大鳳が中心となったトレーニングは日が大分沈んできたところで終わりを迎える。コロラドと古鷹の体力が艦娘であった時の全盛期まで戻ることは無いのだが、
この頃には大鳳も大分疲れており、便乗した春雨と海風も疲労を色濃く見せている。トレーニングウェアを着ているが、それは汗で湿り、今すぐにでもお風呂に入りたいという気持ちを強く押し出してくる。
「私と海風は後からでいいので、大鳳さん達は先にお風呂に入ってください。なんなら肩を貸した方が」
「だ、大丈夫、よ。この程度で、このビッグセブンたるColoradoが、へばるわけにはいかないんだから」
コロラドは意地でも自分の足で施設に戻るようである。春雨や海風に肩を借りているところを叢雲に見られたら、何を言われるかわからないと。
古鷹も消耗が激しく、脚がプルプル震えている程だったため、そちらには大鳳がすかさずサポート。大鳳だってまだまだスタミナ不足は否めないのだが、この2人と比べればマシなくらいに鍛えている。
「そ、それじゃあ、私達は先にお風呂貰うね……。ちょっと時間がかかっちゃうかも……」
「どうぞどうぞ。お疲れですし、ゆっくり疲れを取ってください。でも、お風呂で寝ちゃうようなことはしちゃダメですよ」
「そこは私がちゃんと見ておくのでご心配なく。古鷹、私が支えますから」
そのまま古鷹は大鳳に連れられて施設へ。コロラドもフラフラではあるものの、ちゃんと2人の跡を追うことが出来たようである。いつもと比べると格段にゆっくりではあるが。
「姉さんもお疲れですよね。それでもあのヒト達に先を譲るとは、なんてお優しい。海風、さらに感激してしまいました。自分の身を後回しにして仲間達を思いやるそのお気持ち、私には簡単には真似が出来ません。私は一刻も早く春雨姉さんの疲れを癒やしてもらいたいとしか考えられませんでしたから、視野の狭さを思い知らされました。流石は春雨姉さんです。仲間を全てその視野に収め、全員をサポートするのでしょう。その一歩目が今の行為と言っても過言ではないはずです。素晴らしい、素晴らしすぎます。これが出来るからこそ、春雨姉さんは援護のスペシャリストだったんですね。艦娘の頃から憧れだった春雨姉さんの一端をこんなタイミングで知ることが出来るだなんて堪りませんね」
海風も疲れているはずなのだが、春雨を讃えているとその疲れも飛んでしまうようである。
「お風呂はもう少し後になるけど、それまでは休んでようか。でも汗は冷やさないようにしなくちゃね。服は着替えた方がいいと思うけど、汗をかいたままいつもの制服に戻すと気持ち悪いだけかな。だったらこのままの方がいいか」
「タオルは持ってきていますので、そのままの方がいいかもしれませんね。暑いようでしたら上着を脱ぐくらいをしたらいいと思います。汗を拭くためにも、少しだけ肌を晒すのは仕方ないです。そうすると、春雨姉さんも私もインナーだけになってしまいますが……幸いなことに周囲には誰もいません。ちゃちゃっと拭くくらいなら大丈夫だと思います。姉さんの言う通り、身体を冷やすわけにはいきませんので、ささ、手早くやってしまいましょう」
海風も率先して上着を脱いで、トレーニングでかいた汗を拭き取っていく。疲れているようならば私が拭きましょうかとまで言い出したので、春雨はほんの少し悩んだ後、やんわりと断って自分の手で身体を拭いた。
その間も海風はニコニコしながらも視線を春雨から外すことは無かった。
大鳳達の風呂は少々長めになりそうであるため、入れるようになるまでは適当に時間を潰すことにした。汗を拭き取りはしたが、まだ暑いため、トレーニングウェアのままで島を見て回る。
大鳳達の体力作りもそうだが、他の決戦参加者──白露と叢雲も、同じように身体を鍛えていたのを、ランニングしている最中に確認したからだ。
「白露姉さんも一緒に戦ってくれるんだよね」
「ですね。心強いです」
艦娘の頃を思い返しながらのトレーニングをしてきたことで、当時の記憶をより一層思い出していた。
今、白露がやっている鍛錬は、叢雲を相手にした模擬戦。むしろ、叢雲が挑んできたため、それを喜んで受けたというカタチ。春雨はその叢雲を自分に重ね合わせていた。
「あ、やってるね、ほら」
畑や漁に支障が出ない近海でやることを前提として、少し離れたところ。そこで白露と叢雲が1対1の演習をやっている。岸から見れば少し遠めではあるが、何をやっているかは充分わかる距離であり、2人がなかなかに接戦を繰り広げている。
「一進一退……ですかね」
「だね。あの2人、今は互角なんだ」
本当に出会ったばかり、白露がまだ
当たり前だが殺傷能力のある武器は使っておらず、砲撃は水鉄砲だし、雷撃は念の為禁止。叢雲の扱う槍や白露が扱う錨は、傷がつかないウレタン製。それでも当たれば痛いため、本番さながらの戦いとなっていた。
「あ、春雨ちゃん、海風ちゃん」
それを遠めで見守っているのは薄雲。叢雲の演習であるため、やはり近くにいることを選択している。演習中に怒りが溢れる可能性は非常に高いため、いつでも甘味を補充出来るように。
「どれくらいやってるの?」
「休憩を挟みながらだけど、お昼からずっと。お互いにどんどん強くなってるように見えるよ」
これでも最初は白露の方が一枚も二枚も上手だったらしい。やはり4人分の戦術を扱えるというのは大きく、さらには艦娘としての経験が段違い。ほとんど槍一本で戦いを進めている叢雲相手ならば、そのトリッキーな戦い方で翻弄することが出来た。
しかし、戦闘に関しては無類の才覚を発揮する叢雲は、それにも徐々に対応していく。力業には力業をぶつけ、トリッキーにはトリッキーに対応する順応さ。今では、白露が何を繰り出してもある程度の反応を見せていた。
春雨が見ている限り、本気かもしれないが白露は叢雲に教えるような動きにも見えた。あらゆる状況に対応出来るように、叢雲の知らない戦い方を次々と見せつけているような。
それは、自分が姉達からトレーニングを受けている時とそっくり。叢雲に援護を任せるためとかではなく、敵も同じようにやってきた場合は対応出来るように。
「なんだか懐かしいかも。私も白露姉さんにあんな感じで演習してもらったんだよ」
「そうなの?」
「うん。その時は私はまだ鎮守府の新人だったんだけどね。戦い方を教えてもらうって感じで」
艦娘だった頃を懐かしむ。海風もまだ配属されていない時期の話なので、その時のことを興味深く聞いていた。
艦娘の頃、訓練の中には実際に姉達と戦う実戦形式の演習もあった。4人のうちの1人と1対1で戦う、ただそれだけなのだが、春雨はこれで姉達の戦い方を真正面から受けることで覚えた。
練度や経験の差があったため、いくら覚えても実力差を最後までひっくり返すことは出来なかったのだが、その分、サポートに徹すると動きが事細かく分析出来た。勝てずとも知ったことで最善となった。
「今の私は、姉さん達のおかげと言っても過言では無いよ。だから、叢雲ちゃんもあの演習でまた一皮も二皮も剥けると思う。私がそうだったから」
「だね。なんだか動きのキレがどんどん良くなってるように見えるよ。甘味を欲しがるスピードも早くなってる気がするけどね」
そう言っている内に、演習を一旦終えて岸の方へとやってきた。叢雲には疲れの色が見えるが、白露はまだまだやれると言わんばかり。互角に見えていたが、体力的には白露の方がまだ上のようである。
「薄雲、甘いもの!」
「大丈夫ですよ。まだまだありますから。でもその前に、お水を飲みましょう。水分の補給も必要ですから」
「そうね。クッキーは口の中の水分を根こそぎ持っていくものね」
薄雲に言われた通りに、用意されていた冷水をガブ飲み。そしてすぐさま薄雲手製のクッキーを摘む。白露との演習は頭を使っているようで、甘いものがとにかく欲しくなるらしい。
「お、そっちはそっちでトレーニングかな」
「はい。大鳳さん主導で体力増強トレーニングをしていたので、付き合わせてもらいました。コロラドさんと古鷹さんのこともよく知ることが出来ました」
「うんうん、それでこそ春雨。みんなをよく見て、よく知ることが、春雨の根幹だよ。少なくともあたしはそう思うね」
ふぅと息を吐きながら白露が笑みを浮かべる。春雨が少しずつ
春雨は自分のことなので何も感じていない。海風に聞くと、白露の言う通りだと返す。変に意識させると先に進めなくなるかもしれないと考えてあえて何も言わなかった。
海風としては、最初にそれに気付けたのが自分であるという絶対的な誇りがあるため、後々白露にそれを春雨に伝えられても落ち着いていられた。余計なことをとは思わない。
「今までの凛々しく力強い春雨姉さんも格好良くて素敵だと思います。今の艦娘としての自分を少しずつ取り戻してきた優しく柔らかい春雨姉さんはもっと素敵ですね。春雨姉さんは本分を忘れたわけでは無いと思いますが、今までにあったことがあったことですから、少し力んでしまっても仕方ないでしょう。寂しさに加え怒りも溢れてしまっているのですから。過去を振り返り、本質を見直すことで、春雨姉さんがさらなる高みへと向かえるのなら、海風は全力でお手伝いしますね。今を否定するわけではありませんが、やっぱり姉さんには笑顔でいてもらいたいですから。姉さんの笑顔は海風の清涼剤、癒されますので」
ニコニコしながら海風のいつものマシンガントーク。今は今でいいが、どうしても本心からの笑顔を失ってしまっているのが心苦しかった。溢れた怒りがそうさせているのもわかっている。
それが今、本質を見つめ直すことで少しずつ戻ってきているように見えた。最奥にある怒りはどうしても払拭出来ないだろうが、それでも春雨の浮かべる笑みには温かさが戻ってきている。
壊れた心が完全に修復されることは無いが、多少
春雨は特に仲間の、姉妹の存在を強く感じているため、今のこの状況が最も安らぐようである。鎮守府から妹達が来た時は、さらに安心感が増すほどである。
「それで春雨、どんな感じ?」
「どんな感じとは」
「自分を見つめ直すことは出来てるかな?」
白露に問われ、少しだけ考える素振りをしたが、力強く答える。
「出来ていると思います。艦娘として鎮守府に配属されてからのことを思い返しながら、自分はどうやって生きてきたかを見つめ直していますが、懐かしさもある中に何かが見えてきそうな感じもします」
過去を振り返り、本質を見つめ直すことで、自分に足りないものが見えてきているような感覚を覚えている。それが何かはまだわからないし、それが正しいものかもわからないけれど、不要なものでは無いと確信を持って言える。
「そうかそうか、ならいいんじゃないかな。決戦のその時まで、続けた方がいいと思うよあたしは。なんなら、あたしが今から演習をするなんてことも」
「ちょっと待ちなさい」
そこに叢雲が口を挟む。
「ん、どうしたのさ叢雲」
「その演習、私にやらせなさい。一度春雨とやっておきたい」
甘味を取り入れたことで疲れが取れたか、仁王立ちで春雨に演習を申し込んだ叢雲。時間としてはまだあるため、1戦だけ付き合えと拳を突き付ける。
春雨自身、ここまで大鳳のトレーニングに付き合っているので疲労は溜まっているが、叢雲も同じこと。白露との演習を繰り返してきたため、疲労は勿論溜まっている。コンディションは同じくらいと言えるだろう。
「いいよ。やろう」
「春雨姉さん、お疲れでは」
「それは叢雲ちゃんも同じだからさ。それに、叢雲ちゃんのサポートをするのなら、叢雲ちゃんの今をちゃんと知っておく必要がある。直接ぶつかり合った方がわかりやすいから」
ニコッと笑って、叢雲の突き出した拳に春雨も拳を突き合わせる。演習を合意したことになった。
仲間同士の喧嘩とかではなく、お互いを高めるための戦い。無論、春雨も叢雲も手を抜くことなんてするわけがなく、全力でぶつかり合う。
そこには怒りも憎しみもなく、仲間としての信頼の中で行なわれる。これをして、さらに絆を深めることになるのだ。
施設内での演習は初めてなんですよね。平和だからそんなことをする必要も無かった。でも最終決戦を前に、誰もが準備を怠りません。