午後からは筋トレ。全身に効くような筋トレを隈なく進めていくのだが、全員参加で外でやっていくのは、どこか体育の授業感があった。
真ん中に飛行場姫、今回は戦艦棲姫も飛行場姫のアシスタントとして真ん中。その周囲に2人か3人で1組として固まりつつも、真ん中の姫達を囲むように配置され、飛行場姫の例に倣って全員で一斉に行動を開始。
「妥当なのは腕立て伏せと腹筋よね。あとプランクっていうのが良いって戦艦が言ってたから、それもやってみるわよ」
「陸で見たモノの受け売りだけど、こういうところで役に立ったのは良かったわ」
どういう理由で筋トレの情報を手に入れたのかは知らないが、多少は戦艦棲姫からの情報があるらしい。
よくよく考えれば、戦艦棲姫もなかなか引き締まった身体をしているので、旅をしている最中にちょくちょく鍛えているのかもしれない。
「こういうこと、鎮守府でもやったよね。基礎体力と体幹を鍛えるって」
「ですね。腕の筋力が上がれば、砲撃のブレが抑えられるという話も聞きました」
「腹筋もだよ。特に時雨は主砲が大きかったから、割と長く鍛えてたなぁ」
堀内鎮守府では、初期の段階での筋トレはそれなりに実施されているらしい。片手で砲撃を放つ者は、初心者の内は撃つ度に照準がブレる。魚雷はさらに衝撃が大きく、腰や脚に接続している者でも重心が傾くことは多い。それを抑えるために、最初のうちは基礎訓練ということで筋トレも含まれていたりした。
ここにいる白露型の3人には、もうかなり前の話。鎮守府のメインの戦力になってからは実戦経験と演習で鍛えていたため、筋トレからは少し離れていたものの、自主練のようなことがある場合や、新人教育がある場合は、筋トレを行なうこともあった。
それもあってか、3人が3人、腕立て伏せや腹筋は難なくこなしていく。腕立て伏せやプランクの時には胸を邪魔そうにしていたが、深海棲艦化もあり、ノルマに対して苦しさを全く見せない。
この施設に元々いた者達は、農作業や漁によって地味に鍛えられていたことにより、これくらいは当たり前のようにこなしていく。見た目は華奢なジェーナスや伊47ですら、この程度という感じだった。スタミナは少なくても、筋力は普通にあったりするのだ。
「Fight, Michelle!」
「ふんぎぎぎ……が、頑張る、ぴょーん……!」
逆に、つい最近ヒトの身体を手に入れたミシェルは、スタミナトレーニングと違って大苦戦。走り回ることは出来ても、筋トレはキツイ様子。プルプル震えながら頑張っているものの、腕立て伏せでは腕を伸ばすことが出来ず、奇声を上げながらそのカタチを維持するだけとなっていた。
「が、頑張って……ね」
「正直なところ、我々にはキツイ」
「水中では不要な部分を使っている」
「艤装のありがたみが嫌というほどわかる」
潮に見守られながらの潜水艦姉妹も、これはかなり辛そう。潜水艦はそもそも陸で何かするわけでは無いため、こういうことは苦手であるようだ。淡々とした声色で話しているものの、腕立て伏せの最中にベチャッと潰れたり、腹筋で身体が起き上がらなかったりと散々。
ここは施設での作業をしている伊47とは大きく違う。伊47も農作業は殆どしないものの、深海棲艦化してからの年季が違うのと、艤装の形状もあるため、握力や腕力はそれなりにあったりする。
「楽々出来てるような子は、重りを使ってもう一度やりなさいね。鍛えなくちゃ意味がないから」
しかし、この施設には鍛えるための重りなんてあるわけがない。そこで、今鎮守府でも北上組がよくやっている、1人を背中に乗せての腕立て伏せなどが始まる。
最初に組んだ者達で、片方がもう片方の背中に乗る。例えば春雨ならば、海風を背負っての腕立て伏せ。各々が好きに組み合わさり、指示通りにトレーニングを進めた。
「こ、これ、き、キツイ……っ」
「ね、姉さん大丈夫ですか。重いですか」
「多分海風は普通に軽い方だと思うけど……っ、ヒト一人、背中に乗せると、すごく負荷がかかるよ……っ」
なるべく春雨に筋トレとは違う痛みが無いように、北上が海の向こうでやっているように膝を立てて正座をするようなことはせず、跨るようにベッタリとくっつく。そのおかげで海風の体重のかかり方はある程度分散されてはいるのだが、それでもかなりキツイのは確か。
「10回も、出来ないかも、しれないっ」
「が、頑張ってください。その後は私が姉さんを背負いますので」
「やるよ、勿論、やるよっ」
ゆっくりとだが確実に腕立て伏せをこなしていく春雨。むしろゆっくりやった方が負荷が大きく、両腕に乳酸がどんどん溜まっていくことになるのだが、春雨の両腕は義腕。どちらかといえば、海風を支えて落とさないようにしながらの腕立て伏せになっている。
疲れは胴に集約していき、春雨にとってはかなりキツイことになっていた。背筋が悲鳴を上げそうである。
スタミナトレーニングの時からそうだが、飛行場姫の課すノルマは、普通よりもかなり厳しい。しかし、出来ないわけではないギリギリのラインを攻めてくるため、全員が厳しいながらもちゃんとクリアしている。
「たはぁっ、な、なんとか出来た……」
「お疲れ様です。少し休憩しますか?」
「ううん、大丈夫。次は海風だよね」
春雨もかなりキツそうではあるが、海風を乗せた状態での腕立て伏せをクリア。今度は立場を逆転させて、海風の上に乗る。
ここ最近は近接戦闘組であるおかげで腕力もついてきている春雨でもかなりギリギリだったわけだが、援護が基本である海風にはさらに厳しい筋トレ。春雨が海風よりも少々小柄であっても、その重さでベチャリと潰れた。
「……も、持ち上がらない……」
手脚を消すと多少は軽くなるのだが、それでも海風にはキツイようである。突然戦い方を変えて順応した春雨とはやはり違った。
「大丈夫? 一度降りようか?」
「い、いえ、頑張ります。1回でも持ち上げられれば、それだけでも私の力になると思いますので。それに、せっかく姉さんが乗ってくれているんですから、ここは努力のしどころです。出来ればもう少し体重を分散させるために、ピッタリとくっついてもらってもいいですか。胴体を背中に貼り付けるように、あとバランスが取れるように脚を私のお腹とかに絡み付かせてくれると、私はとてもとても元気になれると思います」
膝枕以降、割と欲望に忠実になりつつある海風に苦笑しつつも、言われるがままに抱き着くようにしてやると、海風は自分でも言っている通りに力を発揮し、気合を入れた声と同時に腕を上げることが出来た。
やる気の出し方は人それぞれ。海風はそれがあまりにもわかりやすいだけである。
「愛する姉さんの温もりがあれば百人力ですね!」
「そう、だね。じゃあそのまま腕立て伏せやってみようか」
「……これが限界ですかね……。次に身体を下げたら、多分もう姉さんが抱き着いてくれていても持ち上げられない気がします……」
しかし、物事には限界というものがある。今の海風にはこれが精一杯であった。
ヒトを上に乗せた腕立て伏せは流石にみんな苦労をしており、そもそも1人でやるのにも苦労していたミシェルと潜水艦姉妹はさておき、飛行場姫の後継者である潮や、膂力が最初から強めな大鳳やコロラドのような大型艦でも大苦戦。軽々とこなしているのは、コマンダン・テストを背中に乗せていても問題ないレベルで動くリシュリューくらい。
「流石ねリシュリュー」
「Oui. これでもRichelieuは出先でもトレーニングは怠っていないの」
戦艦であるというのもあるだろうが、それ以上にリシュリューが自分の身体のことを気遣っているというのもある。
リシュリューは誰が見ても絶世の美女と言える程の美貌を携えているが、それは本人の努力の賜物だ。
「ただ、こういう時は本当に胸が邪魔なのよね……。艦娘の時はここまでじゃなかったのに」
「それ、聞くヤツが聞いたら血涙を流して襲いかかってくるからやめておきなさいね」
そうこうしている内に、全員がノルマ達成。ストレッチをして身体をほぐしながら一時的な休憩に入る。
「休憩の後は、希望者にだけスパーリングしてあげるわ。そうじゃなかったら、また筋トレとかを進めておきなさい。戦艦が指示してくれるわよ」
「ええ、任せて。それに、そのまま休憩を続けてもいいわよ」
戦艦棲姫の視線の先にいるのは、やはりというか古鷹である。重巡洋艦ではあるがほぼ戦艦であるため、筋トレは他の者よりもかなり出来る方だったのだが、身体を動かし続けることでどうしてもスタミナ不足がついて回ってきていた。
「ちょ、ちょっと、長めに、休憩を、貰います……」
膂力も瞬発力もあるのに、持久力だけがからっきしであるため、総合的に見ればどうしても厳しい。それを補うレベルで気力があるのだが、今でも腕と脚が震えており、立ち上がれないでいた。腕立て伏せの姿勢から変えられず、座ることすら出来ていない。
「古鷹さん、大丈夫? 支えよっか?」
「う、うん……ありがとう白露ちゃん……」
ここにサポートに入るのは白露。妹達の方はあまり心配がいらないので、こういう時は古鷹を気にかけていた。
2人揃って
「ホント、このデメリットは古鷹さんが一番重いよね。重巡に戦艦が入ってるからかな」
「だね……。大鳳さんみたいに大型艦だけとか、コロラドさんみたいに種族違いだけど同じ艦種とかじゃないから、負荷がとんでもなく大きいみたい。今更になって嫌ってほどわからされてる」
「あたしは全部姉妹だから上手いこと適合しちゃってるんだろうなぁ」
デメリットが大きい理由は、まさに白露が言った通りである。艦種違いでも、中型艦に大型艦を入れてしまっているのは古鷹だけ。一応同じ例に龍驤もいるのだが、あちらはもうそういうところを超越してしまっているため、この重いデメリットを一番課せられているのは古鷹だけだ。
実際はコロラドも古鷹に次いでスタミナが不足しているのだが、元が戦艦であるため基本の部分が大きいおかげで古鷹よりは長続きする。大鳳も同じ。
「前の戦いはよく保ってくれたよね……。大鳳さんでもフラフラだったのに、私なんてもっと酷かったよ」
「あれはやっぱり、昔の仲間がいたからじゃないかな。それに、海の真ん中で迷惑はかけられないって気を張っていたところはあると思うし」
「否定出来ないなぁ」
震えがようやく止まってきたか、うつ伏せから座る体勢へ。それでも息はまだあがっており、回復まではもう少し時間がかかりそう。
「……今度は、私が元いた場所から始まる戦いでしょ? だから、少しだけ、少しだけ気合が入ってたの。いいところを見せたいとか、そういうのじゃないけど……でも、私はまだやれるってところを、見てもらいたいって、思ったんだ」
最終決戦は古鷹の故郷、大塚鎮守府へ出向してからになる。自分の人生を狂わせた黒幕への復讐という気持ちもあるが、古鷹としてはその鎮守府に一度戻ることが出来る絶好の機会だからこそ、決戦に参加したいと考えていた。
そして、そこで元々の仲間達と共に戦う。それが古鷹の一番の望み。それを問題なくやれるように、ここで訓練に勤しむ。真面目な古鷹だからこそ、最善を尽くすために努力は惜しまない。
「あたしも応援するよ。妹達も心配だけど、古鷹さんもいろいろと縁があるしさ」
「ありがとう、白露ちゃん」
「一回マッサージでもしておく? ストレッチじゃあ足りないかもしれないし、筋肉ほぐしておかなくちゃ」
ワキワキと手を動かす白露に苦笑し、出来ることは全てやっておきたいとお願いしていた。そしてあられも無い声をあげてしまうまでがワンセットである。
トレーニングはまだまだ続く。その先にある黒幕との決戦のことを考えなければ、施設の和やかな風景に見えた。
この和やかな風景が、本来の施設の風景。みんなで楽しく一緒のことをすることが、一番楽しく癒されますね。