団体演習をしばらく続けた後、満を持して吹雪が演習に参加する。今までの仲間達の動きを見て、大体どんな感じかは把握出来たようだが、春雨だけは読めなかったらしく、一度個人演習をしたいと持ちかけた。
春雨自身は団体演習に参加はしていたが、そこまで大きく消耗していなかったようで、その持ちかけを快く了承。自分の弱点探しにも繋がると考え、早速やろうと乗り気であった。
「休憩は大丈夫?」
「うん、大丈夫。疲れてないわけじゃないけど、そこまでだから」
戦闘に支障が出るほどの消耗では無いと春雨は言う。隣の海風も、この春雨が個人演習に参加することを拒まなかった。吹雪の実力は知らないが、少なくとも今の春雨が手も足も出ないということは無いと確信している。
「お互い、全力で」
「勿論。私が持ちかけたことだし、春雨ちゃんの全力を知りたいから、こうやって1対1を申し込んだんだからね」
「そうだね。じゃあ、お眼鏡に適うように頑張るよ」
拳を突き合わせた後、2人揃って海上へ。互いに何処か昂揚しているような表情。
片や、大将の秘書艦であり大戦艦である武蔵ですらも敬意を払う存在。圧倒的な力によってブラック鎮守府を鎮圧したり、大塚鎮守府の事件の時も大和を軽々と制した、駆逐艦とは言い難い実力を持つ最強の艦娘。
片や、辿り着く者として特にまともではない能力を持ってしまったことで、施設組の中心人物となっている存在。その力により戦闘では無類の強さを誇り、覚醒後の戦いでは確実な勝利に仲間を導いてきた戦乙女。
「大和さんは、春雨姉さんとも吹雪さんとも戦ったんですよね。どちらが
勝つと思いますか」
春雨から一時的に離れることとなった海風は、2人の実力を知る大和に、体感としてどちらが強いかを尋ねる。海風としては当然春雨だと言いたいところだが、吹雪を知らないために比較が出来ない。
「そうですね……私個人の感想で言えば互角です。ただ、
それはどうしても引っかかるところ。大和が2人と戦った状況はあまりにも違う。
春雨とはたった今、演習というお互いに何も無い、命のやり取りですらない手合わせ。対して、吹雪は侵蝕を受けていた時の
「どちらも手も足も出ないという感覚でした。ですが、春雨の方が
「なるほど……ベクトルが違うと」
「そういうことですね。ただ、力業で圧倒されるのは恐怖を感じますが、搦め手で翻弄されるのは感心してしまいますね。好き嫌いだけでいえば、春雨の方が戦いやすいとは思います。あれも大分加減をしていたのだと思いますが」
吹雪は当然、侵蝕された者を解放するために戦っていたのだから、恐怖を与えてもいいくらいに上から殴りつける。
春雨だって、同じ状況ならば同じように戦っていただろう。搦め手を使うかもしれないが、最終的には実力行使。しかし、こういう場でそういう手段は見せないので、春雨の方が比較的戦っていて苦しくないとのこと。
「なるほど……。なら、あの結末は誰にもわからないということですね」
「はい。どちらが勝ってもおかしくはないと思います。ただ……」
「ただ?」
大和が少し考えた後、一つの確信を口にした。
「実戦経験の差は、おそらく吹雪の方が上、ですよね。だから、それがやはり利いてくるかなと」
海上。互いに準備万端。春雨は最強の存在を相手にするということで、少しだけ慎重に最初は主砲装備。ただし両腕であるため、攻撃的なフォームであることは間違いない。
対する吹雪は主砲を装備はしているが、それだけ。魚雷発射管も展開していない。ただ近付いて撃つということに特化しているようにも見える。
「鎮守府の中でも戦闘出来たらしいし、軽装なのかな……。もう少し五月雨に話を聞いておけばよかったかな……」
事前に五月雨から聞いた情報は、吹雪に触れた大和が吹っ飛ばされたということ。艤装の展開と収納を駆使した攻撃であることは、五月雨には見えておらず、軽く叩いただけで強烈な衝撃が発生したとしか聞いていない。
それが蹴りでも発生しているため、腕力が強いとかそういうことではなく、何か
「まぁ、ぶつかるしかないか。それで無理矢理引き出すしかないね」
サポートをするにしても、その実力をその目にしなければわからない。わからないならば、直接ぶつかって知るしかない。春雨は前向きに、この演習を乗り越える決意をして突撃を始める。
むしろ、その手段は
「……道、見えたけど……」
少しだけ目を瞑り、そして開いた時には光の道が見えた。しかし、吹雪の近くに行けば行くほどその道は複雑極まる状態だった。ステップの間隔がやたらと短い。瞬時に判断しなければ何かをやられる。むしろ、その道ですら時間経過で次々とカタチを変える。
「今までに無いカタチ。でも、演習なんだから、当たって砕けなくちゃ」
砕けるつもりは毛頭無いが、春雨は胸を借りるつもりでまず主砲を構える。
「オッケー。じゃあ、こちらからも」
春雨が主砲を自分に向けるのと同時に、吹雪も主砲を構える。射線はどちらも相手の胸に向けて。ほぼ完全に一致しているためか、放った瞬間に中間地点でぶつかり合い、互いに失速して終わる。
砲撃同士をぶつけて回避することはあるが、お互いに攻撃しあった結果がぶつかり合うというのは意外と無く、故意にぶつけたわけではないので2人してわぁと驚く。そして、小さく微笑んだ直後に一気に加速した。
今の春雨は近距離から中距離まで駆逐艦の出来る距離は全て網羅している。砲撃が効かないわけではなくても、近接戦闘の方が効果的ならばそちらを選択するくらいに戦術の幅は広い。
「来たね。それなら私も、使っていくよ」
そんな春雨の突撃、しかも主砲を鉤爪に替えての一撃を弾くため、その手に対して軽く腕を盾のように構える。
普通ならばそんなことをしたらガードに使った腕が細切れになる。いくら演習用のウレタンの鉤爪とはいえ、実戦のことを考えたらそのようなガードをするのは愚の骨頂。
しかし、吹雪は自信を持ってこの手段に打って出た。つまり、腕を犠牲にするなんてことは無いということ。五月雨から聞いていた、軽く叩いた瞬間に強烈な衝撃が発生する技を防御にも使うということだと察した。
見えている光の道は、吹雪の直前でやたらとブレていた。つまり、今の春雨には直感的にも何が来るかわからないということになる。
しかし、何かまずいということだけはわかる。それだけがわかれば充分。
「っく!」
そこで春雨は、強引に身体を捻ってその攻撃を無理矢理キャンセル。振りかぶった腕では無い逆側の腕で掬い上げるようにして、吹雪の逆サイドを狙う。
「わ、もしかして察した? すごい直感だね。でも」
それに対し、吹雪は逆に近付き、身体ごと春雨に押し付ける。鉤爪はそれにより不発。光の道を乗り越えた動きをしてきたことにより春雨は驚いたが、それもすぐに終わらせられる。
春雨に触れているのはガードしようとした方とは逆側の腕。つまり、そちら側には主砲が展開出来るということ。
「私がわかる限りの春雨ちゃんの弱点。理解していないものは、理解するまで最善の道に含まれない」
まずいと判断した春雨は、攻撃出来る間合いなどを全て捨てて脚の伸縮を使いその場から跳び退く。吹雪には近付いてはいけない。それだけは確実であるため、触れられた時点でアウトである可能性が高い。
そしてそれは案の定だった。跳び退こうとした瞬間に、互いの密着していた場所に急激な質量の増加。その瞬時の艤装展開と収納は、春雨の目にも映らなかった。
「良くも悪くも、みんなは勝手を知ってるもんね。それに、例外的な動きが殆ど無かった。見る余裕もあっただろうから対応も出来る。でも、私は今日初めて直接顔を合わせてる上に、こんな手段を使える艦娘は、少なくとも私は知らないからね。今だけは私は例外だよ」
さらに吹雪は春雨とほぼ同じようなスピードで距離を詰めてきた。脚部の艤装の展開と収納を繰り出したことで、春雨の脚の伸縮と同等な加速力を生み出している。
強靭な義脚である春雨ならまだしも、艦娘とはいえ生身の吹雪がその衝撃に耐えられるのは、これまでの経験。見た目からはわからないほどに全身が鍛えられている。
「でも、知られたら確実に勝てなくなるから、勝てるうちに勝たせてもらうね」
突撃からゼロ距離での砲撃。艦娘ならばまず避けられない一撃だが、春雨は普通とは違う。義腕を盾に変形させ、その砲撃は食い止める。
しかし、これはガードさせるために撃ったようなもの。吹雪は即座に脚払いを繰り出した。砲撃から格闘への切り替わりがやたらと早く、戦い慣れているのが嫌というほどわかる。
「簡単に負けるわけにはいかないよ」
だが、ここで春雨の直感が冴える。光の道が、わずかに強くなった。吹雪の使ってくる手段に辿り着くことが出来そうであったため、あえてそこは
布地の服や防刃防針のスーツが作れるくらいの精度を持っているのだから、その精度を義脚にも発揮させることができる。金属以外も艤装として認識出来ているため、行き当たりばったりではあったがこれも出来てしまった。
流石に歴戦の吹雪といえど、触れる脚が突然ゴムになるだなんて初めての経験であるため、勢い止まらずミートした瞬間に魚雷発射管を展開収納して強烈な衝撃を発生させる。
その瞬間、春雨の目にはうっすらとそれが見えた。目がいいというわけではなく、この瞬間だけは瞬きせずにその目に収めろと直感的に察したのだ。
「いっ……っ」
ゴムであってもその衝撃は抑え切れるわけでは無いため、脚がグニャリと曲がり、春雨自身も体勢を崩すことになる。いつもの義脚のまま喰らっていたら、その衝撃でその場から吹き飛ばされていただろうが、ゴムだったおかげで衝撃を吸収することが出来た。
「うそ、そんな回避の仕方あるの!?」
これには吹雪も驚いていた。この戦いを観戦していた大将も目を丸くしていた。
「見えた。一瞬だけど、何をしてるか。これでもう、
すぐさま海面を跳ねて間合いを取ると、春雨の瞳が白く輝く。最善の答えに辿り着く道がリルートされ、今までよりも太くハッキリとした道へと変わっていく。どうしたら答えに辿り着けるのか、それが見えてしまえば春雨が一気に有利になる。
しかし、
「えっ」
その光の道は、吹雪の直前で途絶えていた。いつもならば、そこで吹雪の身体に光の点が見えていてもおかしくないのに。
攻撃の手段を看破しても、今の自分にはその道を辿るだけで精一杯という表れ。もしくは、まずは道を辿ってから考えろという
「何か見えたかな?」
「うん、見えたよ。見えたけど、吹雪ちゃんって、凄いね」
「いきなり褒められるとビックリしちゃうなぁ」
話しながらも攻防は止まらず、春雨は今見えている道を歩いていく。吹雪の攻撃は途端に掠りもしなくなり、展開と収納を繰り出しても届かないような回避の仕方が始まる。
それはまるで演舞を踊るように、吹雪との戦いを楽しむかのように、その場でステップを踏む。道がそうしろと春雨に教えてくれているから。
しかし、その道のゴールに辿り着いても、吹雪への攻撃の手段はやはり見えない。ここまで来てもまだ、吹雪の方が上であり、勝ちが見えないということになるのだろうか。
「いや、ここからは私が道を作る」
吹雪は言った。春雨は理解していないことは道に含まれないと。ならばそれは、
故に、出来る限りのこと、今までやったことが無いようなことを、この場で繰り出していく。自分にはこんなことが出来るのだと理解して、初めて道の続きが出来上がる。
「どうやって、かな」
「突拍子もないことをしてみる、とか?」
ここで急接近。両腕をまた鉤爪に替え、大きく振り下ろす。大振りな上に間合いも微妙な状態でやられても、吹雪には隙だらけにしか見えない。軽く避けて撃てば終わり。
だが、春雨は本当に突拍子もないことをしでかした。両腕と両脚が艤装であるからこそ出来ること。
「うえっ!?」
流石の吹雪も、こんなことをされたことはない。腕が脚部艤装となり逆立ちとなり、脚が腕となり主砲を構えていた。あまりにも見たことのないカタチであったため、動揺が隠しきれなかった。
春雨は至って真剣そのもの。こんなことを後々やるとは思えないものの、
そもそも、両腕両脚を鎖に替えて拘束なんてことが出来るのだから、この義腕と義脚は自由自在であることが証明されているのだ。それを咄嗟に繰り出しただけ。理解まで行っていなかったことを、理解するに至った。
「スカートだったらこんな格好出来ないよね、うん」
そして、脚の主砲を吹雪に放つ。これで決着である。
はずだった。
「流石にビックリするよ。もう曲芸だもんそれ」
吹雪の対応力は、生半可なものでは無かった。不意打ちも不意打ちなのだが、その砲撃と同時に、吹雪も春雨の顔に向けて砲撃を放っていたのだ。回避出来そうに無いと悟った瞬間、吹雪は春雨との相討ちを狙った。
お互いの砲撃は、お互いの顔面に直撃し、ダブルKO。両者轟沈判定となって、演習は決着がついた。
春雨と吹雪がイコールで結ばれました。しかし、ここからまた勝てるかと言われると、何ともいえないのが吹雪の力。