論理解出来ます。春雨姉さんの怒りは私の怒り。私もあの龍驤に対しては許せないものがありました。姉さんを悲しませた不届き者ですから、勿論万死に値すると思いますし、死よりも深い絶望を味わうべきとも思いますよ。でも、それで春雨姉さんの手が汚れるのは嫌です。それならば、私がこの手で握り潰します。春雨姉さんのその手は、壊すためではなく救うためにあるものですから。それによって私も救われていますしね」

 

 捲し立てた後、海風は春雨の手を取った。義腕ではあるが、そこからは温もりを感じた。

 

「だから姉さん、我慢出来なくなったらまず私の手を握ってください。私の右腕なら、いくらでもどうしてくれても構いませんから。壊れても作り直せるのが義腕ですからね」

「……あはは、そんなこと言われたら、ちゃんと我慢しなくちゃって思えるよ。どうであれ、海風を傷付けるわけにはいかないからさ」

 

 少しは気が晴れたのか、海風の手を握り返した。お互い義腕で、インナーを隔てていてもカチャリと音を立てたが、本来感じない温もりを感じることが出来た。心境によって、失われた温もりがそこにあるかのように感じ取れる。

 

「大丈夫。許すとか許さないとかはもう考えない。どうしても態度に出ちゃうかもしれないけど、何かおかしなことをしそうになったら海風が止めてくれればいいよ。白露姉さんもお願いしていいですか」

「勿論。妹におかしなことをさせるわけにはいかないからね。これは4()()()()()だからさ」

「心強いですね。じゃあ、次の戦いは白露姉さんも来てくれますか」

「行けそうなら行くよ。人数制限とか条件とかあったらその限りじゃないから断言は出来ないけどさ」

 

 出来ることなら誰もが決戦へと向かいたいはずだ。だが、施設を空にするわけにはいかないし、そんな大人数で詰めかけても逆に戦いにくくなる。

 むしろ、今はまだ出撃出来るかもわからない。大将が裏側で穏健派の深海棲艦の有用性と信頼性を説いてくれているらしいが、それでも堂々と鎮守府に入港することは難しいだろう。

 

「あたし達は全員巻き込まれた類だからさ、出来れば自分達の手で決着つけたいと思うよ」

「ですね。巻き込まれたヒト達は、みんなそう考えていると思います」

「だから、そうなるように祈るしか無いよね。あたし達には何か口を出すことも出来ないわけだしさ」

 

 お茶をぐっと呷って立ち上がる。

 

「まぁ、いつでも出撃出来るように、多少は鍛えておこうかな。今まで以上の戦いになるのなんてわかってるし」

「……ですね。そろそろ私も身体を動かしたかったので。姉さん付き合ってもらってもいいですか」

「おうよ。海風も来な。お姉ちゃんが胸を貸してやろう」

「わかりました。では2対1で、白露姉さんがごめんなさいと言うまで攻撃すればいいんですね」

「ごめんそれは勘弁して」

 

 ここからは3人でストレス発散や特訓をして、決戦に備えていく。その時はもう、目の前に来ているのだから。

 

 

 

 

 今は後ろを向くことは許されないだろう。常に前を向き、決戦までの時間を過ごす。それは平穏な日々とは言えないかもしれないが、今だけは落ち着いて。

 

 




支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/99435128
MMDアイキャッチ風荒潮改二。ジェーナスと話をするために武蔵の特訓も耐えれてしまうその天才的な才能。それが功を奏して、今はジェーナスに加えてミシェルも親友としてお付き合いしてくれています。
本当はくんずほぐれつ従っているけど、そんな思いは隠しておこうね。
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