空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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自分との戦い

「姉姫、いいかしら」

 

 その日の昼、昼食を終えたところでコロラドが何かを決意したように中間棲姫に話しかける。

 

「あら、何かしらぁ?」

「この後、ちょっとNap(昼寝)させてもらうわ」

 

 たかが昼寝をするというだけのことを意気込んで宣言するのはどう考えてもおかしい。しかし、コロラドの顔は至って真剣だった。

 

「わかったわぁ。誰か隣にいてもらいたかったりするかしらぁ」

「そうね……願掛けってわけじゃないけれど、ハルサメとウミカゼにいてもらえると嬉しいわ。私の望む答えに辿り着ければ嬉しいもの。2人とも、頼まれてくれる?」

「構いませんよ。なるべくサポートしますから」

「姉さんがいれば百人力でしょう。きっと最善の答えに辿り着けますよ」

 

 神妙な面持ちで昼寝に向かうコロラド。それを追従する春雨と海風。

 コロラドのこの行動の真意を知っているのは、午前中に話をした者達、魂の混成を施されている者達だけ。知っているのだから、春雨の力を味方に付けることができれば上手く行くことも期待出来た。

 

 今からコロラドがやるのは、強く思いながら眠ることで、自分に混じっている姫達と夢の中で顔を合わせること。出来るかどうかはわからないが、やらないよりはやった方がいいと思い、善は急げと実行に移した。

 その結果次第では、白露達も試してみようと考えていた。混じっているのは過去の仲間達。白露に至っては妹達だ。どんなカタチであれ、もう一度話がしたいと思うのは当然のこと。コロラドが特殊というのはあるが、ここで夢の中で会えるなんてことがわかったら、試さない理由が無い。

 

「……春雨と海風連れて昼寝とか、いいご身分ね」

 

 叢雲がコロラドの後ろ姿に吐き捨てるように言い放つ。だが、コロラドは真剣そのものであるため、叢雲の声も聞こえていなかった。真面目に自分の中の存在と向き合い、強く思うことで、夢の中に顕現させる。それに対する緊張感もあった。

 

「なんなのアレ」

「叢雲、今回は応援したげて。コロちゃんは今から、()()()()()()なんだよ」

 

 白露に言われたものの、どういうことかわからず首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 どうせならとベッドルームにやってきたコロラド達。深く気持ちよく眠れるように、この施設の中でも最も豪華であろう寝室を使うこととした。コロラドの私室──魂の混成を施された者達の溜まり場──も考えたが、今回はこちらで。

 別に春雨と海風が添い寝をするというわけではなく、隣に座って春雨が凝視し続けるということになる。今はトリガーが引かれていないため、視界に入った者を自分の思い通りに動かす力は発揮されないのだが、何かおかしなことが起きた時に揺り起こすことが出来るのは春雨がベストだろう。

 

「それじゃあハルサメ、ウミカゼ、よろしくお願いね」

「はい、任せてください」

「何かあったらすぐに起こしますね」

 

 指をパチンと鳴らすと簡単な寝間着姿へと変化し、そのままベッドに横になって目を瞑る。午前中に作業をし、その後の昼食で程よく空腹も満たされており、さらには相変わらずのお日柄。幸せの絶頂とも言える環境に、すぐに眠気に襲われる。

 だが、その間も強く強く願っていた。自分の中にいる者達と相見えることが出来るようにと。そして、自らの力を見せ、この身体の主導権を握る存在であることを知らしめることが出来るようにと。

 

「必ず、希望が叶うように」

 

 春雨がコロラドの額に手を当てる。義腕を隠すインナーの腕の部分を一時的に消し、義腕そのもので触れた。

 そこはインナーが今まであったこともあり、硬さは艤装と同じだが、温もりはヒトの温もりと同じだった。春雨にただ触れられているというだけなのだが、コロラドはそのまま自然と眠りに落ちることとなった。

 

 駆逐艦である春雨に落ち着くようにされていることでプライドが傷つくとかそういうことは無かった。とにかく、今からやろうとしていることが成功するようにという願いが届いたことで、気を張りつつも心穏やかに意識を夢の中へと埋めていくのだった。

 

「流石ですね姉さん。コロラドさんのようなヒトにも温もりを与えることが出来るだなんて。仲間思いの素晴らしさがいつも以上に炸裂していますね。その慈愛の精神、私も見習わなくてはいけないとは思っているのですが、なかなか出来ないものです。女神たる姉さんだからこその手腕、お見事としか言いようがありません。自分の道のみでなく、仲間の道まで示すことが出来るとなれば、もう女神すらも超えた頂点なのではないでしょうか」

「……言い過ぎだよ。それに、私はコロラドさんの道を示したわけじゃないから」

 

 海風のマシンガントークに苦笑しつつも、春雨は寝息が聞こえるまで、いや、寝息が聞こえてきても額に当てた手を退けることはなかった。

 

「私だって夢の中にまで手を出すことは出来ないからね。ここからはコロラドさんの戦い。自分との戦いに私達がこれ以上手を出しちゃダメ。私達が出来るのは、ここでコロラドさんの勝利を願うことだけだよ」

「姉さんに願われたら、どんな相手でも膝をつきますよ。この戦いはコロラドさんの勝利に終わり、中にいる2人の姫とやらも姉さんの光に導かれて屈するでしょう。そしてその偉大さを心に刻むことになるのです。姉さんがいなければこうはならなかったと感謝し、これからは姉さんのために全てを尽くそうと考えるでしょうね」

「そこまでは望んでないよ」

 

 相変わらずの海風ではあるが、コロラドの勝利で終わるというのは春雨も願っていること。この願いが事態を好転させることを祈って、春雨は力を送り込むように手を添え続けた。

 

 

 

 

 そして、コロラド。眠りに落ちた後、目を開けると真っ暗な海に立っていた。これが明晰夢だとすぐに自覚出来る辺り、今回の目的の1つは達成出来たのだと実感出来た。

 周囲は暗いのに、そこに何があるかはわかる。現実の夜戦とは確実に違う、夢ならではのおかしな状況。自分の身体も淡く光っているのではと思える程にハッキリと見えた。

 

Come out(出てきなさい)

 

 誰もいない空間にコロラドの声が響く。闇の中にその声は溶けていくが、何かあるかもしれないと艤装を展開。夢の中でも艦娘の艤装が出てくるわけでもなく、今のコロラドとしては普段使いと言える主砲が備え付けられた杖が手元に現れた。

 夢の中では、おそらく体力の心配も無い。やりたいことをやりたいようにやれる。それが夢、明晰夢というもの。

 

Let's talk(話をしましょう). 大体わかっているけど、アンタ達の意思をアンタ達の口から聞きたいの。だから、姿を現して」

 

 無音の海に響くコロラドの声。だが、そんなコロラドを見ている者がいるのは嫌というほどわかった。それもちゃんと2人である。

 

「私は逃げも隠れもしない。むしろ、そうしないためにここに立ってる。それが私の願いだったんだもの。話が出来るならしましょう」

 

 無防備で待ち構えるというわけにはいかなかったものの、攻撃の意思が無いことを示しながら、声かけを続ける。

 

 その瞬間、何処からか砲撃が放たれた。夢の中だからか無音、しかし、夢の中だからか気付けた。

 それを即座に避け、砲撃の放たれた方を見据える。そこには2人の姫が立っていた。仲が悪いのか、隣同士というわけではなく、かなりの距離を空けて。

 

「アンタ達が私に混ぜ込まれた姫……悪いわね、姿もよくわかってなかったのよ。アンタ達の記憶も持ってるっていうのにね」

 

 片方の姫──南方戦艦新棲姫は、巨大なロブスターのような艤装に腰掛けている、大人びた女性。口元を艤装のマスクで隠しているものの、その目力でコロラドを睨みつけていた。

 

 もう片方の姫──戦艦新棲姫は、打って変わって幼女のような印象。巨大なカニに座り、明らかに威嚇するような表情でコロラドを見つめていた。

 

「アンタ達の感情、うっすらだけどわかっていたわ。何が気に入らないわけ? アンタ達と私は、信念は違えど目的は同じでしょう。黒幕のことは気に入らないんじゃないの?」

 

 そのやり方を否定していなくとも、黒幕に対しては殺されたという恨みがあるだろう。ならば、コロラドと同調して、復讐に乗り出してもいいはずだ。

 

「お前と同じってのが気に入らないんだよ艦娘」

 

 南方戦艦新棲姫がマスク越しの少しくぐもった声で言い放った。

 

「主導権を艦娘に握られているのは気に入らないのよ」

 

 戦艦新棲姫もほぼ同じことを言う。

 

 侵略者気質を持っているということは、艦娘は完全な敵だ。自分の目的を阻む、決して相容れることが出来ない天敵。それと顔を合わせた時点で戦いは必至であり、どちらかが死ぬまでその手を抜くことなく殺し合いが始まる。

 そんな相手と同じ身体に入れられた挙句、目的が同じとなり、しかもその主導権が全て艦娘にあるとなったら、苛立ちも大きくなる。何故従わなければならないという気持ちが膨れ上がった。

 

「それとな」

「それに……」

 

 そして、2人同時に相方と言える姫に視線を向ける。その目は、コロラドに向けるもの以上に険しいもの。

 

「コイツと同じ空間にいることが腹が立つんだよ!」

「なんでコイツと一緒に艦娘の中にいなくちゃならないのよ!」

 

 2人揃って同じ思いを発露した。犬猿の仲である相手と同じ空間に閉じ込められ、さらには嫌でも離れることが出来ないという苦行。これが最も苛立ちを大きくする原因だった。

 そうでなかったら、例えば入れられているのが片方だけならば、渋々でもコロラドと協力していた可能性は高い。艦娘に主導権を握られているという事実は覆せないが、そうした原因である黒幕に怒りをぶつけることが容易になる。

 しかし、今は黒幕に怒りをぶつける前に、それ以上に気に入らない相方がすぐ側にいることに対しても怒りの方が大きくなってしまっていた。それなのに、こういう夢という場を用意されないために喧嘩をすることも出来ない。意思をぶつけるだけで終わるせいで、苛立ちはさらに膨れ上がるのみ。

 

 それをコロラドは感じ取っていた。理屈はわからないものの、この仲違いはおそらくどうやっても解消出来ないもの。本能的に2人は相性が悪く、その排除を何よりも優先するくらいの間柄だ。生理的に無理というもの。

 

「……はぁ、そういうこと。私に対して気に入らないだけならまだ可愛げがあったけど、ただ仲が悪いだけだったのね。黒幕のやることに対して否定的じゃ無いのも、多少はその本質がInvader(侵略者)だからだと思ってたけど、その隣のヤツがいるせいでどうでもいいって思っていたわけか」

 

 コロラドがわかるように大きく溜息を吐いた。心底失望したと言わんばかりに。その態度に、南方戦艦新棲姫も戦艦新棲姫もイラッとしたことを隠そうとしない。

 

「あまりにも幼稚ね。そっちの小さい方は見た目通りだし、大きい方は図体ばかりでガキかっての」

 

 完全に見下すような視線と言葉。それには2人の姫が難色を示す程。

 

「私に言わせてみれば、どちらもガキよガキ。本質が見えてない。ヒトの中で何やってるかと思ったら、ただの喧嘩だなんて。私がアンタ達を切り離したいくらいよ。姫と言われるくらいなんだから、余程強くて高潔な精神を持っているかと思ったら、なんなのそれ。アンタ達、叢雲以下ね」

 

 殆ど説教みたいなものである。艦娘にそんなことを言われて黙っていられるはずもなく、特に南方戦艦新棲姫はコロラドを睨みつけながら近付く。

 

「姫なら姫らしく振る舞いなさい。私を通してあの姉妹姫や戦艦を見てきたでしょう。アレが正しく姫よ。あれを知ったらアンタ達に姫を名乗る資格なんてないわね。いくら気に入らない相手だろうと、こういう場では協力くらいしなさい。割り切れないなら黙ってなさい。意思を見せるな。じっとしてろ」

 

 堂々と、面と向かって、その存在を否定した。コロラドとしては協力しながら戦っていきたかったが、本人達がこうならば、その力を使わせてもらうことすら必要ないと。

 

「ンだと……?」

「そっちの小さい方もよ。内輪揉めで止まっている暇なんて無いの。それが嫌なら従いなさい。それも嫌なら実力で捻じ伏せてあげる」

 

 杖を向け、かかってこいと言わんばかりに構える。

 

「はっ、それが手っ取り早いな。ヒト様をガキと宣う艦娘をぶちのめして、アタシが主導権を奪ってやるよ!」

「艦娘に指図されるのは気に入らないわ。力尽くでいいならそれで後悔させてあげるわ。主導権は私がいただく」

「あぁ? お前になんてくれてやらねぇよ!」

「アンタが持っていく方が気に入らないわ。私が使うの」

 

 

 

 

 こうしている時も内輪揉めが終わらない。それを見ていると、コロラドは正直、負ける気がしなかった。大きく溜息を吐き、2人を見据える。

 

「かかってきなさいガキ共。屈服させてあげるわ」

 




相性が悪い者同士を、いたくもない場所に押し込んだ場合、ヒト様の迷惑なことなんて考えずに喧嘩を始めることになる。巻き込まれたコロラドはまぁ面倒くさい。

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