「それじゃ、ここからは本来の仕事を始めてもよかったかしら」
龍驤との関係がひとまず軟化したところで、ビスマルクが本題に入る。ここに来た理由は、龍驤の件もあるにはあるが、本来は施設の監査。この時点でおおよその信用は得ているのだが、規律としてちゃんと施設内を見て回らなければならない。
今見えているのは島の岸だけ。ここまで来て無いとは思うが、施設の中によろしくないモノがあったり、他に保護されている者達に敵対の意思があったりしたらいけない。ビスマルクがそう語る。
中間棲姫も当然納得している。自分達が潔白であることを示すには、監査役にありのままを見せるのが一番手っ取り早い。ここにいる者達は、隠し事など一切せずに、今までしてきた生活をただ送っているのみであるため、何処をどう見てくれても構わないと施設を開放する。
「案内は姉姫様がしますか?」
「ええ、その方がいいと思うわぁ。ただ、全員で回るのは流石に大人数すぎるわねぇ」
今回来島したのは、山風の頭の上にいる龍驤を除けば7人。そこに案内人である中間棲姫を含んだとしたら、いくらそれなりに広い施設であっても少し窮屈だろう。
山風達調査隊は、監査役が下手なことをしないように監視する役目も担っているのだが、外を見て回るだけならまだしも、室内となると流石に難しいだろう。そのため、代表として山風が便乗することとなった。龍驤に対しても案内が行き届くようにという配慮もある。
ここに春雨と海風がついてきてくれるのなら、山風も満足のいく仕事になったのだろうが、そこは隊長として割り切らざるを得ない。もっと海風と話せる時間が欲しいと内心思いつつも、まずは自分のやるべきことを正しく実行する。そうしていれば、海風に認めてもらえるのだから。
「それじゃあ、江風達はここの連中に別で挨拶してくるよ」
「荒潮はすぐにでも会いに行きたいんじゃないかい?」
「勿論よ〜。今は漁に行ってるかしら〜。それだったら、お手伝いしてもいいなって思うわね〜」
一度別れる江風、涼風、荒潮は、施設の者達との交流に勤しむこととなる。特に荒潮は、ジェーナスと話すことが一番の目的。今この施設のために働いているというのなら、それを手伝ってもいいとさえ話す。
だが、艦娘や深海棲艦からは確実に聞かない言葉が聞こえてきたことで、ビスマルクは首を傾げる。
ここに来るまでに教わっているのは、ここにいる者達に対しての禁則事項。絶対にやってはいけないこと、言ってはいけないことを知っておけばいいということで、この施設で
むしろ、あえて話さなかったまである。この驚く顔を見るために。
「今、漁と言った?」
「ええ、漁をしているわぁ。ここは基本的には自給自足で生活しているんだもの」
「ほう、それは素晴らしいことだ。だが、それだけでは賄えないものもあるのでは?」
「そうねぇ。でも、そういうものは、買い出しに行ってもらってるのよぉ。調味料とか日用品はどうしてもねぇ。勿論、正当な商売でお金を稼いでだから安心してちょうだいねぇ」
吹雪はこのことを大将経由で聞いているため驚くことは無かったが、ビスマルクとグラーフ・ツェッペリンは流石に驚いていた。艦娘であってもそんなことをする者は殆どいないと言ってもいい。
「ちなみに、何を何処で売って生計を?」
「見てもらった方が早いわねぇ。じゃあ、まずはそちらを見てもらいましょうかぁ」
この施設の
その場所は勿論、畑である。
「……穏健派の深海棲艦がいるというのはもう百歩譲るわ。でもね、深海棲艦がジャージ着て農作業している光景は、後にも先にもここでしか見られないわよ」
唖然としながら呟くビスマルク。グラーフ・ツェッペリンも言葉が出ないようである。監査役がそんな表情を見せたことで、江風と涼風は満足げだった。
そこでは当たり前のようにみんなが力を合わせて作物を育てている。今は筆頭として動いているのは松竹姉妹。そこに、艤装を使った重労働がお手のものであるコロラドに、地道な作業を黙々とこなす古鷹、そしてこの作業もトレーニングの一環になると楽しみながら身体を動かす大鳳。
奇しくも、松竹姉妹以外は龍驤の顔見知りの元艦娘達となっていた。見る者が見れば、かつて悪事を働かされていた者の更生施設のようにすら見えてしまう。
「みんな、自分の食べる分は自分で働いて作るのよぉ。私がお願いしているというのもあるけれど、一度始めてくれたら、みんな自主的にお手伝いしてくれるの」
「へぇ……そういう意味では、ここにいる子達は全員、物分かりがいいのね」
「そうねぇ。自分の境遇を悲観していない子ばかりで嬉しいわぁ」
一部どうしても溢れた感情次第で活動に至るまでに時間がかかる者はいるものの、最終的には全員施設のために何かしらの働きを見せているため、そういう意味では物分かりがいい。良い言い方をするのなら、みんな優しく真面目。艦娘としての心を失っていない証拠となる。
「身体は深海棲艦であっても、心は艦娘であるというわけだ。自分を見失っていないのだな」
「ええ、ここに流れ着いてくれれば、確実に処置が出来るのよぉ。逆に、処置が出来ないとどうなってしまうかわからないの。でもね、親身に優しく接していけば、必ず自分を取り戻すことが出来るわぁ。それも実証出来ているしねえぇ」
無論、叢雲のことである。処置が出来ずに心を失っていたところに、薄雲の献身を経て、今の自分を手に入れている。この施設ならば、正気を失った者も状況次第では艦娘の心を取り戻させることが出来るということだ。
だが、そういうことが無いに越したことは無いとも訴えた。叢雲の場合はブラック鎮守府が原因で、全てに対して深い怒りを持つことになっているのだから。不慮の事故ならばまだしも、人間や艦娘のせいで死に至る羽目になるのは、流石に許し難い。
「なるほど、肝に銘じておくわ。私達は、そういう鎮守府を無くすための監査をやっているんだもの。それでも間に合わないことがあるのだから、本当に申し訳ないと思うわ」
「不条理で命を落とす仲間達をなるべく救うのが我々の仕事だ。だが、その目を掻い潜ろうと不要な努力をする者も存在する。不甲斐なく思うさ」
ビスマルクもグラーフ・ツェッペリンも今の仕事に満足をしているのだが、それでも救われない者がいるのだから悔しいと話す。監査を出し抜こうとする小狡さにだけは長けている者もいるようで、そこの艦娘のことを思うと不憫で仕方ないとも。
故に、そんなカタチでこの施設の一員を増やすような真似はしないように、しっかりと監査を続けていくとここで誓った。
「……みんな楽しそうやなぁ。良かったわ、居場所が見つかって」
一方、龍驤は農作業の光景を眺めながらしみじみと呟く。少し前までは自分と一緒に侵蝕され悪事を働かされていた者達が、楽しそうに農作業を続ける様子は、龍驤には眩しく思えたようである。
「……ちゃんと挨拶するといい」
その呟きを間近で聞いた山風は、またもや龍驤を摘み上げて手の平の上に。農作業中の者達の前に突き出すように掲げる。
そのタイミングでちょうど見られていることに気付いたコロラドが、作業状況の報告のために中間棲姫の下へとやってきた。
「総出で雑草取りは終わったわ。
「あらあら、それは良かったわぁ。育つまでは時間がかかるけれど、着実に元に戻って行ってるのは嬉しいわねぇ」
にこやかに話す中間棲姫とコロラドだったが、山風が龍驤を掲げていることに気付くと、その表情は別の方向に変化。
「Wow, もしかしてリュージョー? 本当にちっさくなってるのね。Hey, みんな、リュージョーがいるわよ!」
畑にいる者達全てに聞こえるように大きな声で呼びかけた途端、今やっている作業を止めてまで龍驤を一目見ようと駆け寄ってきた。特に古鷹と大鳳は、あの戦場にも出ている上に、共に侵蝕されて戦っていた仲間だった時期もあるのだから、今の状況が気になるのは当然のこと。
「本当に妖精さんになってる……画面越しに見た時も不思議でしたけど、現実に見るともっと不思議ですね」
「本当に。龍驤、生活に不便は無いですか」
「えっ、あ、ま、まぁ、多少はあるけど、そこまで不便やないな。みんながなんやかんや気にかけてくれとるし」
龍驤に対して怒りの目を向ける者は少なくないが、同じ境遇の者はむしろ同情が多い。一歩間違えれば自分もこうなっていたかもしれないと思うと、むしろ恐怖の方が先立つくらいである。
「春雨、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。割り切ることは出来ています」
「それならよかった。私としては、そちらの方が心配ですから」
大鳳は春雨の方を気にかけていた。
その春雨は、龍驤から龍驤としてわかる部分を排除したことで、大分落ち着いている。これで目の前にあの時のままの龍驤がいたら話が変わっていたかもしれないが、龍驤と呼ばれている別モノとして判断出来るようになっているため、怒りは大分鎮静化している。海風だけでなく、妹達が側にいることも大きい。
「貴女達が監査のヒト達ですか?」
「どうよ、オレ達の畑。結構いい感じだろ」
松竹姉妹は監査役の2人へ。こちらも龍驤に対しては激しい怒りを持っているわけではなく、仲間を傷付けた嫌な奴という印象で止まっているため、元に戻っているのなら他の者と同じ程度で済んでいた。
むしろ、監査として自分達の作り上げた畑についての感想の方が気になっている。これがダメだと言われるなんて思っていなかったが、念のためその口から感想が聞きたいと。
「素晴らしい。自給自足の極致だ。だが、かなり大きな畑のようだが、ここまで食糧を貯め込むのか。人数が多いのは見てわかるが」
「いえ、これは一部は陸に売りに行くんですよ。それで日用品を買い集めて、生活に使っているんです」
「なるほど、先程姉姫が言っていたのはそういうことか。正当な商売をしているというのは」
納得するグラーフ・ツェッペリン。しかし、次に疑問に思うことは、これを
「ウチの野菜は結構人気あるんだってさ。持っていった分は全部売れちまうんだぜ」
「ふむ、それを何処で売っているのだ。ここにいるのは全員が深海棲艦だろう」
「そりゃあ陸だよ。
人間に変装という言葉で、少し表情が変わる。侵略行為では無いが、深海棲艦が当たり前のように上陸しているという事実は、普通に驚くべきこと。
「ビスマルク、これは大丈夫なんだろうか」
「難しいところね。でも、売買をしていても何も言われていないということは、出店の許可は正しく貰っているんでしょ。姉姫、その子達に会っていいかしら。そこはちゃんと聞いておきたいわ」
「ええ、大丈夫よぉ。先に言っておくけれど、ちゃんとそこのルールは守っているわぁ」
中に入るよりも呼んできた方が早いということで、コロラドがサクッと2人を呼んでくることに。全員の前で正しいことをしていると潔白を証明することがベスト。
そして少しして、コロラドが遠征組となる2人を畑まで連れてきた。
「何か御用かしら」
「
やってきたリシュリューとコマンダン・テストの顔を見て、ビスマルクとグラーフ・ツェッペリンは目を丸くする。
「え、あ、貴女、リシュリュー!?」
「コマンダン・テストではないか!」
「あら、Bismarckじゃない。そういえば貴女、監査役だったわね」
「Graf Zeppelin、お久しぶりです。こんな姿で申し訳ありません」
なんと、顔見知りだったのである。
道の駅の出店は、各所によって決められるようなので、リシュコマの向かったところは自由度が非常に高かったということでしょう。珍しい若い女性の出店依頼だったから甘く見てくれたという可能性もあるけども。
支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/99665642
MMDアイキャッチ風潮。結果的にパワータイプの艦娘となった潮は、その拳で全てを粉砕します。艤装を殴り壊す程の存在になるとは思いもしませんでしたね。
【挿絵表示】
過去作には、この潮と非常に共通点が多い子がいました。特型駆逐艦で事件の被害者。黒髪ロングであり、深海棲艦の姫を師匠とした格闘キャラ。