昼食が終了し、大人組の情報交換会もそのまま終了。姉妹姫と戦艦棲姫の話は、金剛と千歳千代田姉妹がしっかりと聞き入れ、深海棲艦からしても未知の存在を必ず伝えると約束した。
ここに来るのは初めてである金剛は、そのコミュニケーション能力のおかげで、施設の長である中間棲姫と飛行場姫ととても仲良くなっており、先に来ていた千歳と千代田も呆気に取られる程であった。
その頃、その情報交換会の裏側で行なわれていたピクニック感覚の食事会も終了。海風は春雨と共に食事をすることで、壊れかけた心が今まで以上に癒されていた。
海風だけではなく、山風達海風の妹も、他の元艦娘達とはいい具合に仲良くなっていた。そういう時はジェーナスが中心となり、次々と会話を拡げていき、常に誰かしらが話している環境を作り上げていた程である。
「いやぁ、ただ飯を食ってるだけなのに、すっげぇ楽しンじまったなぁ」
「おにぎりもやけに美味く感じたよ。またこうやって話しながら食いたいもんだねぇ」
江風と涼風もご満悦。海風が元気になっていくところを見ているのも楽しめた要素の1つのようである。
「……海風姉……楽しそうだったね」
「そうかな……うん、そうね。楽しかった。姉さんともいっぱい話せたし、施設の人達とも随分仲良くなれたもの。ここは本当に……その、癒されるから」
「……良かった」
心底安心している山風。海風のことを一番心配しているのは、間違いなく山風である。ここでの海風の癒しは山風にとっても有益であり、不安の種を取り除くために必要なことであった。
その姿に松竹姉妹が反応しないのは、純粋に姉妹として気にかけているからだろう。海風は少し違う。尊敬からの心情ではなく、姉妹としての心情。
「私も沢山話せて楽しかった。海風、また来てね」
「はい、是非とも。またこうやって話したいですから」
「だね。私達はここから動かないから、いつでも来てね」
春雨も海風達がここに来るのはとても嬉しく、壊れた心に温かいものが染み渡るような感覚を得ている。ただ話すだけでも気分が良く、一緒にいるという実感がより身体に力を与えてくれた。
春雨としては、出来ればずっとここにいてほしいとすら思えていた。しかし、自分は深海棲艦であり、海風達は艦娘。関係性を現状維持にしてもいいとされているとしても、種族の違いはまだまだ超えられない。いくらそうなる前は姉妹だったとしても、今は完全な別物になってしまっているのだ。
ほんのりと、寂しさが膨らんできた。発作を起こすほどでは無いが、気分が良いものではなかった。帰したくない。ずっと側にいてほしい。そんな気持ちが少しずつ芽生えてくる。
だが、春雨は我慢した。それは確実に迷惑をかける言動だ。心が壊れていようが、艦娘としての考え方が残っているため、ちゃんと自制が利いた。
「Hey、海風ぇー! こっちの話も終わったデース!」
「わかりました。そろそろ帰投ですね」
金剛達が施設から出てきたことで、全てがお開きとなる。寂しさはさらに増したが、どうにか我慢した。
「姉さん、また来ます。必ず」
「うん、待ってる。気をつけてね」
「はい、勿論。姉さん達の仇を討つためにも」
姉という言葉に反応しかけるが、ここも我慢する。迷惑はかけられない。その気持ちを強く持って、どうにか。
それに気付いたか、薄雲とジェーナスがさりげなく春雨の隣に立った。松竹姉妹や伊47も一緒。妹達とは離れ離れになるが、自分達が代わりにいるぞと言わんばかりに。
「皆さんも、姉さんをよろしくお願いします」
「任せて! ハルサメは友達だから、ちゃんと守り続けるわ!」
「おはようからおやすみまで、春雨ちゃんには私達がついてるからね」
ジェーナスは胸をドンと張り、薄雲は春雨の手を軽く握る。それだけで、寂しさは少しだけ緩和された。
「俺達もいるからよ。安心してくれよな」
「そうそう、みんなが手を取り合って生きているから、ずっと大丈夫よ」
松竹姉妹も後ろから親指を立てた。任せろという気持ちがハッキリと出た、最も単純でわかりやすい行動である。
伊47も無言ながら手を振ってアピールしていた。こちらも幸せアレルギーが少し危ないところまで来ていたが、せっかくのお客様なのだからと少し我慢していた。振っていない方の手は、小さく震えている。
「よかった。姉さんはここでも楽しめているんですね」
「うん、勿論。みんなのおかげで。だからさ、改めてまた来てよ」
「はい、それではまた」
これを最後の挨拶として、金剛達と合流。そのまま施設から発つことになった。金剛も大きく手を振って、満面の笑みで海へと戻っていく。また来るとしっかり約束して、ギリギリまで手を振っていてくれた。
水平線の向こう側に姿が消えるまでずっと見守り、あちらからも施設が見えなくなったところで、カハッと大きく息を吐いた。発作を耐えるのにも限界に来ていた。
今まで気丈に振る舞っていたのが嘘のように崩れ、自分を抱きしめるように腕を組んでから膝をつく。もう震えが自分で止められそうにないようで、蹲って。
「っあ……寂しい……寂しいよ……もっと、もっと話していたいのに……嫌、嫌だ、独りは嫌ぁ……」
「大丈夫、大丈夫よ。ハルサメ、あの子達はまた来てくれるし、今は私達がいるもの。独りじゃ無いわ」
ジェーナスを中心に、発作を起こした春雨を慰めていく。春雨の頑張りはみんながよく理解しているので、囲むように陣取って独りではないことを証明していった。
「姉姫達が来てくれるまでは、私達でなんとかしましょ。これだけいれば充分だもの。ね?」
「うん、そうだね。春雨ちゃんの友達なんだから、みんなで仲良くしないとね」
ジェーナスと薄雲が両サイドから抱きつくことで、温もりを与えていく。包容力は姉妹姫には及ばないものの、同世代の友人の温もりをというのが大きく、春雨は徐々に落ち着いていった。
「見守っててやるのも、友達だもんな」
「ええ、私達はただ受け入れてあげるのが一番よ。受け入れてもらっているんだから」
流石に松竹姉妹まで囲うのは春雨が大変なことになってしまいそうなので控えていた。4人で抱きついても逆効果になりかねない。
「ヨナさんは大丈夫? さっきもギリギリだったと思うけど……」
「……ありゃ? ヨナがいねぇ。まぁ自分の身は自分が一番わかってるはずだもんな。大変だよなぁ幸せアレルギーってのは」
伊47もギリギリだったが、申し訳ないと思いながらも早々にここから離れていたようだ。これ以上の幸せを感じたら、最悪春雨よりも酷い発作に苛まれることになる。彼女にとって、これは英断だった。
「うし、じゃあ春雨の傍にいてやらないとな。大丈夫、独りじゃあ無いぜ」
「そうよ、春雨さん。私達はいつでも傍にいるからね」
抱きつきはしないが、松竹姉妹も春雨に存在をアピールし、孤独を払拭させることに尽力した。
一方、帰路に就いた艦娘の部隊。金剛達大人組が姉妹姫と戦艦棲姫から聞いた謎の深海棲艦についての話を、帰りながらも共有していた。
対談の時のようにビデオ通話は出来ないが、通信機器は持っているため、施設から離れたところで鎮守府とも連絡を取り、金剛の口から語られるその話を全員で聞いていく。
とは言っても、通信出来るのは隊長である海風のみ。通信機器を一旦金剛に貸してからのことになる。
『なるほど、やはり謎の深海棲艦はいたということだね』
「Yes. あちらでもわからない個体だそうデース。それを
部隊の中でも満場一致。駆逐隊が消息不明になったのは、その謎の深海棲艦が原因と見てもいいと考えている。春雨に話が聞けないので何とも言えないが、関係者である可能性は高い。
その謎の深海棲艦が駆逐艦叢雲に近い外見をしているということも、何かしらの繋がりがあるのではという話にもなってきた。それこそ、黒い繭による深海棲艦化で、適切な処置をされなかった結果、強大な力を持ったにもかかわらず、周囲の艦娘達に怒りと恨みを振りまくような存在になってしまっているのかもしれないと。
「場所は聞いてマース。私としては、主力部隊を使った
『そうだね。金剛の意見を採用しよう。今日はこのまま帰ってきてもらって、明日から全力で調査をした方が良さそうだ』
「Yes. その時は、私も力を貸しマース。みんなで力を合わせて、解決に向かいまショウ!」
その話を聞きながら、海風もやる気に満ち満ちていた。関係者ならば仇と同罪。話が出来るのなら、姉達を奪った張本人の居場所を聞き出して、この手で決着をつける。
少々黒い思考がついて回っているのも、海風の心が壊れかけている証拠だった。普段の優しい真面目な性格が、この事件のことになると薄れてしまうのだ。仕方ないにしても、妹達からしてみれば戦々恐々である。
「……海風姉……落ち着いてね」
「わかってる。これでも落ち着いてるつもり」
春雨との再会をする前よりは格段に落ち着いているため、山風もそれで一歩退く。だが、不安は取り除けない。いつか本当に壊れてしまうかもしれないと思うと、山風の方も胃がキリキリとしそうだった。
「それでは、このまま帰投しマース。朗報を待っててくだサーイ」
『ああ、楽し……てる……』
突然、通信の音声が不安定になった。ザリザリとノイズが走り、まるで電波妨害を受けているかのような状態に。話の最後ではあったのだが、今までに無かったことなので、すぐに通信を切ることはしなかった。
「提督ぅー? 私の声、聞こえてマスか?」
『少々聞こえ……いよう……何か……』
これを最後に通信が切れた。その瞬間、金剛の顔が真剣そのものに。
「おかしいデスね。こんな海の真ん中で障害が起きるなんて……皆サン、警戒してくだサイ。何か嫌な予感がしマス」
今までの経験上、こういうときには何かあると感じた金剛は、その場で全員に警戒態勢を指示した。常に電波良好な通信機器にノイズが走るだなんて、今までに無い。戦闘中でも破壊されない限りはまともに会話が出来たものである。
外部から干渉されている以外に考えられない状況だった。しかし、ここは周囲に何もない海のど真ん中。それこそ、姉妹姫の施設と同じ、むしろそれ以上に何もない場所。
「……哨戒機から報告。深海棲艦を発見……数は1」
千歳が艦載機からの報告を告げた。たった1体とはいえ、深海棲艦が見つかったらしい。しかし、そこからの様子がおかしい。
「……今までのデータベースとは照合出来ない、未知の個体と推測……ですって?」
「オイオイオイ、そりゃもしかして……」
「こっちでも確認! 多分、千歳お姉と同じ個体!」
千代田の艦載機からも同じ報告が来たようだ。やはりたった1体であり、謎の深海棲艦が近くにいる。
「撤退デス。そいつに見つからないように、最大戦速で鎮守府に向かいマス。海風、いいデスね?」
「……倒さないんですか」
「やまやまデスが。私達の装備は戦える装備デス。でも、今は情報を届けることが先決デス。もし、万が一、その未知の個体に私達が全滅させられたら、あの子達の二の舞になりマス。それだけは避けなくちゃいけない」
ただでさえ電波障害が引き起こされ、提督と連絡が出来ない状態だ。言ってしまえば、駆逐隊が消息不明になった時と同じ状況。ならば、同じようにやられるのは絶対に避けなくてはいけない。
「戦うことも大事デス。海の平和のためにはそれが一番デショウ。でも、それよりも大切なのは、命なんデスよ。死んだら元も子もないデス。それはわかりマスね?」
「……でも」
「少なくとも私は、こんな状況でヴァルハラに行くのは嫌デスね。万全な態勢で、全力でぶつかって、それで惜しくもというのなら、それが運命デース。受け入れマショウ。でも、今は違う。私達は、イイ深海棲艦との交流をして、世界の平和に向けて進んでいるところなんデスよ。だから海風、ここは折れてくだサイ」
まだ不服そうではあったが、わかりましたと小さく呟いて、金剛に従った。隊長権限として全員に突撃を指示しそうではあったが、命が大切なのは海風自身も理解している。自分1人ならまだしも、他の者の命を背負っているのだ。
施設で癒されていなければ、まず間違いなく突撃を選択していただろう。そこは、姉妹姫達に感謝している。
「撤退です。すぐに、急いで!」
「……ダメ、あっちの方が速い!」
千歳が叫んだ時点で、もう視界に
ボロボロの服を身に纏った、見たことのない深海棲艦だった。