「……多分、始まった」
コロラドの額に手を置いていた春雨が、直感的に感じ取ったかコロラドの顔を心配そうに見つめた。
ここからの戦いは、誰かが介入出来ない孤独な戦い。コロラドにしかどうにも出来ない、自分との戦いである。いくら春雨でも、手を出すどころかそれを見ることすらも出来ない。おそらくそれは『観測者』であっても不可能。
「私達には応援しか出来ないよ。その声も届かないけどね」
「ですね……」
コロラドが眠りについても、春雨はそこから動かなかった。今はトリガーが引かれているわけではないので、『望み通りの答えに辿り着く力』を発揮することはない。そのため、2人はここでコロラドの無事を祈るしか出来ない。
もし出来たとしても、春雨は手出しをするつもりはないだろう。これはあくまでもコロラドの戦いなのだから。
「もしも、もしもですけど、コロラドさんが負けてしまった場合……どうなるんでしょうか」
コロラドが負けるとは思っていないものの、万が一のことがある。そうなった場合はどうなってしまうのか。
「……最悪はこのまま目が覚めないんじゃないかな。コロラドさんは今、
コロラドに混じっている姫2人の目的も性格も知るはずがない春雨だが、万が一コロラドが敗北を喫した時どうなるかは大方予想がついた。共倒れなら、この身体を扱う者がいなくなってしまい二度と目覚めなくなる。1人生き残ったらその者が主導権を得る。コロラドとしては数的には不利。
だが、春雨にはまるで不安そうな表情が浮かばない。必ずコロラドとして目を覚ますことを確信した表情。それでも何が起きるかわからないので、こうやって側にいながら温もりを送り続ける。コロラドがそれを願ったから。
「私としては心配はしてないよ。コロラドさんが負けるとは思えないし」
「そうなんですか?」
「うん。なんとなくだけどね」
春雨の
「でしたら、安眠を守りましょう。姉さんにそうされていれば私は穏やかな眠りが確約されるようなものですけど」
「安眠を守るのは賛成。少し静かにしようか。コロラドさんの戦いに水を差したくないしね」
「はい。せめて小声で」
その後は、コロラドが目を覚ますまでは静かに過ごす。勝利を祈りながら、その側で目を覚ますのを待ち続ける。
「かかってきなさいガキ共。屈服させてあげるわ」
杖を2人に向け、挑発するように言い放ったコロラド。発言の通り、まるで駄々を捏ねる子供に説教をするような、むしろ聞き分けのない部下に制裁を加えるような、優しくもあり厳しくもある視線で2人を見据えた。
「やってやるよ、お前から言い出したんだからなぁ!」
すぐにいきり立ったのは南方戦艦新棲姫である。戦艦新棲姫よりも近くにいたおかげか、コロラドの煽りと同時に猛スピードで突撃を開始した。
南方戦艦新棲姫が扱う艤装、ロブスターは、その鋏に巨大な戦艦主砲を備えた大型生体艤装だ。戦艦棲姫の扱う紳士な巨人とはまた違った、凶悪な性能を誇るトンデモ艤装。
突撃もその脚をガサガサと動かしながらの滑走。乱雑に砲撃を放ちながら近付き、全て回避されたとしても鋏で掴み上げて真っ二つにちょん切るつもりだった。甲殻類なだけあって艤装そのものの強度も高く、並の砲撃では傷一つつかないだろう。
「お前を先にぶち殺して、アイツと決着をつけてやる!」
「出来るものならやってみなさいよ。そんな単調な攻撃が私に当たると思っているわけ?」
先行してきた南方戦艦新棲姫の砲撃を軽々と回避し、杖の先端から砲撃を放ち続けるコロラド。低速戦艦ではあるものの、明らかに目の前の敵の動きを把握した状態で簡単にいなしていく。
その砲撃は回避されつつもロブスターには一部掠っていた。的が大きいのだから、当てるのは非常に簡単。猪突猛進に突っ込んでくるのだから、その当てやすさはさらに上がっている。
それでも傷が付かないのは流石と言わざるを得なかった。夢の中での戦いとはいえ、おそらくあの艤装の強度は現実から据え置きだろう。掠らせる程度では強固な装甲を撃ち抜くことはなかなか出来やしない。
「連携すれば勝ち目があるんじゃないかしらね」
コロラドは南方戦艦新棲姫の攻撃を見切っており、近距離となってもその鋏の一撃を受けることはない。回避すらせずに手に握る杖によって弾き飛ばしてしまう。
コロラドとて、今は深海棲艦と化した存在。そもそもが2人の姫と同等な存在へと昇華している。ただの力比べというのなら、1対1ならば対等。むしろ、艤装のスペックまで考えるのなら、コロラドの方が一枚上手であった。
何せ、今のコロラドはまだ本気を出していない。2人が組んで立ち向かってきたら出そうと思っている。だが、この状況に置かれても、まだ協力という考えには至らないようだ。
「何やってんのよ。意気揚々と突っ込んでおいて何も出来てないじゃない」
戦艦新棲姫は南方戦艦新棲姫がコロラド1人に手こずっているところを見ながらほくそ笑む。力任せに突っ込む南方戦艦新棲姫でコロラドを消耗させ、2人とも疲労したところをまとめて始末するという漁夫の利作戦を取ろうとしていた。
戦艦新棲姫からしてみれば、コロラドは気に入らないが南方戦艦新棲姫よりはマシ。でもどちらもいなくなってもらいたいため、同士討ちしてくれるのがベスト。ならば、自分は消耗することなく、勝手にいざこざを起こしてもらい、最後に全てを掻っ攫えばいいと考えた。
それを見逃すコロラドではないが。
「こら、何人任せにしているのよ。私がアンタを狙わないと思っているの?」
南方戦艦新棲姫の鋏を打ち払ったと同時に、杖の先端に備え付けられた主砲から戦艦新棲姫に向けて砲撃。あれだけのことを宣っておいて、自分から動かずに終わらせようという根性を叩き直してやろうと、避ける位置も戦艦新棲姫寄りにしていく。
南方戦艦新棲姫からの流れ弾も飛んでくることになり、戦艦新棲姫は自分の思い通りにはいかないと悟ることになるのだが、それならばと自慢のカニを動かし、コロラドを始末しようと重い腰を上げた。
「アンタのせいでこっちまで動かなくちゃいけなくなったじゃないの」
「あぁん? アタシに全部やらせようとしてたってことか!? 随分と狡いじゃねぇかクソガキ!」
「頭を使ってると言ってほしいわね。どうせアンタも始末するんだから、猪みたいに突っ込むアンタを利用しただけよ」
協力なんてするわけもなく、むしろ仲違いがよりわかりやすく発露し、コロラドそっちのけで喧嘩が始まる。互いに本来の目的はコロラドの始末だったはずなのに、南方戦艦新棲姫はコロラドを通り過ぎて戦艦新棲姫に殴りかかった。
コロラドは呆れてモノも言えなかった。自分を始末して主導権を得るという共通の目的があるにもかかわらず、目先の苛立ちを晴らすために目的が見えなくなっていた。優先順位の付け方が狂っているとも言える。
曲がりなりにも2人は姫。それなのに、自身の欲望にあまりにも忠実。そんな2人が自分に混ぜ込まれていることに一抹の不安を覚えるコロラド。自分にもこの気質が含まれていると思うと、いざという時に何かまずいことが起きてしまうのではないかと考えてしまう。
それならば、ここでこの2人を
「アンタ達、いい加減にしなさい!」
海面に杖を突き立てた瞬間、2人を呑み込むかのように白鯨が現れた。スタミナ不足のデメリットが無い夢の空間では、最初から全力を発揮出来る。タイミングなんて計る必要がない。今までは加減をしていたが、2人の愚かしさを見て、コロラドも堪忍袋の緒が切れた。
「なっ!?」
「ちょっ!?」
本人同士も艤装同士も取っ組み合いを始めていたが、この事態にようやく自分達が置かれている状況を完全に理解した。
「協力し合えとは言わないけれど、目の前の敵が見えていないヤツが姫だなんて本当に笑わせるわね! いや、笑えないわよ! こんなヤツらが私の中にいて、私の信念を邪魔してくるだなんて!」
2人の姫を噛み砕くためにのたうち回る白鯨。それに加えて、コロラド自身も杖を振り回しながら主砲を乱射。それこそ、コロラドも癇癪を起こしたかのように全力で攻撃を始めた。
一切止まらない攻撃だが、2人の姫とは規模が違う。とにかく白鯨の質量が尋常ではなく、ロブスターやカニの数倍の大きさを誇るために、近接戦闘では太刀打ちも出来ない。回避一辺倒に持っていかれる。
「な、なんだなんだ! コイツ!」
「出来ることは知ってたけど、ここでは使えないと思ってたんだけど!」
「知ってたのなら先に言えよ! こんなの無茶苦茶じゃねぇか!」
「アンタがバカなだけでしょうが! 表側でやってたの覚えてないわけ!?」
ここまでしてもまだ口喧嘩を止めない2人に、コロラドはより一層怒りを表に出す。
「まだ自分達の立場がわかっていないようね! 私は! 協力して戦えって言ってんのよ!」
白鯨が大きく身体を振ったことで、そのオビレが南方戦艦新棲姫に直撃。同時にコロラドが放った砲撃が戦艦新棲姫の艤装に直撃。2人揃って吹っ飛ばされる羽目になる。
「わざわざ私が不利になるように言ってやってんのに、それでもアンタ達はわからないわけ!? わからないならここにいる価値も無いわ。私が消してあげるわよ!」
追い討ちをかけるように白鯨は南方戦艦新棲姫を噛み砕くために襲いかかり、コロラド自身は杖を振りかぶって戦艦新棲姫に突撃する。
そもそもが1対2にもなっていない。コロラドが1人で2人分の動きが出来るのだから、協力しない限り勝ち目が無いのだ。
「アイツと協力するくらいなら、死んだ方がマシよ!」
「同感だね。アタシもソイツなんかと協力なんてしたかないね!」
「あっそ。だったら死になさい。そんなアンタ達の力なんて、こちらから願い下げよ。私の信念を邪魔するようなヤツは、混ざり合ってほしくないわ」
砲撃も鋏も避け、コロラドの杖による一撃が戦艦新棲姫の脇腹に直撃し、艤装から振り落とす。しかし、その時に艤装が主人を守るように脚を伸ばし、それがコロラドの脚を払った。
「この、ソイツを殺すのはアタシなんだよ! お前になんてやらせねぇ!」
白鯨に襲われる南方戦艦新棲姫は、その絶対的な質量の猛攻をどうにか避け、フラついたコロラドに向けて砲撃を放つ。だが、コロラドはすぐさま態勢を立て直し、南方戦艦新棲姫に主砲を向ける。
「嫌だけど同感ね。アイツを始末するのは私なのよ! 貴女になんて、手を出させない!」
その砲撃は戦艦新棲姫の艤装であるカニの甲羅がしっかりとガード。コロラドも盾として使っていただけあり、その強度は並では無かった。
「そうよ、どういう理由であれ、協力し合えばもっと高みにのぼれるわ」
ニヤリと笑うコロラド。
「でもね」
そしてその表情はすぐに変わる。まるで教え子を叱咤する教師の如く、弟子を鍛える師匠の如く。
「気付くのが遅い!」
再び白鯨がのたうち回り、南方戦艦新棲姫を弾き飛ばす。その方向には戦艦新棲姫がおり、身体こと直撃。こんがらがるように艤装もぶつかり合った。
さらにそれをコロラドが追撃。砲撃ではなく、杖による殴打で2人まとめて吹き飛ばす。
「まだまだ教育は必要なようね。その身体に、心に、私の信念を刻みつけてあげる。どうせ夢の中だもの、何をやってもいいわよね。それに簡単には死なないでしょ。仮にも姫なんだから」
白鯨が消え、即座にコロラドの間近に現れた。その上に乗ったコロラドは、2人の姫を見下すように睨みつけ、杖を再び突きつける。
「まだまだ時間はあるわ。屈服するまではまだ時間がかかりそうだし、たっぷり刻みつけてやるから覚悟なさい」
夢の中での無限の体力を使うように、白鯨はイキイキとのたうち回り、コロラドも全力を出せる喜びを体現するかのように暴れ回る。
それを受ける2人の姫は、いがみ合っていても協力せざるを得なくなり、それでもコロラドに圧倒され続けることとなった。
南方戦艦新棲姫も戦艦新棲姫も普通にイベント海域ボスでしたが、太平洋深海棲姫はイベントのラスボスなんですよ。つまり、その時点で相当実力差があるわけで、協力しなくては勝てないわけです。データ上のスペックはトントンくらいなんですけどね。