「え、あ、貴女、リシュリュー!?」
「コマンダン・テストではないか!」
「あら、Bismarckじゃない。そういえば貴女、監査役だったわね」
「Graf Zeppelin、お久しぶりです。こんな姿で申し訳ありません」
監査役として来島したビスマルクとグラーフ・ツェッペリン、そして施設に住まう元艦娘リシュリューとコマンダン・テストは、実は顔見知りだったことがこの場で判明した。
ビスマルクとグラーフ・ツェッペリンは、何故ここにいるというような表情で2人を見ていたため、死んだものと考えていた者に出会ったことで驚いていたようである。
対するリシュリューとコマンダン・テストはいつもの雰囲気を崩さない。久しぶりに会った
「あらあら、知り合いだったのかしらぁ」
「知り合いも何も、私達はこの子達と合同作戦や合同演習に参加したくらいの仲よ。手合わせしたことすらあるわ」
「ええ、大体互角だったけれど、ほんの少しだけ貴女の方が強かったのよね。ちゃんと覚えてるわ」
その言葉で、目の前のリシュリューがその時のリシュリューであることに確信を持てた。今でこそ姿は完全に深海棲艦。しかも、リシュリューの要素は色濃く持っているが、大本営や鎮守府では戦艦仏棲姫というコードネームで呼ばれている個体に近しい存在となっているのだが、中身は完璧に艦娘。
過去に自分達の鎮守府と親身にしていた鎮守府に所属していたリシュリュー。演習では互いに戦艦であるということでぶつかり合うことも多く、友情もしっかり育んでいた。
「私もコマンダン・テストとは顔見知りだ。輸送作戦の護衛艦として参加させてもらった時が最初だったか。それ以外にもよく顔を合わせたが」
「Oui. Graf Zeppelinにはお世話になりました。あの頃の私は戦闘能力が低かったので、頼ってばかりでしたね」
こちらも、コマンダン・テストが本人であることを確信。水母水姫というコードネームで呼ばれている個体とほぼ同じ存在となっていても、持っている記憶は当時のままであり、抜けも無ければ間違いもない。
ビスマルクとは違い、主に共同作戦の方で共に戦場に立っていたのがコマンダン・テスト。水上機母艦として、輸送任務を主戦場としていたコマンダン・テストを、正規空母として護っていたのがグラーフ・ツェッペリンである。頻度も高かったので、やはりこちらも非常に仲良くなっていた。
それがわかった分、ここにいることに対して複雑な感情を覚える。ここにいる元艦娘達は、何かしらの感情の溢れがあるからこそ深海棲艦と化し、艦娘では無くなってしまった。それは痛いほど理解出来る。
何故なら、ビスマルクもグラーフ・ツェッペリンも、この2人は
「Ah……Bismarck、貴女の考えていることはわかるわ。Richelieuは
「……ええ、正直なことを言えばそうよ。
ビスマルクが言うその戦いは、今からかなり前のことである。
リシュリューの最期の戦いは、その時猛威を振るっていた深海棲艦の姫の討伐作戦。それまでに幾人も沈められており、強敵であると何処の鎮守府も感じ取っていたところに、出撃命令が言い渡された。
慢心などせず、勿論負けるつもりもない。肉を切らせて骨を断つなんてことも考えず、命を大切にする作戦でその姫を追い詰めようとあと一歩のところまで来たのだが、卑怯とも言えるような不意打ちを受けたことで形勢逆転され、そのまま追い詰められてしまい、リシュリューは沈むこととなった。この卑怯な一撃があったことで、リシュリューは復讐心が溢れている。
「一応聞いておくけれど、あの憎らしい姫はどうなったの?」
「始末したわ。私が、この手で」
「そう、それならよかった」
その仇を取ったのは、他ならぬビスマルクである。リシュリューが沈められたと聞き、自ら戦場に出ることを進言し、辛勝ではあったもののその強敵を還らぬ者とした。
だからと言って、リシュリューから復讐心が失われることは無い。同じ顔の別人であろうと、その姫と同じタイプの存在が目の前に現れた時、簡単に理性が失われてしまうだろう。誰にも止められない鬼と化す。
「コマンダン・テスト、貴女も……」
「はい、ご存知でしょうが、Richelieuと同じ戦場で。同時ではありませんが、同じ姫に沈められています。輸送任務中に、本来いないと考えられていた場所に現れたことで、ですね」
コマンダン・テストも、その姫の部隊に襲撃されて沈んでいる。任務の途中で、想定外なタイミングで、志半ばで斃れてしまったため、生への執着が溢れ出してしまったと言っても過言ではない。
それもあってか、遠征任務、施設の日用品を取り揃える仕事には、誇りを持って取り組んでいる。次こそは失敗しないと常に考えている程である。
「その時にRichelieuとCommandant Testeは今の姿になったの。死の間際に心を壊しながら、ね」
「あの大将から少しだけ聞いているわ。感情を溢れさせたんだって」
「Oui. Richelieuはアレに対する復讐心。Commandant Testeは生への執着。わかりやすいでしょ?」
そうかもしれないが、とビスマルクは複雑な表情を浮かべた。あっけらかんと言ってのける2人は、自らの境遇を憂いていないようで安心は出来るものの、その奥底に復讐心や生への執着を持っていると聞いてしまうと不安になる。
トリガーを引かれれば暴走してしまうという不安定なところは、どうしても危惧しなければならないところだ。一分の隙も無いなんて存在は、何処にもいない。
「それはそうと、Richelieu達が呼び出されたのは何故かしら。貴女達が話があったのよね」
「あ、そ、そうね、そうよ。貴女達、陸に上がって商売をしていると聞いたのだけれど」
「Oui. ここで生活をしていくにしても、足りないものはどうしても出てくるもの」
施設の遠征組が2人揃って陸で何をしているのかを事細かく伝える。聞いている限りでは、何もおかしなことはしていない。出店させてもらっている道の駅も2人を快く受け入れており、むしろ2人が来た時には率先して野菜を買ってくれるまであるほどである。
一部下心があるようにも見えるが、2人ともさらりと躱すのがまた好評なのだとか。
「何もルール違反はしていないし、誰にも危害を加えていない。Richelieu達はこれでも艦娘の心を持ったままだもの。貴女達と一緒に歩いていた時と、中身は変わっていないわ」
「外見は随分と変わってしまいましたが、人間に対する
一部心が壊れていようが、そのトリガーさえ引かれなければ、ほぼ全て艦娘と同じだと話す。
しかし、ここでビスマルクは監査としての言葉を返す。
「それでも、深海棲艦が上陸しているというのが問題なのよね……。まぁ艦娘でも一部身分を隠して人間に紛れて趣味を楽しんでいる子はいるけれども」
その一部というのも、人間と同じような生活を体験してみたいという要望を通す場合が殆ど。例えば、ゲームや漫画などの娯楽や、食やファッションなどの趣味。そのお金だって、鎮守府で活動していることによる正当な
リシュリューとコマンダン・テストが行なっているのは、それの延長線上。自分達で育てた野菜を、自分達の手で、そこのルールに則って販売し利益を得ている。それもどちらかといえば生活をするための手段だ。
問題点は全て、
この施設には、世界中の海を旅して、人間のファッションに興味を持った挙句、ウィンドウショッピングが趣味となっている戦艦棲姫すらいる。その辺りを知ったらどんな反応をするのだろうか。
「逆に言えば、軍規に縛られていない私達を止めることは出来ない、ということですか?」
コマンダン・テストがとんでもないことを言い出したが、ビスマルクとしてはそこで頷かざるを得なかった。
しかし、だからこそ、ここでしっかりと管理しておかなくては無法地帯になりかねない。人間側には内密にするにしても、鎮守府側は把握しておく必要は確実にある。
「正直困ってるわよ。昔の誼みで許可してあげたいのは山々だけれど、規律に無いからといってスルーするのはそれはそれで問題なんだもの」
「貴女は本当に昔から真面目よね。でも、それが貴女らしさでもあるわ」
クスクスと笑うリシュリュー。そんな笑顔も昔のままだとビスマルクは感じていた。深海棲艦と化しても、リシュリューの本質は何も変わっていない。
「でもね、Bismarck。これを止められると、この施設はそのまま潰れて行ってしまうわ。それを貴女が許せるかしら」
「……貴女、昔からそうだけど、ちょっとズルいところあるわよね」
「ふふ、そういうものなのよ、Richelieuは」
こういうところを見ると、この2人はこうなる前から相当に仲が良かったのだろうとわかる。
「ビスマルク、私としては、今はそれについては後にしてもいいと思う。少なくとも、この施設は人間に対して敵対するようなことはなく、自給自足にて誰にも迷惑をかけることなく生活しようとしているのはわかった」
「そう、そうね。私達が独断で決めることは出来ないわ。他を見て回った後、改めて考えることにしましょう」
考えるのをやめたわけではなく、今この場で唸っていても時間ばかりを浪費するだけであるため、後に回してまずは仕事を終わらせることに専念しようということ。
考えるのは自分だけでは無い。こういうことがあったのだと自分の上司に伝えて一緒に考えてもらう方がいい。それこそ、偏った考えに辿り着いてしまったら監査の意味もない。
昔馴染みと久しぶりに会えたという思いが、ここでの判断を鈍らせる。それをどうにかするのは、時間だ。
「気を取り直して。姉姫、この畑に関しては、素晴らしいものであると私も感じたわ。グラーフの言っていた通り、自給自足の極致。食い扶持を自ら作り上げ、外のモノに迷惑をかけないようにしているのは素晴らしいと思う。侵略者というイメージが強い深海棲艦からこれほどのモノが生まれているとなると、考えを改める必要があるわね」
みんなで力を合わせて作っている畑を監査に認められたことで、一番喜んだのは松竹姉妹かもしれない。
「陸での売買に関しては少し置いておく。それを踏まえなければ、この施設の評価は今のところかなり高いわ。人間でもここまで徹底しているところは少ないしね」
「それは嬉しいわぁ」
まだ見て回っている場所は1つ目とはいえ、高評価なのが嬉しくないわけがなかった。施設を認められるということは、自分が認められると言ってもいい程。
「それじゃあ、他のところも見せてもらうわ。リシュリュー、コマンダン・テスト、話はまた後からしましょう。次は監査とか関係ない、世間話でもね」
「いいわね、そうしましょ。お茶くらい淹れるわ」
「コマンダン・テスト、私も貴女とはまた話がしたい。構わないだろうか」
「Oui. 私も、それを望みます。お話、しましょうね」
監査の後にまた話す時間を得るように約束をし、本来の仕事に戻る。だが、その気持ちは少々複雑なモノであった。
旧友との再会が、この監査に影響を与えることは無いだろう。監査役の2人は、あくまでも平等にその場を見るためにここに来ている。譲歩などはするつもりはない。
リシュリューを沈めた姫が何者であったかは、もう少し後に語られることになると思われます。とはいえ、これに関しては知らなくてもいいことかもしれません。卑怯な手段で不意打ちを喰らったことで、復讐心が溢れてしまったということがリシュリューのきっかけ。