夢の中の戦いを終え、コロラドが目を覚ます。その時にはそれなりに時間が経っており、昼食後にすぐ寝たはずだが、もう太陽が水平線に近付いていた。夕方にはなっていないが、時間にしてざっと3時間ほど。コロラドにとっては1時間も経っていないのだが、現実ではそれだけ時が流れていた。
額に少し硬く、しかし温かい感触。眠っている間、ずっと春雨が額に手を置いていたようだ。望み通りの答えに辿り着くための願掛け。
実際この願掛けが効いたかどうかはわからないが、望んだ思った通りの答えに辿り着くことが出来たため、もしかしたら春雨のおかげかもしれないとコロラドは内心思った。
「Good morning……朝じゃないけれど」
「おはようございます。グッスリとはいかなかったようですね」
春雨の穏やかな笑み。海風がお茶などを用意していたようで、コロラドが目を覚ますまでここでずっと待っていたらしい。
手を退かしてもらい、小さく呻きつつ身体を起こす。風邪を引いているとかそういうのは無いのだが、回復しているようには思えなかった。
「寝たのにあんまり疲れが取れてないわ。もしかして私、結構おかしなことしてた?」
「そう、ですね。おかしなことというのとは違うかもしれませんが、やっぱり少し寝苦しそうにはしていましたよ。激しい戦闘だったんですか?」
「まぁそれなりに。私が完膚なきまでに叩き潰してあげたんだけれどね」
得意げに話すコロラド。事実、コロラドは苦戦することもなく2人を屈服させているため、嘘は言っていない。しかし、その分の疲れが眠っていた身体の方に来てしまっていたらしい。
最後まで迷惑をかけてくれてとコロラドは呟きつつも、次に夢の中で話すことがあったらアンタ達のせいでと愚痴ってやろうと決意する。
「面倒な2人だったわ。でも、打ち負かして協力するように言っておいたから、ひとまずは安心かしらね」
「良かったです。これで躊躇いも無くなりましたか」
「ええ。私も黒幕との戦いに向かうわ。この子達も黒幕に殺されてる恨みがあるんだもの。ちゃんと同意してくれたわよ」
ふっと小さく溜息を吐きつつも、自分の中にいる南方戦艦新棲姫と戦艦新棲姫のことを思い浮かべて苦笑する。おそらく今もなんだかんだ口喧嘩しているのだろうと思いつつ、それでも自分の信念に対して邪魔をしてきていないこともわかる。
ようやく自分の中にいる全員が同じ方向を向いたと言えよう。これで一切の躊躇いなく黒幕との最終決戦に向かえるというものである。
小さく伸びをしつつ、ベッドから降りて軽くストレッチをするコロラド。眠っていた割には疲れはあまり取れているわけでもなく、むしろ夢の中での戦闘のせいか、疲労が若干溜まっているようにも思えた。
「んん、ちょっと身体を動かそうかしらね」
「それがいいかもしれませんね。まだ時間がありますし、外に出てもいいかもしれませんよ」
そもそもがスタミナ不足のコロラドだが、今回は今までとは違う疲労。どちらかといえば
それならば、逆に少し身体を動かして発散した方が良さそうである。ストレスというわけでも無いのだが、やはり溜まっているモノはある。
「Thank you. 2人とも。それじゃあ、私は少し外に行くわ」
それだけ言って、眠る前と同じように指を鳴らしていつもの制服になり、そのまま部屋から出ていった。
「何事もなくて良かったですね」
「だね。すごいよコロラドさんは」
その背を見送った後、残ったお茶を呑み終えて片付けを始める。海風も傍でコロラドの様子をずっと見続けたわけだが、寝苦しそうにしていたというのは本当で、たまに悪夢に魘されるように身体を動かしていたのを覚えている。
激しい戦いなのだろうと思いながらも、起こすようなこともせず、ただ見守った。そこで起こしていたら台無しになっていただろうし、コロラドもそれを望んでいない。魘されていようが何をしようが、孤独な戦いを止めることはなかった。
その結果がこれだというのなら、そうして正解だったと実感する。春雨も海風も、その魘され方に少し不安にはなったが、終わり良ければ全てよし。
その日の夕方。夕食を作っている間に、鎮守府から連絡が届く。全員が集まろうとしているタイミングだったため、そういう意味では都合が良かった。
「あら、こんな時間なのにみんな勢揃いなのねぇ」
今回は所謂定時直前の時間ではあるのだが、大将と大塚提督も参加していた。つまり、かなり重要なことが語られることになるのだろう。
『最終決戦までの準備を何処もしているとは思うのだが、大将がついにやってくれたよ』
「やってくれた……ということは」
『ええ、貴女達の鎮守府入りを許可する方向に持っていくことが出来ました』
穏健派の深海棲艦の存在を大本営に認めさせ、許可された者に限り、深海棲艦でも鎮守府に入港することを許可したのだと言ってのけた。大将はあまり表情を変えていなかったが、それが許される立場ならばドヤ顔をしていたかもしれない。
「あらあらあら、それはすごいわぁ。大将さんが頑張ってくれたのかしらぁ」
『ええ、多少手こずったけれど、ちゃんと認めさせたわ。実はね、龍驤との戦い、この説得材料にするために
流石にそれは気付いていなかったようで、春雨を筆頭に現場で戦っていたモノは大いに驚いた。春雨すらも、そんなことをされているとは直感的にも気付かなかった。その時の恨みの対象である龍驤が目の前にいたというのもあって、頭に血が上っていたと言われたらそうかもしれないと感じるくらい。
それは、録画などの戦場を記録するための妖精さんが管理する特殊な見張員。それを装備していたのは、周囲のイロハ級を近付かせないように行動し続けていた者──金剛である。
金剛が敵の攻撃を食い止めている中、その妖精さんが戦いに勘付き、金剛の肩から髪に塗れながらその戦いの様子を監視し続けた。録画を司っている妖精さんなだけあり、何の器具も必要なく、ズームまでやってしまう優れ者である。
『その戦う姿、そして、
「私が、ですか」
『ええ。貴女が救える者を救うというところ、その映像にもしっかり映っていたわ。艦娘を救おうとする深海棲艦なんて見ることはないでしょう。それがあってか、貴女達だけは信用に値する者として認識されたの』
あの戦場での春雨の行い──侵蝕された者達を救うために奔走し、実際に2人は救い、救うことが出来なかった2人にも懸命に処置を施そうとしたその姿が、大本営の者達の心を動かしたのだと大将は言う。
見た目は深海棲艦でも、艦娘と同じような心を持っていることの証明となったのだ。艦娘と協力して脅威に立ち向かい、そして撃破出来たのだから、仲間として認めても問題ないと判断出来たようだ。
あの時に刻まれたトラウマも、先に進むための道になる。
『とはいえ、映像だけではどうしても難しいところがあるわ。利害が一致しているからたまたま協力したと思われても仕方ないの。だからね、姉姫には悪いのだけれど、
「監査? つまり、私達の在り方を見て、本当に信用に値するのかを見定めるということかしらぁ」
『そういうことになるわ。私はそんな必要無いと言ったのだけれど、こちらのルールとして、どうしても、ね』
大本営の規則として、民間からの援助を求める場合は、それが本当に有用かどうかを調査する必要がある。大本営の一員の推薦であっても、万が一その者が裏切り者だったりしたら目も当てられないため、そこは慎重に判断しなくてはならない。
そう言われてしまうと、誰もが納得する。自分達だってそうだろう。自分達は仲間ですと近付いてきても、裏で何を考えているのかわからないのだから、信用させるための演技と見られてもおかしくはない。今こうやって話が出来ているのは、最初から人となりを知っている堀内提督経由で知り合っているからである。そういうところも、春雨の存在は大きかった。
「なるほどねぇ。じゃあ、監査は貴女達がしてくれるわけでは無いのねぇ」
『残念ながら、ね。私は推薦者だから、もし私が利益のために深海棲艦と組んでいると言われたら、何も文句が言えないもの。証明するためには、第三者の目が必要だということね』
「それじゃあ仕方ないわねぇ。今までにあったことが無い人間さんと話をしなくちゃいけないということかしらぁ」
『そうなるわ。ただ、実際にその施設に行くのは、その提督直属の艦娘になると思うから安心してちょうだい。人間が踏み荒らすことはしないわ』
施設との関係は、なるべく近付きすぎないようにというのが大将を込みにした大本営の方針。穏健派とはいえ、相手は深海棲艦であるため、余計な刺激は控えたいというのが大本営の考え。いわゆる、
人間が陸上施設型の深海棲艦の陣地に足を踏み入れることがいいことか悪いことかは見当がつかない。そのせいで姉妹姫に悪影響が起きても困る。ならば、最初からカメラ越しの対話だけで留めておく。どっちつかずかもしれないが、それがお互いのため。
「なるほどねぇ。私はそれで問題無いけれど、他の子達の話も聞いてみなくちゃいけないわぁ」
都合のいいことに、今ここには全員が揃っている状態。純粋な深海棲艦から、元艦娘の深海棲艦、そして、忌雷が同化してしまった
基本的には施設の主である中間棲姫の意思が一番になるのだが、その中間棲姫が各々の意思も尊重しようとするため、この場で相談となる。
「アタシはお姉の意思に合わせるけど、みんなは?」
飛行場姫は基本的に姉の意思に追従する。今までもこれからも、それが施設のためになると信じているから。
艦娘が来るというのなら、元艦娘の意見の方がここでは重要だろう。とはいえ、堀内鎮守府から何度も艦娘がこの場に来ているのだから、そこまで不安になることはない。
「私も問題無いと思うわ。最初からこちらを攻撃しようっていう意思はないんでしょ?」
ジェーナスが画面の向こうの大将に聞く。それに対しては勿論だと頷いた。監査という都合上、多少なり疑いの目を向けることになるとは思うが、戦場での活躍を見ているのだから、そこまで懐疑的に監査をすることはあまり無い。
大本営も体裁としての監査と言っているくらいなのだから、これを機に施設を潰そうだなんて考えは毛頭無い。さらに言えば、堀内鎮守府の艦娘達もここへの道案内でついてくるため、不安は皆無と言えよう。大将の艦娘も勿論同席する。
「それならNo problemよ。ここで
やってほしくないことというのは、当然ミシェルに関すること。卯月と呼ぶのは完全なる
それは堀内鎮守府が理解しているのだから、ここに来るまでに全て伝えておいてくれるはず。
「叢雲姉さん、知らない艦娘だそうですが」
ここでネックになりそうなのが、怒り溢れ組。春雨はまだいいとしても、叢雲は艦娘という存在にも怒りを持っているため、いざこざを起こしかねない。
「……別にいいわよ。気に入らないことをしたら文句は言うけど」
「あら、殊勝な心掛けじゃない」
「うっさいチョロ助」
そこは叢雲も成長している。怒りは溢れているが、仲間であると認識出来れば多少は抑えられるようにはなっていた。
とはいえ、面と向かったことで溢れ出すようなことはあるかもしれない。それは事前にどんな者達がいるかは伝えてもらいたいものである。
叢雲が構わないと言えば、大概は問題無いと答えることになった。勿論、施設については事前に知ってもらい、禁則事項を犯さなければいい。
「私も大丈夫です。余程のことが無い限り、溢れることは無いですから」
春雨は叢雲ほどでは無いので、本人の言う通り余程なことが無い限りは大丈夫。これでほぼ心配は無いと言えるだろう。
「それじゃあ大将さん、こちらとしては監査の件、了解とさせてもらうわぁ」
『ありがとう姉姫。当然、こちらも貴女達のことを尊重するわね』
監査は翌日と設定された。最終決戦への準備は次の段階へと移る。
コロラドの件が終われば、次は鎮守府に向かえるようにする手続き。大将が裏側で頑張ってくれました。