空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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互いの成長のために

 トレーニングの終わり掛け、叢雲が春雨に模擬戦、演習を挑む。お互いを高めるため、そして春雨は追加で仲間の戦い方を刻むため。

 叢雲としても、春雨とは一度ちゃんと手合わせをしておきたいと思っていた。まだまともな心を持っていなかった時、槍持ちと扱われていた時に、春雨にはマウントを取られている。理性が完全に壊れていた時の出来事とはいえ、春雨に敗北を喫していることが気に掛かっていた。

 

()()として、アンタとは一度手合わせしたかったの。アンタには勝ててないから。別に嫌ってわけじゃないけど、ちょっと頭の隅に引っかかってるのよね」

「私もしておいた方がいいとは思ってた。ちゃんとサポートが出来るようになるためには、力を知っておかないといけないから」

「理由は違えど、やることは同じってわけね」

 

 叢雲が槍を展開。勿論殺傷能力を完全に失ったウレタン製の穂。それに斬られた場合は、引っ叩かれたくらいの痛みで終わる。しかし、突きに関しては少々ダメージが大きめになるので注意が必要。

 春雨は前衛スタイルとして鉤爪装備。勿論その爪は槍に倣ってウレタン製。引っ掻いたところで痛くはないが、それこそ引っ叩いたくらいの痛みは与えられる。

 ただ、春雨の方が若干不利だろう。間合いが格段に短く、さらには鉤爪で攻撃を受けるということがこれでは出来ない。その時のための主砲なので、容赦なく遠距離攻撃も繰り出していくだろうが。

 

 海風は薄雲と共に岸で見守る。本当ならば隣に立ちたいのだが、これは演習。相手の実力を測り、サポートに必要な情報を取り揃えるための戦いであるため、1対1でなくてはならない。

 代わりに、海風が春雨をしっかりとその目に焼き付けて、春雨自身の動きを観察する。春雨が仲間達の動きを把握するように、海風は春雨一本で動きを把握する。サポーターのサポーターとして共に戦場に立てるように。

 

「白露姉さんの主砲が開戦の合図だから」

「オッケー。どちらが勝っても恨みっこなしよ」

「負けたとしても、怒りに任せて駄々を捏ねないでね」

「保証はしないわ。それにアンタにも同じこと言えるわよ」

 

 互いに怒りが溢れているため、ここで敗北した場合、それに怒りを覚えるかもしれない。だからといって手加減されても気に入らない。

 共に全力でぶつかり合い、勝った方だけは気持ちよく終われそう。負けた方は遺恨が残りそうだが、岸で待機している妹に慰めてもらうことになる。

 

「ちなみに、白露姉さんには勝てた?」

「腹が立つことに、殆ど負けよ。結構互角まで行けてるんだけど」

「そっか。私も艦娘だった時には姉さんには勝てなかったよ。今はわからない」

「なら、アンタとも互角かもしれないわね」

 

 鉤爪と槍を軽く触れ合わせ、お互い所定の位置まで下がる。最初はそれなりに間合いを取ってから。

 

「よーし、ちゃんと離れたね。海風、薄雲、アンタのお姉ちゃん達が戦うよ。よく見てなよ」

「勿論です。春雨姉さんの勇姿を、私が見逃すわけには行きませんから」

「叢雲姉さんの成長を見て、何かアドバイスがしたいところ、かな」

 

 その戦いを見届ける者達の準備も万端。白露も2人の動きをよく見て、自分の参考に出来ることがあれば活用していこうと画策していた。

 

「それじゃあ、聞こえてないと思うけど、宣言しちゃおうかな。よーし、はじめー!」

 

 空砲を放ったことにより、春雨と叢雲の模擬戦が始まった。

 

 大きな破裂音と同時に、2人とも動き出し、春雨も叢雲も戦場と同じで突撃という手段を選択した。スピードは春雨の方が若干上。しかし、槍を突き出すように構えることで、春雨の間合いにならないように努める。

 

「いろいろと学んできたのよ。だから、アンタにも負けないわよ」

「私も負けるつもりはないから」

 

 ヒュンと空を切る音と同時に、叢雲の槍がしなりながら春雨に襲い掛かる。ただ突き出すのではなく、小さく円を描くようにその先端を震わせながら。貫流槍術と呼ばれる槍の扱い方の真似事をこの場で編み出した。

 不規則な動きを見せる先端だが、直感が並ではない春雨には、不規則は不規則ではない。むしろ、その内側に入ってしまえばいいとすぐに思い付く。ここであえて砲撃ではなく近接戦闘を貫くのは、叢雲に引っ張られているからというのもある。

 

「ここっ」

「させないわよ!」

 

 穂の内側へと飛び込み、柄を鉤爪の付け根で強引に打ち払う。それだけでも結構な衝撃が叢雲の腕に響くのだが、叢雲は春雨の一撃がミートする直前に槍を消し、春雨の腕が通り過ぎた瞬間にもう一度展開。その穂で春雨の首元を狙おうと、穂先だけを動かすように巧みなテクニックで操る。

 

 春雨はそこも読んでいる。いや、見えている。今はトリガーが引かれていないため、『最善の答えに辿り着く力』が発揮されていた。

 叢雲からの攻撃の詳細はさておき、打ち払う行動が空振った時点で新たな道が提示されている。わかりやすく、下がるべきであると。それが最善。

 

「それなら」

 

 その一撃を少し大きめに避けた瞬間に両腕の鉤爪を主砲に差し替え、中距離戦闘に移行。至近距離に近いのだが、猛烈な連射により叢雲を圧倒する方向にシフトする。

 

「喰らうかぁ!」

 

 しかし、叢雲も手強い。それを槍を回すことで全て弾いていく。模擬弾であるため本来の戦い以上にこの手段が有効。

 実際は実弾でも叢雲は同じことが出来るため、手段としてそれを使うのは何も問題はない。これよりは重い攻撃になるので多用はしないだろうが。

 

「相変わらずすごいねそれ。私や海風の盾とは全然違うのに」

「慣れたモンよ。とりあえず撃っとけみたいな奴は少なからずいるんだもの」

 

 弾きながらも突撃をやめない叢雲。やはり最も力を発揮出来るのは近距離。砲雷撃戦の間合いを保つよりも自分の得意な距離を作り上げる方が、自分に有利になるのを理解している。

 普通ならば砲撃の嵐を突っ込むことなんて出来ないのだが、叢雲は特殊。他にも施設には出来るものはいるものの、回避すらせずここまで強引に突っ込むのは叢雲くらいである。

 

「私の距離よ」

 

 突き進んだことにより距離を詰め、槍の間合いに。鉤爪では届かず、砲撃だと放つ前にやられる、絶妙な間隔。春雨にとっては最も攻撃も回避もしづらい位置取り。

 だがそれは、春雨が怒りを溢れさせる前だったらだ。今の春雨は、両腕も義腕。鉤爪と主砲以外にも変形は出来る。それこそ、先程自分で言葉にした盾にだって。

 

「っらぁ!」

「止めるよ」

 

 強烈な突きに対して、右腕を盾に変形させることで対応。ただ受け止めるだけではなく、横に流すように払うことによって叢雲の体勢を崩しにかかる。そうすることで、さらに距離を詰めて自分の距離に持っていける。

 だが、やはり一度やったことは手慣れているようで、払おうとした瞬間には槍が消え、払い終わったところで再び展開。再展開のタイミングが完璧であり、逆に春雨の方が体勢を崩しかけてしまう程である。

 ここまでほぼ槍一本でやってきただけあって、この距離での戦闘は叢雲に分があった。槍の出し入れで翻弄し、自分のペースに引き込む。今は怒りを溜め込んだ槍の変形もしていないため、本番ではそれも使ってよりトリッキーに戦うことになるだろう。

 

 こうやってぶつかり合うと、叢雲の特異性がよくわかった。砲撃と雷撃をメインにするのは、艦娘も深海棲艦も同じ。近接戦闘をメインにする者なんて早々いない。緊急時の手段として覚えておく程度だ。

 施設の者達はむしろ、そういうところが特殊ではあるが、その中でも叢雲は特に特殊だと春雨は感じた。故に、こうやって直接ぶつかり合わないと、どのタイミングでサポートをすればいいのかわかりにくかっただろう。当日いきなりでも合わせられたかもしれないが、知っているのと知らないのとでは質が大きく変わる。

 

「離れなさいよ」

 

 再展開した槍をそのまま振り回し、春雨に間合いを取るように促す。ここで離れたら叢雲の間合い。大きく離れて砲撃にシフトしようとしても、一度見ているのだから叢雲はそれをさせることはない。()()()()()()()()を維持し続ける。

 ならばと、春雨は機転を利かせる。槍の間合いは少し離れたところ。離れすぎても当たらないが、距離をうまく詰めることで問題が無くなる。ならば、逆に近付けばいいと。

 

「ううん、逆」

 

 体勢を低くするために脚を消し、振り回された槍を潜る。そこでさらに脚を一瞬生やすことで爆発的な推進力を作り上げ、肩を叢雲の腹に入れるようにタックルを決めた。

 この距離ならば、槍を使うことは出来ない。怖いのはゼロ距離の砲撃なのだが、それも封じるために両腕共に鎖へと変形させ両腕を拘束。

 

「このっ」

 

 すると即座に足が出てくるのが叢雲である。咄嗟に格闘に持っていけるセンスは凄まじいが、春雨はそれもお見通し。

 

「いったぁ!?」

「ごめんね。これも戦術だから」

 

 その足は、春雨自身も両脚を盾に変形させてガード。硬い鉄板を全力で蹴り飛ばしたようなものなので、鈍い音がした後に叢雲の表情が険しくなる。

 

 槍での戦闘に慣れている叢雲の弱点は、それよりも近付かれた時である。今まで超近距離で戦うことになる相手がいなかったため、そこに対応せずに戦ってこれたが、決戦では何をされるかわからない。それこそ、施設の潮のようなゼロ距離まで近付かれたら終わりくらいの格闘を扱う者がいたら、大きく不利になる。

 春雨は、それを身を以て証明した。抱きつけるほどに近づいたら、叢雲は何も出来なくなる。何か出来る方が少ないのだが。

 

「両腕も両脚も自由に変えられると、ここまで出来るね。自分でも今気付けたよ」

 

 脚をさらに変形させて叢雲の脚を絡め取り、そのまま押し倒してマウントポジションへ。こうなってしまえば、槍を使うことも出来ず、砲撃も出来ず、身体も動かせない。完全な馬乗りではあるが、春雨も攻撃出来る手段が失われたことにより、ここから戦況が動かなくなった。

 考え無しに突き進んだわけではなく、春雨に見えていた光の道はここまで。これ以降は()()ということだ。これで演習は終わり。

 

「自分の弱点がわかったわ。槍が使えないくらい近いヤツをどうにかする手段を考えなくちゃいけないわね」

「そうだね。出来るなら私もそうさせないようにサポートするけど、自分でも出来るようにしてくれると嬉しい」

「アンタの手を煩わせないようにするわよ。仲間は多くてもアンタは1人なんだもの」

 

 演習の終わりが見えたので、春雨は拘束を外して叢雲を解放した。叢雲は完全に負けだと感じており、次に活かすためのことを考え始めている。そこには怒りがあまり入っておらず、自分の更なる成長のことを念頭に置いていた。

 

「だとしても、またマウント取られるなんて気分が悪いわ。今は無理でも、また演習に付き合いなさいよ。次はこうはいかないから」

「うん、いいよ。もっと叢雲ちゃんのことを知っておかなくちゃいけないし。戦術が変わるのなら、そのことも知っておきたいからね」

 

 全員をサポートするのなら、全員の戦い方を知っておく必要がある。戦術がアップデートされたら、春雨自身もアップデートしなくてはならない。そのためには、決戦まではこうやって仲間達と共に成長する必要がある。

 叢雲は特に躍起になっているため、春雨も親身になることが多くなりそうだった。成長速度も速いため、毎日アップデートをすることになるかもしれない。

 

 

 

 

 演習自体は春雨が勝利したが、お互いに何かを掴むことが出来そうだった。決戦までの期間で、それを掴み取り、より成長をしていく。

 




両腕両脚によるガッツリホールドは、相手からしてみては抜け出すことが非常に難しいですが、春雨自身も何も出来なくなる諸刃の剣。でも、仲間をサポートするための行動だというのなら、これにやって敵を拘束し、仲間に斃してもらうという戦術が取れるので、あながち間違いではないでしょう。
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