模擬戦を終え、岸に戻ってきた春雨と叢雲を出迎えたのは、その戦いを見守っていた姉妹達。
「お疲れ様でした春雨姉さん。遠目で見ていてもその素晴らしい戦いは海風の目に焼き付きましたよ。叢雲さんの一撃を華麗にいなす姿は勇ましく、近接戦闘に特化した今の春雨姉さんの実力を際立たせていましたね。即座に間合いを取る瞬間など、まるで天使の翼が生えているかのように華麗でした。腕を盾にするのは、もしかして私を意識してくれていたのでしょうか。それは自意識過剰すぎますかね。でも、あの時にその選択をしてもらえたのは嬉しいです。盾の扱い方も私が参考にしたくなる程のものでした。そしてやはり最後、一気に間合いを詰めた後の両腕両脚を使った拘束、痛めつけるわけでなく身動きを取れなくするのは、例え敵であっても痛みを与えずに拘束するという慈悲の心を感じさせる最高の手段だと思いました。本当に始末しなくてはならない存在でも締め上げるだけで済ますのは、やはり持ち前の慈悲深さが出てしまっていますね。春雨姉さんの優しさに、海風は感嘆の息を漏らしてしまいました。全てにおいて素晴らしい。その行動全てに間違いなどありはしないのでしょうね。優雅で神々しく、勇猛果敢なその姿を、最終決戦でも見せていただけたらと思います。その時には私は姉さんの隣に立ちますので御容赦を。姉さんの怒りを抑えるお役目をいただいていますので、今のような勇姿を見せていただきつつも、完璧なサポートをしますので」
いつになく止まらない海風。命懸けではない春雨の戦いを目にした上に勝利を収めたため、感極まっているようである。岸から見ている間も目をキラキラさせていたらしく、薄雲と白露が苦笑する程だったのだとか。
「私としては春雨姉さんの戦術をより深く知りたいと思いましたね。姉さんが仲間達の戦い方を演習で学ぶように、私も一度手合わせをしてもらいたいと。その時には姉さんの全てを見せていただきたく。勿論、さっき叢雲さんにやった両腕両脚を使ったマウントポジションも是非。もしかしたら回避する方法や拘束から抜け出す方法を編み出すかもしれません。そうなった場合、より強固に締め上げなくてはならないでしょう。それならば私の身体を使って、絶対に抜け出せないようなロックを仕掛けられるように特訓してもいいと思います。何も問題ありません。私は姉さんからされる全てのことが悦びなので、可愛がられようが痛めつけられようが、その全てを」
「海風、ちょっとブレーキ。なんか取り返しのつかない方向に行きそうだから」
叢雲がマウントを取られたところを見て、よくわからない騒ぎ方をしかけたのは、薄雲と白露も確認済み。白露が妹の良くないところをいち早く止めたのは言うまでもない。
「叢雲姉さん、甘味です」
「ありがと。やっぱり負けると苛立つわ。相手がいくら仲間でも」
薄雲から渡された水分をガブ飲みした後、すぐにクッキーで怒りを発散する叢雲。白露との演習と比べると、食べている量は少々多め。マウントを取られる程の敗北であったため、春雨のことを認めていても、怒りと苛立ちはどうしても溢れてくる様子。
だが、それは敵対の怒りではないため、まだ自制は可能。むしろ、この経験を活かして次に進もうとさえ感じる、
「惜しかったですね。やっぱり、近付かれたのがまずかったですか」
「そう……ね。悔しいけど、槍よりも近くはどうしてもすぐに反応出来ないわ。そこは改善しなくちゃ」
「それなら、妹姫さんに習ってみるというのはどうです?」
その名前を聞いた途端、叢雲は少しだけ表情が曇る。施設に所属したばかりの頃の苦い経験を思い出してしまった。
叢雲は飛行場姫には心を折られている。その時はまだ未熟で、怒りの制御もままならず、来島した艦娘達を闇討ちしようとしたのを、赤子の手を捻るように止められたことが理由。それ以来、飛行場姫には苦手意識を持ってしまっていた。
顔を合わせても逃げるとか楯突くとかそういうことはしないのだが、若干心の距離を置いているのは確かである。おそらく飛行場姫もそれには気付いていそう。
「……四の五の言っていられないか。決戦まで時間がないもの。出来ることはしたいわ」
「それなら、明日から潮ちゃんのトレーニングに参加してみるといいと思います。スパーリングとかもしているみたいですし」
「そうね。今日はもう時間が遅いからアレだけど、明日からそちらに行ってみようかな」
そんな苦手意識を持っていることを良しとし続けるほど、叢雲は
「2人ともお疲れさん。流石にもうお風呂は空いてるだろうから入ってきなよ。あたしも入るけど、流石に5人まとめて入るのは難しいだろうし、疲れてる子から入るべきだね」
「それならアンタ達先に入っていいわ。私は先に妹姫に話をつけてくるから。疲れてはいるけど、すぐに風呂じゃなくても問題ないわ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
演習はこれにて終了。叢雲は次の道を見定めて、ギリギリまで成長し続ける。
白露型姉妹3人で風呂を終えた後、ダイニングに向かうと未だ完全に疲れが取れていないコロラドと古鷹が休息中。大鳳がお茶などを用意していたが、スタミナ不足はそう簡単には払拭出来ないため、大鳳に任せっきりとなっていた。
流石に歩けないというわけではないのだが、一度座ってしまうとなかなか立ち上がれないくらいには消耗しており、逆に夜はグッスリと眠れるとのこと。
「体力作りは継続して続けていくべきですね。前哨戦の時にも私と古鷹は本当にギリギリでしたから」
「ですね……。せめてこれくらいのトレーニングでへばらないようにしたいです」
「ただでさえ、ここから遠いところで戦うんでしょう?
「それは大丈夫です。私が一番わかっていますから」
このスタミナ不足は致命的だ。
まだ全てが決まったわけではないが、最終決戦はここから堀内鎮守府に向かい、そこから大塚鎮守府へ。そして、その近海にあるという黒幕の拠点に殴り込みに行く。スタミナ不足で倒れた場合、運び込まれるのは大塚鎮守府となるだろう。
そこに関しては古鷹が最も理解している。合理的に考える大塚提督が長を務めるそこならば、自分達の存在を正しく受け入れてくれるだろうと。黒幕の脅威は身を以て知っているし、穏健派の深海棲艦の力を借りての戦いも勝つためには必要と割り切っている。
ならば、この施設の者が大塚鎮守府に行ったところで、後ろ指を指されるようなことはない。感情を抑えることに長けている分、受け入れる力も高い。
「ああ、ここにいたのね。ちょうどよかったわ」
ここにさらに飛行場姫が入ってくる。夕食の準備というのもあるが、ここにいる大鳳達にも用があった様子。
その後ろにはやはりというか、潮と潜水艦姉妹がついてきている。前哨戦を経て、潮は少しだけ恐怖を表に出さなくなっており、潜水艦姉妹は逆により感情を表に出せるようになっていた。
「大鳳、古鷹、コロラド。明日からアンタ達は、アタシがトレーニングしてあげる。スタミナ不足を解消したいのよね」
突然の宣言に驚く3人。
「さっき叢雲からスパーリングしてくれって直談判されて、まぁそれはいいことだと思って許可したんだけれど、よくよく考えてみたらアンタ達もそれ必要よね。スパーリングじゃなくてトレーニングの監修をするわ」
それは願ったり叶ったりのことである。特性があるとはいえ、短期間で潮を戦場に送り込めるくらいのトレーニングを課した者である飛行場姫が、潮を中心にするのではなく自分達を中心に据えたトレーニングメニューを組んでくれるというのだ。
完全に解消されることは無いにしても、決戦までにある程度の成果が出るはず。今よりも行動が出来るようになれるのなら、喜んでそれを受け入れる。
潮のトレーニングに付き合って倒れかけたこともあったが、そうならないようなメニューとなれば、100%身につく。これは3人にとって本当に必要なもの。今は技術よりも基礎であり、戦いの資本となる身体作りが最優先であることは間違いない。
「とはいえ、わかっていると思うけど午前中はこの施設のことをやってもらうわ。農作業でも漁でもここの掃除でもなんでもいい。そこはいつも通りね。アタシが見るのは午後からよ」
「問題ありません。貴女のトレーニングとなれば、確実に効果的でしょう。今から楽しみですね」
トレーニング好きな大鳳は、飛行場姫直々のメニューに興味津々。自分以上に効率の良い特訓が出来るのは嬉しくて仕方ないようである。
「せめて足を引っ張らないようにしたいので、明日からよろしくお願いします」
「ええ、アイツらに勝つために頼らせてもらうわ。Thank you so much」
古鷹とコロラドも乗り気だ。今日の大鳳主導のトレーニングでも、ここまでスタミナ不足を痛感しているのだ。もう時間も無いのだから、出来ることは全てやっていきたい。
それが苦行であっても、乗り越える覚悟はある。特に古鷹は、大塚鎮守府で活動していた時の経験として、感情を抑えて受け入れることが出来る。
「潮、アンタがスパーリングとかしてみる?」
突然話を振られてビクンと震える潮。そして、考えるまでもなく首を横に振った。
飛行場姫に鍛えられているが、それはあくまでも自分を守るための力を得るためだ。潮の拳は、ヒトを殴るためのものではない。スパーリングであっても、仲間に手をあげるなんて出来るわけが無かった。
「妹姫、それは意地悪」
「潮を悲しませるのはいけない」
潜水艦姉妹が苦言を呈する。飛行場姫としては、流石に無理かと潮の頭を撫でた。
潮が悲しむようなことを、潜水艦姉妹は許さない。いくらそれが飛行場姫であっても、はっきりと意思を伝える。それくらいに感情を表に出すようになり、自分で物事を考えられる程に自分を取り戻した。もう潜水艦姉妹は人形ではない。
「潮、アンタと一緒にこの子達も鍛えることにするわ。スパーリングをしろというのは流石に冗談だけど、先導することくらいはやってみない? 例えば、ランニングの先頭になって走ってもらうとか、腹筋や腕立て伏せの号令をかけるとか。この子達を、
それならば、攻撃的なことなど1つもない。それに、勿論潜水艦姉妹も隣にいてくれる。それなら、怖いことは何もないはずだ。強いて言うなら、潮の号令がハード過ぎて、3人に文句を言われることが怖い程度。しかし、この3人がそんなことを言うようには見えない。
そのため、少し考えた後、潮はおずおずと首を縦に振った。それくらいなら、やりますと。
「はい決まり。じゃあ明日を楽しみにしていてちょうだい。そうだ、春雨達も付き合ってもいいわよ。アンタ達もギリギリまで鍛えたいんでしょ」
「そうですね。一緒に戦うみんなのことを知るためにも、付き合わせてもらいます。いいよね、海風、白露姉さん」
「もっちろん。あたしだって決戦に備えたいからね。スタミナ不足は無いのはありがたいけど、鍛えられるところは全部鍛えておきたいからね」
「勿論私も。春雨姉さんのためにも、今以上に精進させていただきます」
春雨達も自主的に参加。これによって、基礎体力を鍛え上げ、決戦に備える。
まだ日取りは決まっていなくとも、出来る限りの準備はしていかねばならない。
翌日から大人数でのトレーニングになります。妹姫ブートキャンプwith潮。何人がついてこれるか。