2番手として白露が抜けた後、鬼ごっこは苛烈を極めた。やっていることは殆ど同じではあるのだが、潮自身の練度が上がりつつ、追いかけ回す側は消耗が積み重なっていき、時間が経てば経つほどタッチをすることが困難になっていく。
それでも、潮は手加減なんてしないし、追う者達もトレーニングの一環ということで全力で取り組む。ゼエゼエと言いながらも、やめようとはしない。スタミナを無理矢理にでも鍛えているような、そんな感覚を覚える。
「っしゃあ、タッチ!」
「私も同時に、タッチ!」
「ひゃああっ!?」
松竹姉妹が同時に潮にタッチすることで2人同時に抜ける。これで半数を超えるくらいが抜けることとなった。
潮の回避精度はグングン上がってはいるが、それでも確実にクリア出来るようになっているのは、残っている者達の連携力も一緒に上がっているおかげである。
「疲れてきたね流石に……」
「ですね……。姉さんはまだやれそうですか?」
「問題は無いよ。疲れだけだから」
春雨はスタミナに関しては普通。これだけ動き回れば、当然疲れだって見えてくる。額にはじっとりと汗が浮かび、軽く息が切れ始めているくらいだ。
付き従う海風も同じように疲れを見せてはいるが、春雨程ではなかった。スタミナだけで考えれば、春雨と海風は大体同じくらい。先日のトレーニングの時も、疲労を感じ始めるタイミングは同時とは言わないまでも誤差程度だった。
「少し疲れるのが早くないでしょうか。体調が悪いようでは無さそうですが、消耗が激しいのはあまりよろしくありません。今回のトレーニングでも常に前に立っていますが、それが原因でしょうか」
こと春雨に関しては即座に反応する。疲れるタイミングが早いとすぐさま気付き、その原因を探った。
それは、何気ない仲間の一言ですぐにわかる。
「サンキューな、春雨。助かったぜ」
「最後、すごく追い込みやすくなったよ。おかげで竹と一緒に抜けることが出来た。ありがとう春雨さん」
今抜けた松竹姉妹が春雨に礼を言った。2人とも、この鬼ごっこの中で自分達がクリア出来たのは、春雨のおかげだと話す。
「オレ達が回り込んだ時に、潮の死角になるように動かしてくれてたろ」
「潮さんにも苦手な方向みたいなのあるみたいだもんね。潮さんを誘導してたよね?」
「ちょっと大袈裟に動いて注意を引くようにしただけだよ。潮ちゃん、こっちのやることをすぐ覚えちゃうからね。新しいことをやればそれを覚えてこようとするから、その時だけ隙が出来るんだ。そろそろそれもダメになりそうだけど」
さらりと言ってのける春雨。その隙を突いたのは、松竹姉妹の実力であると言葉を添えて。
20人強いた参加者がこれでついに残り一桁に突入したところだが、その全てにおいて、近道ルートで先陣を切るのは春雨。潮にどうにか近付いて全力疾走を食い止めてから、春雨が手を出すところから一進一退の攻防が始まり、そして少し後に加わった者が春雨が作り出した隙をついてタッチする。
潮は正規ルートですらあの手この手を使って変えてきており、その都度、春雨も新たな手段をその場で考えている。時には近道を使うことなく、むしろミシェルと共に正攻法で突撃することもあった。それが最善の道であると判断したため。
「よくもまぁ、しんどい状態で考えられるもんだ。オレには出来ねぇよ」
「私も全力疾走しながら何か考えるっていうのは出来ないなぁ。そもそも疲れで頭が回らなくなっちゃう」
「だよな。そういう意味では、春雨ってすげぇな。援護のプロだ」
ここまで褒められたら悪い気はしない。褒められている春雨だけではなく、海風も。尊敬し、敬愛し、心酔する姉が持ち上げられるところを見て聞いているだけで、よくわかってくれたという気持ちでいっぱいになるというもの。
それと同時に、春雨の疲労が、仲間達全員に気を遣い続けていることから生まれていることを理解する。その中に自分も含まれていることも。
自分が春雨を支えていこうと思っていても、実際はそれ以上に支えられていると実感した。
「姉さんの疲労を少しでも減らせるように、私が頑張ります」
「うん、ありがとう海風。私は自分のことが見えないから、私のことを見ていてくれるのは嬉しいよ」
春雨から労われるだけでも、海風は喜びで身を震わせるほど。その様子を見て、松竹姉妹はニコニコニヤニヤ。この姉妹愛には、2人とも敏感に反応してほっこりしていた。
鬼ごっこはさらに続き、ここでついにミシェルが抜ける。
「はぁ、はぁ、すっごく、楽しかったぴょーん!」
遊び感覚で楽しんでいたミシェルも、そろそろ疲れが出始めたところで春雨が機転を利かせて潮にタッチさせた。思いつく限りのあらゆる手段を使っているため、そろそろ手数が減ってきてはいるが、この中では最も戦闘に向いていないミシェルをクリアさせるところまでは行く。
抜けたミシェルは、先にクリアしていたジェーナスのところへと駆けていき、抱き着いたかと思った瞬間には寝息を立てていた。遊ぶだけ遊んで、疲れたから寝る。まるで子供であるが、それがミシェル
「ふぅ……あと5人……」
残ったのは5人。春雨と海風に加え、スタミナがかなり厳しい古鷹と、ドロップ艦が強化されただけの瑞鳳と黒潮。ここまで来るともう正攻法では潮に追いつくことが出来なくなり、全力疾走されるとまず間違いなく撒かれる。
ちなみに潮はまだ息一つ切らしておらず、鬼ごっこが始まった当初からほぼ何も変わっていないという恐ろしさ。
「妹姫様、提案があります」
「何かしら」
ここまで全てを見守ってきた飛行場姫に春雨から1つ提案をする。
「多分ですけど、ここから潮ちゃんにタッチするのは、もう不可能です。私も含めて、残っている体力は潮ちゃんの半分にも満たないでしょうし、そもそも足の速さが違います。艤装も使えませんしね」
「そうね。見ている感じ、そろそろ限界かなとは思っていたわ」
「でも、タッチ出来ずに負けというのは悔しいじゃないですか。なので、最後は取り囲んだ状態から始めさせてもらえませんか」
今まではミシェルがいたから追い詰めることが出来た。正規ルートを常に選び続け、潮の動きを固定化していたおかげでどうとでもなった。だが、もうそれも出来ない。
そうなると、この鬼ごっこは一生終わらないだろう。潮のスタミナが尽きるのはまたまだ先で、その前に残った5人が間違いなく倒れる。その間も先に抜けた者達は終わるのを待ち続けることになるのだ。
今先に抜けている者達は、ゆっくりと疲れを取りつつ、早く抜けた者はストレッチや早めに筋トレなどを始めているくらいである。
「確かに、この状態からは不毛になるわね。いいわよ、その提案は採用。潮、それでも良かったかしら」
「えっ、は、はい、大丈夫、です」
潮としても、ここからは申し訳なさまで見えてきた。春雨と海風は率先して
それだけ古鷹の消耗は見てわかるレベル。汗だくで、息も切らしており、立っているのが精一杯と言わんばかりにフラフラ。今は気力だけでここにいるように見える。
しかし、潮に出されている指示は、誰がどうであれ手を緩めることなく全力で逃げること。疲れを見せていようが容赦なくやれというのが飛行場姫のトレーニングである。潮はそれを忠実に守り続けていたに過ぎない。
それが今解消されるということで、潮は内心ホッとしていた。このままやっていたら遺恨を残すかもしれないという恐怖があったので、それが失われたことは非常に大きい。
「じゃあ5人で囲んで。ある程度の距離は空けるのよ。間近で始めても意味がないから」
少しだけ作戦会議をした後、飛行場姫に指示され、潮を取り囲むように5人を配置。ちょうど五角形を描くような形となり、その中央に潮。
距離的には鬼ごっこの時よりはかなり近い。やろうと思えば一瞬で終わるような間隔。5人一斉に突っ込んだら、1人くらいはタッチ出来るのではと思えてしまう。しかし、相手は回避性能に全てを置いている潮だ。纏まったらそれを全て潜り抜けて包囲網から抜け出し、そこからはまた鬼ごっこ開始。そのまま終わらなくなるだろう。
「それじゃあ始めてちょうだい」
開始の合図が出ても、そう簡単には動けない。動いたらそこが隙になりかねない。だから、動くなら同時に動く。これしかない。
潮も360度全てを警戒している状態。後ろから近づかれたり、纏めて突っ込んでこられたりは、ここまでさんざんやられてきた。全力で逃げるのなら、いくらあちらが疲れ切っていようが関係ない。
「よし、行こう」
最初に動き出したのは、やはり先導役としての動きを強めに発揮している春雨。この動きに合わせて他の者が動き、さらにそれに合わせて春雨が動きを変えるというのがもう定石となりつつある。
そして、それはこれまで潮も何度も見ているために即座に順応する。突っ込んでくる春雨からとおのけば、後ろに控えている3人に捕まる。だからと言って横に回避は春雨に反応されて詰められる。跳ぶのは伊47の時のこともあって以ての外。
そうなると、潮が取る行動はたった1つ。春雨自身に突撃すること。回避しなくてはならない存在が1人だけになるため、まだ対応がしやすい。怖いのは海風の存在。
「今の私なら避けられるかもね」
「っ……」
小さくフェイントも入れながら、春雨の妨害を潜り抜けようと体勢を下げてステップを踏む。ちゃんと前を向き、突撃する場所に誰もいないことを確認しながら。
「私1人なら、だけど」
勿論、春雨1人で対応するわけがない。当たり前のように海風が隣に立ち、潮の進行方向を見極めて妨害に入る。
そこでさらにステップを踏み、海風の妨害すらも潜り抜けるために大きく横に跳ぶ。本来ならばこれで2人の壁をクリア出来るのだが、当然海風だってここまでずっと見続けているのだから、この回避にも順応している。
「止めますよ、流石に」
同じ方向にステップ。なるべく春雨に負担を与えないように、海風が動き回ることで、潮の行動をなるべく制限する。
避ける方向を固定することによって、むしろ自ら捕まりに来るくらいにさせるのが目的だ。それこそ、伊47や白露の時のように避けた先にいて体当たりを喰らうくらいの覚悟で。
だが、やはり一筋縄ではいかないのが潮だ。妨害に対応して一瞬後ろに下がったかと思いきや、すぐさま突撃の姿勢に戻り、回避出来る隙間を探し出す。妨害そのものを空振りにさせることで体勢を崩し、逃げられるタイミングを広げようという算段。
「こっち」
春雨の光の道はそれも見逃していない。その突撃を止めるように、先に春雨が突撃。前のめりになりつつある状態で突っ込まれたら、どうしても姿勢はめちゃくちゃになる。
しかし、これも一度潮は見ていた。春雨自身が大袈裟な囮となって、背後から忍び寄る者の気配を極端に消す手段として使われたことを。ならばと、突撃姿勢のまま前ではなく横に向かう。
「だよね、うん。
そしてそれは、春雨の手のひらの上。どちらに回避するかも光の道で見えていた。それを妨害するために、ほぼ同時のタイミングで春雨が飛びつく。
この時、まだ光の道はタッチするまでの道ではない。
「まだ……っ」
咄嗟に足を前に出し、突撃をキャンセル。春雨から離れるようにバックステップ。勿論真後ろに海風がいることは確認済み。そこに直撃しないようにちゃんと隙間を狙って。
「海風、少し横」
「了解です」
それに対して、春雨が海風に小さく指示を送る。潮が向きを変えた方向に目配せをすることで海風は瞬時にその意図を察し、ほんの少しだけ立ち位置をズラす。
それだけでも潮にとっては妨害が増えたと感じ、より一層大きめに跳ぶこととなる。
すると、そこには疲れ切っているが意地で向かってきていた古鷹がいるという算段だ。フラフラではいるものの、そのおかげで
「っっっ」
これでは伊47の時の二の舞だとすぐにステップを強引に曲げる。限界が近い古鷹にこの勢いでぶつかったら、怪我をさせかねない。それがまた恐怖となり、その瞬発力を生み出した。
「うわ、ホンマに来よった。すごいなぁ春雨は」
「うん、私もちょっとビックリ」
そうなると今度はどちらに動いても誰かがいる状態を作り上げるため、瑞鳳と黒潮が両サイドに立っている。元は古鷹をサポートするため、しかし、こうなるであろうという春雨からの指示を守ったことで、中央に古鷹、その両サイドに2人というフォーメーションが見事に決まった。
「追い詰めたよ。これで終わるためには、5人同時にタッチしたかったんだ」
右に行っても左に行っても逃げ場が無くなり、下がろうにも春雨と海風が迫ってきている。先程はここから跳び越えたり潜り抜けたりしたが、それも間に合わない。
「これで、終わり」
逃げ道を完全に封じられ、行き場を失った潮は、流石に諦めたようにその場に止まった。
そして、5人が同時にタッチすることで、鬼ごっこは完全に終了となる。
最後は5人がかりとなったものの、作戦を打ち立てたのは紛れもなく春雨。生粋のサポーター気質は、今ここに違うカタチで開花していく。
最後は5人の光の道が潮に集約していた。タッチが出来ないわけがない。それが誰もの最善の道だったのだ。
春雨の本来の才覚が、ここに来て開花。サポーターなんだから、援護と同時に仲間を動かすことも出来る。