夜のうちに活動をしていた『観測者』に齎された黒幕の情報は、施設を震撼させる。憎しみを増し続けた結果、施設の場所までわかるようになってしまったのだ。『観測者』曰く、黒幕は自分の拠点から動くことなく器の居場所を把握し、悪意の塊をそこに向けて放っているとのこと。
この施設の周囲に張り巡らされた、中間棲姫の能力による『敵対する者を弾く結界』にその悪意が接近し、中に入ってしまった場合、中間棲姫そのものに介入する可能性がある。体調が悪くなるだけならまだマシだろうが、それ以上になると施設の存続に繋がる。そのため、施設の警備はさらに強める必要がある。
「そうなのねぇ……ついにという感じだわぁ」
「正直なところ、いつか来るんじゃないかとは思ってたわよね。来てほしくなかったけど」
姉妹姫が揃って呟いた。このまま戦いを続けていたら、いつかこの施設に辿り着いてしまうのではないかと薄々感じていたという。嫌な予感というものは思った以上に当たりやすい。
「我々はこの施設に悪意が近付かないように事前に動く。それでも、漏れがあるかもしれない。言い訳がましくなるが、我々の人数では抑えられない可能性がある」
強大な力で中立を守り続ける『観測者』だが、道化達も合わせて3人しかいないのが現状。見つけた悪意の塊を片っ端から処理したとしても、手が回らないなんてことだってあり得るのだ。あまり過信しすぎるのも良くない。
それこそ、島の周囲を囲う程の量を出されたら、いくらなんでも3人ではどうにもならないだろう。そうなってしまった場合は、島の者達がどうにかしなくてはならない。すぐにそんなことになるとは限らないが。
「中立を守らなくちゃいけない割には、随分肩入れしてくれるのね。お姉のために動いてくれるのはアタシとしては嬉しいけれど」
「万が一のことがあった場合、確実に中立は崩れ、摂理も壊れるだろう。
飛行場姫からの皮肉も軽く受け流し、『観測者』は急がせてもらうと施設を出て行った。道化達も一礼をした後、遊びに行くかのようにスキップしながら主人の後ろについていった。
「中立とか摂理とかはよくわからないけど、アイツがお姉のことを第一に考えてくれてるのは、アタシとしても嬉しいわね」
「とはいえ、私の中身がどんどん力を付けちゃってるということよねぇ。私としては複雑な気分よぉ。だって、存在そのものがもうダメということになるんでしょう?」
「まぁそういうことになるわね。そんなヤツがお姉の半身みたいな感じに扱われてるのはアタシは気分が良くないんだけど」
そもそも、自分から捨てた器をまた取り戻そうとしているのが気に入らないと、何度目かわからないような愚痴。中間棲姫も妹のこの愚痴を何度も聞いているので苦笑を浮かべる。
「ともかく、この島は自衛も強めなくちゃいけないのね。万が一、泥が見えるレベルまで近付いてきたら、アタシ達自身でどうにか駆除をしなくちゃ」
「そうねぇ。多少は泥刈機でどうにか出来るとは思うけれど、それだけじゃあ足りないわよねぇ」
「あと普通に復旧させた畑がまたおじゃんになったら流石にキレるわ」
侵蝕のために泥が
「そもそも泥刈機で吹っ飛ばせるかもわからない……なんてこと無いわよね」
「艦娘憎しで進化を続けてるなら、今の対策を全部弾いてくる可能性も無いとは言えないわぁ」
「怖いこと言わないでよ。でも、全然普通にあり得るわよね。耐性持ってるはずの春雨や叢雲も侵蝕出来るようなことをしてくるかもしれないし」
「それはもっと怖い話ねぇ……」
ここまで来ると、今の対策が全て無効化されているというのも考えておくべき事態となっている。しかし、そうなると島に向かってきた時点でそのままアウト。処理出来ずに島を塗り潰されて、最悪の場合、この島にいる者全員が侵蝕されて破滅に向かう。
「あ、ちょっと待ちなさい! 中立かどうかはわからないけど、聞いておきたいことがあるわ!」
去っていった『観測者』を呼び戻す飛行場姫。今の自分達でも対処出来るかだけは教えてもらわないと困る。
出来ないと言われてしまったら、そこからどうするべきかを考えなくてはならない。出来るのならば、そのように施設内で対処方針を決めなくてはならない。
どちらにしろ、これからの施設のことをみんなで考えていく必要はある。
「ということで、春雨と海風は知ってると思うけど、あちらにこの島の居場所がバレたわ。これからはダイレクトに泥がこの島に攻め込んでくる可能性があるってことよ」
朝食時に飛行場姫からの発表。その頃には『観測者』一行はその泥の対策に出ているため、又聞きにはなるものの姉妹姫が説明をする。
そんなことを聞いたら食事の手も止まってしまう。唯一ある程度安全を維持し続けていたこの施設すらも、今はもう安全であるとは言えなくなってしまった。
「『観測者』から聞いたんだけれど、アイツらが対処した時に、その感覚が前と変わらなかったらしいから、ここに置いてもらっている泥刈機でも消し飛ばせそうという話よ。あのメガネで確認出来るかはまだわからないけど」
「でも、無理はしないようにねぇ。わかっているとは思うけれど、触ったらダメなのも変わらないんだもの。これは、春雨ちゃんや叢雲ちゃんでも例外では無いわぁ」
警戒はするに越したことはないので、耐性持ちであっても無理をすることなく他の仲間達と同じように振る舞ってもらう。前哨戦の時のように、全身を包み込むスーツは着てもらうし、自分から近付くようなこともしないように念を押す。
春雨は勿論、叢雲もそれには同意。万が一のことを考えると、侵蝕されるだなんて腹が立つことを受け入れられるわけがない。ほんの少しでも可能性があるのなら、それは確実に回避する。
そして、こういう話はミシェルには理解させないように努める。泥が危険であることくらいは知っておいてもらうが、それに侵蝕されたらどうなるかを事細かく教えてしまった場合、理解出来ないものがその身に影響を及ぼさない力も無効になってしまう。
それでもさらにそれを上塗りするように侵蝕する可能性すらあるのだ。とにかく、泥には触れるなということだけを知ってもらう方向。あとはスーツを着ることと教え込む程度。ジェーナスが自分と同じようにしてくれと言えばミシェルは素直に聞くため、その辺りはまだやりやすい。
「夜は特に危ないと思うわぁ。昨日まではやめておいたけれど、深夜の哨戒もまた再開した方がいいかもしれないわねぇ。当然、徹底的に防衛してね」
夜の闇に紛れて泥が島に上陸してしまったら目も当てられない。探照灯なども存分に使って、徹底的に防衛を固めたいと考えている。
出来ることなら、現在鎮守府に設置されているという、泥に対するバリアを貸し出してもらいたいものなのだが、規模が大きいため持ち運びがかなり厳しい様子。勿論、今回の件は鎮守府に連絡をするため、何かしらの対策を用意してもらえるのならば頼るつもりだ。
「もし、もしもなんですけど」
春雨が神妙な顔で手を挙げる。
「泥がどうにも出来なくなったとしたら、姉姫様と妹姫様は、この施設から……その、離れることは出来るんですか?」
本当に厳しい場合は、姉妹姫もこの施設を離れなくてはいけない時が来るかもしれない。それは今まで長年使ってきたこの陣地を手放すということになる。
陸上施設型である2人は、自分の力で海に出ることは出来ないため、コマンダン・テストの大発動艇の力を借りて島から脱出することになるとは思うが、この島自体が半身みたいなものであるため、そんな簡単に離れることが出来るのかというのが春雨の疑問。
「うーん……正直なところ、それは私達にもわからないのよねぇ」
「アタシ達、本当にココから出たこと無いもの。アタシ達がいなくなったこの場所がどうなるかなんて、考えたこと無かったわ」
2人も実際、この島から離れたことがないため、それが出来ると断定は出来ない。ある程度離れたら艤装が消えるだとかはあるだろうが、島自体がどうなるかはまるでわかっていないのだ。今までそんなことをする必要が無かったから。
実験と称して一度離れてみるという手もあるのだが、それで施設が崩壊するようなことがあっても困る。この施設そのものが中間棲姫の艤装のようなものであるため、その可能性も無くはない。
「本当に、本当に緊急事態となった時には、この島を離れることも視野には入れておくわぁ。でも、ギリギリまでは私はここにいるつもりよぉ」
「ここがアタシ達の居場所だし、アンタ達の帰る場所なんだから、そう簡単に離れるつもりは無いわ。でも、もし命の危険まであったら、流石にここを放棄する選択だってする。命あっての物種だもの」
「妹ちゃんの言う通りよぉ。死んだら元も子もないんだもの」
施設も大切だが、それ以上に命の方が大切。施設がもし失われてしまっても、生きていれば再興出来る。壊すことになった畑が今は元に戻っているように、命が無事ならばいくらでもやり直せるのだ。
「そうならないようにしたいところだけれど。勿論アタシ達だって抵抗しないわけがないんだもの。鎮守府とも連携して、絶対に黒幕の思い通りにはさせないわ」
「その時は、みんな協力してくれるかしらぁ。みんなが無事でいられるように」
勿論だと満場一致で同意する。この場所はここにいる者達の愛すべき居場所。本来の居場所がある者達にしてみても、ここは第二の故郷と言える大切な場所だ。戦いから離れた牧歌的な生活で、心を穏やかにしてくれるこの施設が、逆恨みから破壊されるだなんて堪え難い問題である。
みんなで協力してこの場所を守る。これがここにいる者達の共通する願い。そのためならば、誰もが全力を尽くす。
「妹姫、今日から鍛えてくれるのよね。だったら、早いうちから始めちゃダメかしら」
それだけのことを聞いたら、予定していたトレーニングも優先して実施した方がいいのではと叢雲が提案する。攻勢に出るのも、守勢に回るにも、今以上の力を持っておく必要があるだろう。
「ふむ……アンタ達が良ければ、ちょっと優先的にトレーニングを始めてもいいわ。その時が近いなら、アタシも力を貸してあげる。お姉、それでもいいかしら」
「ええ、この施設のためにみんなが動いてくれるのなら、私も協力は惜しまないわぁ」
中間棲姫も少し苦しそうな表情を見せつつも、この施設を存続させるためには仕方ないと割り切った。
争いごとが嫌いでも、今回は戦わなければ誰もが傷付く。そのためには、全力で立ち向かわなければならない。
「この施設がここにあることが、みんなのためでもあるし、何より私のためにもなるわぁ。だから、こんなことを言っていいのかはわからないけれど……みんな、その、お手伝いしてもらってもいいかしら」
そんな中間棲姫に対して、否定的な意見を出す者は誰もいない。自分達の居場所を守るため、出来ることは全てやる。それが過酷なトレーニングでも。
時間はあまり残されていない。しかし、施設がまともに動き出せるのは、鎮守府側の準備も整わなければならない。
次回、ついにブートキャンプ。