空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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監査役

 翌朝。鎮守府から監査がやってくる日。事前に来る時間はおおよそで聞いているものの、誰が来るかまでは聞いていないため、少々緊張した朝となった。

 ただ、1つだけ先んじて聞いておかなくてはならないこととして、決戦前にちゃんと顔を合わせておきたいということで、龍驤が装備として来島することは伝わっている。無論、施設にいる者全員がそれを知っていた。

 

「……本当に顔を合わせる時が来ちゃったね。それもよりによって監査と同時に」

「どうせだから纏めてって考えたんでしょ。誰の差金か知らないけど、やってくれたわ」

 

 怒りが溢れた2人、春雨と叢雲が、岸で監査の部隊を待ち構えていた。まずは春雨がそろそろ来るのではというタイミングを直感的に感じ取り、そこから叢雲が実際の感知で近くまで来ているかを確認する。今のところはまだ感知の範囲には入っていないものの、そろそろ来そうということでここにいる。

 勿論その付き添いとして海風と薄雲もここにいるし、いつものように出迎えのために中間棲姫もいるものの、2人の小さな愚痴は止まらなかった。

 

 龍驤に対しての怒りの感情はどうしてもまだ取れていない。そもそも怒りが溢れているのだから、何かにつけて怒りが出てきても仕方ない。叢雲は特にだ。

 春雨は先に寂しさが溢れている分、冷ややかな怒りが主だが、叢雲は最初から最後まで狂いなく怒りに占められているため、熱い怒りが基本。愚痴は出るし態度にも出る。

 

「今日は少し多めに甘いモノを用意してきたんだ」

「そうなんですね。それなら大丈夫ですか」

「どうだろう……でもある程度は抑えられると思う、かな」

 

 薄雲が少し大きめの袋にクッキーを詰め込んできたのを海風に見せていた。龍驤の姿を見たら、まず間違いなく怒りが溢れるのがわかっているため、それを落ち着かせるためにもたっぷりと。昨日のうちから用意していたようだ。

 海風も、春雨の怒りを抑えるためにすぐ側に居続けることに決めている。それは基本的に毎日変わらないのだが、今日はより強めに。もし万が一龍驤に手を上げようとした場合は、それを止めるためにも。これは事前に春雨にもお願いされていたため、その使命を全うする。

 

「私達は普段通りにしていましょうねぇ」

「はい、わかっています。何とか我慢しますので」

「普段通りにしていたら、私は龍驤を握り潰すわよ」

 

 叢雲の物言いに応じて、薄雲がクッキーを差し出す。既にイラつき始めているので、早速甘味で落ち着いてもらっていた。中間棲姫は苦笑しか出来なかった。

 

「んぐんぐ……感知範囲内に入ったわよ」

 

 ここでついに、叢雲の感知の範囲に監査の部隊が入った。人数にして7人。

 

「4人は多分山風達ですね。山風、江風、涼風、あとは荒潮ちゃんでしょう。残り3人がこの施設に初めて来るヒト達です。でも、何となくですけど1人は知ってるヒトだと思います」

「艦載機を飛ばして見てみるわぁ」

 

 ここで中間棲姫が小さく手を動かすと、1機の哨戒機が現れた。これくらいなら艤装を施設内に置いたままでも出せるようである。代わりに攻撃性能などは一切無く、そこまで遠くにも飛ばせない模様。

 

「あらあら、1人は吹雪ちゃんだわぁ。よく大将さんとの通信の時に顔を見る子だけど、今回はここに来てくれたのねぇ」

「それだと、残り2人が監査役でしょうか」

「多分そうなるわねぇ。4人は春雨ちゃんが言う通り、山風ちゃん達だもの。2人は本当に見たことのない子だわぁ。なんだか真面目そうな子ねぇ」

 

 監査というだけあって、この場には施設の深海棲艦が仲間として認められるかを見定めに来たという態度がありありと現れているとのこと。若干緊張感が増す。

 

「誰が来ようと関係ないわよ。あむ、気に入らなかったら文句を言うだけだもの」

「なるべく抑えてくださいね」

 

 クッキーを食べながら、向かってくる方向を睨むように見据える叢雲。警戒がそのまま怒りに繋がるため、落ち着くために甘味を補充。

 

「目視で見えました。海風、泥の反応は」

「ありませんね。ちょっと意外なんですけど、泥の塊である龍驤の反応もしないみたいですね」

「妖精さんになったから反応も無くなっているのか、本体の泥はまた別の反応なのか……そこは明石さんに調べてもらいましょう」

 

 ここで水平線の向こうに部隊が見えるところまで来た。先頭は案内役を兼ねている山風に、それをサポートする江風と涼風。いつものように、こちらに大きく手を振る姿が確認出来たため、春雨と海風も小さく手を振る。

 

「いますね、知らないヒトが」

 

 そして、部隊の中央にいたのが、おそらく監査役の艦娘であろう。その後ろに荒潮と吹雪がいることが確認出来たため、消去法としてそうなる。

 

 その2人は、近しい制服を着ているようにも見えたが、色合いが正反対であり、装備がまるで違った。片や大型の艤装を背負った戦艦、片やシンプルな艤装の空母。そして、どう見ても()()()()()()()()()()()()()()

 施設にはジェーナスやリシュリュー、コマンダン・テストのような他国の艦娘だった者もいる。鎮守府には大将の艦娘としてサラトガも滞在中。雰囲気はその者達と近いが、国が違うのか、中間棲姫が言うように非常に真面目そうな雰囲気であった。

 

「……敵視はしていないようですけど、本当に味方なのかという疑問は持っていますね、あの目は。私達は戦場にいましたけど、姉姫様はここで初めて姿を見ることになるはずですし」

「それは仕方ないわよねぇ。誰だってそうなんだもの」

 

 初めてこの島を発見した時のことを思い出して、海風は少し恥ずかしそうに目を逸らした。突発的に主砲を乱射し、中間棲姫の甲板に全て防がれたのは苦い思い出である。

 

 中間棲姫としては、その2人の視線はその時の海風に近いものであると感じた。懐疑的な、まだ味方とは認めていないぞと訴えてきているような目。ここで見たものが全てなのだと割り切っている目。

 しかし、その視線は映像に映っていないものに対するものであり、春雨や叢雲には比較的信用しているような感情を乗せていた。

 

「……姉姫さん、予定通り、到着」

「いらっしゃいませ。そちらの吹雪ちゃんは、顔は合わせているけど、こうやって直に会うのは初めてねぇ」

「はい、ご無沙汰しています。司令官──大将がよろしくと話していました」

 

 まずは顔は知っていても初来島の吹雪から。話を聞かなくても、この島のことは知っているため、見た目は深海棲艦でも心優しい姫であることは理解済み。当たり前のように前に進み出て、握手を求めた。中間棲姫も一切躊躇なくその手を握る。

 

「貴女達が監査という子でいいのかしらぁ?」

 

 そして、未だ前に出ようとはしない新規の2人。目の前に深海棲艦、しかも強力な力を持つ姫だけならまだしも、戦史を知る者ならば誰でも知っている最悪の姫、中間棲姫がいるのだ。怖気付いているわけでなくとも、警戒して一歩踏み出せないのは仕方のないこと。

 さらにいえば、その中間棲姫がやたらとおっとりしており、ニコニコ笑顔で吹雪に対応しているのだから、知らない者が見れば逆に怖く感じてしまうのも無理はない。

 勿論、ここに来る前に、山風達がさんざん教えている。ここは()()()()()()なのだ、主人である中間棲姫は()()()()()()なのだ、と。聞かされていても驚いたようだが、現物を見たことでさらに驚いている。

 

「え、ええ、ごめんなさい、少々驚いてしまったわ。事前に聞いていても、中間棲姫が目の前にいると緊張してしまうものなんだもの。無礼だったらごめんなさい」

 

 片方の戦艦が、帽子を脱いで一礼。

 

「私はBismarck(ビスマルク)Aufsichtsrat(監査役)として、ここに馳せ参じたわ」

「同じく、Aufsichtsrat(監査役)Graf Zeppelin(グラーフ・ツェッペリン)だ。よろしく頼む」

 

 ビスマルクの隣に立つ空母──グラーフ・ツェッペリンも帽子を脱いで一礼。

 

 2人とも監査役として非常に真面目で礼儀正しく、背筋もシャンと伸びているクールな印象。故郷が同じらしく顔立ちも似ているが、姉妹でも何でもないとのこと。艦種が違うのだからそういう繋がりは無い模様。

 

「話には聞いていたけれど、実際に顔を突き合わせるとなると、どうしても複雑な心境ね」

「我々は、というか全ての艦娘は、深海棲艦は敵性生物であるという認識しか無いのでな。申し訳ないが、警戒だけはしていた」

「でも、話す姿を見ればある程度はわかるわ。姉姫だったかしら。貴女は普通の人間よりも()()()()()ヒトね」

 

 警戒心は解いていないものの、中間棲姫がどういう存在かは、こうやって直接会えばわかったようだ。

 

 この2人は監査としての仕事をそれなりにやっているようで、いわゆるブラック鎮守府もいくつか目にしているという。

 以前叢雲が生活していた鎮守府のような、艦娘を蔑ろにするような提督は、少数ではあるもののまだまだいなくはならないようで、吹雪もそうだが、手分けをして取り締まっている。この2人は、むしろこの2人が所属する鎮守府は、そういう仕事を受け持つこともそれなりにあるようである。

 

「私はヒトの目がいいと自負しているけれど、第一印象はとても良いわ。でもごめんなさいね、これも仕事だから、見るべき場所はキッチリ見させてもらうわ」

「ええ、問題ないわぁ。私達には疚しいところは何も無いからねぇ」

「勿論、ここでのVerbot(禁則)はちゃんと守らせてもらう。こちらだって、貴女達と敵対したいわけじゃないもの」

 

 ビスマルクが握手を求め、中間棲姫がそれに応じる。その手は温かく、その色素から冷たい印象が強い深海棲艦とは思えなかった。

 

 一方、グラーフ・ツェッペリンは春雨に目を向けていた。見られたことで軽く警戒はするものの、そこに敵対の意思が無いことはすぐにわかる。直感を使わずとも、自分に対して悪い感情を持っていないことは火を見るより明らか。

 

「貴女がハルサメか」

「はい、私が春雨です。何でも、私達の戦いを映像として見ていただけたようですが」

「ああ、見させてもらった。苦しい戦いであることはすぐにわかった。それを戦い抜いた貴女達を、私は尊敬しよう」

 

 少し腰を下ろし、春雨の前に膝をつく。突然そんなことをされたので、流石の春雨も小さく驚いた。

 

「特にハルサメ、貴女には高潔な魂を感じた。仲間を救うために奔走し、その類稀なる力を発揮し、救えなかった者にもその境遇を悲しんだ。それは深海棲艦という種族なんて関係ない。貴女が優しく、強い心を持っているからこその行動だろう。それに私は、敬意を表させてもらおう」

 

 おもむろに春雨の手を取ると、軽く口をつけて敬意を表した。そんなことをされたことがない春雨はギョッとした顔をしつつも顔を赤らめる。そしてその横の海風が大きく目を見開いた。

 グラーフ・ツェッペリンとしては、これが最大級の敬意。それを行動に示すことによって自分の気持ちを相手に伝える。あちらのお国柄ではそれが普通なのかもしれないが、春雨には驚き以外ない。

 

「な、ななな、何を突然やってるんです!? 偉大なる春雨姉さんに敬意を表するのはわかりますし、そういうことをしたくなるほどに神々しいのも理解していますが、姉さんの許可を取らずに突然、き、キスとか、それはどうなんですか!? なんて羨まし、違う、とんでもないことをしてくれるんですか! 春雨姉さんの手は純粋にして潔白、おいそれと初見の方が触れていいものではなく、ましてやキスだなんて、ど、どういう神経を!?」

 

 海風が捲し立てるものの、グラーフ・ツェッペリンは何を驚いているのかがわかっていない様子。

 

「我が国ではこれくらいが普通なのだが」

「普通ではないわよ。でも、やらないことは無いってくらいね。それくらい、グラーフはハルサメに対して敬意を表しているということを知ってもらいたいわ。あの戦いの映像、私もハルサメに対しては驚いたもの。艦娘の中でも、あそこまで出来る者はなかなかいないわ」

「ああ、命を救うために奔走する姿は、Walküre(戦乙女)と評しても差し支えないだろう。そんな貴女達と共に戦えることを誇りに思う。我々が貴女達の決戦に参加出来るかは別として、同じWerden()を持つことは喜ばしい限りだ」

 

 春雨をさんざん持ち上げられているので、海風としては悪い気分では無い。あの映像、その戦いが、大本営の心すらも動かしていることは、過去最高に興奮し、喜んだことである。その代表としてこの2人が春雨を褒め称えてくれているのだから、むしろ喜びで小躍りしてもいいくらいである。

 だが、どうしても敬意の表し方がダメだったようで、敵意とは言わずとも警戒心だけは嫌でも強くなった。

 

 

 

 

 監査の始まりは前途多難ではあるものの、施設に対しては好印象のようである。

 




ドイツ人は規律を重んじるイメージが強いので、監査役として持ってこいだと思います。
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