筋トレ後の休息も終わり、希望者は飛行場姫とのスパーリングを、他の者達は筋トレの続きとして戦艦棲姫からいろいろと教えてもらう段階へと入った。
スパーリングに参加する者は、接近戦を戦闘の手段とする者。わかりやすいのは、槍を使う叢雲、鉤爪を使う春雨、そして刀を使う大鳳。潮も当然接近戦を主体とする者になるが、恐怖が溢れている者として、
発端である叢雲は、槍の間合いよりも近付かれることに対応が出来ないため、そこをどうにかするために飛行場姫に鍛えてもらうという手段に出た。自分がより近距離に慣れること、むしろ自分でもそういうことが出来るようになること、そもそも
「じゃあ、まずやってほしいと言ってきた叢雲からにしましょうか」
飛行場姫は、徐に両手にグローブを展開。勿論これは、直撃しても痛くないようにする配慮である。また、近接戦闘を最もやりやすい姿として、トレーニングウェアではなくいつものボディスーツ姿へと変化した。これが飛行場姫の全力の姿であり、最も戦えるカタチ。一応薄雲に配慮して、デザインを少々変えている。
「叢雲、アンタはどういう風にしたい。いつも通り槍を使える状態でやるか、それともアンタも同じように拳でやるか」
スパーリング、イコール模擬戦なわけで、お互いに本番さながらの戦い方でやることが望まれるだろう。飛行場姫が実戦に参加することはあり得ないのだが、もしやるのならば、使うのは拳一本。潮がやっていたことを、さらに高い練度で繰り出すことになる。勿論、ここでは手加減だってするが。
「その時と同じようにやりたいから、槍は使わせてもらうわよ」
対する叢雲は、少し考えた結果、槍を展開した。当然だが、その槍の先端は殺傷力を一切無くしており、穂は春雨と模擬戦をした時と同じようにウレタン製である。
いくら叢雲よりも強い飛行場姫とはいえ、怪我をする可能性は極力下げたい。何か間違って刺さってしまい、そのまま酷いことになってしまったら、ここにいる者以外にも被害が及ぶ。むしろ、模擬戦に殺意を持ち込むのはよろしくない。
「それじゃあやるけど、先に聞いておくわ。アタシは
黒幕との決戦を視野に入れるのならば、飛行場姫にも全力を出してもらい、それに追いつけるくらいでなければならないだろう。だが、まずそれを見て参考になるかはわからない。最終的には飛行場姫の全力を相手取り、勝てずとも拮抗出来るくらいには実力を伸ばしておきたいのは確か。
いきなり全力を見るか、まずは何%で始めてもらって徐々に慣れていくか。そこは考えだからだろう。
「一度、全力を見せてほしいわ。ちなみに私は一応アンタの
叢雲の言う力の端っことは、まだ叢雲が今ほど怒りが抑えられなかった時期に、深夜に艦娘を襲いに行こうとしたのを軽く捻った時のあの力。当時の叢雲の全力の突撃による突きを、指2本で止めていた。
「あの時は……そうね、アンタも今より全然弱かった時だけれど、
「い、1割……」
「あの時はそれくらいでも充分だったけど、今はそれだと流石に無理よ。アンタだってこれまで修羅場潜り続けてきたんだから」
その力の差に愕然としそうになるが、今の叢雲はあの時から大幅に成長している。怒りを制御し、仲間のために戦うことも出来て、自らの力も把握出来ている。ならばせめて半分、5割くらいまでは引き出したい。
しかし、まず飛行場姫の全力がどれほどかも知っておきたかった。そこに辿り着くのが最終的な目標。自信をつけさせるために飛行場姫が親身になって鍛え続けた潮ですら、まだこの飛行場姫には届いていない。
「一度だけでいいわ。アンタの全力が見てみたい。参考に出来るようならしたいし、全力に感覚を合わせておけば、それよりも下の力がすぐにわかるってもんでしょ」
「ふぅん、まぁいいわよ。でも、全力だとアンタが気を失う可能性があるのよね。それでもいいかしら」
そんなことを言われて、叢雲が燃えないわけがない。
「いいわよ。見てみないとわからないし」
「
不穏な言葉を残して拳を突き出すように構える。叢雲も同じように槍を飛行場姫に向け、どう来られるのかと緊張した面持ちで睨みつけた。
瞬間、もう飛行場姫は叢雲の対応出来ない間合いに入っていた。
「は!?」
「これが一応アタシの全力」
そして、軽く小突いたように見えても膨大な力が加わり、力強く握っていた槍が吹っ飛ばされる。あまりの衝撃で握ってなんていられなかった。槍を折られた時とはわけが違う。吹っ飛ばされた槍は、大惨事を起こさないようにそのまま消えた。そのままだと施設に直撃していたため危険。
この威力を身体に受けたら、グローブを着けていようが関係ないだろう。腹に打ち込まれたら内臓に支障が出そうだし、腕や脚に打ち込まれたら骨を持っていかれるかもしれない。頭に打ち込まれたら脳震盪では済まなそう。
「いったたた……腕ごと持っていかれるかと思ったわよ!」
「持っていくつもりで殴ったわよ。それでも咄嗟に手放したのは正解ね。今のアンタならそういう選択をしそうだったからやったんだけどね」
信用されているようではあるが、叢雲としては複雑である。
「姉さん……今の見えていましたか」
「全然見えなかった……」
春雨と海風は客観的に見ていてもその動きがわからなかったようだ。同じように見ていた薄雲は、言葉すら失っている。それほどまでに飛行場姫の全力は桁違い。
「踏み込んだ時点で前に向かう力が普通ではありませんでした。そもそもの脚力が段違いなのでしょう。そこから急ブレーキをかけても体勢が崩れないということは、それだけ体幹も出来ている。そこでさらに振りかぶることなく腕力だけで槍を吹き飛ばすということは、膂力も相応。全身が戦うために作られているようなものですよ」
あの一瞬が見えていたのは大鳳だけ。大鳳自身も、突撃の際に強烈な踏み込みをすることがあるため、飛行場姫を注視していればその辺りは把握出来た。
自分と同じことをしているのだろうとは思っても、その技術のレベルがあまりにも離れているため、ここまで来ると参考にもならない。強烈、かつ繊細なその動きは、真似出来るようなものではない。
「そっか、
春雨がそこに気付く。飛行場姫の力の根幹は、陸上施設型としての力の特化。この島から出られないが故に得られた力であるというのなら納得である。
「しかも、そもそもが大きい力を一点特化してるから……」
「出力を過剰に出来る、というわけですね。ホースの先を潰して水の勢いを強くするようなものです」
飛行場姫の強大すぎる力は、あくまでも
あれもやろうこれもやろうとすれば、当然その分力は分散するだろう。一点特化することで、その筋では追い付くことが出来ない程の力になるということ。潮が短期間で手に入れたあの強さも、敵を攻撃しないという大きなデメリットを抱えているからこそ得た力と考えれば、そちらも納得出来るところ。
「で、どうするの。全力でやればいいのかしら」
「……腹が立つほど悔しいけど、まずは半分からお願いするわ。見える範囲じゃないと、スパーリングにすらならないわよ」
「そうね。じゃあ半分くらいから始めましょ。そこから少しずつ上げたり下げたりするわ。アタシの独断で」
叢雲が槍を再展開。そもそもが近付かれた時の想定のためのスパーリングであるため、そのスタンスは崩さない。最初は自分で考えて、その後はアドバイスも受けながら。
「……黒幕も同じだと考えた方がいいんですよね」
ボソリと海風が呟く。春雨も勘付いていたようで、神妙な面持ちで首を縦に振る。
黒幕も元は中間棲姫──陸上施設型だ。そのカタチはどうであれ、自分の陣地を持ち、その場所から動かないという時点で、今の飛行場姫のような強大な力を持っていると考えてもいいだろう。
そして、島を守るという一点特化の飛行場姫と同様に、
「1対1でやるわけではないけど、それでも1対1で互角くらいでないと、黒幕相手では太刀打ちすら出来ないかもしれない。せめて、せめてさっきの妹姫様の動きが目で追えるようにならなくちゃ、何も出来ずにやられておしまいだよ」
表に出てこないためにその力の全貌は未だにわからず、しかしそれが一筋縄ではいかないとかそういうレベルではないとなると、相当厳しいのは火を見るより明らかである。
「最悪の場合、また侵蝕まであり得ますかね」
大鳳もそこは危惧していた。春雨と叢雲以外は、その辛さを知っているため、侵蝕という言葉を聞いただけでも嫌そうな顔をした。言った大鳳自身ですらも。
黒幕自身の侵蝕の性能は、龍驤を解析することである程度は対応出来るようになるだろう。しかし、あくまでも龍驤は黒幕にその力を与えられていたに過ぎない。本家本元の力は、それ以上であると考えるのが妥当。
「……春雨姉さんが侵蝕されたりなんてしたら、もう終わりです」
「ですね。『辿り着く力』によって守られているかもしれませんが、それを上塗りしてくる可能性も無くは無いです」
今でこそ、侵蝕性の泥に触れてもまるで効かないというのが春雨の特性ではあるのだが、それはあくまでも黒幕の末端の泥への耐性だ。
海風は勿論のこと、大鳳もそれは心配している。春雨がやられたら終わりというのは共通認識だ。今回の戦いは『辿り着く力』が必要不可欠。それを失うのみならず、奪われてしまったらそれは確実に敗北へと一直線になる。
「あの速さで侵蝕まで備えられたら太刀打ち出来ないし」
半分の力で叢雲をスパーリングしている飛行場姫だが、それでも完全に圧倒していた。槍の間合いの内側に瞬時に入り、槍を持っている腕そのものを殴り付けたり、そもそも腹に1発入れたりと、ほとんど遊んでいるようにすら見えた。
叢雲は当然それが気に入らないのだが、いろいろ手を尽くしても簡単には覆らない。
「っの……っ」
「槍に頼り切らないことね。というかアンタ、槍を大きく出来るんでしょ。じゃあ、間合いが詰められたら、
殴りながらもしっかりとアドバイス。上に立つ者であるからこそ、その叢雲の短所をしっかりと見出だし、その場で改善するように言葉にする。
「短く、って」
「槍でなくちゃいけないわけじゃあ無いでしょうが。槍にこだわりがあるのなら知らないけど。それに、1本じゃないといけないわけでも無いわよ」
言われても簡単には対応出来ず、最終的には頭を押されるように殴られて、叢雲はその場に倒れることになった。結局、一度たりとも自分の間合いに持っていくことは出来なかった。しかも、それだけ殴られても叢雲はノーダメージ。殴るのも完璧に手加減されている。それがまた気に入らない。
しかし、それは叢雲が望んだこと。気に入らないのは飛行場姫ではなく、自分の弱さにだ。これくらいも出来ないで、決戦に出るだなんて烏滸がましいと、怒りと同時に自分を奮い立たせた。
「誰か交代して。一度外から妹姫を見る」
「それなら私が」
次のスパーリングは大鳳。叢雲と交代し、近接戦闘の真髄を掴み取るために歩み出た。
スパーリングは続く。飛行場姫のおかげで、少しずつでも強くなっていることに、まだ本人達は気付くことはない。
力を限定的にすることによって出力を上げるというのは、よくあるネタ。全方面に強いというのは、基礎能力が尋常では無いということになるでしょう。