空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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艦娘としての春雨

 施設の午後はいつもの自由な時間となる。各々が好きなことをすることになるのだが、昼食の時に話していた通り、春雨は自分を見つめ直す時間に使うことにした。

 とは言っても、どうすればそんなことが出来るかは今のところ見当がついていない。コロラドのように眠って夢の中で自分と対話出来るとかそういうことは無いだろうし、ただ心を落ち着けて自分と向かい合うにしても何をやるべきかと悩んでしまう。

 

「自分を見つめ直すということは、過去を見つめ直すということ。それはトレーニングみたいなものですよ」

 

 悩んでいる春雨に話し掛けたのは、トレーニング好きの大鳳である。これから足りなくなったスタミナをさらに増強するために島の周りをランニングするという。しっかりトレーニングウェアを着込んで、今から走り出そうとしているところである。

 

「春雨のトラウマを抉りたいわけでは無いですが、どうでしょう、艦娘の時にやっていたことをやってみるというのは」

「艦娘の時に……ですか」

「白露は春雨に本質を見つめ直せと言っていたと私は感じましたよ。だから、こうなる前、艦娘の時の自分を思い返してみるのは、結構有効だと思うんですよね」

 

 春雨の本質は本来後衛、援護を得意とする艦娘である。しかし、この力を得てから自ら前線に立ち、連携はするものの前衛──しかもよりによって最前列として援護などしない戦術を主に使うことになっている。むしろ海風や白露に援護をしてもらう程だ。そもそも侵蝕された者を明石謹製の薬を使うことなく解放出来るのは春雨だけ。それも、心臓を一瞬で止める蹴りのみ。近接戦闘を余儀なくされてしまっていた。

 そんなこと、艦娘の時は一度たりともしたことがない。導かれるように近接戦闘を繰り出しているが、実際は4人の姉を徹底的に援護し、より戦いやすくするのが仕事。それが春雨であり、4人の姉が春雨に対して絶対的な信頼を寄せていたところ。

 

「春雨は艦娘の頃、どうやって自分を鍛えていましたか? 私はとにかくトレーニングでしたけど」

「私は……まず姉さん達の訓練を徹底的に見ていました」

 

 大鳳の問いかけに、自然と自分の過去、艦娘である時の艦娘春雨を思い返していた。

 

 春雨の姉4人は、鎮守府の中ではトップクラスの実力を持つ駆逐隊。そこに追いつくために、その訓練を常に見続けた。いや、見るだけでは終わらず、アドバイスも率先して聞きに行き、それを全て実行出来るように訓練もし続けた。

 努力を怠ることは一度たりともせず、しかし無理もしていない。休息すべきタイミングではちゃんと身体を休め、訓練だけではなく休息も共にしたことで、戦い方だけではなく普段の生活までも観察し、徹底的にサポートに徹した。

 

「そのおかげで、手に取るようにわかるようになったんです。姉さん達が次に何がしたいか。時間はかなりかかりましたが、それでも、慣れれば慣れるほど、()()()()()()()()が見えてくるようになったというか」

 

 戦場では、何処に撃ってほしいか、何処にいてほしいか、()()()()()()()()()をいち早く察知して、そこにいるという動きを披露。故に後衛、1人を2人分にする動きを4人分やっていたのだ。

 春雨のそこまでの動きは姉4人に対して最高のパフォーマンスを見せる。そして、それが出来るようになったことで、姉以外の仲間にも並以上の援護を出来るようになっていた。

 

「なら、それをやってみればいいんじゃないですかね。過去の自分の模倣と言えばいいんでしょうか。トレーニングは今までの積み重ねですから、最初にやったことを何度も繰り返すことは大事です。初歩の初歩でも、クリアしたから終わりでは無いですからね。極まることなんて早々ありませんし」

 

 つまり、初心忘るべからずと大鳳は言っている。白露からの『本質を見つめ直す』という言葉は、艦娘として姉を追いかけていたその時のことを思い出せという言葉と解釈したと。

 春雨はそこには素直に納得する。自分の本質、援護担当であったあの時のことを思い出すのならば、あの時のように共に戦う者を徹底的に観察し、どうサポートすれば喜んでくれるか、危なくないか、平和的に解決出来るかを研究することが一番の近道ではないかと。

 

「そう、ですね。私の最初は、姉さん達との訓練でした。そこで自分を知り、姉さん達を知りました。それを今またやれば、本質が見えてくるかもしれません」

「私はそう思いますよ。トレーニングは身体の鍛錬だけでなく心の鍛錬にもなりますからね。いい汗をかけばスッキリもしますし」

「では、まずは大鳳さんのことを知るためにトレーニングに付き合いますよ」

「あら、それは嬉しいですね」

 

 早速実行に移そうと、まずは助言をくれた大鳳のトレーニングに付き合うことに。勿論それには海風も便乗。仲間のことを知るために行動する春雨のことを知るために行動する海風、という構図となった。

 

 決して大鳳と同じようなトレーニングウェアに身を包んだ春雨を間近で見たいからというわけではない。

 

 

 

 

 大鳳のスタミナアップのトレーニングは、同じようにスタミナ不足に悩まされている古鷹とコロラドも便乗。その2人も決戦には参加の予定であるため、この大きすぎる弱点はギリギリまで改善したいと躍起になっている。

 特にコロラドは、これについて強めに煽られたことで若干ムキになっているところもある。全力全開を発揮するとかなり早い段階でガス欠を起こすことは、()()()()にいた時から実証済み。むしろ、コロラドはそれでも無理に動こうとするため、戦場のど真ん中で気を失うなんてこともしてしまう。せめてそうなるまでの時間を延ばすために奮闘する。

 

「このPhysical(体力)が無いのだけは本当に忌々しいわ……。この島を1周回っただけで疲れを感じるだなんて……」

「ですね……。大鳳さんのペースがかなり速いというのもありますけど……」

 

 軽く息が切れているコロラドと古鷹。対する大鳳は常にトレーニングを怠っていないからかまだケロッとしており、春雨と海風もスタミナ不足のデメリットを持っていないためそれ以上にピンピンしている。

 古鷹の言う通り、大鳳のペースは普通では無い。一般人ならば全力疾走に近いくらいの速度でマラソンをしている。艦娘や()()()()深海棲艦ならばそれでも余裕があるが、魂の混成をされた者にはそれだけでも相当キツイようである。白露や潜水艦姉妹にはそれは無いが。

 

「妹姫のトレーニングはこれの比では無いですよ。私ですら立ち上がることが出来ませんでしたからね」

「……何をやらされたのよ」

「基礎から応用まで一通りですよ。潮の強化に繋がることですから。それを休みなく昼食後から夕方までやり通すだけですね」

 

 潮が覚えたことを忘れない上にスタミナが無尽蔵と言えたため、飛行場姫が面白がって自分の全てを教え込んだ時は、大鳳ですら立ち上がれなくなる程の疲労を感じていた。無論、今はその時よりもスタミナが増えてきているとはいえ、それでも疲労を感じることになるだろう。

 

「私もそれくらいやらないとダメなのかしら。Pretense(付け焼き刃)が過ぎる気がするんだけど」

「鍛えることを否定はしませんよ。トレーニングは無駄にはなりませんから」

 

 ここまでやってきたことは絶対に無駄にならないと、疲れを取るためにストレッチをしながら大鳳は語る。スタミナ不足を補うために続けているトレーニングは、大鳳を確実に長続きさせている。

 

「決戦がいつになるかはまだわかりませんけど、それまでは私は鍛え続けますよ。ランニングの後は筋トレをしていきます。全身に程よく筋肉をつけることで、疲れにくくなりますから」

「Okay. こうなったらとことん付き合うわよ。叢雲にいちいち煽られるのは癪だもの」

「私もやります。出来る限り準備していきたいですしね」

 

 3人は決戦に向けてやる気満々だ。やはり事件に巻き込まれて一度死に、今の姿に変えられたことは許せるものではない。黒幕に対しての怒りは、他の者達よりも上であろう。

 

 そんな3人と共に鍛えていた春雨は、決戦でサポートするであろう仲間のことをよく観察していた。ランニングでも後ろから追走するカタチで全員を視界に入れ、走る時の癖から、何処で力を入れるか、力を抜くか、そういった細かいところまでを確実に頭の中に入れていく。

 姉達と組んでいた時も、最初はそれだった。自由奔放な白露と夕立にも癖というのはあり、どのタイミングで援護を入れるのが最も有効かは、共に行動をすればするほどに把握出来た。

 今、その感覚を思い出していた。姉のために強くなれるのが嬉しくて、さらにその先を知ることが楽しいと感じることが出来る。天性の援護気質。深海棲艦化で忘れかけていた、艦娘としての春雨を今、ここで思い出した。

 

「春雨、ついてこれていますか?」

 

 そんな春雨に大鳳が声をかける。疲れらしきものを見せていない春雨ではあるが、精神的なところは見えてこない。

 

「はい、大丈夫です。それに、艦娘の頃を思い出していました。姉さんの後ろからこうやって見ながら、どうやったら力になれるかって考えていたんです」

 

 ほんのりと笑みを浮かべ、過去を反芻するかのように思い返す。

 

 最初は追い付くだけでも精一杯で、むしろ心配させてしまう程だった。訓練を中断させてしまって自己嫌悪に陥るときもあり、本当に自分が姉に追いつけるのかと疑問を持つことすらあった。それでも努力を惜しまず続けてきたことで、最終的には姉どころか鎮守府の艦娘全員が一目置くくらいに成長するに至る。

 成長してからの春雨は一味違った。追い付くだけでなく、姉達の欠点や出来ないことを補うことまでし始めた。先読みではないが、何が出来ないかを判断して、それをフォローすることに特化する。それによって、姉達はより戦いやすくなったのだ。

 

「なんだか懐かしい気分です。最初の私は、こうやってみんなを後ろから眺めながら、自分も成長するために必死だったなって。この身体になって、この力を持って、その辺りを完全に忘れていた気がします。初心忘るべからず、ですね」

「そうです。やっぱりそこは大切なんです。迷ったらまず最初に戻るというのは、基本だと思いますよ。でも、それを忘れてしまうこともあります。それをフォローするのは、春雨の仲間達です。私然り、海風然り」

 

 海風も、春雨を追いかけることはしていたが、春雨の最初に戻ってもらうという考えには至らなかった。海風の知る春雨は、既に努力が実った後。最初の艱難辛苦を知らないというのが少々仇となっている。

 

「春雨姉さん、私がそのサポートが出来ればよかったんですが、そこに気付かなくて申し訳ないです。それでも、これからは春雨姉さんのお役に立てるように全身全霊でお手伝いします。なので、春雨姉さんも海風を頼ってください。頼られるだけで、海風は歓喜に震えてしまいます。春雨姉さんの喜びは、海風の悦びになるのですから、好きに使ってください。春雨姉さんが心身共に最高最善となれるように尽力させていただきますので」

「そこまで気負わなくてもいいよ。でも、ありがとう。海風も気付いたことは躊躇なく教えてほしい。私のためにも、ね」

「はい、勿論です。春雨姉さんに頼られて、海風はもう感無量です」

 

 満面の笑みを浮かべる海風に、春雨も気分が良くなった。持つべき者は、やはり仲間。そして、慕ってくれる妹だと実感した。

 

 

 

 

 艦娘だった頃の自分を思い出し、春雨はより先に進む。本質を少しずつ思い出し、春雨は真の春雨へと昇華していくのだ。

 




春雨達が着ているトレーニングウェアは、海色のアルトサックスの叢雲みたいな感じ。


支援絵を頂きました。ここで紹介させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/99801847
一周年記念として、春雨と白露。一周年、一番といえば白露。主人公を差し置いて前に出てくるのが、このいっちばーん。
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