空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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割り切る方法

 施設を監査する者として、ビスマルクとグラーフ・ツェッペリンが来島。最初は警戒していたものの、ビスマルクは中間棲姫と直に顔を合わせたことで、その本質を理解。グラーフ・ツェッペリンも戦いの映像で見ていた春雨に敬意を表した。

 その表し方で一悶着あったものの、そのままでは話が進まないので、その原因となりかけている海風には少し抑えてもらって、本来やらねばならないことを始めていくこととなった。グラーフ・ツェッペリンに対して最大級の警戒をしているようだが。

 

「そういえば、龍驤ちゃんも来ているのよねぇ?」

 

 監査の前に、ここに来ている者達の中でまだ顔を出していない者のことを振る中間棲姫。その名前に、ようやく気を取り戻した春雨と甘味で心を落ち着けている叢雲はピクリと反応する。

 目の前にいるのはあくまでも艦娘のみ。そのうちの誰かに、RJシステムが搭載されている。つまり、龍驤がこの場にいるわけだ。

 

「……あたしが装備してる。でも、顔を合わせるのが怖いからって、髪の毛の中に隠れてる……」

 

 この中でも特に髪の長い山風が龍驤を装備しているようで、今は結んでいる髪の裏側に隠れているという。自分から会いに行くと決意したものの、この場に来てからは一言も発するどころか、表に出ることにも抵抗がある様子。

 決意は出来たとしても、勇気が出ないようだった。その辺りは悪性が善性に反転したことが、そういうところにも影響を与えているようだった。敵対している時の慢心が嘘のように消え、逆に慎重に慎重を重ねるようになったことで、こういう場で本当に出ていいのかを窺っている。

 

「ウチが自分で来る言うたけど、その、な。尻込んでしもうて」

「……顔を合わせるって言ったのは、龍驤」

 

 山風が自分の髪の中に手を突っ込むと、何かを探すようにゴソゴソと動かした後、妖精さんくらいのものを摘み上げてみんなの前に差し出す。そこには画面越しでも見た、手の平サイズになった龍驤がいた。

 こうなっていることは知っているし、動いているところも見ている。話す言葉だって聞いている。それなのに、現物がここにいるとなると、感覚が大分変わる。山風達は先んじて慣らしているものの、施設にいる者達は通信で少し話しただけ。黒幕の情報を聞き出し、そして謝罪されたくらいで、世間話などが出来るような関係ではない。

 

 ビスマルクとグラーフ・ツェッペリンも、ここに来るまでにある程度の知識は手に入れている。施設の者達や鎮守府に所属する者にトラウマを植え付けた宿敵の()()()()()であり、特に春雨や叢雲は怒りを溢れさせているために龍驤に対しては大きな感情を抱いていることも。

 

「や、山風、すまんのやけど、手の平に置いてもらってもええか」

「……ん」

 

 掲げるように龍驤をみんなの前に出す。ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。

 

「……何度謝っても意味がないのはわかっとる。ウチの罪は何をしても軽くなるわけがあらへん。誠意がないと言われても仕方ないと思う。でも、言わんよりは言った方がええと思っとる。だから、何度でも言わせてほしい。今まで、ホンマに申し訳なかった」

 

 山風の手の平の上で土下座。画面越しに見たそれと同じように、謝罪の意を込めて。

 龍驤のこの謝罪は、本心からであることは見てわかる。春雨としては、直感的にもこれは()()()()言葉であることは理解出来た。それでも心が騒つくのは、怒りが溢れた根本的な理由を持っているから。

 

「許す許さないじゃないです。貴女はもう、あの龍驤ではないんですから。貴女は別人です」

 

 春雨は拳を強く握りながら、割り切るように口にした。全ての要素が反転したのだから、悪性の龍驤はこの世を去り、善性の龍驤が生まれた。ならば、もう怒りを向ける相手ではない。そう考えることで、どうにか理性を掴み取る。

 そうで無ければ手を出してしまいかねない。本心からの謝罪をしている相手に対して、それだけでは気が済まないと半殺しにしていた可能性があった。それくらいに、春雨は限界に近かった。

 それを抑え込むため、海風がその握り拳を包み込むように手を添えた。それだけでも多少は落ち着くことが出来る。春雨に必要なのは、姉妹の温もり。

 

「私は知らない相手に対して腹を立てるような理不尽な怒りは持ちたくありません。ですが、いくつかお願いを聞いてもらえると助かります」

「なんでも言うてや。あの時は海風に言われて服を替えたけど、他に何かあれば」

「髪型も変えてもらえますか。貴女から龍驤の要素を極力排除してください」

 

 声を変えることなんて出来ないし、その特徴的な口調も簡単にはいかないだろうからそれは問わない。その分、見た目を確実に変えてもらいたいという願い。

 画面越しの時はまだ耐えられたが、直に見たら耐えられなかった。服が違ったところで、()()龍驤であると意識させられるのはやはり見た目。

 

「ああ、わかった。これでええか」

 

 いつもは髪を2つに結んでいる龍驤だが、春雨の願いを叶えるために、ただ髪を下ろすだけとした。それだけでも随分と印象が変わり、龍驤かどうかを判断出来る手段が、声を聞くことだけになった。

 それだけでも春雨は幾分か怒りが引っ込むような感覚を覚えた。視覚的な苛立ちはやはりあったようで、それが失われれば耐えられる範囲に。

 

「次、貴女は気が済むかもしれませんが、どれだけ謝られても何も変わらないのなら、もう謝るのはやめてください。貴女だって、私達と顔を合わせる度に土下座するのは疲れるでしょう。身も心も」

 

 龍驤としては、それに対して返答は出来なかった。Yesと答えたら誠意が無いように思え、Noと答えたら春雨を否定することになる。どちらも龍驤としては選択出来ないものだったため、答えを有耶無耶にした。

 春雨としても、少し意地悪なことを話したなと感じていた。そして、それに対してベストな対応をしたとも。龍驤は、本当にあの時の龍驤では無いのだと、改めて理解した。

 

「最後に、私達の仲間として活動してくれるのなら、後ろ向きな発言は控えてください。士気が下がりますので。まぁこれは謝るなと同じところに入ると思いますが」

「……せやな。士気を下げるんはええことや無い。無理してでも明るく振る舞わせてもらうわ」

「私はそれで問題ありませんので。他のヒトが同じことを言うかはわかりませんが」

 

 小さく顎であちらを見ろと促す。そちらでは、溢れる怒りを甘味でどうにか抑えつけている叢雲の姿。龍驤に対して向ける目は止まることのない苛立ちに染まり、いつ握り潰してやろうかとタイミングを計っているようにすら思えた。

 

「……ウチはなんて言えばいいのかはわからへん。誰も彼もを傷付けてきとるからな。だから、誰も彼もから傷付けられる覚悟は出来とる。気が済むまで何をしてくれても構わんよ。気が済まんならいつまでもやってくれ。ウチからはそれしか言えん」

 

 何かを悟ったような言葉に、叢雲は見せつけるように大きく溜息を吐いた。それで怒りが抜けるわけではないし、むしろそんなことをすればするほど怒りは増していくのが目に見えている。

 だからこそ、叢雲は一つの選択をした。ここに来た当初ならば、まず間違いなく間髪容れずに龍驤を握り潰していただろうが、成長した叢雲には選択をするだけの理性がある。

 

「私はね、何に対しても腹が立つの。残念ながらそういうカタチになっちゃってるから。当然アンタにも腹が立つし、他のモノにも腹が立つ。だったら、アンタなんて他のモノと同じってことよ。いちいちそれに対して行動するだなんて無駄。余計な体力使いたくないわね」

 

 本当は、龍驤を握り潰したくて仕方ないのだろうが、ここはギリギリのところで我慢した。甘味があるからまだマシというのもあるかもしれないが、叢雲も本当に怒りを向けるべき相手くらいは見定められている。そうでなければ、白露や古鷹に対してもっと攻撃的になっていてもおかしくない。

 故に、叢雲はその2人に対して言ったことを龍驤にも言う。再洗脳と調整によって本来の心を模している龍驤ならば、叢雲の言葉を正しく受け取ることが出来るはず。

 

「だから、アンタは私に誠実であることを証明し続けなさい。言動に嘘はつくな。隠し事をするな。本心のままに行動しろ。それで少しでも疑問を持ったら、私がアンタを痛めつける」

 

 白露の時と全く同じ言葉。叢雲の割り切り方はいつもコレになるが、それで割り切れるのならば、何度も同じ手段を使っても問題ないだろう。

 怒りの矛先は、黒幕のみに絞られている。ならば、龍驤に構っているのは時間の無駄だし体力の無駄。

 

「弱者を痛めつける程、私は歪んでいないの。そうなったアンタを一方的に嬲るだなんて、私のプライドが許さない」

「……そうか、そうなんやな。ほんま、優しい奴らやで」

「優しくなんてないわよ。少しでも気に入らないことがあったら、私はアンタを潰す。いつでも命を狙われてると思いなさい。それがアンタに対して私が課すことが出来る罰よ」

 

 舌打ちをしながら目を逸らすが、譲歩も譲歩。怒りをどうにか抑え込んで、大惨事にせずに済ませたのは、叢雲に正しく芽生えた優しさの一端。この施設での生活は、間違いなくいい方向に向かっている。

 

 この一連の流れを見せられ、監査役のビスマルクとグラーフ・ツェッペリンは、ここにいる者達がどういう存在なのかを理解することが出来た。

 事前の情報として、一部の者は心が壊れていると聞いている。敬意を表した春雨だって、本来の性格が歪むほどの壊れ方をしている。叢雲もわかりやすく苛立ちを隠さないのだから、やはり壊れている一端が見えた。海風はさらに顕著。

 

「姉姫、貴女がこの子達を管理しているのかしら」

 

 ビスマルクが何気なく中間棲姫に問う。それに対して、

 

「管理じゃなくて保護よぉ」

 

 すぐにこう返す。管理だとここに住まう者達に自由が無くなるイメージがあるが、保護ならば一緒に暮らしているというイメージになる。

 あくまでも、ここにいる溢れた艦娘達は、この施設を自分の居場所として考え、自由気ままに生活しているに過ぎない。自主的にここにいるのだから、管理しているわけではないのだ。

 

「なるほど。少し考えを改めさせてもらうわ。正直なことを言うと、私はこの施設を心が壊れて暴走の危険性のある元艦娘を管理するものだと思っていたわ。でも、本当は共存している保護施設ということなのね。貴女の性格ならば、それだけでも信用に値するわ」

「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわねぇ。ここにいる子はみんな優しくて強い子ばかりだから、安心してちょうだいねぇ」

「ええ、今のやりとりだけでも充分に理解出来た。おそらくだけれど、この2人が一番()()()()()んじゃないかしら」

 

 怒りが溢れている2人が、最も尖っているのは間違いでは無いだろう。春雨はここ最近だが、叢雲は最初からコレなので、ある意味最も扱いが難しい存在ではある。

 それがまともに生活出来ているのだから、この施設の存在は大成功であると言えるだろう。ここが無ければ、溢れた艦娘達は路頭に迷い、それこそ侵略者気質を発現させて、人類の敵になっていたかもしれない。それが抑え込めているだけでも、この施設は成功していると言える。

 

「私もちょっと安心しましたよ」

 

 そこに割り込んでくるのは吹雪。画面越しでしか見ていなかった施設の全容の一端を目の当たりにして、大将が入れ込んでも問題ない場所であることを再認識した。

 それに、吹雪にはもう一つ気になっていたことがあった。

 

「叢雲ちゃん、一応私の妹なので、話を聞いていると結構ハラハラしたんですよね。協調性が無いんじゃないかなって。でも、今のを見て大丈夫だって確信しました。薄雲ちゃんも手綱を握れているようですし」

 

 妹達がここにいるということはずっと前から知っていたわけだが、ここで龍驤に対して怒りを露わにしなかったことで、安心して任せられると感じたようだ。

 

「聞こえてるわよ吹雪」

「お姉ちゃんって呼んでほしいなぁ」

「喧しいわよ。姉なら姉らしくしてみなさい」

 

 こんな問答でも、吹雪はニコニコ。叢雲は溜息。それを見守る薄雲も、和やかな空気だと笑顔を見せた。

 

 

 

 

 龍驤との関係も、今のところは安心出来るくらいにはなった。かなり無理矢理ギスギス感を取り払った感じにはなったものの、それで割り切れるのなら良しとする。

 春雨と叢雲は、ひとまず龍驤に対しては怒り以外の感情で接することが出来るだろう。

 




龍驤もひとまずは受け入れられました。強引ではありますが、むしろ優しくされることが償いに繋がるかもしれません。
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