その日の夜、スパーリングとトレーニングによって心地よい疲れに苛まれる春雨達。特に叢雲は躍起になって飛行場姫と手合わせをしており、槍の間合い以上に近付かれた時のことを考えた戦術を編み出すに至っているものの、その疲れは相当なモノであり、夕食の時間でもうつらうつらとしている程だった。
スパーリング組は特に疲れを見せているのは一目瞭然。春雨ですら、目に見えるくらいに疲れているのだから相当である。ゆっくりと眠れば明日に持ち越すことはまず無いだろうが、それでも普通では考えられないくらいに消耗しているようだった。
「今日はみんなご苦労様ぁ。ギリギリまでやるなら、明日も続けるのかしらぁ?」
「私達はそのつもりです。決戦に向けて、出来ることは全てやっておきたいですから」
春雨が代表するかのように話す。決戦に向かうことが決まっている者達は、みんな同じ気持ちだ。直前まで鍛え上げて、勝率を限界まで上げたい。
飛行場姫との手合わせは非常に効果的だった。この日の午後だけであっても、あらゆる戦術を叩き込まれるようなもの。潮のように一度使われたら全て覚えるなんてことは出来ずとも、身体に刻まれていくので確実に強くなれる。少なくとも叢雲は弱点と言える部分が失われた。
「それじゃあ、明日のためにもしっかり疲れを取ってちょうだいねぇ。お風呂で身体を清めて、グッスリ眠れば気持ち良く明日を迎えられるわぁ」
「ですね。でも、夜の間に哨戒とかもした方が……」
今や施設の位置が黒幕にバレている状態。今でこそ『観測者』が泥を先んじて駆除してくれているが、たった3人で全てが処理出来るかはわからない。すり抜けてくる可能性は考えておく必要がある。
明るい内ならば、トレーニングをしながらでもわかるし、姉妹姫が常に哨戒機を飛ばして近海を監視しているため、すぐに対処出来るからまだいいのだが、夜となると話は変わる。そもそもが見づらくなり、眠っているために無防備な者も沢山いる。頭のいい黒幕ならば、そのタイミングを狙ってこないわけがない。
それをどうにかするためには、再び哨戒を始めるほかない。しかし、人員をどう割こうかはまだ考えていなかった。深夜の哨戒にはある程度の準備も必要。
「今晩は私がやっておくから安心してちょうだい。ある程度夜目は利くし、何か見つけたらすぐにみんなを起こすわぁ」
そこで中間棲姫が名乗り出る。自分はここから動くことが出来ないのだから、そういうことはやらせてほしいと。食事などのケアで今日1日を使っているのに、さらに深夜の哨戒まですると言うのだから、他の者達はいやいやとツッコミを入れる。
今一番この施設のために動いているのは中間棲姫だろう。施設を守る力を得るためのトレーニングには一切参加せずとも、それ以外の施設の維持に関しては全てをやっているのだ。それなのにさらに寝ずの番をしろとは、口が裂けても言えない。
「だったらオレと松姉ぇがやるから寝ててくれよ姉姫さん」
「そうですよ。スパーリングに参加していない私達なら、まだ夜の間くらいは動けますから」
松竹姉妹が早速自分がやると言い出す。筋トレの後、ストレッチをしながら休息を取っていたため、夜も活動出来るくらいには疲れが溜まっていない。
「そうよ。貴女はちゃんと身体を休めなさい。私達もいるんだから」
戦艦棲姫もやめておけと中間棲姫を諭した。自分や空母棲姫も夜に動くことくらいは出来るぞと胸を張って話す。
「夜、動くのも、知っておきたい。戦艦から聞いている。陸に行くなら、夜に動くんだろう。なら、それを慣らすためにも」
「空母がこう言ってるから、ちょっと夜に動き回りたかったのよ。そのついでに哨戒するってだけだから、私達に任せてちゃんと身体を休めておきなさい。いいわね?」
戦艦棲姫と空母棲姫は、保護されている元艦娘などではなく、自由に動き回る姫。つまり、どうあっても
そんな姫からここまで強く忠告されてしまっては、中間棲姫も何も言えない。戦艦棲姫と空母棲姫は、自分の立場まで使って中間棲姫を休ませる方向に持っていこうとしている。
「それじゃあ……お願いしていいかしらぁ」
「任せなさい。貴女が倒れたら本当におしまいなんだから、それくらい喜んで協力するわよ」
「お互い、無理しない、程度に、だ」
中間棲姫が倒れたら、施設の運営はままならないことになるだろう。侵蝕は以ての外だが、心労も含めた過労で倒れるだなんてことがあってはならないのだ。
それに関しては中間棲姫としても自覚はあるようで、流石に一歩引いた。自分が休みたいというわけではなく、これだけ思ってもらえているのだから無下には出来ないという理由で。
「それじゃあ、夜については私と空母が取り仕切るわ。まだ体力残ってるって子は、哨戒を手伝ってちょうだい」
「オレらは参加すっから、他にも出てくれるヤツがいたらありがたいな。今回は総当たりに近いんだろ」
「人数は多いに越したことは無いわね」
夜のことは戦艦棲姫が主体となり進められることとなった。明るい間は姉妹姫が、暗い間は戦艦棲姫と空母棲姫がと役割分担を決め、この施設を絶対に守り切ると誓う。空母棲姫は新参も新参だが、立ち位置的には姫なので、こういう時には戦艦棲姫と共に前に立つようである。
それはここにいる4人の姫達だけではない。元艦娘の仲間達も、中間棲姫のために尽力する。誰も嫌だとは言わず、むしろ疲れ切っていない限りはみんなが参加したいという程だった。
「ああ、そうそう、決戦参加の子達はやめときなさい。明日突然来てくれと言われたら対応出来なくなるでしょ」
「そうですね。夜の哨戒に関しては、お任せします」
「ええ。貴女達は私達の平和のために、私達は貴女達の帰る場所を守るために戦うんだもの。役割分担としては充分よ」
最終決戦に参加する者達は、いつでも出られるように万全の態勢を維持する必要があるだろう。トレーニングで疲れている状態で哨戒までしていたら、それはもう過労に繋がる。
黒幕を撃破するためには、全員が協力して完璧な状態を作り出さなければならない。心身共に最高の状態を維持し、十全、むしろそれ以上の力が発揮出来るようにしておきたい。
「みんなが協力してくれるのは、本当に嬉しいわねぇ……って、あら?」
こう話している時、突然タブレットが鳴り響く。夕食時で全員が揃っているところに来たので、おそらく狙い澄ましてのことだろう。
「はいはい、この時間にかけてくるということは、みんなに聞いてほしいことなのかしらぁ」
『ああ、そういうことになるね。食事時だったかと思ったが、少し急であることだったのでね。すまないが、この時間に連絡させてもらったよ』
「大丈夫よぉ」
タブレット越しに聞こえる堀内提督の声は、そこまで深刻な雰囲気はない。春雨も直感的に何かまずいことがあったようには感じなかったため、この連絡は悪い理由ではなく良い理由だということを察する。
『最終決戦の時が近いだろう。その戦いの前に、参加者は顔合わせをしておくべきではないかと大塚提督と話をしていてね。我々は明日、合同演習をすることととなったんだ』
「あら、確かにそれは必要かもしれないわねぇ。その時に初めて会ったというのは、連携とかも取りづらいかもしれないものねぇ」
龍驤との戦いの時は鹿島と雷がぶっつけ本番ではあったが、2人とも連携が得意なタイプであったため、何も問題なく終わることが出来た。
しかし、次は最高火力を叩き出すための部隊。少しのミスも許されない最後の戦いだ。しかも、大和を改装してからの戦いとなるため、その力を
『そこに、君達にも参加してもらえないかという話が上がっているんだ』
流石にそれには驚きを隠せなかった。決戦には施設の者達が参加出来る手筈にはなっていたため、深海棲艦であっても鎮守府に向かうことにはなっている。種族の垣根を越えた部隊を編成するために。
しかし、それはあくまでも決戦の時に限った話であるとも思っていた。事前に試しで鎮守府に向かうようなことは無いものと。それでも、堀内提督は事前の準備としてこれは必須であると考えていた。
『君が言った通り、決戦当日に初めて会うというのは、連携に支障が出るかもしれない。それに、我々は君達のことをよく知っているが、大塚鎮守府の艦娘達は鹿島と雷以外は基本的な部分を知らないからね。顔を合わせて仲良くなっておいてもらった方がいいだろう』
「まぁそうねぇ。悪いことでは無いわぁ」
『勿論、君達の都合が悪いのなら無理にとは言わない。理由も詮索しないさ』
何処までも施設のことを考えて話してくれる堀内提督の好感度は青天井である。
「提督、ちなみにそれはいつのことになるんですか?」
春雨が横から尋ねる。行けるか行けないかは日程的なものもあるだろう。大概の場合は向かうことくらいは出来るが。
『急で申し訳ないが、明日になっている。決戦の時も近いからね。なるべく早く事を済ませておきたいという大塚提督からの申し出だ』
今日の明日と言われてほんの少し悩むところではあるが、それが本番ではなく演習だというのならまだマシ。
時間をかけている間に黒幕は更に力を増す可能性があるのだから、時間はもう残されていないようなもの。そのため、出来ることは早く早くというのが現在の方針。
「私は大丈夫ですが……皆さんは」
「問題ないわよ。そっちの連中が役に立つがどうか見極めるくらいはしておかないといけないもの」
流石の叢雲もこの発言には目が覚めたらしく、いつもの歯に衣着せぬ物言いで自分の思いを伝える。
だが、口は悪くとも言いたいことはわかる。堀内鎮守府の艦娘ならまだしも、大塚鎮守府の艦娘はまだ殆どの者が敵のやり口に慣れていないようなもの。それで本当に戦えるのかと疑問を持つのは間違ってはいない。
「鎮守府への案内は私が出来ますので、時間さえ指定してくれれば向かうことは出来ます」
施設から鎮守府までの航路は、海風が完璧に覚えている。施設の者達の中では、唯一その2つの航路を何度も往復している経験があるのだから、深海棲艦化していても余裕あり。
他の参加者も、鎮守府に出向くことに肯定的。先んじて決戦のために人間関係を慣らしておくのは必要であると考えるのは普通であった。
若干抵抗があったのは、実際に鎮守府に襲撃している古鷹だったのだが、更にひどい事をしている龍驤が常駐していることを考えれば、鎮守府に顔を出すことくらいで抵抗を感じているようなことはしたくない。
「こんな感じよぉ。ちょっと急ではあるけど、こちらからも向かえるということでお願いするわぁ」
『ああ、了解した。演習はうちの鎮守府で行なうことになっているから、そのまま来てくれればいい。大将にも既に許可をもらっているからね』
「あら話が早い。でも、助かるわぁ」
だがそこで少しだけ疑問が生まれた。
「提督、1ついいですか」
『なんだい春雨』
「その大塚鎮守府は黒幕の拠点と近いんですよね。そこから決戦に参加するような主力が離れて大丈夫なんですか? 演習自体を大塚鎮守府でやるべきでは?」
そこは確かにと誰もが思う。いつ動き出すかわからない黒幕の近くにいる状態で、そこに対抗出来る可能性がある最高戦力を鎮守府から一時的にとはいえ出向させるのは大丈夫かという話である。
『大塚提督もそこは考えてのことのようだ。黒幕から何かしらの攻撃が来るとしても、それは本体ではなく末端。つまり、今までの泥への対策で対処可能と考えている。それに、こちらの対策も日々進化を続けていてね、泥を持つ者は今、大塚鎮守府には近付かないくらいの状態にはしてある』
泥バリアや泥刈機は最新版。そして、大塚提督の性格上、主力の力の底上げを優先する代わりに、残った者達は全身全霊を傾けて鎮守府を守り切る。
明石の開発した装置は、製造方法さえわかってしまえば量産も可能であり、資源に糸目をつけずに配備することで対策も万全。泥刈機の数も、当初に比べれば数を倍以上に増やし、泥感知の眼鏡も複数量産して、徹底的に監視し続けているとのこと。
『それに、君達を大塚鎮守府まで案内すると、それだけ時間がかかるだろう。大塚提督は、君達に疲労させないように、うちでやろうと決めたんだ。十全の君達を知りたいというのもあるようでね』
それだけ、今回の演習は必要だと考えているからだ。黒幕の姿を確認したら、そのまま殲滅出来るくらいにまで持っていくために、ここで全てを知り、段取りを完璧なものにする。
「わかったわぁ。それじゃあ、明日はこの子達をよろしくお願いねぇ」
『ああ、絶対に悪いようにはしないさ』
これにより、決戦参加組は堀内鎮守府への出向が決定した。日帰りにはなるだろうが、またより良い成果が得られるだろう。
春雨達は故郷の鎮守府に戻る機会が与えられました。演習という名目ではあるけど、これはとても大きなこと。深海棲艦でも手を取り合うことが出来るかを、実例にして見せることが出来る大きな機会。