空っぽの姫と溢れた艦娘   作:緋寺

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念願の帰投

 翌日。深夜の哨戒では何事も無かったようで、全員がホッと安心する。場所がわかったため、泥の1つや2つは来そうだと考えていたが、意外にも見かけなかったという。

 おそらく『観測者』が徹底的に駆逐しているのだろう。今まで一切関与せずにいたものの、その力を貸してくれるとなったら、ここまで守ってくれるようだ。これが中立であるという判定になっているらしい。

 

「少なくとも、オレ達には何も見つけられなかったぜ。島の周りの確認もちゃんとしておいたが、マジで何も無かったからな」

「探照灯も全開で探し回ったけど、本当に何も無かったです。眼鏡も使ったし、念のため泥刈機も完備で一晩中見回りました」

「私の目でも、昨日の晩は泥は来なかったと断言出来るわ。当たり前だけど、私達にも何もない。確認してくれても構わないわよ」

 

 参加者である松竹姉妹と戦艦棲姫が口を揃えて何も無かったと話した。念のためと感知の眼鏡を使って侵蝕されていないことも確認し、一応春雨が妙な直感が働くことも無かったため、昨晩は襲撃が無かったと言い切れるようになる。

 

「空も、何も、無かった。雲の上にも、何もない」

 

 空母棲姫の艦載機により空の確認もされているが、そちらも何も無かったらしい。『観測者』も流石に空まではどうにも出来ないだろうから、空母棲姫の力を使ってそこが確認出来たのは大きかった。

 

「ならひとまずは安心ねぇ。ご苦労様ぁ」

 

 昨晩は良くても、今晩は何かあるかもしれない。この哨戒は戦いが終わるまで続ける必要はあるだろう。この後にまた話し合う必要がありそうである。

 

 

 

 

 朝食後、黒幕との最終決戦に参加する者達が堀内鎮守府へと向かうため、岸で準備をしていた。

 前以て何か言われていることは無いのだが、陸に住む者達を驚かさないように、なるべく艦娘の時の姿を取ることとなった。

 

「はぁ……これが一番嫌なのよ」

「何ワガママ言ってんのよ。さっさと着替えなさい」

「うっさいわね……私には私の事情があんのよ」

 

 コロラドに指摘され嫌な顔をするのは叢雲であるが、以前にも一度やっているので、これ見よがしに溜息を吐きながら、艦娘の時の服装へと姿を変える。相変わらず若干のアレンジは加えているものの、遠目で見ればちゃんと艦娘叢雲。

 

「ん……大丈夫だね。まだちゃんと()()()()()()()()

「ですね。私の脳裏に刻まれている、艦娘としての春雨姉さんが構成されています。少し久しぶりと感じてしまいますが、またその姿を見ることが出来て嬉しいですね」

 

 両腕両脚を失っている春雨は、どうしても本来の艦娘春雨からは逸脱した姿にならざるを得なかった。だが、制服はしっかりと艦娘春雨。意識せずに生成すると溢れた怒りを体現するかのようにショートパンツを穿くことになっていたが、今はちゃんとスカート。白露型の制服だ。

 それは海風も白露も同様。白露は4人分の折衷案だった部分を白露のモノのみに限定することで、誰が見ても白露と言える状態となった。意識しないとそれが出来ないというのは少々残念ではあるが、まだ失われていないことがわかっただけでも心持ちは変わるものである。

 

「それじゃあ、提督くんによろしくお願いねぇ」

「あっちの艦娘にもね」

「はい、勿論。今日中には戻るようにします」

 

 姉妹姫に見送られて、春雨と海風が先頭に立って鎮守府への航路に舵を切った。

 

「海風、道案内よろしくね」

「お任せください」

 

 施設から鎮守府までの航路を完璧に知っているのは海風のみ。そのため、全員が海風を追うように進むことになる。今回の旗艦は、春雨を差し置いて海風。そういうところで春雨に認められたのだと思い、やる気満々に先導する。

 

「感知の眼鏡、1つだけ借りてきたけど、とりあえず何も見えないね」

 

 白露が周囲を確認しながら一本道を駆け抜けるが、泥はカケラも見当たらない。安全で穏やかな海をただひたすらに真っ直ぐ疾るだけ。

 今からやることが決戦に対する準備ではあるのだが、ここまで静かだと本当に戦いの最中なのかと考えてしまうほどだった。そういうことをしながら、こちらの隙を見計らっていると言われてしまうと何とも言えないが。

 

「……春雨、少し緊張していますか」

 

 大鳳に言われて、春雨は苦笑しながら肯定する。

 

「もう戻れないと思っていた場所ですから、どうしても……。悪いことにはならないのは確信出来ますが」

「みんな歓迎してくれますよ。何と言っても春雨姉さんですから」

「そうそう、気にする必要は無いよ。楽観的に行けとは言わないけどさ」

 

 海風に加え、自分より緊張していそうな白露から励まされたのだから、緊張なんて感じていられない。

 鎮守府から離れている理由だって自分に非があるわけでもないし、提督とも通信で何度も話をしているのだ。後ろ向きになる理由なんて何処にもなかった。ただ久しぶりというだけ。何も怖いことは無い。

 

「古鷹さんは大丈夫?」

「わ、私? 私は……うん、大丈夫、かな」

 

 古鷹も思うところが沢山あるものの、比較的ポジティブではあった。鎮守府を襲撃したという事実はあるものの、その後はそこで治療されて今の自分を取り戻しているし、大塚鎮守府からの艦娘に関しては、先に鹿島と雷に会っているのだ。深海棲艦化しているとはいえ、仲間意識はそのままであることも確認済み。

 それ故に、この鎮守府出向に関してはそれなりに楽しみにしていたのだ。かつての仲間にまた会えることは喜ばしいことである。

 

「一番心配なのはアレでしょ。艦娘嫌いが鎮守府行くのよ。何かしでかさなければいいけど」

 

 コロラドが皮肉を言うように叢雲に視線を向ける。対する叢雲はどうしても苛立ちを隠せないものの、鼻で笑って返す。

 

「私だって成長してんの。艦娘如きに目くじらを立てる時代はもう終わってんのよ。私の怒りは黒幕一本なんだもの」

「どうだか。艦娘を見たら話が変わるかもしれないくせに」

「アンタと一緒にしないでくれる? 中に入ってる姫が駄々捏ねて鎮守府で暴れ出したりするんじゃないかしらね」

「アイツらはもう私が抑え込んでるから心配いらないわよ。アンタみたいに自分の問題じゃあ無いんだもの」

 

 相変わらずの口喧嘩だが、大鳳が嫌味なく元気でいいですねと宥めたことで一旦落ち着いた。この2人も、なんだかんだ鎮守府には順応出来るはず。

 

 

 

 

 そして、しばらく真っ直ぐ航行するうちに、遠目に陸が見えてくる。島とは比べ物にならないくらいに大きな陸ということは、もうそこは鎮守府ということになる。

 

「そろそろ到着です。誰かしら出迎えがあると思いますが……あ」

 

 海風が少し見回すと、案の定、海の上に数人立っているのが見えた。春雨達を歓迎するのは、やはり調査隊の面々。山風、江風、涼風の3人である。

 そしてその真ん中には五月雨も待っていた。姉妹の帰還ということで、鎮守府に残った白露型全員が、その来訪を今か今かと待っていた。

 

「みんな、()()()!」

 

 笑顔の五月雨の第一声。知っている場所で知っている仲間──妹にお帰りと言われれば、本当にここに帰ってこれたのだと実感出来た。

 感無量だった。もう絶対に戻れないと思っていた鎮守府に戻ってきたことを全身で理解し、そして気付けば涙目になっていた。

 

「うん、ただいま。私達は、帰ってこれたんだ」

「ですね……二度と戻れないと思っていたこの場所に」

 

 海風も少しだけ目を拭う。最も短期間離れていた海風ですらこれだ。春雨が感極まらないわけがない。

 

 そしてそれ以上にボロボロと泣いていたのは白露である。春雨とは違って本当に一度()()()()()ため、戻ってこれる可能性がさらに絶望的だったのに、今ここに立っているのだ。

 黒幕の手段だとはいえ死を乗り越えて、一時的にでも帰るべき場所に帰ってこれた。その感情が4人分、一気に溢れ出してきたのだから、感極まるどころか全部表に出してしまう。

 

「知ってる風景だ。知ってる建物だ。知ってる匂い、知ってる音、全部、全部覚えてる。死んだ時にもう諦めたはずなのに、戻ってこれたんだ……」

「……はい、戻ってこれました」

 

 ここまで大袈裟な反応を白露がしてしまったことで、そもそも涙目だった春雨も決壊した。涙が溢れ出し、しかし笑顔は絶やさず。そして海風も貰い泣き。

 

 怒りが溢れた時に失われていた本心からの笑顔が、今ここで取り戻された。艦娘としての自分を構成するものは、鎮守府にあったのだ。

 

「みんなが待ってるよ。提督もみんなが帰ってくるのを今か今かと待ってたんだから」

「うん、すぐに行くよ。私も、提督達と直接会いたいから」

 

 画面越しには何度も顔を合わせていた提督と、同じ場所、同じ空気で会うことが出来る。涙は止まらず、しかし、その場に立ち止まっているのも惜しいと、白露型の姉妹はすぐに向かっていく。

 残された叢雲達も、こうなっても仕方あるまいと苦笑し、あえてゆっくりと鎮守府へ向かっていった。再会に水を差すのはどうかと思うため、まずはその喜びを姉妹で分かち合ってもらおうと。

 

 工廠の中も、覚えている通りだった。最後に見た時から何も変わっていない。いつも哨戒や出撃に出て行って、帰ってきた時に見る風景がそのまま広がっている。

 その中身、いつも春雨達が陸に上がる場所、そこに堀内提督は立っていた。それだけではない。()()()()()()()()()()()()()が、3人の帰還を工廠で待っていた。

 

「お帰り、春雨、海風……白露、時雨、村雨、夕立」

 

 白露のみならず、その中にいる3人についても言及し、その全員の帰還を喜ぶ。

 その姿は変わり果てていても、心は艦娘のままだ。感情も記憶も全て残して、この鎮守府で生活していた全てを持って、ここに帰ってきた。

 震えが止まらないが、まず第一歩を踏み出したのは白露。4人分の思いを乗せて、提督に向かって力強く敬礼。

 

「ただいま、提督。長く鎮守府を空けちゃってごめんなさい」

「無事に……では無いかもしれないが、あえて言わせてもらおう。()()()()()()()()()()()良かった」

 

 決して無事では無いだろう。一度沈み、黒幕の力で蘇り、姉妹は融合してしまい、黒幕の思うがままに悪虐非道の限りを尽くしている。

 だが、心に傷を負いながらも自分を取り戻し、ついにはここに戻ってこれたのだ。長かった哨戒任務は、今ここで終わりを告げた。

 

「ただいま……ただいま。ただいま。帰ってこれたよ。あたしは、僕は、私は、ここに、戻ってこれたよ。本当に、死を乗り越えて、ここに、帰ってこれたよ」

「ああ、ここが君達の故郷と言ってもいいだろう。戻ってこれた。みんなが喜んでいる」

 

 もう白露は顔がグシャグシャである。4人分の笑顔と、4人分の涙、4人分の喜びが、全て顔に出てしまっていた。中にいる妹達の気質も、この時ばかりは融合することなく全員分表に出ている。全員でこの喜びを分かち合っていた。見た目は1人でも、そこにいるのは4人であった。

 

「春雨、海風、君達も、本当によく戻ってきてくれた」

「はい……白露姉さんと同じですが、長い時間を空けてしまって」

「構わないさ。今ここに立っていてくれるんだからね。ほら、白露達だけじゃない。君達の帰還も、みんなが待ち望んでいたことだ」

 

 工廠がワッと盛り上がる。喜びに大きな声をあげる者、感極まって涙を流す者、すぐにでも近付いて、本当に戻ってきたのかを感じたい者、多種多様あるが、その全員が帰還を待ち、そして喜んでいた。

 

 

 

 

 春雨達は無事、本来の居場所へと戻ることが出来た。一時的であろうとも、これは来訪ではなく帰投なのである。

 




白露型姉妹、ついに鎮守府へと帰投。白露は4人分を抱えているので、こういう時はどうしても感情的になってしまうようです。
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