監査役含む調査隊は無事鎮守府に帰投。工廠では提督と五月雨に車椅子を押されている大将が待っていた。遠目で見ても悪い結果にはならなかったことを察することが出来たようで、少し安心しているようだ。
「艦隊……戻った。結果は上々……だと思う」
「お疲れ様。報告は後からにするかい」
「……今からでも大丈夫。多分……ビスマルクさんがしたがってるから」
山風が言う通り、ビスマルクが施設の件を報告したがっているのは一目瞭然だった。誰にも気付かれなかった首元の通信機だけでは最早足りないと、見てわかるほどに笑みを浮かべている。
そのビスマルクを見ながら、山風達はギリギリまであちらの提督も話を聞いていたことに文句を言っていた。だが、ビスマルクは素知らぬ顔。まるで言われ慣れているかのようである。
「何をそんなに……と思ったけど、あの件ね。貴女達の上司が、こっそり聞き耳を立てていたこと」
「ええ、この子達にはちゃんと説明したのだけれど、納得してくれないのよね。監査というのはそういうものなんだと言っても」
「司令官も酷いですよ。知っていて私にも教えてくれないなんて」
吹雪も少々ご立腹な様子。しかし、大将はふふふと笑みを浮かべるだけであった。いつもこんな感じなので吹雪は若干諦め気味。
それでも大将に対しては信頼と尊敬の念が消えないのだから、長い時間を傍に立っていただけのことはある。
「うちの
「直接会えたのはとても良かった。彼女達の高潔さを知ることが出来た」
ビスマルクもグラーフ・ツェッペリンも、施設に対しての評価は非常に高い。そして、さらにその2人を管理する提督と、既に合格としている。つまり、大本営公認となったと言っても過言では無いだろう。
これにより、施設の者達はより悠々と生活することが出来るようになるだろう。それでも施設からは出ないし、陸にも余程のことが無い限り近付かないだろうが。
「私達が、必ず良い方向に持っていくから期待してくれて構わないわ。大本営の大御所達も、派遣した私達が絶賛すれば間違いなく頷くはずだもの」
「ビスマルク、音声データも残っているのだろう?」
「勿論よ。
施設を回った時の音声データは、しっかりと残してある。その時の施設の者達の声を聞けば、その穏和なところも理解出来るはずだ。相手が深海棲艦であるだなんて思えないくらいに優しく、仲間思いな声と言葉であることがすぐにわかる。
これでも尚、深海棲艦だから信用出来ないなんて言い出す者がいたら、ならば何故監査を出したのだと文句を言ってやればいい。ビスマルクはそう話す。直に話した自分達が良いと言っているのだから素直に聞けとまで言い放つつもりのようである。
「まぁ、私は大丈夫だと思っているわ。大本営は聞き分けがいい子ばかりだもの。種族だの何だのを今更掘り返すようなことはしないわ。私がちゃんと鎮守府に来れるように根回ししたんだから」
何のために戦闘風景を録画したのか。これで文句は言わせないと、大将までビスマルクに同調するように笑いながら話す。
あの動画で深海棲艦でも協力してくれるものが存在することを知り、今回の監査でその普段の姿を音声だけとはいえ本質が読み取れるようになったのだから、まず間違いなく信用を得られる。
「そうでしょう? 今も聞いているのよね?」
ビスマルク──いや、その首にかかる錨型のアクセサリーに声をかける。すると、少しだけノイズ音のような音が聞こえた後、そこからまた声が聞こえ始める。
『流石ですね、俺のことをよくご存知だ』
「一度監査で
『この情報が何に使えるかわからないというのだから、得られる情報は全て得ておくというのが俺のやり方ですからね。でもまぁ、こういう機会なのでちゃんと話しておかなくては』
提督と五月雨がこれに驚かない辺り、調査隊が施設に向かっている間に大将から聞いていたようである。それでも、何処にその機能が入っているかは知らなかったので、ビスマルクが首元から外したアクセサリーから聞こえてきたのには内心驚いていたりする。
『山風、並びにビスマルクとグラーフと共に施設に向かってくれた者達、騙すような真似をして申し訳無かったね。だが、敵を騙すにはまず味方からという言葉もある。今回はどちらも味方だったわけだが』
アクセサリー越しの声は、何処か軽さを感じる。しかし、それが得体の知れなさも感じさせ、山風達は口を噤んだ。むしろ、ここに帰ってくるまでの文句も全て聞いており、しかも全てが録音済みというのだから、まともに口は開けなくなるだろう。
ここでなるほどと一部の者は思い至った。余計な発言を回避するために、不自然な程に言葉が出なくなる。だからこそ、この事実を知る者は極端に少ない方がいい。ビスマルクとグラーフ・ツェッペリンは、監査役としてこういう場に慣れているため、事前に聞いていても何も問題無いのだが、そもそも監査という行動に慣れ親しんでいない者達は、知ってしまえばコレである。
『ここからは録音をカットするよ。まぁ軽薄な俺ではそれも嘘っぽく感じてしまうだろうけど、今回は信じてほしい。ほら、ちゃんと切った』
カチリとボタンを押すような音が聞こえた。これで録音はオフ。それでも言葉がなかなか出せないのは、この向こう側の提督を信じきれないからだろう。
「艦娘のみんなにも紹介しておくわね。彼はこういった監査に長けているいわばスペシャリストの、山寺提督よ」
『ご紹介に与りました、山寺です。階級は中将。そちらの佐々木大将とはそこそこ長い付き合いでしてね。でも、こういう場ではしっかり中立の立場を取らせていただくので安心していただきたい。良いものには良いと言うし、悪いものには悪いとハッキリ突きつけるのがモットーなので、よろしく』
あくまでも中立。少々軽いように聞こえるが、監査する者達を平等に審査する。
『今回のことを踏まえて、俺としてはあの施設、延いては
「はい、よろしくお願いします」
概ね望む結果となったため、堀内提督も苦言など無く素直に応えた。施設と最初に関係を持った者として、監査からそういう評価を受けるのは自分のことのように嬉しい。
声色からその辺りを察知出来る山寺提督も、声には出さないが素直でよろしいとニヤついていた。
『元より大将のおかげで最終決戦に参加してもらえる方針にはなっているんだが、今回の件で確証が持てた。彼女らは確実に協力してくれるだろう。いきなり後ろ弾なんてことは無い』
「ええ、それは僕も断言出来ます。彼女らが突然裏切るなんて有り得ない」
『とはいえ、だ』
少しだけ神妙な声色に。
『あちら側の手段として侵蝕、洗脳がある。艦娘にされても困ったことになるのに、艦娘以上の基礎スペックを持つ彼女らがそうなってしまった場合、文字通り手がつけられなくなるだろう。確か触れても侵蝕されるようになるんだったね』
「……そうですね。僕も又聞きですが、その辺りはその通りです。それに、絶対に侵蝕されないとは断言出来ません」
『そうされないためのシステムが開発済みなのも聞いている。それでも、100%とは言えない。過信は良くないしね』
そうならないために作り上げたRJシステムも、絶対とは限らない。何せ、これから戦うのは全ての元凶、泥の根源。例外なんていくつあってもおかしくない。今までの侵蝕性の泥とは性質が違う可能性は充分にあるし、龍驤とも違う可能性があるのだ。
その悪い方向の可能性を全て潰していこうとしているのが明石である。出来る限りの例外を省いて、最高最善の戦いに挑めるように、戦場に出ることのないサポート役としての使命を全うしようとしていた。
『そちらには、出来る限りの対策はしてもらう。勿論、それにはこちらも援助は惜しまないよ。今回の敵、黒幕は、大本営の力を結集してでも始末しなければならない存在だ。野放しにしていては確実に損害が増える。ならば、そうなる前に全力投資が望ましい』
「そうですね。今回は特にそう思います。時間をかければかけるほど敵が増えるのは確かですから」
龍驤の件がまさにである。龍驤が泥化して、さらに被害者が増え、取り返しのつかないことにまで発展しているのだから、こうしている間にも勢力をさらに増やそうとしているかもしれないし、より力を溜め込もうとしているかもしれない。
どうであれ、あまり時間をかけてはいられない。
「大塚提督は、今も敵拠点の特定を続けているのよね」
「ええ、ちょくちょく話を聞いていますが、やはり黒幕の結界が厳しいようで、ほぼ測量の過程に入ってしまっているようです」
「それ聞くと耳痛いわ……」
山風の頭の上に出てきた龍驤がボソリと呟く。施設の場所の特定のために漣達を使って測量をしていたため、それを鎮守府側もやっていると思うと複雑な気分のようである。
「結界を看破し、回避するアイテムは、どうしても難しいようでして。原理はわかっても突破する手段に辿り着くのが厳しいと明石も話しています」
『なるほどね。なら、その原理とやら、こちらにも教えてもらえるかな。何か助言が出来るかも知れない。こちらにも技術班はいるからね』
そちらの明石程の特異性は無いがと付け加える。それくらい、堀内鎮守府の明石が特殊であることは認知されているようである。堀内提督はそれに対して何も言えない。
ビスマルクのアクセサリーに備え付けられた今の通信機のことから考えても、山寺提督の鎮守府にいる技術班は、高度な能力を持っていそうである。堀内鎮守府の明石と技術面を共有出来れば、さらなる発展が臨めるかもしれない。
「貴方はこの技術を悪用しないと誓える?」
そこに大将から痛烈な一言。だが、その表情は信用しているからこその笑み。山寺提督とは付き合いが長いと言っていたので、これくらいの少し軽口はあるようだ。
『勿論ですとも。これでも監査を任されるくらいに素行はいいつもりですから』
「表は良くても裏の顔はどうかしら」
『それこそご存知でしょうに。俺もこういう立場にいる存在ですよ。身の振り方は理解しているし、何のためにこの組織に属しているのかという話です。人類の平和を望んでいるのは俺も同じですよ』
何処か軽さを感じるものの、その信念には間違いが無い。海の平和、人類の平和を望んで提督となり、今の立場にいる。それに、ビスマルクやグラーフ・ツェッペリンがこの提督に従っているくらいなのだから、間違ったことをしていない。
「ふふ、冗談よ。私も貴方のことは理解しているもの。だからこそ、協力者として最適だと思っているんだから。貴方が監査をしてくれると知って、正直声を上げて喜びそうになったわ」
『そこまで信用していただけるとは、光栄の極みですな。全身全霊をかけて最善を尽くしますよ』
表情はわからないものの、山寺提督の自信に満ちた声色は、そこにいる者に期待を齎すには充分だった。
ここから決戦の準備は佳境を迎える。全てにおいていい方向に向かうのは確実化した。
決戦の時は、刻一刻と近付いてきている。
この作品の中で出てくる最後の人間であろう存在、監査を纏める者、山寺提督。大将と軽口を叩き合うような仲ですが、その実力は監査を任される程なので、かなり高い。何より独艦がしっかり従う辺りが。
支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/99748071
MMDアイキャッチ風漣。北上組の1人として努力を続ける漣ですが、最も目立つシーンといえばやはり侵蝕されている時。あの時の脅威が味方になっているとなると、まだドロップしたばかりであるとはいえ心強さはあるかも。
【挿絵表示】
それを立ち直らせる海風からの勧誘もとい説得。うーん、健全。