空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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逆恨みの進化

 翌朝。まだ日が昇り切ってもいない時間に目を覚ます春雨。外は白んできているが若干薄暗く、誰もがもう一眠りするくらいの時間。

 隣を見ると、気持ちよさそうに眠る海風の姿。春雨の身体を抱き枕にして、その温もりを存分に感じながら、幸せそうな寝息を立てていた。悪夢も見ているようなことはなく、今の生活を満喫していることがわかる。

 ここ最近は春雨も悪夢らしい悪夢を見ていない。寂しさが溢れたことで深海棲艦化しているものの、怒りも溢れたことでいろいろと中和しているのだろうと感じる。こうなるまでに嫌なことは多かったものの、眠っている時まで反芻させられるようなことは無かった。

 

 それもこれも、親身になってくれている海風のおかげだろう。常に温もりを与えてくれて、姉妹からの愛で怒りも薄れる。どちらに向けても発作を抑える作用があるのは、今この世界にはおそらく海風しかいない。白露や妹達でも、ここまでの温もりは与えてくれないだろう。

 それだけベッタリだと言われてしまえばそれまでなのだが、海風の依存も相まって、春雨には最も安心出来る存在であることは間違いない。だからこそ、侵蝕された時に怒りが溢れたのだし。

 

「……ありがとうね、海風。いつもいつも、こんな不甲斐ないお姉ちゃんのために」

 

 普通なら撫でているところだろうが、今の春雨は腕は消している。二の腕までしかない上に、そこも含めて海風にガッチリホールドされているため、モゾモゾと動いたところで動くことも出来ない。今ベッドから降りようと思っても、海風を起こさない限りは難しいだろう。

 

「……起きる必要も無いし、もう一眠り……」

 

 考えている内に少しずつ微睡んでいく。春雨だってトレーニングに参加しているのだから、昨日はかなりの疲労を感じていた。この一晩で充分体力は回復しているが、眠気だけはまだまだある。適正な時間眠ることで精神的にも完全な回復に至る。

 決戦も近いということで、こんなにゆっくり出来る時間もあと僅かだと考えると、この微睡んでいる時間はより至福の時であると実感出来る。そして、そのまま二度寝へと向かおうとしたその時だった。

 

「……ん?」

 

 小さく虫の報せを受け取ったような感覚を得た。今までに感じた激しい悪寒などではないが、何かがあったのではないかと勘付くような、そんな感覚。

 これは深夜の哨戒で施設に向かってくるドロップ艦を見つけた時のような感覚に近い。初めて発見された時、今は堀内鎮守府で艦娘としての道を歩んでいる文月を松竹姉妹が発見した時に感じたモノだ。

 

「外で何かあった……?」

 

 今は深夜哨戒は中止している。龍驤が斃れた今、夜に何者かが来る可能性は非常に低く、決戦準備で体力を使うことも多くなってきたため、夜はみんなでグッスリ眠るという前までの習慣に戻っていた。

 また、一応ではあるが夜は『観測者』が道化達と共に外海を監視している。施設側に若干()()()()()ため、何かあった場合は多少なり対処してくれる。黒幕は摂理に反する存在になってしまっているのだから、それを止める者として働いてくれると春雨は信じている。

 

「……海風、ちょっといい?」

 

 眠っているところを起こすのは申し訳無いのだが、こういう感覚を得たということは、確実に何かあるということ。しかも、自分に不利益が発生する可能性が高い。ならば、気付いた時に対処出来るならしておきたい。そのため、海風を起こすことにした。

 行きたくても今の状態では行けない。行けたとしてもお互いに発作を起こしかねない。動くのならば、お互いのために必ず一緒に。

 

「んん、どうかしましたか姉さん。外はまだ薄暗いようですが」

 

 春雨に声をかけられれば、すぐさま目を覚ますのが海風。軽く眠そうではあるが、眼前に春雨の顔があることでその眠気もすぐに飛ぶ。

 

「なんか変な感じがしたんだ。もしかしたら、外で何かあったかもと思って」

「こんなタイミングでですか? 龍驤を斃し、施設を狙ってくるものが残すところ黒幕だけとなった今、何かあるのでしょうか。でも、春雨姉さんがそう感じたのなら間違いなく何かあったのでしょう。外に出てみますか」

 

 春雨が言うのだから間違いないと、すぐに布団をのけて外に出る準備をする。物分かりが良すぎるのも考えものだが、春雨にとっては非常にありがたい。

 

 

 

 

 すぐに着替えて施設の外へ。当然ながら誰も起きていないと思いきや、春雨がピンとする方へと向かったところ、ちょうど施設に戻ってくる『観測者』と道化達の姿があった。

 

 春雨との約束を守るため、明るい間は施設に滞在、もしくは近海から春雨を監視。夜は監視をしない代わりに施設から離れて海の摂理を守っている。いつ眠っているのかわからないが、むしろ眠る必要すらないくらいの特殊な存在と言われても納得は出来た。

 そんな『観測者』一行がこの時間に戻ってくるのは、ある意味いつも通り。春雨が目を覚まして虫の報せを受けるようなことはない平常運転なのだが、今回は何かが違った。

 

「流石は辿り着く者だ」

「外で何かあったんですか」

 

 この言い分から、何かあったのは確実。春雨はすぐさまそれを問いただす。

 

()()が更なる進化を遂げた。龍驤を失ったことで、さらに憎しみを増したからだろう」

 

 なんでも、こうやって夜の間にあらゆる海域に仕掛けられた泥を駆除するように動いているのだが、今回は少々違う動きをしてきたという。

 

「……何度進化すれば気が済むんですか」

 

 苛立ちが顕著に現れる。それを察してか、海風はすかさず春雨の手を握った。いくら義腕でありインナーに包まれていても、海風の温もりが伝わってくるようで多少は落ち着く。

 

「それで、どんな進化を? 島を自分の器とするだけじゃ収まらなくなったんですよね」

「ああ、これまでは憎しみを増し続けることにより、より艦娘を苦しめる方向に伸びていった。これは君達にもわかるだろう」

「はい。最早逆恨みの域ですが」

 

 あまりにもわかりやすく怒りを露わにしているため、道化達もどうどうと春雨を落ち着けるように動く。何処からか出した扇子で扇ぎ、熱くなった頭を冷やしてといわんばかり。

 

 最初は龍驤を器として、再起を図って行動を始めた黒幕。その時には他者を乗っ取ることしか出来なかった。深海棲艦としての溢れで手に入れた力は、艦娘への憎しみから尊厳を踏み躙ることに特化したモノ。その始まりは、自らを艦娘に取り憑かせることでコントロールするという単純なモノだった。

 そこから時間をかけて力を増していき、拠点となる無人島を侵蝕しながら勢力を伸ばしていった。流動体である身体を使い、龍驤のみならず他の艦娘を侵蝕し始める。憎しみは募り、力は増し続けた。

 順調に勢力を伸ばしていたので一旦は力の進化は止まったようだが、そこで春雨や鎮守府の艦娘達が白露や古鷹を撃破するという異例の事態が発生。そこから、自分の道を妨害する()()()()が存在することがわかり、より憎しみを増していく。そこでの進化が、増殖する泥だ。艦娘の尊厳をより多くより早く踏み躙るための進化。当時の龍驤は特別製と言っていたが、なるべくしてなっている。

 しかし、それでも春雨達は止まらない。次々と嗾けた部下を撃破し、本来の艦娘としての性質を取り戻させる。それを知ったことでさらに憎しみが増した。憎しみだけでは収まらず、島を侵蝕して自らの器とするほどに膨張し、さらには龍驤を泥へと変えることが出来るほどに悪意は膨れ上がっていた。端末だけでなく、本体そのものを増殖させているようなもの。憎しみを増し続けた結果、不可逆の侵蝕まで手に入れてしまった。

 

 そして、それすらも撃破された。龍驤が失われ、黒幕はそれを知るかはわからないが再洗脳により艦娘の思考すら取り戻している。不可逆を強引に可逆にし、取り戻した。

 ある意味()()()()であった必勝の存在すらも敗北を喫したことで、黒幕の憎しみはより溢れた。その結果、最後の進化を遂げたという。

 

「今の()()は、本来の器の居場所がわかるようになってしまった」

 

 一瞬の静寂。そして、驚きで春雨も海風も大きく目を見開いた。

 

「今までずっとこの場所がわからなかったのにですか?」

「ああ。我々がこの夜にやっていたことは、以前にも言っていた通り散らばった悪意の駆除だ。ここ最近は多少減っていたが、昨晩はまた数を増やしていた。その悪意は、()()()()()()()()()この施設に向かって移動していた」

 

 泥はその場に留まり、付近を航行やドロップした艦娘を乗っ取ることに特化していた。自ら移動する時は、器に出来そうな存在が近くに現れた時のみ。

 しかし、その泥は最初から常に動き続けていたという。その方角にはこの施設があり、陸には近付くことなく、それこそコソコソと。まるで鼠輸送である。

 

「姉姫様の結界を無視しているということですか」

「可能性は高い。この空間の内側に入る前に我々が駆除したため、そこまで出来るかは現状では不明と言っておこう。しかし、この空間に一部でも入ってしまった場合、姉姫にとって深刻な事態を引き起こすかもしれない」

「……ですね。そうか、私の感じたのはそれだったんだ」

 

 うっすら目を覚ました時に感じた虫の報せは、おそらくそれ。悪意の塊が施設に向かって突き進むのを察知した結果なのだろう。

 

「私にもまだ詳細は掴めていない。春雨、君にはすまないが、一度この島を離れたいと思う。無論約束は違えない。君の監視は一時的にやめよう」

「わかりました。でも、出て行く時は姉姫様にちゃんと伝えてくださいね。今回は姉姫様にも関係があることなんですから」

「そうするために今ここに戻ってきた。私の口から伝えておく必要はあるだろうからね」

 

 この調査に関しては、もう『観測者』にしか出来ないことだ。黒幕の居場所を明確に知っているのは『観測者』のみ。中立を守らなければ存在そのものが失われてしまうために春雨達にその居場所を伝えることは出来ないが、摂理に反している者の監視は中立の内。

 

「春雨、辿り着く者の直感として、その悪意がこの島に近付いた時、どうなると思う」

 

『観測者』からの質問に、春雨は少しだけ考える。中間棲姫と黒幕は元は同じ存在。器と中身に分離した、1つの深海棲艦である。その中身の一部が器に近付いた場合、考えられることは1つ。

 

「姉姫様に悪い影響が出るかもしれません。今の自分を持っているとはいえ、中身が直接干渉したら、体調を崩すとかは考えられます」

 

 中間棲姫の身体に影響を与えるのは、少し考えるだけでわかるだろう。入り込んでしまえば本当におしまいだが、そうでなくとも近くにあればそれに引っ張られて様々な症状を起こしてもおかしくない。

 

「私も同じだ。だが、それを実証するのは危険すぎる。あくまでも憶測の中でだが、彼女のためにも接近を防ぐ必要はある」

「はい。こちらでも警戒はします。もし姉姫様が倒れるようなことがあったら、私達でも島の周辺は確認します」

「すまないが、そうしてほしい。我々も勿論そうならないように尽力する。だが、1つ言えることは、もうあまり時間がないということだ」

 

 当然、決戦はなるべく早くというのがみんなの思いだ。時間をかければかけるほど、あちらは戦力を増やしていくのだから。

 

 

 

 

 黒幕の憎しみの力はとどまるところを知らない。しかし、春雨からしてみれば、それはただの逆恨みだ。あちらが憎しみを増す一方、こちらも怒りを増していく。

 




黒幕本人が施設の位置を特定出来るようになってしまいました。『観測者』様が調査と同時に悪意の駆除もしていますが、時間が失われていっているのは確かです。
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