空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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未知の敵

 施設から鎮守府へ帰投する艦娘達の前に、未知の深海棲艦が現れた。それはボロボロの服を身に纏った、今までに見たことのない姿をした者。施設で戦艦棲姫から伝えられていた者と同じである。

 

()()()……戦艦棲姫が話していた個体ですね」

 

 視界に入ったことで、その特徴もよくわかるようになった。千歳が呟いた通り、その未知の深海棲艦は、妙に黒ずんだ槍を携えていた。艦娘にも深海棲艦にもレアな武器を手にした個体。他にもそういう個体がいたとしても、ここ最近で話題になったのは戦艦棲姫が見かけたと言っていた存在のみ。

 本来はもっと遠く、帰路には全く関係ない場所で発見されていることは、それを見た本人から伝えられている。ということは、その場所から移動してここにいるということに他ならない。

 

「……あのヒト達みたいに、穏健派ならいいんデスけどネ」

 

 冗談交じりにそんなことを言いつつ、ジワリと冷や汗が出ている金剛。長く戦い続けているからか、見て相手の実力がある程度理解できた。

 相手は駆逐艦の見た目をしているが全く別物の存在だ。いわゆる()()()()が横行する深海棲艦界隈では、見た目で実力は測ってはいけない。アレは最悪、戦艦並みの力を有している可能性がある。

 

 それを他所に、その姿を目にして頭に血が上ろうとしているのは、やはり海風だった。

 自分達を襲ってくるであろう謎の深海棲艦ということは、姉達を殺し、春雨をあのカタチにした張本人と何かしらの関係があると考えてもおかしくはない。そう思うだけで、怒りが込み上げてきた。

 

「海風、抑えるデス。ああいう手合いにこそ、いつもの冷静さで行くべきデスよ」

 

 先んじて金剛に注意された。その言葉は先程までの明るさは微塵もなく、冷たいものだった。いつ暴走して突っ込んでしまってもおかしくない状態ではあったが、大先輩の戦艦からの言葉のおかげで、頭が一気に冷えた。

 海風だって今まで幾度となく戦いを潜り抜けてきた歴戦の艦娘の1人だ。練度も高く、第二改装も済ませている。今までは姉達の頭抜けた才能に埋もれていた部分もあるが、捜索部隊の隊長を任せられる程の実力者なのだ。公私はちゃんと分ける。かなりギリギリだが。

 

 その怒りは治らずとも、冷静にここを乗り切る。敵を沈めたい気持ちは今まで以上に強いが、今の目的は死なずに鎮守府に戻ることである。迎撃よりも撤退を優先。

 この会話を聞いているのだから、ここにいる全員の意思は撤退という1本に絞られた。たった1人の深海棲艦相手に撤退戦というのは今までに無かったが、未知の相手にはそれくらい慎重に行っても足りないくらいである。

 

「まずいわね……あれだけ速いと空母はかなり不利よ」

「発艦だけはしておく。当たらないにしても、牽制にはなると思うから」

「そうね。金剛さん、私達はそうしておく」

「OKデース。ちとちよは回避に専念してくだサーイ」

 

 空母はこういう時にどうしても不利になる。手が足りないとかでもないのだが、相手の回避性能が高すぎると、艦載機ではどうにも出来なくなる。ただでさえ動き回る敵に当てるのは、熟練の妖精さんでもなかなか上手くいかない。

 

 逃げながらも未知の深海棲艦からは視線を外さない。追い付かれるのも時間の問題ではあるのだが、それでもギリギリまで鎮守府に近付いておきたかった。

 通信が切れたことで、消息を絶った駆逐隊の二の舞にならないように、提督が援軍を出してくれる可能性は高い。それが合流してくれればまだ逃げやすくなるはず。

 

「第一次攻撃隊、発艦! 難しいかもしれないけど、がんばって!」

「攻撃隊、発艦開始! 出番よ、上手くやってね!」

 

 追い付かれる前に千歳と千代田が艦載機を発艦。撤退をサポートするように、哨戒機ではなく攻撃隊を発艦した。足止めにすらならない可能性はあるものの、多少はあちらの速度を落とすことが出来るかもしれない。

 そして、即座に攻撃を開始する。真正面からの射撃により牽制し、当たらないにしても足を止めてもらえれば撤退しやすくなるはずだ。

 

 しかし、それが簡単にいくわけがなかった。

 

「なンだありゃ……」

 

 江風が呆気に取られるのも無理は無かった。

 

 その未知の深海棲艦は、その攻撃機からの射撃を全て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そもそも回避すらしていない。

 

 近接武器を持つ艦娘は少数だが存在するものの、ここまで出来る者は、少なくとも彼女達の頭の中にはいなかった。あくまでもそれは、敵の懐に入った時の隠し技程度にしか考えていない。

 中には今のようにその武器で敵の弾を斬り払う者もいるのかもしれないが、そんな神業のような所業を命懸けの実戦で行う余裕など、思い付く限りでは無かった。

 

「速度が落ちてねぇ! 迎撃するかい!?」

「私がやりマース!」

 

 攻撃機の射撃は、言ってしまえば威力はそこまで高くない。1発1発が駆逐艦の主砲と同じくらいだが、複数の攻撃機が纏めて放つことで威力を高めているに過ぎない。

 そのため、涼風の言葉に応じるように、それ以上の火力を一撃で叩き込める金剛が全員の前に躍り出た。元々殿(しんがり)だったのだが、盾となるかの如く移動し、向かってくる存在に向けてその主砲を全て向ける。

 

「撃ちマス! Fire!」

 

 轟音と共に放たれる砲撃。その精度は非常に高く、攻撃機の射撃を弾く未知の深海棲艦を葬り去る渾身の一撃となっている。まず間違いなく避けられないタイミングでの砲撃となったことで、その砲弾は真っ直ぐ向かっていった。

 これすらも弾かれたら万事休す。砲撃は全て効かないということになってしまう。打つ手が無いとは言わないが、かなり厳しいのは確かだ。

 

 しかし、悪い予感というのはよく当たる。

 その砲撃を弾くことはしなかったが、代わりに真正面から()()()()()。真っ二つになった砲撃は左右に分かれ、未知の深海棲艦の真後ろへと飛んでいって着水。大きな水飛沫を上げるだけで終わった。

 流石にここまでの大技をする場合は足を止める必要があるようだが、戦艦の主砲を真っ向から受け止めて無傷である。回避されるよりも、弾かれるよりも酷い有様。

 

「アー……これは困りマシタネ。私の砲撃もどうにかしてしまいマスか」

 

 あまりに想定外な出来事に笑えてきてしまった金剛。一切の回避をせずに真正面から突っ込んでくる駆逐艦を、全力で砲撃を放っても止めることが出来なかった。

 妙に冷静に、あれなら駆逐隊がやられてしまっても仕方ないかもと思ってしまった。春雨達が戦った未知の深海棲艦がどんなスペックをしていたかはわからないが、少なくとも初見でアレは無理だ。どれだけ実力があっても、呆気なく踏み潰される。春雨が生き残っただけでも奇跡なのかもしれない。あれが生き残ったと言えるかはさておき。

 

 金剛でも止められないとなった途端に、絶望感が部隊から漂い始める。金剛でダメなら、自分達では確実に止められない。成す術なくやられる可能性すら出てきてしまった。いつもは騒がしい江風や涼風も、今回ばかりは今までにない緊張感で小さく震えた。

 

「怯んじゃダメ!」

 

 それを払拭するべく叫んだのは、海風だった。冷静でいられなくなりそうだったが、この絶望的な状況の方が拙いと判断し、怒りを振り払った。

 それでもギリギリだ。向かってくる深海棲艦に対して、今すぐにでも飛び出したくて仕方ない。姉の仇に繋がるであろう敵を、その手で沈めてやりたい。そんな気持ちは常に沸き立っている。

 

「力を合わせれば、この状態を打開出来る! しなくちゃいけないの! 姉さん達の仇を討つまでは、私は死なないんだから!」

 

 その根底にあるのは復讐心。それにより心を奮い立たせているのだから、ただでさえ壊れかけの心のヒビは、より深く刻まれようとしていた。

 施設で春雨と話し、心は癒されていても、一度入ったヒビはもう元には戻らない。あくまでも壊れづらくしていただけに過ぎないのだ。きっかけさえあれば、いつでも壊れていく。

 

「海風の言う通り、力を合わせて迎撃するデース! 撤退はもう厳しいでしょうカラ、今度は持久戦に入りマース!」

 

 必ず来るはずの援軍を待つため、撤退よりまともに攻撃を加えることに専念する方向に作戦変更。斬り払いと弾き飛ばしはあるかもしれないが、ここにいる全員で撃ち続ければある程度は動きを抑制出来るはずだ。そう信じて。

 いずれ弾切れは来る。そうなった時が本当の絶望だろう。しかし、それまではいくらでも考える時間がある。それすらも許されない可能性があるが、そんなことを考えている暇なんてない。

 

「足止めなら、魚雷! みんな、雷撃準備!」

 

 海風の号令で、駆逐艦達は一斉に魚雷を構えた。4人同時に広範囲に魚雷を放てば、先程の主砲斬り払いと同じように動きを止めるはずと信じて。

 

 だが、それに対しても先手を打つかのように、未知の深海棲艦も魚雷を放っていた。自分の前に来る魚雷のみを破壊するように、進路を妨害するモノのみを消し飛ばすように、魚雷に魚雷を直撃させて一気に突撃。

 魚雷同士の爆発を突き抜けるように、海水を引っ被ることなど関係なしに直進してきたことで、速さを誤認してしまう。この瞬間だけはどんな艦娘よりも速く見えた。

 

「まずいネ……! 海風狙われてるヨ!」

「……っ!?」

 

 未知の深海棲艦の狙いは海風。今の号令をしたことで、この駆逐艦の中でリーダー格なのだと認識された。そこが崩れれば、この部隊は完全に終わると判断していた。

 水柱のせいで距離が計算出来ず、うまく動くことが出来ない瞬間を狙われたため、海風はほぼ無防備の状態だった。

 

 声をかけても無視の一点張りだったと戦艦棲姫が話していたのを、金剛は思い出した。なのに今はどうだ。そんな姿を全く想像させず、艦娘に対して無表情に攻撃を仕掛けてくる。

 つまり、()()()()()()()()()()のだ。深海棲艦、同胞(はらから)には用がないので無視。しかし、艦娘は始末する対象なのでコレ。たまたま生まれた深海棲艦だとしても、この考え方はどこかおかしい。

 これでは、侵略者でも何でもない。艦娘を殺すためだけに生まれたロボットだ。正しく思考しているのかすらわからない。

 

「やらせないネ!」

 

 未知の深海棲艦は基本的に槍しか使わない。海風を狙っているかもしれないが、魚雷を放つわけでもなく、ただ突撃して槍による刺突で殺害するつもりでしかない。

 ならばと海風を守るように立ち塞がった金剛が、ドンピシャのタイミングでその槍を()()()。刃を掴むわけにはいかないため、海風に刺さる前にその柄を握りしめる。

 

 明るく楽しい金剛だって、艦種は戦艦。他のどの艦種よりも膂力を持ち、主砲が無くとも戦闘力はピカイチである。いくら深海棲艦と言えども、武器そのものを掴まれては刺突は出来ない程に。

 そして今の金剛は、仲間を守るという一点で、本来の力の数倍は出ている。その槍が()()()槍ならば、握り締めて折ってしまうくらいの握力だった。無論、金剛自身にも影響がありそうだが、そこは命を落とすことに比べれば安いモノと飄々と言ってのけるだろう。

 

「……シノ……ギル……メ……」

 

 何かを呟いているのが聞こえた。その瞬間、小さめの艤装の横に、駆逐艦の主砲が生成された。深海棲艦なのだから、艤装を自由に出し入れするのは金剛でも理解している。むしろ、こうやって掴まれることを期待しての突撃だったと、今更ながらに気付いてしまった。

 

 この深海棲艦の真の狙いは()()()()()。そうでなければ、今までの調査の段階で海風達が狙われていないわけがない。今回の部隊に金剛が加わったことで、初めてここまでの反応を見せたのだ。

 

「……シズメ」

 

 槍を掴んだ状態では超至近距離の砲撃なんて避けられるわけがない。しかし、今ここで咄嗟に回避した場合、真後ろにいる海風に直撃してしまう。どちらが犠牲になるかを選択しなくてはいけなくなった。

 金剛はそんな時、仲間を犠牲にするような性格ではない。自分が犠牲になることを考える。だからこそ、咄嗟に身体が動く。

 

「Burning Looove!」

 

 槍を引っ張るように身体を捻り、自らの艤装を敵にぶち当てるかのように前に押し出す。当たらずとも、砲撃から身を守るための最善の動き。

 自分も海風も守れる。犠牲になるのは金剛の艤装のみ。その主砲の威力が駆逐艦のそれではないことも理解しているが、次に繋ぐためにはその程度の痛みは恐れない。それが金剛である。

 しかし、ここで金剛が艤装を失ったら、まず間違いなく勝ち目が無くなる。援軍到着の気配は未だにない。それだけ離れた場所なのだ。最速で出撃したとしても、到着はまだまだ先。この行動は、一時の延命処置に過ぎない。

 

 砲撃は思惑通りに艤装に直撃し、海風は無傷。しかし、金剛はその爆風でダメージを負い、艤装も半壊まで行かない程度に破壊されてしまった。やはり駆逐艦の主砲の火力を凌駕している。

 

「金剛さん!」

「私はまだ、やられないヨ! だから、みんなも諦めたら、Noだからネ!」

 

 その言葉で鼓舞された。震えは止まり、艦娘としての矜持を取り戻す。恐怖など何処にもない。だが玉砕も考えていない。勝ちに行く。

 

 

 

 

 そして、その言葉、思いが、この事態を好転させる。

 

 激しく海面が波立った瞬間、その未知の深海棲艦のみを串刺しにするかの如く、()()()()()()()()()()()()()()

 寸前で回避されてしまったものの、その角を持つ何かがそのまま浮上し、金剛を巻き込んで姿を現す。

 

「なんか騒がしいと思ったけど、こういうのは良くないヨナ。こんごーさん、ヨナ、加勢します」

 

 現れたのは伊47。深海棲艦としての巨大な艤装を携えて、この絶望の海戦に参戦した。

 

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