艦娘達を急襲した未知の深海棲艦は、援軍として駆けつけた伊47により撃破、鹵獲された。その間に怪我人の金剛は部隊と共に撤退完了。無事とはとてもじゃないが言えないものの、ひとまずは誰も命を落とすことなく戦いが終わる。
未知の深海棲艦を艤装で握り締めながら施設に到着した伊47。そうしている間もそれは目を覚ますことなく、終始ぐったりとした状態。気を失った時点で艤装は消滅しており、生身の状態となっている。
当然命は奪っておらず、怪我すらも負わせていない。豪腕による強烈な締め付けで気管を圧迫したことで気を失わせている。しばらくすれば目を覚ますことだろう。その辺りの力加減も、伊47はしっかりしていた。
「
「テストさん、もしかして最初から最後まで見てた?」
「
幸せアレルギーの悪化を防ぐためにみんなの元から離れたところを、たまたまコマンダン・テストが見ていたらしい。
こうなった時に海に向かうのは、伊47のいつもの行動。海中なら独りになれるため、仲間達の温もりをそれ以上感じることを無くすことが出来る。そのため、少し海で過ごしてから戻ってくるのが基本だった。
しかし、今回は様子が違った。戻ってくるまで待っていたら、いつもは海の中から出てくるところを、最初から海の上、しかも艤装を展開した状態で戻ってきたのだ。
他の誰もが見えない位置でも、コマンダン・テストにはそれがわかったため、尚のこと戻ってくるのを待っていた。
「こちらの方は……」
「多分、戦艦さんが言ってた子ヨナ」
「Oui. 聞いていた
伊47の艤装は、潜水艦という都合上、ここから陸に上がることが出来ない。そのため、ここからはコマンダン・テストに引き渡されることになる。
そのままでは未知の深海棲艦を持ち上げることが難しいため、コマンダン・テストも艤装を展開。その艤装は、身体の倍近くの長さを誇る尻尾である。
これがコマンダン・テストの膂力よりも強い力を持っているため、やんわりと巻きつけて陸に引きずり上げた。艤装も無いため軽々と。これで伊47はお役御免。
「ヨナ、姉姫さんと妹姫さん呼んでくるね」
「
艤装を消して陸に上がった伊47は、そのままパタパタと施設へ。コマンダン・テストは起こさないようにゆっくりと運ぶ。
ここからこの未知の深海棲艦がどうなっていくのかはわからないが、施設なら悪いようにはしない。ひとまず、コマンダン・テストは療養食のレシピを考えるのだった。
そこからは、施設内は大騒ぎとなる。外から深海棲艦を拾ってくるというのは、中間棲姫がこの施設を立ち上げてから初めてのことになるらしい。
さっきまでここにいた艦娘達が帰り道で襲われたということに驚き、その窮地を救ったのが伊47だったことにさらに驚き、その時の未知の深海棲艦を鹵獲してきたことで誰もが言葉を失った。
「ええ、私が見たのはこの子よ。この子がさっきの艦娘達を襲っていたのよね?」
「うん。そこをヨナが助けたの」
「私の言葉を無視したのに、艦娘には襲いかかるか……。やっぱり知性のない
「一応話は出来たの。話になってたかわからないけど」
「なら多少の知性はあるのね。正気を失ってるって考えた方がいいか」
一室を用意し、姉妹姫と戦艦棲姫、そして拾ってきた伊47がその中に。今はベッドに寝かされ、安らかに寝息を立てているのだが、目を覚ましたらその場で暴れ出しかねないため注意が必要。
狭い部屋の中で再び艤装を展開されたら大惨事になる。部屋が壊れるだけならまだしも、近くにいる者は確実に怪我をすることになるだろう。ここにいる者が全員姫級だとしても、無防備の状態で撃たれれば怪我はするし最悪死ぬ。
今のところ、この未知の深海棲艦の顔まで見ているのはここにいるメンバーと、ここまで運んだコマンダン・テストのみ。駆逐艦達は、ここに鹵獲されて運び込まれたということしか知らない。
「ひとまず、この子の名前は『槍持ち』としておきましょうかぁ。素性がわからない以上、正確な名前とかはわからないんだけれど、ここにいるのなら必要よねぇ」
「そうね、賛成。呼び方が無かったら不便だもの」
未知とはいえ、
それは安直に、槍を持つ珍しい深海棲艦であるため、仮名『槍持ち』。いずれ正式な名前を付けることになるだろうが、今は簡単にそれで統一する。
「姉姫、今日出てくって言ったけど、前言撤回するわ。この子が、槍持ちが目を覚ますまで……いや、まともになるまでは、ちょっと住ませてもらえる?」
「ええ、いいわよぉ。でも、貴女は大丈夫なの? 旅をすることが本能のようなものでしょう?」
「乗り掛かった船よ。この子の話をしたのは私だし、もしかしたら私が声をかけたからこの近くまで来たって可能性もあるじゃない。憶測ばっかりだけど」
自分の責任とまでは思っていないが、自分が見かけ、無視されたにしても声をかけた相手が今こうなっているのだ。それが穏健派であろうと侵略者であろうと、目を覚まして全快したところを見るまでは心配だという。
そういうことならと、中間棲姫は快諾した。飛行場姫も姉に同意。この2人が許可を出すのなら、施設に所属する元艦娘達も文句は言わないだろう。
「ただ、これ薄雲に見せていいのかしら。アタシとしてはちょっと心配なのよね」
槍持ちの外見が、薄雲の感情を溢れさせるきっかけとなった姉の要素を持っている。飛行場姫の心配はそこにあった。戦艦棲姫に説明を受けた時ですら不安定になったのだ。実物を見たら、それこそ激しい発作を起こしかねない。その槍持ちと同じ施設で暮らすことで、何かしらの問題が起きないかどうか。
「こればっかりは難しいわねぇ。そのままそこに置いておいたら、艦娘さんを直接襲っちゃうかもしれないし、ここに置いておいたら薄雲ちゃんや春雨ちゃんも心配よねぇ。だからといって」
「
「ええ、勿論。せっかく出会えたんだもの。この子にも楽しく生きてもらいたいわぁ」
慈悲深い笑みを浮かべ、眠る槍持ちの頭を優しく撫でる中間棲姫。まともな知性を持ち合わせているようには見えなかったが、そうされたことで寝息が穏やかになったようにも思えた。
「起きてみなくちゃわからないし、会わせてみなくちゃわからないわ。薄雲には嫌な思いをさせるかもしれないけれど、一度見てもらった方がいいのかもしれない」
「……そうねぇ。ここで一緒に暮らしていくことになるのなら尚更ねぇ」
姉妹姫の言葉に、何か思い付いたような顔を見せる戦艦棲姫。
「ここにいるのがまずいようなら、私の旅に連れていってあげるわ。それなら大丈夫でしょ」
「あら、確かにそれなら安心ねぇ。貴女になら全面的に任せられるわぁ」
「一人旅も良かったけど、仲間がいてもいいなって思うこともあるのよ。万が一の時には私が引き取ってあげる」
多少は偽装してもらわないと困るけどねと付け足す。そのままのボロボロな服でいたら嫌でも目立つし、深海棲艦らしさをなるべく消してくれるならというのも追加。
本来ならここにいるのが最も安全で確実であるが、それによってここに不和を齎すのなら、嫌でもここから出て行かなくてはならない。にもかかわらず、槍持ちも独りにするのは気が引ける存在だ。
ならば、信用出来る者に託すことがベスト。戦艦棲姫もいざという時はそれでもいいと言ってくれているのだから、その時は任せることになるだろう。
「とにかく、まずはこの子が目を覚ますかどうかねぇ。ヨナちゃん、どれくらいで起きると思う?」
「んー……ヨナにはちょっとわからないヨナ。加減はしたからずっと寝てるみたいなことは無いと思うけど」
「今はゆっくり眠らせてあげましょ。この子は私が見ておくわ」
ここで率先して動いてくれるのは戦艦棲姫である。もしかしたら自分の旅の仲間になるかもしれないというのもあるだろうが、基本は自分が最初に見つけたのだから面倒が見たいという気持ちが大きい。
戦艦棲姫も姉妹姫と同じように面倒見のいい性格だった。旅の途中で出会った穏健派の深海棲艦にお節介を焼く程度には優しい。
「それなら、戦艦ちゃんに任せるわぁ。私達は先にやらなくちゃいけないことがあるもの」
「薄雲のことよね。顔を見せるより先に、ちゃんと伝えておいた方がいいと思うわ」
このことはまず、薄雲に伝えておくべきと判断した。事前にちゃんと話しておけば、いざ見たときのショックはある程度薄れるはずだ。
むしろ、身構えていったら似てるだけの別人だったという可能性もある。それならその方がいい。
「それじゃあ、お願いねぇ」
「ええ」
槍持ちは戦艦棲姫に任せ、姉妹姫はこの部屋を出て行く。伊47も今回は姉妹姫について行くことにした。戦ったのは伊47であり、微妙であるとはいえ対話もしている。そのときのことを薄雲に伝えるべきと考えた。
駆逐艦達はダイニングに集められていた。ジェーナスがお茶を淹れてみんなを落ち着けようと試みているものの、薄雲だけは気が気でない様子。ちゃんと話していなくとも、なんとなく察しがついている。
春雨も薄雲程ではないが俯き気味。艦娘時代の仲間達を襲撃した深海棲艦がここにいるというだけでも、緊張感が高まる。もしかしたら、自分の姉達の仇に繋がるかもしれないと思うと、余計に苦しい。
「お待たせ。あの子は今、戦艦ちゃんに任せてきたわぁ。貴女達にはちゃんと話しておかなくちゃいけないものねぇ」
「姉姫さん、さっきの、さっきの
食い気味に薄雲が問いただした。いてもたってもいられないのは理解出来るが、落ち着かなければ正確な判断が出来なくなる。
それ故に、中間棲姫は落ち着くように促し、すぐ近くの席に腰掛けた。
「端的に言うと、戦艦ちゃんがここに来るまでに会ったっていう
中間棲姫の後ろで伊47が小さく頷く。
ここで今は仮名として槍持ちと呼称することを前提に、伊47との交戦のときの様子を説明した。
その知性はほとんど見受けられないこと。深海棲艦には全く興味がない代わりに艦娘に対しては沈めるという感情しか持っていないこと。というか感情と呼べるものが存在しているかも怪しいこと。
力自体は姫級である伊47を前にすれば劣るもののようだが、艦娘達は7人がかりでも圧倒されるレベルだったことも忘れずに話した。金剛が怪我をしていたことを聞いて、春雨の顔は心配に埋め尽くされるものの、しっかり撤退出来たことも教えられて安堵の息を吐く。
「やっぱり……姉さんなんでしょうか……姉さんなんですよね……」
震えながら薄雲が呟く。ここにいるものは薄雲の姉のことを誰も知らないので、一概にそうだとは言えない。実際に見てもらわないとそれは何とも言えない。
とはいえ、もしそれが薄雲の姉だとしても、それは薄雲の知っている姉でないのは確かだ。薄雲に何があったのかは聞いていないが、その時に死んだのであろう姉とは別人。同じ個体であるだけである。
「……会わせてください」
「今は目を覚ましていないの。だから、目を覚まして面会が出来そうなら、薄雲ちゃんにも顔を合わせてもらうわぁ。だからそれまでは我慢してちょうだいねぇ」
「……はい。私の姉さんではない姉さんかもしれないけれど、姉さんであることには変わりありませんから……」
発作を起こしかけているが、薄雲は何とか耐えていた。いや、
姉の存在が、薄雲の中で何かを変えようとしていた。
槍持ちが何者なのかはとてもわかりやすいですが、それが薄雲の実の姉かどうかは不明。でも半年前には死んでるって言ってるんだから、さすがにその線は薄いですかね。