未知の深海棲艦と遭遇した艦娘の部隊。艦載機の射撃は全て弾かれ、戦艦主砲は斬り払われ、駆逐艦達の魚雷にも魚雷をぶつけて回避するほどの圧倒的な力を前に、主力戦艦である金剛すらも手玉に取られてしまう。
そして、その攻撃はついに金剛に届いてしまった。海風を狙った敵の槍による刺突を金剛が受け止めたことにより、その隙を突いて零距離射撃を喰らってしまった。咄嗟に身を翻したことで、艤装を犠牲に自分の命を守ったのだが、それによりジリ貧状態に。
だがここで、艦娘側に援軍が現れた。施設側からここまで来ていた伊47が、この戦いに気付いていたのだ。
「なんか騒がしいと思ったけど、こういうのは良くないヨナ。こんごーさん、ヨナ、加勢します」
伊47と同時に現れたのは、本人の倍以上はある艤装。それは額に鋭利な角を携え、筋骨隆々としたヒト1人分の大きさの腕を一対生やした、イッカクのような生態兵器。その胴体部分にちょこんと腰掛けた伊47は、黒ずんだ両腕を所々真紅に輝かせ、敵として認識した未知の深海棲艦を見据える。
今は幸せアレルギーによる体調不良は抑え込まれているようで、顔色も悪くない。いち早く施設から離れたことが功を奏していた。
「貴女は……施設の子デスね。よく気付いてくれマシタ」
「ヨナ、ずっとあの場所にいすぎると、幸せアレルギーで体調崩しちゃうの。だから、あの後すぐに海に入ってたんだけど……うん、そうしておいて良かった。みんなを、
本来なら潜水艦、海の上で活動するような深海棲艦ではないのだが、今回は艦娘達を守るために、ここまで出てきていた。十全の力を発揮出来るわけではなくとも、充分に戦えるのが姫級であるヨナの実力である。
「Sorry……私は艤装が危ないデス。海風……ここから離れるのを手伝ってくだサイ」
救われた海風だが、そのせいで金剛が傷を負ったことで、またもや心が悲鳴を上げる。復讐心で奮い立たせた心は、今度は罪悪感によりガタつき始めた。
中間棲姫からも心配される程に心が不安定な状態である海風が、次から次へと揺らぐことばかりが発生しているので、春雨と再会する前までとは違った理由で崩れかけていた。
「海風姉……しっかりして……! あたしも手伝うから、金剛さんを、ここから……!」
「えっ、あ、ご、ごめんなさい……すぐに」
山風からの声掛けで正気に戻った海風が、2人がかりで金剛を曳航して戦場から少しだけ離れる。
未知の深海棲艦はそれを見逃すほど甘くなく、即座にそれを食い止めるために動き出したが、先程とは状況が違う。ここには艤装を展開した伊47がいるのだ。
並ではない速度で動き出したというのに、それに追いつく速度で艤装が動き出し、その豪腕で進路を塞いだ。
「行かせるわけがないヨナ」
その大きさからは考えられない速度で動き回り、金剛には触れさせないように立ち回る。そんな動きの中でも伊47が振り落とされるようなこともなく、まるで飼い慣らしているかのように自由自在に操った。
それだけされても、敵はしっかりと回避をしている。しかし、先程までとは違い、その手に持つ槍を使った弾き飛ばしや斬り払いなんてやっている余裕がないようで、回避一辺倒になっていた。
獣の如く獰猛に立ち向かってくる伊47の艤装の質量を相手にしたら、そんなことをしている余裕なんて何処にもない。掠るだけでも重傷になるであろう豪腕を、とんでもない速度で振り回しているのだ。それが敵であっても同情してしまう程のパワフルな戦い方。
先程まで手も足も出ない相手だった未知の深海棲艦が、伊47が1人で肉薄している。しかも、伊47は敵を
「味方だと……心強いデスネ」
傷を負いながらも、伊47の勇敢な姿を目にして微笑む金剛。仲間として扱ってもらえて本当に良かったと、心底喜んだ。
あの施設と敵対するという選択をしていたら、この伊47も敵になっていた。中間棲姫や飛行場姫がそういう性格でないとしても、戦う可能性が出てきてしまう。
そんな不安は絶対にない。そのための和睦であり、共存が目的なのだから、お互いに裏切るつもりはない。こういう場でも手を取り合って共に苦難を乗り越える。
「くそっ、手伝いてぇのにそんな隙がありゃしねぇぞ!」
「あたいら、あん中に入ったら完全に足手纏いになっちまうね。今は金剛さんのこと優先にしとこう」
「だね。任せ切っちゃって申し訳ないンだけどな!」
江風と涼風も、今一番危険な状態であろう金剛の側へ。海風が危険なことも遠目に気付いており、今は全員が同じ場所にいるべきだと判断した。
本来ならある程度バラけて敵の攻撃を分散するべきなのだが、それを伊47が全て引き受けてくれているのだから、今は素直に任せる。
「ちとちよ、他に敵はいそうにないデスか?」
「大丈夫、敵はあの1体、槍持ちだけ。周囲に他の深海棲艦の姿は見えないみたいです」
「同じく。千歳お姉と別方向に飛ばしたけど、そっち側にも敵の姿は無いって」
何をしても伊47の足手纏いになりかねない。そのため、千歳と千代田は他に敵がいないかどうかを先んじて探してきた。飛ばした艦載機は哨戒のためのそれではないのだが、それくらいの確認くらいは出来た。
敵は本当に1体。後から来ることも無い。今のところはかもしれないが、少なくとも今は撤退のチャンスではある。
「何のために、艦娘を襲うの?」
足止めをし続ける伊47は、未知の深海棲艦に話しかける。どういう立ち位置であれ、お互い深海棲艦。そして未知の深海棲艦はおそらく、黒い繭に包まれた結果生まれた、処置が出来なかった
どんな感情が溢れてああなってしまっているかは、伊47には見当がつかない。しかし、同じように生まれ変わってしまったのなら、対話くらい出来るかもしれない。そう考えて、戦いながらも言葉を投げかけた。
「話くらい、出来ない?」
質問に返答は無い。深海棲艦相手には徹底した無視。回避一辺倒になっているのは、攻撃出来ないからではなく、
あくまでも狙いは艦娘のみ。
「答えて」
少しだけ強めに問いただす。姫の問いに対して、未知の深海棲艦はビクリと身体を震わせた。並の深海棲艦ならば、即座に平伏するか逃げるかするレベルのそれに対し、震えるだけで行動は止めなかった。
言葉は通じている。先程の呟きは、その意味を理解して放った言葉。艦娘に対して、殺意がある言葉だ。
「答えないなら……沈めなくちゃいけないヨナ」
未知の深海棲艦が人型でも知性のないモノだとわかれば、話してどうにかなる相手ではないと判断。艤装の豪腕だけではなく、額から突き出た鋭利な角まで使い始め、さらに圧倒していく。
掴みかかる豪腕はヒラリと躱し、鋭利な角は槍で受け止める。その動きだけ見れば、姫級の中でも中堅くらいの力は持っているだろう。まともな知性があれば、平和を脅かす侵略者にも、平和を愛する穏健派にもなれるだけの資質はある。
「……ムス……メル……」
「なに?」
呟きが聞こえたため、猛攻を少しだけ緩めた。その言葉が本人の意思かはさておき、何かを伝えようとしているのは確かだ。
「カンムス……シズメル」
「……そっか。でも、やらせないヨナ」
返答があったため、沈めるのはやめる。代わりに、ここで捕らえて施設へと連れて行く。伊47はこの場でそう決めた。
この場から離せば、艦娘達は怪我人の金剛を伴って撤退も可能だろうし、中間棲姫や飛行場姫なら何か解析してくれるだろう。後のことを考えれば、沈めるよりも調査の方が堅実だった。
もしかしたら、このまま知性を持って施設の仲間になってくれるかもしれない。そうも考えていた。先導する者がいなかったから、こんなことになっているのではと。
「ちょっと乱暴になっちゃうけど、ごめんね」
途端に速度が上がった。今まででも相当なモノだったのに、それを超える素早さで豪腕を振り、ついには未知の深海棲艦を掴み上げた。大分加減したようだが、それでも衝撃は激しかったようで、カハッと息を搾り出させられた。
その掌だけでも未知の深海棲艦の胴体を軽々と握りしめ、やろうと思えばそのまま手折ってしまうことも出来るだろう。
しかし、未知の深海棲艦は咄嗟に両腕だけは掴まれないようにしていた。艤装も主砲も握り締められているものの、一番の武器である槍はフリー。つまり、この状況でも攻撃は出来るということである。
今までは
「ワタシノマエヲ……サエギル……オロカモノメ」
ギュッと槍を握り締めたかと思うと、艤装の上に座っている伊47に穂先を向け、一撃の下に貫こうと刺突を繰り出した。狙いは分かりやすく胸、心臓。即死狙いの一撃。
しかし、今はその身体が握り締められているのだ。少し力を入れられただけで、槍を握る手が緩むほどのダメージになる。肺の中の空気を搾り出すかのようにゆっくりと強く握られ、骨もミシミシと悲鳴を上げる。
「ダメ。やらせない。貴女はヨナ達の居場所に連れていく」
もう言葉すら紡げない程に圧をかけられ、最終的には槍も手から離れた挙句、気を失った。
「逃げ切れた……ヨナ。うん、それじゃあ、これを持っていこう。姉姫さんなら何かわかるかもしれないし」
これだけやっているうちに、艦娘達はうまく撤退してくれたようである。この場にはもう伊47しかいない。
無事にここから離れることが出来たことに安堵しつつ、伊47は握り締めた未知の深海棲艦を施設に輸送した。
伊47に任せることで、窮地を脱した艦娘達は、怪我を負った金剛を曳航しながら大急ぎで鎮守府への帰路を駆けていた。死に至る程の重傷ではないにしろ、艤装は半分近くを破壊され、金剛自身も疲労が目に見える程である。
「危なかったデスね……これが
「かもしンないっスね……あそこでヨナが来てくれなかったらどうなってたか」
「援軍も間に合ってなかったかもしんないねぇ。おっかねぇ」
今が大丈夫なのだからそれでいいと金剛は楽天的に話すが、本人の言う通り、これは九死に一生。あのまま誰の助けもなかったら、そのまま全滅していた可能性が非常に高い。
それほどに未知の深海棲艦の力は異常であるということを思い知った。戦艦と空母が含まれた
「……アレが……姉さん達の仇……」
海風が呟く。それが実行犯ではないが、先程の敵の仲間が駆逐隊を全滅させたのは間違いない。再び海風の心がガタガタになりつつある。しかし、それは今回の戦いでの無力感で帳消しになっていた。
自分の力は仇討ちをする域に到達していない。7人がかりでもあのザマと考えると、怒りよりも悔しさが滲み出てくる。
「……海風姉、今は余計なこと考えないで」
「山風……?」
少し怖い顔で山風が海風の前に立つ。こんなに強く出てくる山風は殆ど無いので、その表情に驚いてしまう。
「仇討ちしたいのはわかる。あたしだって……みんながやられたのは悔しい。でも、焦ったら絶対上手くいかない。海風姉だって、それくらいわかるでしょ。あたし達よりも頭いいんだもん」
淡々と心を抉るように言葉を紡いでいく。少し涙目だが、海風の心に言葉を届かせるために、勇気を振り絞って思いを言葉にしていく。
「みんなで強くなろう。今よりもっと。でも、無理はしちゃダメ。壊れちゃうから」
「そんな……私は……」
「壊れちゃうから」
キッと睨み付ける。より強い感情をぶつけられ、海風は返す言葉を失った。
山風がさりげなく海風の手の甲を確認する。やはり、ほんの少しだけ
「海風姉に壊れられたら、あたし達が困る。だから、落ち着いて。海風姉だけの問題じゃないから」
手を震わせて、心から訴えた。
「……わかった。わかったから、そんな顔しないで山風」
「本当にわかってる?」
「わかってる。私1人でやろうなんて思ってないし、みんなの仇なのもわかってるから」
まだ不安は残っているものの、ひとまずは抑え込めたようである。そちらの方が山風としては気が気で無かった。
支援絵をいただきました。ここに掲載させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/92189947
MMDアイキャッチ風姉姫様。やはり姉姫様といえば農作業、野菜が似合う深海棲艦。