春雨と吹雪の演習が終了。突拍子も無い戦術を選択することによって隙を作り、途絶えてしまった光の道の先を自ら作り出すという荒業を決めることで、どうにか相討ちにまで持っていくことに成功はした。
しかし、これで春雨の手の内を見せたようなものなので、次は通用しないだろう。この1発目だからこそ、吹雪にも通用したと考えてもいい。そういう意味では、吹雪はやはり、ここにいる中でも最強と言い切れるだろう。
「いやぁ、流石にそんなことされるとは思わなかった。なんか久しぶりに顔面に模擬弾喰らったよ」
「私も結構咄嗟で。ただ思い付いたからやってみただけなんだけど……うん、ビジュアル的に大丈夫かな……」
「正直言うと、結構危ないと思う。腕と脚の入れ替えはねぇ」
今はもう元に戻しているが、咄嗟に出したその手段は
だが、春雨的にはその異物感すらも戦術に取り入れていた。ギョッとした瞬間、大概の者がその動きを止める。驚きというのは、時に確実な隙を作るに至るだろう。吹雪ですら、それを見た時には動揺し、素っ頓狂な声をあげてしまったくらいだ。結果として相討ちに持っていけたのだから、そのやり方としては間違ってはいない。
「まぁ、戦術的には悪くないってことで。あんまりやらないようにはするつもりだけどね」
「それがいいよ。不意打ち以外では控えた方がいいね。ほら、やっぱり春雨ちゃんは見た目艦娘だからさ、腕が盾や鎖になるくらいならいいんだけど」
「だよね……考えてる暇がない時だけにしよう」
春雨も若干反省。勝つためには手段は選んでいられないかもしれないが、もう少しスマートに戦いたいとは思った。
演習を終えたことで工廠に戻ると、真っ先に海風が駆け寄ってくる。
「お疲れ様です春雨姉さん。あの吹雪さんと互角とは、海風おみそれいたしました。近接戦闘での美しい演舞もさることながら、脚をゴム質に切り替えての回避、あれは春雨姉さんにしか出来ない荒業でしたね。流石です。私だったら回避も出来ずにそのまま終わらされていました。それにあの最後の機転を利かせた一撃。あんな手段に打って出るだなんて、いつも傍で春雨姉さんのやり方を学んでいる私ですら思い浮かびませんでした。両腕両脚に限界が無い春雨姉さんだからこそ、その考えに辿り着けたのでしょう。グラーフさんが戦乙女と称していましたが、もう戦の神ですね」
春雨の手を両手で握って捲し立てる海風に、いつも通りだと苦笑。一瞬でも異形になったことで何か失望させてしまっていないかと危惧していたが、よくよく考えてみれば、両腕両脚を全て鎖にして拘束するなんてこともしているのだから、それなりに慣れていたか。
逆に、そういうことが出来ることを知らない者達は驚きを隠していない。積極的な者は、春雨に直に聞きに来る始末。いちいち答えるのも面倒なので、両腕を好きに変形させることで、今の特異性を見せつけることでひとまずは終わらせる。
「でも、弱点は教えてもらえた。理解出来ていないことには辿り着けないんだ。黒幕がやってきそうなことを、思いつく限り知っておかないと、私の力でもどうにも出来ないと思う」
戦闘中に吹雪に突き付けられた春雨のわかりやすい弱点。一度見たり
春雨にとってはもう無意識の類なのだが、その道は春雨の
「なるほど……辿り着くための材料ですね。わかりました。この海風、思い付く限りを提供します」
「うん、お願い。私も考えるから」
今の春雨には、とにかく知識が必要だ。黒幕がやってきそうなことを片っ端から手当たり次第考え、その全てを把握しておくことで、光の道の精度をより高めることが出来る。
勿論、仲間達の行動を全て把握することも必要だろう。本来の気質を忘れてはならない。今は直接対決をした吹雪だって、決戦では援護の対象だ。この戦いで多少は知ることが出来たが、まだまだ全てを知るには程遠いだろう。
「吹雪ちゃん、ありがとう。これで私はまた、ちょっと強くなれたよ」
「どういたしまして。それじゃあ、ここからまた団体演習を再開かな。私も参加するね」
「うん。連携しているところも見せてほしい。私に必要なのは知識だから」
一度手合わせしたことで、強い友情が生まれている春雨と吹雪。誰が見ても戦友と見えるほどに、互いに心を通わせていた。
そこからはまた団体演習。吹雪も加わったことで力の差が出るかと思っていたが、こういう時はあまり前に立たず、春雨にも見せた本気の攻撃は発揮しない。代わりに、指揮能力を見せつけた。
大将の秘書艦というだけあり、旗艦の経験も多くあり、周りをよく見て的確な指示を即座に出す姿は、ここにいる誰よりもリーダーとしての実績を感じさせるものだった。
「やっぱり吹雪ちゃんはすごいね。私とは実力も経験も違う」
その演習を観戦しながら、春雨はボソリと呟く。
金剛や島風の指揮もなかなかのものだが、吹雪の指揮はさらにその向こう側にいるように見えた。相手の攻撃を先読みして、的確な指示を与えるのが指揮の役目であるだろうが、そのスピードが違う。見てから指示するのではなく、経験則から次の次に来る攻撃すらも予測して、2つ先の動きをさせている。
そしてそれを、誰も疑いなく実行し、確実な戦果へと繋げていくのだから凄まじい。これが大将の秘書艦の力なのだと嫌でも理解する。
「春雨姉さんも、サポーターとしてはあれくらいの力を発揮していたと思いますが」
「私はあそこまでじゃないよ。全部見ようと心掛けると、先読みが難しくなるもん。それに、それは白露姉さん達だからどうにかなるだけ。吹雪ちゃんは、今日初めて組んだ仲間に、今日初めて見た相手に対しての指示をしてるから。経験の違いがすごく出てると思うな」
それを取り入れようと春雨は、その瞳を白く輝かせて演習を見続ける。まるで、戦場の全ての知識を取り入れようとしているかの如く、視線は常に演習の中心。
「うむ、吹雪の実戦経験は、我々よりも多いからな。ああなって当然だろう」
春雨達の後ろに、武蔵が立っていた。春雨のいる場所は、たまたま演習が一番よく見える場所だったらしく、今の戦況を確認するために移動しているらしい。
また、その武蔵の隣には大和が。武蔵と同じように今の演習を確認し、自分の力に取り入れるために移動しているようだ。
「想定外の力に対しても、すぐに順応する。過去の事例に突き合わせて、最も近しいモノと組み合わせて、その時の対処をそのまま実行する。そしてそのスピードがとてつもなく速い。私も吹雪のそこには感心しているぞ」
武蔵が演習を見ながらニヤリと笑う。敬意を払い、こうやって褒め称えるようなことを話しながらも、あの吹雪にどうやったら勝てるかを常に計算しているような、そんな顔をしていた。
隣の大和も、大塚鎮守府では見られないような演習から、自分に取り入れられそうな事柄を探し出して、戦わずして力を蓄えていた。
大和型はどちらもそういうことが出来るようである。実戦を経験せずとも、見ているだけで強くなる。勿論実戦を続けた方が伸びるだろうが、そういう機会でなくとも、自らを高めることが出来る。
「経験則から過去の事例に突き合わせる……ですか。それに視野の広さも凄いです。戦場の全てを見て、その時の最善をすぐさま割り出す……と」
「あれ、それって確か……」
海風の言葉に春雨も何かに気付いたようだった。そして、今は演習に出ておらず、観戦に力を入れている
「やっぱり。吹雪ちゃんのやり方に一番順応出来るのは、涼風だ」
そう、涼風。鎮守府の中では最古参であり、実戦経験は春雨以上。そして、北上に見出だされた空間把握能力。それは、今は吹雪に一歩劣るかもしれないが、確実に
それを涼風自身も自覚しているのか、吹雪の戦い方を真剣に眺めていた。時折、何かを組み立てるように手が動き、その全てを自分のモノにしようと、出来る限りのことをこの場でしている。
隣で一緒に眺めている山風や江風も、涼風の力になるべく、見えている状況を逐一言葉にしているようで、涼風のさらなる発展に力を貸していた。
「ああ、涼風は北上に才を見出だされていたな。そこに吹雪の実戦を見ることが出来ているのだ。これは今日だけで一気に伸びるぞ。くくく、これはまた楽しみではないか」
決戦までに、涼風はさらに強くなるだろう。それこそ、旗艦を担える程に。
吹雪は当然これが終われば大将と共に帰投するが、武蔵はここに残る。ならば、決戦までに涼風を鍛えて、吹雪と同等に指揮が出来るように仕立て上げる。そう画策していた。
そうすることで、武蔵自身も鍛えられるだろう。教えるということは、その分自分に知識が必要である。鍛えなくてはいけないのは、身体だけではない。頭もだ。
「しかし、貴様らの演習を見てウズウズして仕方ない。私も大和と
「そう、ね。団体演習の後に、最後に時間を貰いましょう。私達の戦いは、どうしても派手になっちゃうから」
「ああ、それで構わん。まぁあのコロラドの戦い方を見ていると、我々も地味な方だとは思うがな」
言いながら顎で視線を演習の場に向けさせる。すると、全員が出来る手段を見せるという前提の場であるため、個人演習では見せなかった白鯨を展開していた。
鎮守府近海で展開したため岸には大きな波が押し寄せていたが、そんなことになっていても観戦している者達はその演習から目を離さない。黒幕もこういうことをしてくる可能性があるのなら、その戦い方を全て目にしておかなくてならない。
大和はそれを見て、確かに地味だと苦笑した。大概の艦娘──むしろ深海棲艦ですら、あれより派手な手段を持つ者など存在しない。それくらいに巨大で、存在感のある艤装を持つのはコロラドのみ。
「あれは特別ですよ。コロラドさんにしか出来ない大技です。あの後にスタミナが切れてしまうくらいの」
「なるほど。ちなみにアレは、どれくらい強いのだ」
「私は直接相対したわけではないですが、泥でブーストがかかっている状態だと手がつけられないくらいですね。叢雲ちゃんが怒りを溢れさせて巨大化させた槍で貫いたそうです」
ほう、と武蔵はさらに好戦的な目を向ける。あれと真正面から戦いたいとでも考えているのだろうか。それは流石に武蔵であっても無謀なのではないかと思うのだが、それでも挑戦したがるのが武蔵である。
「くく、貴様らとこうして演習が出来たのは、我々としてもいい経験となった。勝敗だけではない、皆が新たな戦術を手に入れることが出来そうだ。まぁ私は戦術など知ったことではなく真正面からぶつかるだけなのだがな」
「私達としても、ここに戻って来れて、こうやって艦娘のみんなと一緒に活動が出来るのは嬉しいですよ。何というか、自分で言うのはなんですが、心が落ち着きますから」
「よかったじゃないか。それこそが貴様なのだろう。それを忘れなければ、貴様はもう何にも負けん。
胸をドンと叩き、ニヤッと笑う。春雨も、そうですねと微笑んだ。
この合同演習は、誰もにいい影響を与え続ける。そして、強くなる。
吹雪に追いつけるのは春雨ではなく、涼風。この演習で、更なる覚醒の兆しが見えたのは、白露型の末っ子でした。