施設からの部隊は、大塚鎮守府からの演習相手が到着するまではフリーの時間とされた。叢雲、古鷹、大鳳、コロラドの4人は、少し用があると工廠に残ってもらうように明石に言われており、白露型の3人は戻ってこれた喜びを噛み締めてもらおうと久しぶりに
未だ感極まっている白露は、涙で目を真っ赤に腫らしつつも、出迎えてくれたみんなに揉みくちゃにされていた。春雨と海風も同様であり、本当に帰ってこれたのだと実感しては、収まりつつあった感情がまた溢れてきて身体が歓喜に震える。
そんなことがしばらく続いた後、五月雨に連れられて鎮守府のとある場所へ。真っ先に来てもらいたいところがあるのだという。勿論、山風達もそれについていく。姉妹だけで組まれた遊撃部隊のように、ズンズンと目的の部屋へと到着。
「みんなの部屋は、そのまま残してあったんだ。海風が絶対に戻ってくるからってところから始まって、それからずっと」
五月雨に案内されたのは、元々使っていた私室。行方不明になってからも、定期的に掃除をしつつ、そのままの状態で残されていた。あの時、哨戒に出て行った直後の状態で時が止まった部屋。少し前までは毎日この部屋で眠っていたというのに、もう懐かしさすら覚える。
春雨が自分の部屋に入り、大きく息を吸う。何も変わらない、艦娘としての自分の最後の居場所。今でこそ変わってしまったが、ここに戻ることが生きている理由にもなっていた。
「全部残してくれてたんだね」
「勿論。許可もなく捨てるわけがないしね。場所も変えてないよ」
部屋としては簡素な部屋ではある。机と衣装ケースとベッド。布団は春雨のトレードマークとも言えるピンク色。何も変わらない部屋。
その机の上には、姉妹が揃った集合写真が立てられていた。知っている角度、全く同じ位置。それに、いろいろと小物などもそのままの配置。
「なんだか、すごく懐かしく感じちゃうね」
集合写真を見ながら話す春雨。寂しさが溢れた当初なら、この写真を見るだけでも発狂していただろう。それが今は、死んだと思われていた姉達は少し違うカタチではあるが一緒に生活しており、寂しさに繋がる要素が大分減っている上に、そもそも怒りも溢れてしまっているせいで寂しさの発作を起こさなくなっていた。
それ故に、逆にこの写真には思い入れしかなかった。発作なんてもう起こさない。真に自分を取り戻したようなもの。
やはり、春雨に本当に必要なものは、全て鎮守府に揃っていたのだ。懐かしさ、思い出によって、失われていた本心からの笑顔が取り戻され、怒りが溢れる前の表情が、少しずつでも確実に戻ってきていた。
「私の部屋もそのままにしてくれてるんですね」
「それは山風がね。元々みんなの部屋を残してるんだから、海風の部屋を片付ける理由なんて無いよ」
海風の部屋もそのままである。
「みんなで……ちゃんと掃除してるから」
「そうだぜー。海風の姉貴の部屋は、山風の姉貴が特に念入りにやってっから心配いらないよ」
「……江風余計なこと言わなくていい」
維持するために、白露型の姉妹達が手分けして定期的に掃除しているらしい。春雨と海風の部屋は見たが、勿論白露達の部屋まである。4人で6人分の部屋を掃除するのは少しだけ大変なところもあるのだが、部屋が散らかっているわけではないのならそこまで時間もかからない。
五月雨が掃除をしていると聞いて3人がビクッと反応するが、部屋の状況を見る限り、大変なことは起きていないためホッとする。五月雨が憤慨するものの、自分のドジには自覚があるのでそういう反応をされても笑顔で終われる。
「……ちゃんと、そのままにしてくれてるんだ」
白露も、自分
シンプルな時雨の部屋、少し飾ってある村雨の部屋、机の上とかが散らかっている白露と夕立の部屋。全員が集約されている白露には、その全ての部屋の記憶が入っている。
「全部、全部ちゃんと覚えてる。あたしの、僕の、私の、全員分の記憶が入ってるから。なんか、すごい、うん、すごい。語彙が無くなっちゃった」
死によって失われたはずのこの部屋が、再び自分のモノとしてそこにあると思ったら、やはり感極まって涙が溢れてくる。失ったモノを取り戻していく感覚だった。
「なんか今日のあたしは泣き虫だなぁチクショー! でも、ホント、すごく嬉しい。あたしだけじゃなくて、あたしの中にいるみんなが喜んでる!」
グシグシと目を拭いながら、満面の笑みを見せた。
「この戦いが終わったら、みんながこの鎮守府に戻ってこれるように、大将さんが取り計らってくれてるんだって」
深海棲艦であるがために、本来なら施設に押し込んでおくべきと考える者もいる中、あの大将は正しい共存の道を示していた。心が艦娘ならば、ただ協力してもらうだけではなく、本人の希望さえあれば鎮守府への
春雨達は、今も行方不明というカタチで処理がされており、海風に至っては当然のように行方不明ですらなく出向のような扱い。籍が失われたわけではなく、あくまでも
深海棲艦化という確実に前例がない事件であるため、そのまま鎮守府に戻っていいのかと考えるものの、大将曰く、『愛娘が戻りたいと望むなら、拒否する必要は無いでしょう』と全員を納得させた。春雨達が鎮守府に仇なす放蕩娘というのならば抵抗はあるだろうが、艦娘としての心を失っていない、ただ姿だけが変わってしまった同一存在なのだ。拒む理由など何処にも無かった。
「……あたしは、施設もいいけどここに戻りたい、かな。施設はさ、機会があればいつでも行けるんだし。毎日タブレットで連絡も出来るんだよね」
「ですね。あそこは第二の故郷として、頻繁に向かいたいですが、本来の居場所はここですから」
白露は鎮守府への再配属に乗り気。春雨も久しぶりに鎮守府に足を踏み入れたことで、この場所に帰りたいという気持ちが強くなっていた。まるでドロップ艦の帰巣本能。本来の居場所は鎮守府なのだと、本能的な部分で理解した。
「私は春雨姉さんが望むことを追わせていただきます。私にとっては場所なんて関係ありません。春雨姉さんが隣にいてくれれば、そこが何処であっても私の居場所です。ここでも、施設でも、名も無き無人島であっても、天国でも地獄でも、私は春雨姉さんと共にありますので」
「あはは、相変わらずだね、海風は」
「それが今の私ですから。でも……この鎮守府だと、山風達もいますからね。春雨姉さんが一番大切で、その存在が私の道を照らしてくれているのは当然ですけど、やっぱり妹達も大切な存在ですから。春雨姉さんがいて、妹達がいて、白露姉さんもいる。これが一番だと思います。そうなると、やっぱりこの場所がいいですね。勝手も知っていますし」
海風も勿論、鎮守府に戻ることを選択。春雨の居場所が自分の居場所なのだから、春雨が戻ると言うのならノータイムで戻る。
それに、口には出さないが、春雨が本来の春雨の表情を取り戻せるのはこの場所だと確信していた。
今の春雨は、心の底からの笑顔を作れている。怒りが溢れていて、根幹にある壊れた部分が消えていないにしても、この場所にいれば溢れた感情が忘れられるように見えた。それが海風には一番嬉しいことだ。本来の春雨が取り戻されるのならば、選択の余地なんで何処にも無い。
「……この戦いが終わった後のことを言うの、死亡フラグってヤツだと思うんだけど……」
山風がボソッと呟いたことで、空気が一瞬凍りつく。しかし、そんなものを吹き飛ばすくらいのテンションで白露が声を上げた。
「大丈夫! そんなフラグ、バッキバキにへし折ってやればいいのさ! そもそもあたしは一度死んでるから死亡フラグもへったくれも無いっぽいし、もう簡単にはやられないわ!」
ぐっと拳を突き上げて高らかに宣言。死を乗り越えた白露にとって、死亡フラグなんて関係ない。当たり前だがもう死ぬつもりはない。あんなに
白露の高度な自虐ネタは余計に空気を凍り付かせそうだったものの、白露の勢いのおかげで、これでもみんなに笑みが浮かんだ。
「この戦いは通過点だから、終わった後でもまだまだ先は長いよ。私達がここに戻ることが出来たら、そこからがまたスタートだからね」
「春雨姉さんの言う通りです。明るい明日が待っているんですから、その通過点なんて蹴散らしてしまいましょう」
深海棲艦化した3人がこれだけ明るく振る舞っているのだから、艦娘の姉妹達は暗くなる理由なんて無いのだ。3人の言葉に当たり前だと賛同し、この戦いを終わらせるための気合を改めて入れ直した。
それから、久しぶりの鎮守府をグルリと見て回って工廠に戻ってくると、明石からの依頼で残っていた4人も、大塚鎮守府からの艦娘達を待つために休息中だった。
「お疲れ様でした、春雨。久しぶりの鎮守府は堪能出来ましたか?」
早速大鳳に聞かれ、春雨は何かを考えることもなく笑顔で返す。
「はい、おかげさまで。なんだか気分が良くなりました。やっぱり私は、ここに戻ってきたかったんだなって実感しました」
「それは良かった。貴女はこの戦いの肝ですから、より良い心境でいてもらうことが一番ですよ」
その笑顔が一番の励みになると、大鳳も笑顔で応えた。
「結局、明石さんからは何の用だったんですか?」
「なんでも、私達の身体の構成が知りたいということでした。なので、髪や爪の一部、あとは体液なども少しだけ提供をすることになりまして」
それは、明石……ではなく、龍驤からの提案だったそうだ。ただ泥に侵蝕されていただけではなく、亡骸を混ぜ合わされた結果蘇った大鳳や古鷹の身体の構成は、何かしらの違いがあるかも知れないということで、研究材料としてほしいとのこと。
これで何かが違えば、RJシステムにその要素が組み込まれ、さらに黒幕に対しての対策に繋がる可能性がある。それならばと、一切躊躇なく提供するに至った。
「叢雲も、唯一耐性を持つ身体なので調査したいと話していましたが……」
「アイツら……というか、明石の目が気に入らないから断ったわよ。ヒトの身体をジロジロ見てきて。髪を1本渡したんだからいいじゃない。それでも気分が悪いっていうのに」
「ワガママ言って時間使うんだもの。ホント面倒なヤツよムラクモは」
「うっさいチョロ助。ノせられてホイホイ血を渡してるようなヤツに言われたくないわよ」
いつものようにプリプリしている叢雲だが、この鎮守府に居心地の良さは感じているようだ。明石に対して警戒心が強いだけ。そしてそれは、あながち間違いでは無い。
「あと、余裕があれば、古鷹のスタミナ不足を解消出来るようなアイテムが作れればと話していました。今はここの明石だけではなく、他の明石とも連携が取れるということなので」
「本当に助かります。外付けの装備で解消出来るなら、正直頼りたいですしね」
古鷹のスタミナ不足も深刻だ。他の誰よりも消耗が早く激しい古鷹は、戦場でも強力な力を発揮する代わりに、長続きしないという大きなデメリットを抱えている。それを払拭することが出来れば、より戦いやすくなるだろう。
「残り少ない時間でも、堅実に成果を重ねているみたいで、すごいですねあの明石は」
「私もそう思います。たまにとんでもないことをしでかしますけどね」
春雨からは笑顔が絶えない。そんな春雨に、大鳳も喜びを隠しきれなかった。
鎮守府に訪れたことで、春雨は確実にいい方向に向かっている。怒りと寂しさは、本来在るべき場所では溢れることは無かった。
春雨が元の春雨に戻りつつあります。施設にいるだけでは起こり得なかったことなので、鎮守府への出向は良い事尽くし。